神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第255話 最後の戦い

 

「貴方方ハここで永遠ノ反逆者ノ烙印を押さレルノです」

 

 どこか人工的な音声が周囲に響き渡る。目の前に現れたアラガミはラケルが祈りを捧げている様にも見えるが、その手足は人間のそれでは無かった。

 黒く獣じみた四肢はブラッド全員を殲滅しようとその巨体をものともせずに動き回っていた。周囲にはまるで纏わりつく様な黒い靄が常にかかっている。視界を遮るにしてはその量は少なく、またそれが何を意味するのかすら判断する時間さえ与えられる事は無かった。

 

 

「ここは私が」

 

 遠距離からのシエルの銃撃は豆鉄砲だと言わんばかりの防御能力にアーペルシーを手にしたシエルはジットリと嫌な汗が掌に滲んでいた。これまで数多のアラガミを屠ってきたバレットでさえも致命傷どころか掠り傷すら見えない。桁以外の能力に呆然としそうになっていた。

 

 

「シエル!足を止めるな!」

 

 北斗の叫びと同時に、シエルは我に返っていた。時間にして僅か1秒足らず。あまりにも大きい代償はシエルの足元から襲い掛かっていた。黒い靄が輪郭を地面に作ると同時に地中から大きな突起物の様にシエルを襲い掛かる。地面に描かれた紋様に不審を感じたシエルはその場から大きく跳躍していた。

 本来であれば正体不明の攻撃はこれで回避可能となっている。こここから反撃をしようとした瞬間だった。跳躍した着地点に再び円を描いた紋様が浮かび上がる。既に着地直前だったからなのか、回避行動は不可能だった。

 縦横無尽に襲い掛かるそれがシエルの足に赤い筋を作り出す。もし出てきた場所が悪ければ、確実に機動力を奪う程の威力はシエル以外のメンバーにも警戒を促していた。

 

 

「私なら大丈夫です!それよりも目の前のアラガミを!」

 

 先ほどの攻撃に毒が仕込まれていたのか、デトックス錠を飲みこみ戦線に復帰する。素早く動く巨体はある意味では周囲の状況の確認が必須だった。

 目の前のアラガミだけでなく、足元にすら気を配る必要がある。攻撃を食らうだけでなく、追加で毒の効果まであるのは厄介以外の何物でも無かった。

 

 

「ああまで堅いと、攻撃が効いているのかすら怪しいな」

 

「だからと言って何もしないよりはマシだろう」

 

 素早く動く事でギルだけでなく、リヴィも戦いながら漏れた感想は今の状況を表していた。シエルのバレットが効かないのであれば、ギルやリヴィの攻撃すら効果を発揮しているのかすら怪しい。一気に距離を縮めるチャージグライドやラウンドファングで中距離からの攻撃で終始していた。

 初見であるだけでなく、事実上の最終決戦。いくら特殊部隊とは言え、人類の生存をかけた戦いはあの時以来。ブラッド側にとっては決して良い条件が揃っている訳では無かった。

 

 

「ここは俺がやる!」

 

 既に準備が終わっていたのか、ロミオのヴェリアミーチは既に闇色のオーラを纏っていた。距離はまだあるが、相手は気が付いていない。ロミオが何を狙っていたのかを察知したのか、北斗はアラガミの顔面に向かって銃撃を行いながら誘導を開始していた。

 極大のオーラがアラガミに向けて放たれる。黒い前足に一刀両断と言わんばかりの刃が振り下ろされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「螺旋の樹内部の偏食場パスルは異常値を示しています。既にこちらの観測可能限界値を突破。オラクルの増加が止まりません!」

 

 会議室でのヒバリの声にその場にいた全員が画面を見ていた。偏食場パルスの異常値は既に観測できるであろう上限を突破したのか、計測が不可能となっていた。その一方で、他の画面を見ていたフランは違う意味での声を上げていた。

 

 

「螺旋の樹から発せられた偏食場パルスによって付近のアラガミがほぼ同時に活性化しています。周辺地域を警戒しているゴッドイーターはアラガミの急襲に備えて下さい」

 

 先程までは螺旋の樹内部の情報を映した画面は既に分割化されたのか、周辺地域を映し出していた。アラガミの反応は、まるで一つのうねりとなって螺旋の樹へと向かっている様にも見える。まるで従うべき存在を見つけたと言わんばかりのそれに、誰もが絶句していた。

