神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第254話 決戦の地へ

 

「そうか。色々と急がせて済まなかったね」

 

 支部長室で榊はアリサからの進捗状況を確認していた。何事も無く進めば、今日の時点で最上部のベースキャンプの設置が完了する。事実上の最終決戦とも取れる戦いまで残す所あと僅かとなっていた。

 合同のミーティングは既に完了している為に、ここから先はブラッドに命運を託す以外の方法は無い。アリサからの通信が切れると同時に榊は改めて椅子に座り直し、深いため息を吐いていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「いや。もう設置が完了したと先ほどアリサ君から連絡が入ってね」

 

 秘書の弥生は通信が切れる時間を見越したのか、榊の目の前に熱いお茶を出しながら今後の予定を改めて思い出していた。既に神機のオーバーホールは完了し、出撃を待つだけとなっている。全ての状況を知っている弥生からすれば、アリサからの通信が事実上の作戦決行の合図でしかなかった。

 

 

「弥生君、済まないがブラッドの召集を頼むよ」

 

 榊の言葉に弥生は頷くとそのまま支部長室を退出していた。やれる事は全て終えた以上、今出来る事はブラッドの無事を祈る事だけだった。

 

 

「本日一五○○を持ってベースキャンプの設置が完了した。現時点を持って作戦の決行を開始する」

 

 支部長室に呼ばれたブラッド全員を迎えたのは榊だけでなく、ツバキと無明も来ていた。

 既にやるべき事が何であるのかを理解しているからこそ、それ以上の言葉は必要無い。北斗を中心に全員の表情に強い決意が浮かんでいた。それを見たからこそツバキもそれ以上の言葉をかける事は無かった。

 

 

「既に我々としてはこれ以上何も言う事は無い。ただ、自分を信じて行動をするんだ。万が一の際には極東支部としてのバックアップは惜しまない。全員必ず生きて帰るんだ」

 

「はい!」

 

 無明の言葉に全員が頷く。今回の作戦がどんな結末をもたらすのは誰にも想像する事は出来なかった。事実上の螺旋の樹の破綻はそのまま終末捕喰を進めるだけの結果になるのか、それとも回避できるのかすら何も分からない。

 以前の終末捕喰を回避した当時の様な迷いは既に誰の胸中にも無いままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよだな」

 

「ああ。煩わしい事はサッサと終わらせてジュリウスを引き連れに行くか」

 

 上層部までの移動に関してはロミオの『対話』の力が発揮されたのか、アラガミの姿は殆ど確認出来ないまま一気に上層部へと進行していた。螺旋の樹の内部は外部に通じる様な場所はそう多くは無い。中層でのベースキャンプで一旦は休憩をし、時間の調整をしながら上層へと移動を続けていた。

 上層のベースキャンプは最低限の構成でしかない。本来であれば事実上の休息スペース以外の設備も併設されているが、ここは休息を取るだけのスペースだけが用意されていた。ここに来るまでにも嵐の様にオラクルが荒れている。こんな環境下で設置した事にブラッドの全員は素直に感謝だけしていた。

 

 

「しかし、あの『再生無き永遠の破壊』とは何を意味するのでしょうか?」

 

 用意されてドリンクを口にした際にシエルは不意にラケルから言われた言葉を思い出していた。当時の話の内容は、全員の情報の共有と言う名目で理解している。しかし、ラケルの言った言葉に意味は何をもたらすのかだけは理解出来ないままだった。

 当初のラケルの話では既にラケルの形をしたアラガミと言った表現が正しく、まるでそれがもたらす結果を望んでいる様にも思えていた。

 

 

「シエル。どのみち俺達がやれる事なんてたかが知れてる。今出来る事だけをやるしかないだろう」

 

 北斗はシエルの疑問に答えながらも全員に話をするかの様に言葉にしていた。元々北斗自身が色んな責任を勝手に負い被った事もあったが、結果的には自分に出来る事だけをやると決めてからは悩む事を止めていた。

 どんな結果が出ても受け入れる。そんな自分の心情がそのまま口から出ていた。

 

 

「そうだよ!私達がやれる事だけやる。後はきっと榊博士が何とかしてくれるよ」

 

「そうだな。榊博士だけじゃない。ツバキ教官や無明さんもああ言ったんだ。今さらあれこれ考えても仕方ないだけだ」

 

 ナナやギルの言葉が総意だった。今からやれる事は一つだけ。シンプルな考え方に誰も疑問すら無かった。

 

 

「リヴィ。どうかしたのか?」

 

「いや。改めてこのチームは良いチームだと思っただけだ。願わくば私もその一員でありたいとは思うがな」

 

「リヴィちゃん。今さら何言ってるの?もうリヴィちゃんもブラッドの一員だよ」

 

