神を喰らいし者と影   作:無為の極

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最終話 新たな人生

 

「改めて見ると、ここは凄いよね」

 

「そうですね。以前もでしたが、ここはやはり緑が濃い様にも思えます」

 

 ブラッドのメンバーがヘリから降りると、既にいくつかの調査機械が各所に設置されていた。螺旋の樹の崩壊後、フェルドマンは本部に対しいち早くこれまでの経緯を説明していた。

 螺旋の樹の崩壊後に起こった事実とその結末。そしてその後の管理に関しての見解を次々と報告していた。当初は首脳陣の中には極東に全てを一任させるのはいかがなものかと言った話も出たが、これまでの経緯の中で情報管理局の失態をフォローした際の結果である事をそのまま伝えていた。

 本来であれば自分の失態を態々報告する必要性は無かった。本部での失態は事実上のフェンリル内部での降格を意味するだけでなく、最悪はパージされる可能性も秘めている。しかし、火のない所に煙は立たない。既に一度はリヴィが白紙の状態になった事で情報管理局からの脱退と、今後の経過観察を鑑みると、下手に誤魔化すよりも開き直った方が得策であるとの判断の結果だった。

 それによって今回の件で発生した空間に対し、これまでの経緯を公表する事によって事態の鎮静化を図る事が提案されていた。

 

 

「フェルドマン局長の話だと、ここはオラクル細胞の完全不活性化地域となっているらしい。今の俺達には変化は無いが、ゴッドイーターからすればオラクル細胞の恩恵は全て無くなるそうだ」

 

 ジュリウスが当初榊に聞いたのは、この地の今後の処遇についてだった。現時点で判明しているのは、この地域一帯に関してはオラクル細胞の不活性化が認められた点。それに付随する様に、オラクル細胞が働かないのであればアラガミからの強襲の恐れも無い点だった。現時点で確認出来るのはまだそれだけ。これまでの様な荒廃した様な雰囲気は一切感じられず、これもまた終末捕喰の結果である事が結論付けられたに過ぎなかった。

 

 

「でもさ、俺達も良くやれたよな。今さらながら自分を褒めたいよ」

 

「ロミオの言う通りかもな。だが、それが全てでも無いだろう。今の俺達があるのは極東支部で俺達に力を付けてくれた全員の結果だって事だ」

 

「んな事言わなくても分かってるって。ナオヤさんなんて殆ど手加減気味の教導だけど、今までよりも大変なんだからさ。ギルだって毎日の様に医務室に行ってるのは俺も知ってるんだぞ」

 

 北斗同様にギルとロミオもナオヤとの教導は今まで同様に続けていた。一般人に戻った際に初めてナオヤと対峙した瞬間、これまでに無い程背筋が寒くなったのはこれまでの経験で一度も感じた事が無かった。

 以前の様に強靭な肉体があった際には良い意味で飛び交う気迫を感じる事は少なかったが、対等になった瞬間これまでの様な感覚は消え去っていた。動体視力に変化は無いが、一撃でも喰らえば致命傷になるのは間違い無い。これまでの様に多少は攻撃を食らっても反撃すると言った戦法は一切使えなくなっていた。

 薄氷を踏む様な教導はどこか命のやり取りを迫られている様にも感じる。それに気が付いたからなのか、今ではある程度抑えた状態でやっていた。

 

 

「噂だと看護師のヤエさんと仲良くなってるって話なんだけど、ひょっとしてそれが目的なのか?」

 

「何をくだらない事言ってるんだ。行く度に文句が出るんだ。そんな甘い様な話がある訳無いだろ」

 

「俺だってそんな甘酸っぱい話の一つや二つしたいんだよ」

 

「そうか。ロミオもそんな話に興味があるのか……」

 

 ギルとロミオの話にリヴィが参加している。あの後、フェルドマンから正式に情報管理局からの脱退を言い渡された事により、リヴィは極東支部預かりとなっていた。未だ今後の未来が見えないままではあるが、これまでの功績と今回の作戦の結果となっていた。

 

 

「お前達。そろそろ調査の件で話があるんだ。少しは静かにするんだ」

 

「ほら見ろ。怒られたじゃんか」

 

「お前が騒がしくしてるからだ」

 

 ジュリウスから注意を受けるも2人の話が止まる事は無かった。まだブラッドが部隊として出来た頃の様な錯覚に陥る。少しだけ離れて見ていた北斗は思えば遠くに来た物だと一人考えていた。