 

 

《こちらリンドウ。アラガミがうじゃうじゃ出てきた。これから交戦に入る。ブラッドに通信が出来るならこっちの事は任せろと言っておいてくれ》

 

《こちらエイジ。アラガミの姿を確認。討伐任務を遂行する。螺旋の樹に近づけるつもりは無い》

 

「皆さん。無理はしないでください。ご武運を」

 

 螺旋の樹だけでなく、周囲の状況までもが活発化している状況はこれまでにも体験した事がある極東支部の諸君とは打って変わり、情報管理局員は青い顔をしている。自分達の常識で考えれば、確実にこの支部は壊滅する可能性が高いと考えていたが、榊やツバキの表情に変化は見られない。既に当たり前だと言わんばかりの態度に職員たちは徐々に冷静さを取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「堅いだけじゃなくて再生能力でもあるのかよ!」

 

 ロミオの一撃は右前足の関節を捉えていた。本来であればこの一撃で足が吹き飛ぶ程の火力を有する。直撃した当初は誰もがそう考えていた。関節の途中で止まる刃と同時に、まるで瘡蓋でも出来るかの様にオラクルがその周囲を囲み、先ほどの斬撃が無かったかの様にも見えていた。

 既に見た目は何も変わっていない様にも見える。異常な姿に果たして本当に討伐出来るのだろうかとの考えが脳裏を横切っていた。

 

 

「さあ、今カラ楽にしてアゲますよ」

 

 無機質な声が再び響く。既に攻撃の準備の終えたのかアラガミの目が赤く光る。いくら周囲を見ても攻撃する様な素振りはどこにも無かった。

 

 

「北斗!上だ!」

 

 他のメンバーよりも僅かに距離があったからなのか、リヴィがいち早く攻撃を察知していた。気付けば頭上に天輪が発生している。動いて振り切ろうにも天輪はまるで追尾するかの様に動く先々へと寄っていく。移動しながらも、よく見ればまるで何かがを溜めている様にも見えていた。その僅かな瞬間だった。

 溜めから攻撃へと移る瞬間は動きが鈍いのか、こちらの行動に付いてこない。そんな隙を狙って北斗はその場から大きく跳躍を開始していた。時間にして1秒にも満たない時間。その僅かな時間で天輪から地面に対し雷の様な光が降り注いでいた。

 

 

「まだだ!」

 

 横に大きく跳躍した先には白い丸太の様な物があった。これまで開けている場所にそんな障害物と成る様な物は無かったはず。北斗は頭上の攻撃に意識を向けすぎたからなのか、周囲の状況確認を怠っていた。

 白い丸太の正体は対峙していたアラガミの腕。横に大きく振るったそれはその場にあった物を容易く破壊する程の威力を誇っている。回避行動に意識を向けすぎた結果なのか、北斗は盾の展開が間に合わなかった。

 白い腕が北斗は弾き飛ばすかの様に大きな衝撃を与えると同時に何本かの肋骨が折れる様な感覚を与えながら10メートル程弾き飛ばす。まるでピンポン玉の様に北斗の身体が地面に叩きつけられ大きく弾んでいた。

 

 

「北斗!」

 

  シエルのアーペルシーから放たれた緑のレーザーが北斗に当たる。最悪の事態だけは回避できたが、それでも身体が受けたダメージは致命傷ともとれる程だった。

 現時点では誰も確認出来ないが、肋骨以外にもいくつかの臓器が破裂している。北斗の口からは赤い物が見えると同時に意識を失っているのか、反応すらしない。本来ならば今直ぐにでも駆けつけたいが、それもまた厳しいと思える状況にシエルは歯噛みしていた。

 

 

「ギル。弾幕張れるか?」

 

「ああ。任せておけ」

 

 リヴィの言葉にギルは何をするのかが予想出来ていた。最終決戦の前に発覚したリヴィの血の力。『慈愛』の効果は対象者が最悪の事態に陥っても回復を可能とする内容だった。元からジュリウスやロミオの神機を使用していた為に、自身にも何かしらの能力がある事は予想出来ていたが、改めて計測した結果がそれだった。

 致命的なダメージは即時撤退を余儀なくされる事が極東に於いては推奨されている。本来であれば北斗が受けた攻撃もそれに値するレベルだった。現時点でブラッドの誰もが気が付いていないが、既に螺旋の樹が外周だけでなく、内部も既に崩壊し、大きく変貌している。

