《第1部隊隊員は全員ラボラトリに来るように》
最早お馴染みとなりつつある携帯端末のメッセージは簡潔に記されていた。
アラガミの少女の確保から数日が過ぎ普段と変わらない日々を送りだしていた。
今までにも何度かこんな呼び出しはあったが、ここ数日はアラガミの少女の件での呼び出し回数が群を抜いて多くなっていた。
「失礼します」
「エイジ君よく来たね。君が最後だ。早速だが今回の要件を伝えるよ。今回呼んだのはこの子の名前を決めて貰いたいと思ってね。いつまでも便宜上この子では面倒だし名前があった方が良さそうだからね」
「名前ですか?」
「名前があった方が親近感も沸くだろうし、それに呼びやすくなるから一石二鳥かと思ってね。君たちには期待しているよ」
確かにいつまでも名無しでは便宜上呼び辛い事に変わりない。
事実、このメンバー以外に存在は知らされてはいないが、見た目はまだ10代前半の様な容姿から、いつまでも名無しでは可哀相にも思えてくる。
事実ここ数日の中で、このアラガミの少女は驚くべき早さで言葉を覚えていた。
確保当時に比べれば、今の方が確実に人間らしい言葉を発し、何も言わなければ正体がアラガミだと判断するのは難しいとさえ思われていた。
誰もが予期していなかった榊からの話。突然言われた中で、誰も反応が出来なかったその中でコウタがいち早く口火を開いた。
「ふっ。俺、ネーミングセンスには自身あるんだよね~」
自身有りげな表情と共に、その一言に今回集まった人間はコウタが何を考えているのか、何となく想像できるのと同時にある種の不安を抱いてた。
「そうだな~。ノラミなんてどう?」
嫌な予感が当たったのか、誰一人その名前に関して言葉を発する事ができなかった。
ソーマとサクヤは顔を引きつらせ、エイジに関してはやっぱりかと言った顔をし、アリサに至っては冷たい目を向け、たった一言でコウタを斬った。
「ドン引きです」
おそらくその台詞は全員の気持ちを代弁し、言葉を一つに集約したようにも思われていた。もちろん、言われたコウタも負けじと反論する。
「じゃあ、なんかいい名前あるのかよ?」
「なんで私が」
「だって、そこまで言うんだろ!ネーミングセンスに自身ないのかよ!」
まさかの反論にアリサは狼狽え、一体どうしたものかと考えていた矢先に、普段あまり聞く事のない声が聞こえた。
「シオ」
「シオ?それが君の名前かい?」
「そうだよ」
「どうやら既に誰かさんが名前を決めたみたいだね」
「でも一体誰が?」
「そーま」
まさかの発言に全員の視線がソーマに集まる。まさかこんな所で暴露されるとは思わなかったのか、照れ隠しとも言える行動でフードを更に深く被り直し、ソーマはその場を去った。
「俺は用事がある。後はお前達で勝手にやってろ」
ひと騒動あったとは言え、結果的には本人の希望で名前はシオと無事に決定する事となった。
そんなやりとりの中で、一人榊の表情が穏やかに見えた事が気のせいには見えなかった。
唐突に決まった名前と、その発案者の影響もようやく落ち着き、エイジは帰り際に榊に呼び止められていた。
「最近、ソーマが少しづつだが、心を開いている様にも見えたんだけど、ひょっとしてこの前の件がキッカケかい?」
先日のラボの外での言い合いの事を指しているのは、エイジにも容易に想像が出来た。確かにあの一件から以前の様な刺々しい部分が若干隠れてきたのか、雰囲気が何処となく緩む事で、以前よりは穏やかに見えていた。
しかしながら、それはあくまでも第1部隊の中での話であり、他の部隊からではおそらく変化の機微については気が付かない程わずかな変化。
しかしながら、幼少の頃からソーマを知っている榊に言わせれば、間違いなく大きな変化とも言えた。
子供ながらにして今思えば人類の為と、まるで免罪符代わりに発する言葉で誤魔化しながら、実験を繰り返した結果が今の状況を招いている事を誰よりも理解している。
いくら研究者と言えど、人間の心が全く無い訳では無い。
そんな部分も踏まえて、一個人として素直にエイジに聞きたいと思っていた。
「そうだと自分では思いたいです。ソーマからしっかりと聞いた訳ではありませんが、過去に一体何があったんですか?」
エイジの疑問は尤もだった。ああまで自分の事を蔑むのであれば何らかの理由が必要となる。
事実は分からなくても、周りから死神だと忌避される程の何かがあるのであれば、榊への質問はある意味当然だった。
「それは僕の口から言える立場じゃない。詳しい事は本人に聞くのが一番だと思うよ。
でも確かに何らかのキッカケがあって変わったと僕は思っているよ。人間なんて生き物は、原体験があってその環境から初めて性格が形成される。もちろんそこには本人をとりまく環境も影響している事は間違いない。
だからと言って性格と本質は必ずしも一致する訳では無いんだ。評論家じゃないからそれ以上の事は何も言えないけどね。もちろんそれは誰にでも言える事で、君らの部隊で言えば元々アリサ君もそうじゃなかったかな?君には目に見えない不思議な何かがあるのかもしれないね。
実に興味深いよ。一度君を隅から隅まで調べたいんだがどうだい?」
何となく良い言葉で締めくくられたはずだったが、ニヤリと笑った榊はヤッパリいつもの榊だった。榊の要望をやんわりとかわしつつ、エイジは自室に逃げ込む事にした。
コウタの発言を発端に色々とあったが、一息ついたキッカケにターミナルでメールチェックをしていると、不思議な動画ファイルが届いていた。
差出人は先ほどの榊。本文は何も書いていないが添付の中身を見ようと何気なくファイルを開いた。
「これが本当ならソーマは……」
中身を見たエイジは激しく後悔した。おそらくこの中身はかなり重要な機密だったのだろう。
ファイルの中に記されたマーナガルム計画と呼ばれた非人道的な計画の発案とその結果、どうやってゴッドイーターが生まれたのか、なぜソーマが自虐的になる位に自らをバケモノと呼んだのかが全て分かってしまった。
最後にはご丁寧に榊博士からの伝言と、まるで謀ったかの様な一文。おそらくは自分が確実に見るであろう事まで予測した結果だった。
見た後は確かに後悔したものの、冷静に考えれば事実を知ったから何かが変わる訳では無い。仮に一人の被験者として接すれば特別何かが変わる訳では無い。
当然の事だが、任務にすら何か影響が出る訳でもない。
ならば、そのまま自分の中で消化すれば済む話だと自分に言い聞かせる事にした。
当たり前の事が当たり前では無いこの世界に、神は何を求めているのだろうか?
見つからない答えを探すほどエイジはセンタメンタルでは無い。
しかし、この部隊ならば何とかやっていけると言った考えも、そこには存在していた。