 

 

「北斗、どうかしたんですか?」

 

「いや。ちょっとだけ懐かしいと思ったんだよ。最初の頃は本当にこんな感じになるなんて予想すら出来なかったからな」

 

「…そうですね。私も北斗が居たからこそ変われたのかもしれません」

 

 気が付けば北斗はシエルと話をしながら歩を進めていた。目の前で話をしながら歩く姿を見たからなのか、どこか懐かしい感覚がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん。お疲れ様でした!」

 

 聖域での調査も進み始めた頃、今回の作戦の労いとばかりにアナグラの敷地で宴会が催されていた。今回の作戦い関してはブラッドとクレイドルの連携だけでなく、極東支部の全員が一丸となった結果でしか無かった。

 何かが欠けても結果的には無しえなかった可能性と、ギリギリまで苦しめられた結果が今に至る以上、この結末はまさに想定外の内容となっていた。部隊長だけでなく、それ以外の非番やミッションの終わりの人間が次々と入れ替わる。まさに支部を上げての大宴会となっていた。

 

 

「しっかし、あの時は流石にもうダメだと流石に俺も思ったぞ」

 

「確かにそれは否定出来ませんね。結果的には良かったですけどね」

 

「俺達の時に比べれば今回の結果は、ある意味当然の帰結だったのかもしれんな」

 

「あれってロミオの血の力だって聞いた時には俺、驚きました」

 

 FSDで使う資材を用意し、既にバーベキューとばかりに次々と肉が焼かれていた。本来であればもう少し凝った料理を出すつもりだったが、それでは一部の人間が楽しめないとの結果に今の状況に落ち着いていた。周囲を見ればそれなりのグループ分けが出来ている。各々が楽しんでいる様にも見えていた。

 

 

「でも、今回の件で少しはサテライト建設の資材管理が良くなったので、私としても有難かったです」

 

「おいおいアリサ。今日は仕事の話は無しにしようや」

 

「そう言うリンドウさんは仕事をしなさすぎです。もう、期限の過ぎた書類がどれだけあると思ってるんですか?ソーマの代筆とか無しですよ」

 

「あれ?バレてたのか?」

 

「あれでバレないと思ってるリンドウさんの方が凄いですよ」

 

 ビール片手にリンドウも焼けた肉を次々と皿に乗せて行く。今回の宴会は急遽決まったにしては十分すぎるほど用意された食材に誰もが遠慮する様な事は無かった。かなりの量の肉や野菜が次々と運ばれて行く。既に準備されていたからなのか、今回に関してはエイジも珍しくやる事は殆ど無かった。

 

 

「アリサもその位にしたら。今日位は気分転換するのも悪くないと思うよ」

 

「まあ、エイジがそう言うなら今日の所はこれ位にしておきますけど……でも明日からそうはいきませんよ」

 

「流石旦那だな。嫁の操縦方法を良く知ってるもんだな」

 

「リンドウさん。ひょっとして、聞いてないんですか?」

 

「聞いてないって、何をだ?」

 

 何気に言われた話の内容にリンドウは首を傾ける事しか出来なかった。ここ数日は事後処理もあってかゆっくりと過ごした記憶はなく、また家にも戻れない状況が続いていた。

 先ほどの会話からエイジは何かを知っている様にも思えたが、それが何なのかが分からない。しかし、その答えは直ぐに訪れていた。

 

 

「皆、楽しんでる?」

 

「サクヤさんじゃないですか。でも、何で?」

 

「実は私、明日から復帰が決まったのよ」

 

「マジっすか!」

 

 コウタの質問にサクヤは以前と変わらない表情のまま普通に答えを出していた。突然の話に誰もが固まっている。サクヤのキャリアを考えれば復帰するのは有難いが、それが何を意味するのかが誰にも分からないままだった。

 

 

「お前達。全員揃ってるな。ついでだから言っておくが、サクヤは明日付で教導教官として復帰する事になった。今後は後進の指導がメインとなるが、コウタ同様にクレイドルの兼任も行う事になる。以後クレイドルの事務方はサクヤが窓口になるから、これまでの様に適当には出来ないと思え」

 