 既に退路は事実上断たれている。仮に撤退しようと行動を起こしてもそれすらかなわない事実があった。

 

 

「北斗。しっかりするんだ」

 

 リヴィが北斗の身体を抱き起すと同時に柔らかい光が北斗の身体を包み込んでいた。致命傷を受けたはずの肉体はまるで時間を巻き戻したかの様に瞬く間に修復し、何事も無かったかの様に元に戻っていた。

 

 

「すまない」

 

「それは構わないが、次はもう無いぞ。油断はするな」

 

「ああ。次は問題無い」

 

 ギルが弾幕を張り、攻撃を集注させている間に北斗は今の状態を確かめるかの様に手足を動かしていた。各部に異常は感じられない。肉体の損傷が完全に回復されたからなのか、口に付いた赤い跡だけが先ほどの攻撃を表していた。

 改めて周囲の状況を確認する。既に各自が散開しているからなのか、アラガミの攻撃は若干単発気味になっていた。

 

 

「俺達も行くぞ」

 

 北斗の言葉にリヴィもまた改めて行動に起こしていた。今はまだ散開している為に損害は大きくないが、コンビネーション気味に攻撃をし出すと先ほどの自分の二の舞を演じる可能性が高くなる。未だ膠着状態が続く戦闘に求められるのは劇的な打開策だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だ!ナナ、ロミオ先輩!」

 

「おう!」

 

「うりやぁあああああ」

 

 北斗の合図と同時にナナのコラップサーとロミオのヴェリアミーチがアラガミの左後ろ脚へと襲いかかっていた。北斗が囮になる事で2人の行動を悟られない様にし、その隙を叩く。高火力の二撃は激しい音を出しながら直撃していた。

 2人の攻撃は結合崩壊を誘発している。これまでの様に動き回っていたアラガミが初めて行動を止めていた。緊迫した戦闘における劇的な隙を逃す事無くシエルとリヴィ、ギルの神機は赤黒い光を帯びながらアラガミへと向かっていた。

 狙うはラケルの姿を模した顔面。三条の筋は狙いすましたかの様に顔面の中でも目の部分に走っていた。

 

 

「油断するな! 回復の状況が見えたら直ぐに離脱しろ!」

 

 北斗の声と同時に背後にいた2人も前へと回り込み、自身が放つ事が出来る最大の攻撃を繰り出している。ダウンしたとしても、まだ致命的なダメージを与えたとは思っていなかったからなのか、全員の意識は完全に止めを刺す為に向かっていない。

 バランスを崩した事による攻撃はこれまで均衡を続けていた天秤をこちら側に傾ける事に役立っていた。

 

 

「全員離脱!」

 

 再び北斗の声で全員が離脱していた。既にそれなりの攻撃を喰らっていたのか、アラガミの動きは先ほどに比べ緩慢となっていた。起き上りの際に振り払うかの様に腕を周囲に振り回す。既に離脱していたからなのか、その攻撃が直撃する事は無かった。

 

 

「北斗!気を付けて下さい。活性化している様にも見えます」

 

 シエルの言葉と同時に全員が警戒を一気に高める。巨体から繰り出される一撃がどれ程の物なのかは北斗が身を持って経験している。既にリヴィの能力が使えない以上、どんな攻撃がくるのかは様子を見る以外に存在しなかった。

 

 周囲に立ち込める黒い靄の様な物が黒い蝶へと実体を作り出す。まるでアラガミを護るのかと思った瞬間だった。光の弾丸の様に黒い蝶が次々と撃ち出される。ホーミングの特性があるからなのか、射線上に居なかったナナとロミオは慌てて盾を展開していた。

 激しい衝撃と共に連続して飛んでくるそれはかなりの威力を秘めているのか2人は僅かに後退していた。ギリギリで回避した北斗やギルは直ぐに距離を詰めるべく次の行動を起こし、シエルとリヴィは中距離で様子を見ている。僅かに傾いた天秤を元に戻すつもりは毛頭ない。遠距離で集中している所を一気に決める作戦に出ていた。

 