 ナナの一言がリヴィの胸の内を熱くしていた。

 情報管理局として極東に来てからはまだ期間がそう長い訳では無い。実際に当初は険悪なムードもあったが、結果的にはお互いが擦り寄せる形で今に至っている事は理解している。しかし、あくまでも形上の話であって実際にブラッドに迎えられた訳では無い。だからこそナナの言葉はリヴィの心に響く物があった。

 

 

「そうか……私も既にブラッドの一員だったのか」

 

「そうだ!この作戦が終わったらさ、正式に異動出来るか言ってみるのはどうかな?いざとなったら弥生さんや榊博士も助けてくれるだろうからさ」

 

「おお!ロミオ先輩にしては良いアイディア。そうだよね。それが一番だよ。きっとジュリウスだって反対しないよ」

 

 何気ないロミオの言葉に誰もがなるほどと関心していた。戦闘能力は飛躍的に向上しているが、ロミオはやはりロミオのままだった。実務レベルでは分からないが提案としては悪くは無い。そんな空気がベースキャンプの空気を変えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達もそろそろ行動するとしようか」

 

 螺旋の樹へと飛び立ったヘリを後に、現時点でやれる事は何時もと変わらない内容だった。螺旋の樹がどうなろうとアラガミの襲撃が止まる事は無く、むしろその影響でこれまで以上にアラガミの数が増えていた。リンドウの言葉にソーマやエイジ、アリサも同じく立ち上がる。託したそれがどんな結果をもたらすのかは考えるまでも無かった。

 誰一人ノヴァの現場に居た際に起きた出来事は3年以上の年月が過ぎても未だ色褪せる事は無かった。自分達が心配した所で何も変わる事は無い。だとすれば、今出来る事をただやるだけでしか無かった。

 

 

「そう言えば、コウタはどうしたんですか?」

 

「コウタなら、もう出撃したよ。ここで待ってても何も変わらないからってね」

 

 気が付けば先ほどまでコウタも同じくそこに居たはずが、今は既に居なくなっていた。

 このメンバーの中でアリサを中心にエイジとリンドウがベースキャンプ設置の任務に就いていた事からも一番螺旋の樹の内情を理解している。特別なミッションではなく、あくまでも通常のミッションでしかないと考えたコウタの胆力はある意味では大物とも取れていた。しかし、それが事実である事に誰も意義を唱える者は居なかった。

 

 

「俺も新しい素材の調達をする必要があるからな。悪いが、お前達にも付き合ってもらうぞ」

 

 何時もであればラウンジには中々顔を出さないソーマも今回に限っては何時もの日常を演出している。そんなクレイドルの様子を見たからなのか、他のゴッドイーター達に動揺が生まれる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ見えるはずだ」

 

 北斗の言葉に全員の視線はある一点だけに集中していた。上層部でもその最奥ともなればロミオの力であっても一部のアラガミは北斗達に襲い掛かっていた。既にここに来るまでに何体のアラガミを討伐したかは分からないが、それでも全員の気力が充実したままだからなのか、疲労感を感じる事無くジュリウスが居ると思われる場所に歩が進む。

 今頃アラガミが出た所で何も問題なく討伐出来る程に、全員の集中力はピークへと達し始めていた。

 

 

「あ、あれじゃない?」

 

「そうですね。ナナさんが言う様にあれに間違いはありません」

 

 ナナの指が示した先には、何か赤く光る何かの中に人影が見えていた。事前に聞いた情報に差異が無ければ、あれは生体反応が消失したと思われるジュリウスに間違い無かった。一歩一歩近づく度にその人影がより鮮明に見えてくる。

 既に全員が理解出来る程まで接近した際に見えた物は、予想通りジュリウスそのものだった。

 

 

「ナナ、ストップだ」

 

「え?」

 

 思わず走りだしたナナを制止した事で全員の視線が北斗に向いていた。囚われたジュリウスは目と鼻の先。ここから何を警戒するのか分からなかったナナは北斗を見る事しか出来なかった。

 

 

「察しが良いですね……ようこそ。旧き神話の最終章へ。貴方方来るのを一日千秋の思いで待ってましたよ」

 

 囚われたジュリウスは祭壇に祭られているかの様にオラクルの塊が支え上げている様にも見えていた。

 ここからであれば大きく跳躍すれば届く距離。そんな死角からラケルは唐突に表れていた。突然の出現に全員の警戒心が最大に高まる。既にここで待ち伏せでもしていたのか、ラケルは終始笑顔を絶やす事は無かった。

 

 

「ラケル……先…生………」

 

 久しぶりに見たリヴィに対し、ラケルは路傍の石でも見るかの様な視線でリヴィを見ていた。既に当時のラケルではない事は事前に聞いた事で理解したが、やはり当人を見れば確認せずにはいられないままリヴィの視線はラケルへと向けられていた。