 背後から聞こえたツバキの声に全員が振り向いていた。隣にはマルグリットと何故かシオも居る。当然の言葉にエイジとアリサ以外は理解が追い付いていなかった。

 

 

「あの姉上、俺は何も聞いてないんですか……」

 

「正式に決まったのはついさっきだ。打診は以前からしている。辞令書は明日渡す手筈になっているがな」

 

 その言葉に以前サクヤから何となくは話があった事をリンドウは思い出していた。あの当時は本当だと思わなかったが、この件に関してツバキが冗談を言うはずもない。正式に辞令が出るのであれば、それ以上の事は何も言えないままとなっていた。

 

 

「って事はレンはどうするんだ?」

 

「レンは屋敷でいっしょにいるんだ。明日からいっぱいあそぶぞ」

 

 リンドウの疑問にシオが当然だと言わんばかりに答えていた、事実サクヤがここに来る際に屋敷にレンは預けてある。今でも当たり前に居る為に、人見知りする様な状況は既に無くなっていた。

 

 

「だとすればソーマ、大変だな」

 

「何がだ?」

 

「ソーマ。目が笑ってないって」

 

 何気に言った言葉の返事を思いもよらない回答ではあったが、その視線は笑っていない。正月の際に飛び出した爆弾宣言は今もなおソーマの地雷となっている。迂闊に出た言葉にコウタはたじろぐ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか皆同じ気持ちだったとはな……つくづくブラッドは変わらないな」

 

「みんな一緒だったなんてね。私もびっくりだよ」

 

 ブラッドの右腕にはこれまでの様に黒い腕輪が再びはめられていた。聖域での調査が終わると同時にブラッドは改めて今後の事について話し合っていた。既にお互いの気持ちは固まっていたのか、事実上の話し合いは10分程度で終了していた。

 改めてはめられた腕輪にはこれまで同様にP66偏食因子が投与されているが、これはブラッドが極東に来てから榊と無明が改めて解析し直した物だった。以前の様な尖った内容では無い為に、今後はP53とP66が同時に併用させる事が決定されていた。

 現時点で新しいP66が適合した場合のブラッドアーツや血の力の発露がどうなるのかは未確認ではあるが、それでも偏食因子の違いは今後の感応種の討伐任務に於いては多大な効果を発揮する事だけは期待されていた。

 

 

「でも、今回の件で分かった事もある。私達が必死になって守ってきた物がこんなにも温かく、そして心が豊かになる物だと改めて知らされた気分だ。少なくとも情報管理局に居た頃にはこんな感情を持つ事は無かっだろう」

 

 リヴィは改めてはめられた黒い腕輪を見てしみじみ思っていた。それと同時に、初めてここに来た際に攻撃を受けた謎の神機使いの事を思い出してた。

 

 

「そう言えば、ここには私も知らない凄腕の神機使いが居るんじゃないのか?実はあれから少し気になったので調べたんだが、該当する人物が居なかった。北斗は何か知らないのか?」

 

「謎の神機使い?」

 

「ああ。初めて会った際に斬りつけられた。太刀筋がまるで見えず、私はただ斬られた事実だけしか感じる事は無かった。あれは警告だったからだが、本当に斬り合いになっていれば私の命は当の前に無くなっていただろう」

 

 リヴィの凄腕の言葉にジュリウスを除く全員の予想した事実に該当する人物は一人だけ居た。しかし、以前に榊からやんわりとその件に関しては緘口令が敷かれていた事を思い出してた。

 これまでリヴィが介錯を務めていたのと同じ任務に就き、これまで極東で全て解決した事実はブラッドが正式に組み込まれた際に聞かされた事実だった。もちろん、口外すればブラッドと言えど命の保証は出来ないとまで言われた以上、誰もが口にすら出来ない。

 一体誰なのかのリヴィの疑問に答える事は誰も出来なかった。

 

 

「そうか。世間はまだまだ広い。新生ブラッドとしての精進を積む必要がまだあるって事だ。それに介錯の任務から外れたのなら、もう会う事は無いと思うが?」

 

「そうだな……。北斗の言う通りだ。これからは私も、もっと精進する必要がある。差し当たっては同じ神機を使うマルグリットさんともう少し交流したいものだ」

 