 近寄せまいと頭上に天輪が現れ、目の前には黒い蝶が弾丸の如き勢いで放たれる。北斗の攻撃力を警戒したからなのか、アラガミの攻撃は徐々に北斗へと集中していた。飛び交う攻撃はステップを左右に踏みながらギリギリの距離を見切り一気に距離を詰める。既に準備した赤黒い斬撃はアラガミの目の部分を突き刺していた。

 純白の刃がまるで血を吸うかの様に赤い物へと染まっている。手ごたえを感じたからなのか、北斗は無意識の内に抉る様に捻りを入れ、間髪入れずにその場から離脱していた。

 

 

「今です。北斗が作ったチャンスを無駄にはしません!」

 

 シエルのアーペルシーから放たれた銃撃は北斗が先ほど攻撃した場所へと寸分たがわず着弾する。既に強固な防御能力が失われていたのか、着弾と同時に幾つも小さな爆発を次々と起こし、周囲は爆発によって抉れた様にも見えていた。程なくしてアラガミの巨体が地面へと沈みこむ。正真正銘のダウンは全員の意識を一気に集中させる結果となっていた。

 ロミオの刃がアラガミの前足を右肩口から一気に斬り落とすと同時に、ナナの攻撃は左の前足を粉砕している。ギルとリヴィの神機は既に大きな黒い咢が胴体の部分を喰いちぎっていた。

 

 

「皆さん、一旦退避です!」

 

 断末魔とも取れる叫びはあげるが、シエルの目には未だアラガミの生命の灯が消えていない事を理解していた。ここまで大よそ三分の二が経過した程度。完全に気を抜くには至らないとの結論から、素早く退避命令を出していた。

 片足が完全に斬り落とされた事からアラガミは行動を起こす事は無かった。既に決戦の大半は終結へと向かい始めている。バランスを崩さない程度に立っているだけにしては、その雰囲気はやや異質な様にも感じていた。

 気が付けばこれまで白かった部分が、若干ながらくすんだ様な色合いへと変化している。これから何が起こるのかを警戒した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲一帯に白い閃光が走る。気が付けば北斗は半ば反射的に盾を展開していた。他の仲間に指示を出す暇すら与えられない。まさか自分達がアラガミに対し使う事があるスタングレネードの様な効果は北斗以外の人間を気絶させていた。閃光の後は誰もが地面に伏している。そんな絶対的な隙をアラガミは見逃す事は無かった。

 全員の頭上に天輪が生じているだけでなく、まるでタイミングを計ったかの様に地面からは黒い紋様が浮かび出す。一気に全員の命を奪い去るつもりなのか、無機質なはずのアラガミの口許は歪んだ様にも見えていた。

 このまま何もしなければ最悪の未来が確実に見える。今の北斗には逡巡する暇すら用意されなかった。

 

 

「貴様の思い通りにはさせん!」

 

 北斗は神機を構え一気に距離を詰めるべく走り出してた。既に特攻ともとれる行為に気が付いたのか、アラガミは北斗に向けて幾重にも攻撃を繰り出している。迫り来る攻撃を紙一重で回避しながら北斗は最短距離を走り出していた。

 全ての攻撃が背後で破裂音を出している。この時北斗は気が付いていなかったが、他から見れば攻撃がすり抜ける様にみ見える移動は脅威の一言だった。1秒ごとに距離は一気に縮む。これ以上は近寄らせないと言わんばかりにアラガミは自身の腕を再び振り払っていた。

 

 圧倒的な存在が北斗自身に迫り出す目視で確認が出来るそれに対し、北斗は既に受けた攻撃の事は頭の中から除外していた。

 不意打ちの一撃は確かに致命傷ではあるが、既に自分が感知している以上直撃する可能性は極めて低い。一陣の風の様な身のこなしで北斗は再びアラガミの眼前に迫っていた。

 再び白刃が先ほどとは逆の目に突き刺さる。事実上の致命傷とも取れる攻撃は仲間に向かった攻撃を霧散する事に成功していた。

 

 

「止めだ」

 

 白い刃はまるでそれが使命だと言わんばかりに自らの刃が怪しく光った様にも見えていた。本来であればブラッドアーツを叩きこむはずが、本来の様な赤黒い光が発生する事は無かった。

 これまでと違った白い閃光が神機の刃を包み込む。袈裟懸けに顔面を斬り裂いた事により、アラガミは断末魔を上げながらその巨体は大きな音を立て地面へと沈みこませていた。

 

 

 


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