神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第257話 それぞれの目標

 

「えっと……何だか大変な事になってるような……」

 

 ブラッドがアナグラへと戻るとロビーは既に喧噪に包まれていた。以前とは違い、明らかに人類が終焉を迎える様な状況を目にした住民からの問い合わせにより、受付は事実上パンクしていた。

 ヘリに搭乗した直後はまだ然程大きな問題になっていなかったが、時間の経過と共に、周辺に住む住民からの問い合わせは一気に増えていた。既にロビーだけでなく、会議室にも回線を引く事により、事態の収束を謀るべく、一般職員が総出で対処する事になっている。激闘を終えたブラッドを出迎える者は皆無だった。

 

 

「ナナさん。お疲れ様です。すみませんが、今こちらは外部からの対応で手が回らない状況になっています。既には話は通っていますので、そのまま支部長室へお願いします」

 

 帰投したナナを視界にとらえたフランはすぐさま最低限の言伝だけを残し、すぐに外部からの回線に切り替えていた。気が付けばフランだけではない。ヒバリやウララ、テルオミまでもが同じ様な状況となっていた。

 視界には入るが言葉を話す暇すら無いのか、ヒバリ達もブラッドに対し目礼をするだけに留まっていた。切れた瞬間に繋がる回線は一向に停まる気配はどこにも無いままだった。

 

 

「ブラッド隊入ります」

 

「任務お疲れ様。早速で悪いが、君達全員は一旦メディカルチェックを受けて貰うよ。既に腕輪が消失しながらもアラガミ化していない時点で何となく結果は想像出来るが、一応は規則だからね。念には念を入れさせて貰う事にするよ」

 

 既に報告が届いていたからなのか、榊は幾つかの書類を用意していた。ゴッドイーターの腕輪が消失する場合、残された道は一つしかない。

 これまでにデータとして持っている数値からすれば、全員が当の前にアラガミ化しているはずだった。しかし、今のブラッドにその兆候は感じられない。終末捕喰が敢行された結果と、これまでの推論からすれば大よそ問題らしい物は無いと判断した事実があった。

 

 

「皆さん、お疲れ様でした。でもその前にこちらにどうぞ」

 

 弥生の言葉に全員が改めて検査の場所へと移動する。全員が退出した事を確認した榊はこれまで自身の考えを纏めた内容のレポートに改めて目を通していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れてる所、急に検査してすまなかったね。今回の件で判明した事実がある。その前に、ジュリウス君。よく戻ってきてくれた。僕としても嬉しい限りだ」

 

「ありがとうございます。しかし、今回の検査は一体?」

 

 全員の検査が終わると同時に、改めて榊から招集がかかっていた。既にロビーの喧噪は静まり、何時もの状態へと戻りつつある。元々詳しい状況を説明された訳では無かった為に、今の北斗達は榊の話を聞くしか無かった。

 

 

「実は今回君達を直ぐに検査したのは、その右腕の事実についてだよ。知っての通り、神機使いは体内に偏食因子を適合させる事によって神機を使う事が出来る。本来であれば君達はとうの前にアラガミ化していないとおかしいんだ」

 

 榊の言葉に改めて腕輪が無い事実を再認識させられていた。あの時点でも腕輪が無い事が話題には上がったが、かと言って何かが分かった訳では無い。元々アナグラに帰投して榊に確認しようとした矢先の結果であった事から、ブラッド全員が緊張感に包まれていた。

 

 

「まあ、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。結論から先に言おう。君達の体内からは本来であれば有るべきはずの偏食因子が完全に消滅していた」

 

「偏食因子が……消滅…です…か」

 

 驚愕の事実に何とかそれだけの言葉を発するのが限界だった。これまでの常識から考えれば、一旦体内に摂取したオラクル細胞はの躯体が朽ちるその時まで消滅する事はありえない。事実、退役したゴッドイーターは通常の物とは違う物の、やはりこれまでの様に偏食因子を投与し続ける事が前提となっている。

