神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第252話 自己の考え

 

「まさかキュウビまで神融種となっているとはな……」

 

「全くです。よほど上層部に行かせたくない何かがあるのかもしれませんね」

 

 北斗とシエルの背後にはキュウビの神融種が横たわっていた。当初はこれまでの経緯があった為に警戒しながら戦闘を重ねていたものの、既にこの種の中でも厄介な物を過去に体験していたからなのか、珍しく討伐に迷いは無かった。

 初めて出会ったキュウビは極東支部に於いても事実上の変異種に近い物があり、また今回の能力に似たような性質があった事が全ての要因となってた。動きが早いだけでなく、まるで何かを嗅ぎまわっているかの様に一人を執拗に狙う性質はまさにあの時と同じ物だった。

 

 

「まさか、初めて対峙したのがそんなだなんてな。俺の知らない所でも結構大変だったんだな」

 

「あったりまえだよ。ロミオ先輩が成長しているのと同じで私達だって日々戦っているんだから」

 

「………」

 

 リヴィはロミオとナナの会話を聞きながら改めて極東がどれ程過酷な地域なのかを改めて体感していた。

 神融種に関してだけでなく、キュウビそのものが希少な個体である事からも通信機からの指示はコアは無傷で手に入れる様に榊から指示があった際にはリヴィも驚いていた。

 これまでの戦いの中でもキュウビそのものが希少な個体と言うだけでなく、既にノルンの画面上にもキュウビに関するいくつかのデータが表示されていた。そんな中でもキュウビに関しては通常の個体だけでなく、マガツキュウビと言った変異種までもが記載されていた事実は情報管理局員も驚き続けていた。

 

 事実、ノルンのデータは全世界共通となっているが、そんな中でも一部記載されていない情報が幾つか存在してた。一番の違いはアラガミの分類が細かい事だった。一般的な情報にはアラガミの名称や能力、属性程度の記載しかなされていない。しかし、極東支部に関してだけ言えば、それ以外にも幾つかの選択肢が存在する中で通常種、堕天種、変異種の3種類に分類され、その中でも変異種に関しては内容を見た瞬間唖然とする事が記載されていた。

 ここでの基準がヴァジュラの単独討伐である事を皮切りに細かく分類されたアラガミの種類は全てが全世界と同じではなかった。事実上の極東の固有種の様にも見える変異種はまさにその最たる物でもあった。

 

 

「リヴィ。どうかしたのか?」

 

「いや。少しばかり驚いただけだ。まさか同じ様な個体と交戦していたなんて事も初めて知ったからな」

 

「だよな。俺が囮になるなら最初からそう言ってくれれば良かったんだけど、誰も何も言わないんだぜ。ちょっと酷くないか?」

 

「まあまあ、それは結果論であってロミオ先輩の力量があったからこそ出来た作戦だったんだし」

 

 ナナのフォローになってない様な言葉にロミオとしても少し面白く無い感情が混ざっていた。一番最初にキュウビが攻撃を仕掛けてきたのはロミオに対してだった。

 恐らくは神機の性質上、素早く行動する事が困難だと判断した結果なのか、キュウビはロミオの事を執拗に狙っていた。通常種に比べれば高い攻撃能力を誇るアラガミではあるが、その行動を完全に理解しているかの様に、攻撃をギリギリまで引きつけ完全に防ぎ切った力量は何気に全員が驚いていた。

 キュウビの討伐に関してはクレイドルとブラッドだけが交戦しているだけで、実際にロミオのログにもキュウビの名称は無い。しかし、事実上のシャットアウトした技術に関しては、口にこそ出さないが全員が関心してたのもまた事実だった。

 

 

「はいはい。とりあえず褒め言葉としては受け止めるよ」

 

「何だか復帰してからのロミオ先輩って余裕があるみたいで面白く無いんだけど」

 

「なんだそれ?俺は昔からこうだって」

 

「え~そんな事あったっけ」

 

 ナナとロミオの会話に意識は向くが、ここからアナグラに戻るまでにアラガミが出ないと言う保証はどこにも無い。軽口こそ叩くも全員の視線は周囲を索敵したままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全員が揃ったね。これで螺旋の樹の探索の最終フェイズに移行出来るよ」

 

「では、これより最終局面に関する情報の共有化を行う。今後の作戦に関してだが、今回のブリーフィングが事実上の最終になるだろう」

 

 シエルの捜索が終えると同時に全員が会議室へと呼ばれていたからなのか、既にそこには榊やフェルフォマンだけでなく、ツバキやクレイドルのメンバーも揃っていた。

 3人の探索は事実上の上層の探索を兼ねていた事もあってか、探索は佳境を迎えている。会議室の空気が伝播したのか、会議室に入るまでの緩んだ空気が既に無くなっていた。榊の言葉を皮切りにツバキの厳しい声が会議室全体に響き渡る。

 半ば当事者では無いと思っていた部分もあった他の局員でさえも姿勢を正したかの様に背筋を伸ばしていた。

 

 

「ではこれより螺旋の樹の最終決戦となる概要を説明する。各自後ろの画面を見てくれ」

 

 フェルドマンの言葉に全員が視線を向けていた。既に情報の共有化における各部隊から上がってきた情報が一つにまとめられて、それが今作戦の概要として映し出されていた。 既に探索を終えた螺旋の樹の内部の情報が包み隠さず公表されて行く。すべての情報を頭に叩き込むかの様な内容は全員から無駄口を叩く暇さえ奪っていた。