 同じ神機のパーツを使うからと何かと2人で話をする機会は多くなっていた。まだ極東ではヴァリアントサイズを使用しているゴッドイーターは少なく、実戦レベルで使いこなせているのはマルグリットだけだった。元々リヴィは人間関係の構築は得意とはしていない。しかし、相手のマルグリットはそんな素振りすら無く、お互い同じ神機を使用している関係上、当初に比べればそれなりに親しくなっていた。その際に戦闘以外の話にも話題が移る事が多く、何かと話をする機会が多くなったのはまた別の話となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、サクヤ君が復帰すれば君の負担はかなり少なくなるんじゃないのかい?」

 

「そうと言いたい所ですが、私も何かとやる事が多いですから。それと、今後のフォーラムの参加に関しては無明ではなくソーマを派遣させて下さい」

 

 ツバキの言葉に榊は少しだけ驚きを見せていた。これまで無明が紫藤の名で参加した際にはツバキが必ず一緒だった。一時期のミッションとは違い、事実上の社交界は貴族の噂も馬鹿にはならない。昼間は技術面で、夜は世間の動向を探るにはそれが一番の行動パターンだった。一人よりもツバキが居た方が他の人間の口も僅かに軽くなる。だからこそ、これまでも重宝していた部分が多分にあった。

 

 

「因みに、理由は聞いても?」

 

「榊支部長、それについてですが、奥方様は既に3カ月になりますので、我々としてはそろそろ落ち着いて頂きたいと考えております」

 

 ツバキが言う前に弥生が当然の如く榊に説明をしていた。ここでは名前呼びのはずが敢えて奥方様と呼んでいる。その呼称と期間が何を意味するのかは考えるまでも無かった。

 

 

「そうかい。君達も遂にお世継ぎがね……だとすればまた騒がしくなりそうだね」

 

「後ほどとは思いましたが、サクヤはまずは私の補佐として扱います。その後は1カ月程で独り立ちさせますので。その後は私の後任として行動する様に既にサクヤには説明はしてあります」

 

「なるほど……既に説明してあると言う訳だね」

 

「暫くは勝手ではありますが」

 

「いや。君が気に病む事は無い。後任がいるのであれば問題も無いし、サクヤ君ならきっと上手くやってくれるだろうからね。所で彼は何を?」

 

「何か緊急の予定が入ったと聞いています」

 

 この場におらず、緊急の予定が何を指しているのかは誰も口にはしなかった。情報管理局は既に本部へと戻りはしたが、完全に極東を信用している訳では無かった。今後の利権になるであろう聖域は確実に護る必要があった。

 幾らフェルドマンが本部に報告したとしても上層部の人間全員が納得した訳では無い可能性が極めて高かった。オラクル細胞の不活性化地帯が今後どんな効果を及ぼすのかは誰にも予測する事が出来ないからと、無明は既に根回しをしていた。

 

 

「この件では完全に彼に任せるしかないからね」

 

 そう言いながら榊の視線はクレイドルの方へと向いていた。何時ものメンバーの場所にサクヤが入った事で、当時の第1部隊の頃を思い出していた。リンドウの失踪やヨハネスの暴挙、最近になってからはラケルの暴走とこの3年間はあまりにも濃密すぎる内容となっていた。

 

 これまでの中で3度の終末捕喰を迎え、それも悉く回避できたのは一重にこの場に居る全員の結果でしかない。ヨハネスの時とは違い、ラケルが起こしたそれは完全にダメだと思える部分も少なからずあった。しかし、人類は未だ終末捕喰を逃れ日常の営みをしている。それもまた人々の意志の結果である事に間違いは無かった。

 

 

 

 ───終末捕喰を回避したとしてもアラガミが根絶する事はない。今のメンバーもやがては代替わりすれば、また何か起こる可能性もある。そんな取り止めの無い事を考えながらも今はただ、このムードに酔いしれる事にしていた。

 

 

 

 

── 完 ───

 

 





2014年の6月に初めて執筆を開始してから、今に至る事が出来ました。

気が付けば文字数は150万オーバー。単行本として考えても約15冊ほどの長さとなりました。これまで色々と閲覧して下さった皆様にはこの場にてお礼を述べたいと思います。

当初は継続か終了か悩みましたが、このまま続けるのではなく、これで一旦はこの物語を終了した方が良いと判断しました。

話の一部は今後別の形で掲載を考えています。この物語に関しては今もそうですが、少しづつ手直しをしていく予定です。

新しい物が出来た際には改めて宜しくお願いします。




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