 人間の体細胞に比べ、摂取したオラクル細胞はアポドーシスとしての役割を果たす事により時事上の無害化されてる。しかし、今回の結果はこれまでの常識を打ち破る結果となった事から改めてその事実確認が必要となっていた。

 

 

「君達に関してなんだが、恐らくはあの時点で既に終末捕喰……分かり易く言えば、『再生無き永遠の破壊』が敢行されているのは知っての通りなんだが、恐らくはロミオ君の『対話』の力で本来の終末捕喰に変化したと同時に、君達はその中心部で一度生命の再分配を受けた可能性が極めて高いと考えている。推論ではあるが、恐らくは事実だろうね。

 何よりも君達の体細胞は産まれたての赤ん坊と同じだったからね」

 

 榊の言葉に誰もが絶句していた。榊の推論が正しいと仮定した場合、ブラッドのメンバー全員が一度死亡し、再び生命を授かった事になる。時間にして刹那の出来事であればその認識は難しいのかもしれなかった。

 

 

「とにかく。今はまだ極東支部そのものが混乱しているのもまた事実。君達の今後については我々としては制約を付けるつもりもなければ要望もしない。一旦リセットされた事実は現実だからね。

 それとリヴィ君。君の処遇に関しても同じだ。既にフェルドマン局長からも話は聞いている。今回の件を持って君に今後どうするのかの選択肢を与えたいとの事だ。言っておくが、今回の件は決して情報管理局は君をパージした訳では無いからね」

 

 榊の言葉に全員が今の現状を改めて思い出していた。今回の作戦の完了まではリヴィはブラッドには一時的な参入でしかなく、籍は情報管理局のままだった。螺旋の樹の崩壊により作戦は終了し、理論上は情報管理局への帰属となる。しかし、リヴィは文官ではなく武官。偏食因子が無い今の状況では何もする事が出来ないままだった。

 

 

「君達が自分達の力で勝ち取った結果だ。我々としてはその意志を尊重する事にするから、気兼ねする必要は無いよ」

 

「分かりました。どうするかを相談した結果を改めて伝えます」

 

「そうだね。これからの人生だ。しっかりと話し合ってほしい」

 

 唐突に告げられた事実が何を意味するのかは何となく理解はしたものの、自分の常識の枠にはまらない結論に誰もが即答する事は出来なかった。これまで戦って来た経験はあれど、改めて自分の人生の身の振り方を考えた事は無い。一度は決めた未来が一瞬にして白紙となった今、改めて何をすべきなのかを考えるには時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん!話には聞いてたけど、やっぱ本当だったんだな」

 

 支部長室からラウンジへ行くと、既に色々と話を聞いていたからなのか、コウタが真っ先に声をかけていた。既にラウンジに居る人間の殆どがブラッドの右腕に視線が動く。あまりにも当たり前にあったそれが突如として無くなった事実に誰もが好奇心を隠さずにいた。

 

 

「何だか変な感じですけどね」

 

「まあ、詳しい事は分からないけどさ、ロミオの血の力の結果なんだろ?何はともあれだよ」

 

 いつものコウタの言動に誰もが色んな意味で安心していた。あの光景を見ていたのは一般人だけではない。螺旋の樹の周辺で戦っていた全てのゴッドイーター全員があの光景を見ていた以上、何かしらの影響があるとまで推測されていたからでもあった。今回の件で何かしらのアクションが起こる可能性は否定できない。ある意味、恐れや心配する部分も存在していた。しかし、いざ目にすれば何も変わらい何時ものまま。ただの日常がそこにある様にも見えていた。

 

 

「後は今後の身の振り方を考えて欲しいと言われたので、どうした物かと」

 

「ああ……だろうな。腕輪が無いんじゃ神機も使えないしな。でも、時間はまだあるんだし、今回の作戦は結構ブラッドに取ってはハードだったから休暇だと思ってやりたい事やってみるってのは?」