 

 

「ここに至るまでの予定と出来事は私の中の荒ぶる神々と対話した通りの展開でした……本来であればこのまま、予定調和の如き終焉を迎えるはずでしたが………どうやら貴方方だけはその中には収まらず、今まさに私に刃を向けようとしています。

 これまでに定めた一連の行為は全てこの地球(ほし)が望んだ物でもあり、またその意志でもある。これ以上の歴史の改竄は赦されるべき物ではありません」

 

 気が付けばラケルはジュリウスが囚われている場所へと移動していた。あの時のラケルは車椅子に乗ったまま意識すら無かったはず。だとすれば、目の前のラケルは一体何なのだろうか。既に全員がラケルの一挙手一投足に注目している。

 ここから先に何が起こるのかを確認しようとも取れる状態となっていた。

 

 

「貴方方の行動は既に破綻へと導こうとしています。このままでは正しい未来へと導く事は出来ません。私とジュリウスが紡ぎ出す新たな神話に不穏分子は必要とはしません。このまま新世界の創世をした際に、罪深き背信者として……後世に伝える事にしましょう」

 

「貴様の能書きなどどうでもいい。それよりもジュリウスを返してもらおう」

 

 ラケルの戯言に付き合うつもりは毛頭なかった。既に北斗は臨戦態勢へと入っている。事実上の北斗の間合いに入っているはずのラケルはそんな言葉すら取り合うつもりは無いのか、そのまま自分の言葉を告げていた。

 

 

「ジュリウスならほら……貴方方の声は届きせんよ。何故なら…私の想いをしっかりと受け止めて、今ではすっかり…」

 

 それ以上ラケルの言葉が紡がれる事は無かった。かなりの距離があったはずにも関わらず、しなやかな獣の様な動きで北斗は一気にラケルの首を跳ねようと肉迫していた。

 一瞬の出来事にロミオだけでなく、シエルやギルも気が付くまでに時間が必要だった。この距離であれば回避は不可能。白刃がラケル喉笛へと到達する直前だった。まるで見えない何かに遮られたかの様に神機の刃がラケルの眼前で停止する。僅かに感じた違和感を感じ取ったのか、北斗は繰り出した刃を引くと同時にその場から退避していた。

 

 

「あらあら……随分とせっかちな事。やはり貴方は『系の振る舞い』を乱す最大の因子でしか無いようですね。そんなだとこれから苦労しますよ」

 

「生憎とそんな心配は無用だ。お前の計画こそ破綻している。お前がやっている事は新世界の創世なんて物じゃない。ただの大量破壊をもたらすだけの存在だ。その言葉、お前にそっくりそのまま返してやるよ」

 

「そうですか。ここまで来てもまだ聞き分けが無いようですね」

 

 笑みを浮かべたラケルの目が僅かに狭まると同時に、先ほどとは変わって冷たい物へと変化していく。既に何かの準備が終わったからなのか、隣に移動したラケルはジュリウスが捉えられた物に手を伸ばしていた。

 ラケルに呼応するかの様にジュリウスを包むそれにオラクルが変化した黒い蝶が集まり出す。周囲の視界を無くすかの様な集合体から見えたのは、ラケルの願いを具現化した様なアラガミだった。

 

 

「この…螺旋の樹に……新たな秩序を実らす事を…阻む事は容認しません……貴方方はこれから新たな世界の創世の為の贄となってもらいます……その役割を全うして……もらいましょう」

 

 地響きと共に現れたアラガミはこれまでに最大級だとも割れたウロヴォロスをも凌駕する程の大きさだった。一歩一歩近づく度に大地が揺れる。全てを破壊せんとするその姿はある意味では人類を滅ぼそうとするこの地球の意志の様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「螺旋の樹から激しい偏食場パルスが確認されました。これまでの観測史上最大級の物です。一部画面を切り替えます」

 

 会議室に設置されたモニターから見えるのは、ブラッドが突入してから大きく変貌した螺旋の樹だった。これまでの様な樹木の様な雰囲気は微塵も無くなっている。禍々しい塔の様にも見えるそれが、この場にいた全員に事実上の最終決戦である事を伝えていた。

 ヒバリの声が会議室に響き渡る。それと同時に、端末から送られたデータが一気に変動を始めていたからなのか、ヒバリの手が止まる事は無かった。

 

 

「いよいよ始まるか……頼んだよブラッドの諸君」

 

 榊の言葉と同時に、全員が二分割された画面へと視線を向けている。激しく動く各自の状況を示すバイタルの数字は止まる事すら許さないとばかりにめまぐるしく変化していた。

 

 

 


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