 

 何時もの様にムツミは各々にジュースやクッキーを出していた。幾らブラッドがこうなっていても他の人間までもがそうではない。何時もの様に出動する人間、帰投する人間が代わる代わるラウンジを出入りする。腕輪が合っても無くても何も変わらない空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうゴッドイーターじゃないんなら無理にしなくても良いんじゃないのか?」

 

「いえ。これは今に始まった事じゃないので」

 

 訓練室では何時もの光景が繰り広げられていた。訓練室から聞こえる音は何時もと何も変わらない。激しい剣戟の音はこれまでと同じだった。

 

 

「そうか。なら良いが……これまでと同じ感覚だと痛い目を見るから気を付けるんだな」

 

「もう味わってますから大丈夫です」

 

 ナオヤの言葉に北斗は全身から汗を噴き出していた。これまでの様にゴッドイーターとしての超人的な肉体は既に無く、今は教導教官のナオヤと同じレベルの肉体である為に、ナオヤは僅かに加減をしていた。

 

 何時もの様に厳しい攻撃を入れると肉体の回復に時間がかかる。ゴッドイーターであればそれなりの攻撃ではあるが、一般人ともなれば致命傷になり兼ねない。急所を微妙に外す事により打ち身程度の怪我に止めていた。

 腕輪が外れてから時間は既に2日が経過していた。当日と翌日は何かと手続きの関係上、時間はあっと言う間に過ぎ去っていったものの、3日目ともなればやるべき事は既に無くなっていた。これまでの様に討伐ミッションが1日の大半だったものの、今は何もする事が出来ない。それは北斗だけでなくギルやロミオも同じだった。

 ジュリウスに関してはまだ何かやるべき事があったのか、色々とやっている様だが、それ以外はただ漫然と過ごすしかない。外部居住区へ出るも、やはりやる事が特に無かったからなのか、結果的には何時もと同じ教導を行っていた。

 

 

「そうか。こっちはそろそろ時間だ。神機の整備が待ってるからな」

 

「そう言えばギルはどんな感じなんですか?」

 

「今の所は整備士見習って感じだな。やっぱり実戦に出ているだけあってアップデートの際の方針を決めるには十分って所だな」

 

 ギルはこれまでにもやってた神機の整備に少しづつ傾倒していた。元々神機に対してのセンスがあったのか、今は何かと自分の経験則から判断し、新人の神機整備の手伝いをしていた。

 技術面は仕方ないが、それでも調整などの簡易的な物から徐々にやり出している。それが自分の進むべき道なのだと考えた結果なのか、本人もやる気がある様だった。

 

 

「ゴッドイーターじゃなきゃ何やるのかも分からないってのも案外と面倒な物だな。で、今後はどうするつもりなんだ?」

 

「俺はもう決めてます。ただ、他のメンバーがどうするのかは分かりませんが」

 

「お前の人生はお前の物であって誰の物でもない。自分でやるべき事が決まってるなら、それに向かって進めば良いだけだ。一々気にする必要は無いぞ。

 それと刀身パーツに関しては役目を終えたからああなったんだ。今はまだ開発中だが、何かしら考えがあるのもまた事実だ」

 

 ナオヤの言葉通り、北斗の神機の刀身パーツでもある『暁光』は突如として砕け散っていた。最終決戦前に整備した際にはクラックすら無かったパーツが、まるでその役目を果たしたと言わんばかりに砕け散った記憶はまだ記憶に新しかった。

 これまでの幾多の困難な状況を支え、最後には思念体の様な物を斬り裂いたそれは既に北斗自身の一部の様にも思えていた。そんな自身の相棒とも取れていた物。劇的な最後は北斗に驚愕を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここだったんだね。さあ、さっそく試食してもらおうかな」

 

 訓練室に飛び込んで来たのはナナとシエルだった。特別やるべき事が無いからと、兼ねてより一度やりたかった料理を改めてムツミから習っていた。皿の上には何か得体のしれない物が乗せられている。少し前に口にした際には思わず顔色が悪くなった事が思い出されていた。

 

 

「参考に聞くが、ナナは味見した?」

 

「もちろん。私の食べた物はちゃんとしてたよ」

 

 北斗はナナの言い回しに何か引っかかる物を覚えながらも皿に乗せられた物を見ていた。以前に口にしたのはクッキーらしき物。あの味を思い出したのか、そこから先に伸びるはずの手が動かない。本能が危険だと察知している様にも思えていた。

 動かない北斗を見ながらもナナはその皿を戻す事はしない。膠着状態が続くかと思われた瞬間だった。

 

 

《外部居住区の第7防壁よりアラガミが侵入。速やかに防衛班及び現在待機中のゴッドイーターは現場に向かって下さい》

 

 フランの声が訓練室に響いていた。本来であれば北斗達に真っ先に通信が来るが、神機を所有していない北斗達は既に携帯端末は所有していない。訓練室の外ではその放送を聞いた何人かが走り出していた。

 

 

「そっか……私達は何も出来ないんだね」

 

「……仕方ないさ。俺達が行った所で足手まといになるだけだからな」

 

 既に試食する様な空気は無くなっていた。館内放送にアナグラの内部の空気がざわつき出している。既にナオヤも自分のやるべき事があるからなのか、この場には北斗とナナ、シエルの3人だけだった。

 

 

「北斗、ナナ。シエルもここだったか。少し時間があるなら俺と一緒に支部長室まで来て貰えないか?」

 

 やるせない空気を破ったのはジュリウスの声だった。ジュリウスは復帰後何かを色々と調べているのか、他のメンバーと別行動を行う事が多くなっていた。これまで自分が何をやったのかを理解し、何か出来る事が無いのかを模索している様にも見えていた。

 それは誰もが気が付いていたが、ジュリウスの心情を考えればそれ以上の事は何も言えない。そんなジュリウスからの言葉に何を意味するのかは2人には理解出来ないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ。北斗君とナナ君も来たんだね」

 

 支部長室に居たのはリヴィとロミオだった。ジュリウス達が来てからギルが遅れて入ってくる。一体何をするのかを誰も聞かされていない状況に、全員が戸惑いを見せていた。

 

 

「実は、今回来て貰ったのは今となっては新たに認定された聖域に関する事だ。螺旋の樹の跡地として既に調査を進めているんだが、その件に関して俺達も加わろうかと思う」

 

「ジュリウス。急にどうしたの?」

 

「あの後俺は自分に出来る事は何なのかを考えてきた。今までアラガミを討伐する事だけしか出来なかった自分が今出来る事は限られている。だとすれば、今後あそこが果たす役割は大きい物になるのは間違い無い。だから俺は改めて何か出来ないかを考えていたんだ」

 

 

 突然のジュリウスの発言に誰しもが驚いていた。何かをやっているとは知っていたが、まさかそんな事を考えているとは誰もが思っていなかった。

 改めて出た言葉に新たな目標が出来た様にも思える。それが何を意味するのか、またそれがどんな結果をもたらすのかは考えるまでも無かった。

 

 

「榊支部長。我々も調査に関しての動向の許可を願いたい」

 

「今は人手が足りないのもまた事実。君達さえ良ければ我々は異論は無いよ」

 

「すまんが、これは俺の我儘だ。それぞれが自分の見つけた道があるならば止める事はしない。だが、僅かでも力を貸してくれるなら俺は嬉しい」

 

「誰もそんな事考えてないって。何を今さらそんな事気にしてるんだよ」

 

 ジュリウスの言葉に対し、ロミオが真っ先に回答を出していた。今後はどうするのかは各自の人生である事に変わりはない。それがどんな結末をもたらすのかは現時点では誰にも分からない。僅かに出来た目標に対し、誰も異論を挟む者は居なかった。

 

 

 


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