 

 

「それと、今作戦に関しては中層と上層の境にベースキャンプが既に設置されているが、それとは別で上層部にもう一つ設置する。その件に関してはアリサ、お前が指揮と執るんだ。それとエイジ、お前はその間の護衛任務をリンドウとやれ。コウタ、お前はクレイドルの立場として第1部隊以外の陣頭指揮を執るんだ。アナグラの周囲の防衛はタツミ達に任せる事にする。各自質問はあるか?無いのであればこれで解散だ」

 

 画面に出された情報が全て理解出来たと判断したのか、画面は何時もと同じ画面に戻っている。事実上の最終決戦が近い事が全員の中で一致していた。

 

 

「いよいよ……だな」

 

「ああ。あの時にした後悔はもう二度としない」

 

 会議室を出て、歩きながら北斗はその当時の事を思い出してた。自らが特異点となり、永遠の闘争を選んだジュリウスの判断は全体的な事だけ見れば当然の話かもしれないが、ブラッドの意志としては肯定する事は出来なかった。

 お互いが捕喰活動を繰り返すのは未来永劫の闘争を選んだ結果でしかない。何をどう言いつくろったとしても今の状況を良しと思わない以上、やるべき事は一つだけ。既に萌芽した螺旋の樹に対し、出来る事は限られていた。

 廊下を歩く音がやけに耳につく。そんな2人の心情を表している様でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今さらやっても遅くないか?」

 

「いえ。折角なので是非お願いしたいんです」

 

 螺旋の樹の上層部に置けるベースキャンプの設置は簡易的な物とは言え、改めて資材の調達だけでなく周囲の状況を加味しながらの設置となる為に、それなりの時間を必要としていた。ツバキからの指示と同時に、アリサとエイジはすぐさま連絡を入れ設置に対する計画を取りまとめ、コウタはマルグリットに改めて今後の指示を出していた。

 決戦はベースキャンプの設置が完了後となっているからなのか、これまでの連戦を労わる為にブラッドには僅かばかりの休息が言い渡されていた。そんな中で北斗はロミがこれまでにやって来た教導のメニューに興味を持っていた。

 リヴィとの模擬戦の動きは確実に北斗の中にある何かを刺激したからなのか、時間に余裕が出来た事が分かったと同時に技術班の下へと足を運んでいた。

 

 

「ロミオのあれはまた違うからな……最終決戦を前に下手な事はしたくないんだが……」

 

「しかし、今のままでは部隊にも影響を及ぼす可能性もあるので」

 

 北斗が真っ先に向かった場所はナオヤの下だった。既にエイジやリンドウが資材調達と現場の確保の為にアナグラを離れている事を理解している以上、頼る事が出来るのはナオヤだけとの判断だった。

 既にナオヤとしても全員の神機の整備を始める為に、決して時間にゆとりがある訳では無い。いくら頭を下げられても出来る事と出来ない事があるのは明白だった。

 

 

「俺の今の仕事はお前の神機の整備だって事は理解してるよな?身体は一つしかないんだぞ」

 

 自分の神機の整備と言われれば北斗と言えどそれ以上の事は強く言えなかった。既に整備の段階に入ってるからなのか、神機は各パーツごとに分解されている。北斗自身も目に入ったからなのか、それ以上の事は何も言えなかった。

 

 

「しかし……」

 

「なぜそんなに焦る必要があるんだ?」

 

 神機の分解作業に入ってるだけでなく、事実上のオーバーホールはブラッドを優先的に進めた事で殆どの技師は自分達の事で手一杯となっていた。それはナオヤだけでなくリッカも同じ事。ここでの中断はどうなるのを理解しているはずの人間がこうまで頼み込むのは何かしらの問題がある位の事は理解できるが、それが何を意味するのかと言われれば本人に聞くよりなかった。

 作業をしながらの為に北斗の表情を伺う事は出来ない。今のナオヤの優先順位は神機の整備であって、カウンセリングや教導ではなかった。何時もとは違い、冷たく突き放つ。その口調が何を意味するのは北斗にも理解出来ていた。

 

 

「螺旋の樹の中でラケルの亡霊とも言える物に言われた事が気になるんです。俺は今までみんなに甘えてきてたんだと。事実、ジュリウスを助けたい気持ちは自分ではあるにも関わらず、他の人間がどう考えているのかと言われた時に、疑いもあったんです」

 

 北斗の言葉にナオヤは少しだけ作業の手を緩め、北斗の独白とも取れる言葉を聞いていた。実際に今回の探索に於いて、行方不明となった3人以外には北斗だけが残されている。

 当時の状況を詳しく知らない為にナオヤはそんな事実があった事に驚きはしたが、恐らくは先ほどの言葉が全ての原因なんだろうと予測していた。実際に教導の立場なので弟子や師匠なんて間柄では無い。しかし、神機を振るう人間に躊躇があれば、その代償はいつしかそれは自分の元に来る事になる。

 最終決戦の直前の独白にナオヤは少しだけ考える部分があった。

 

 

「お前は馬鹿なのか?」

 

「え?」

 

 唐突にナオヤから言われた言葉に北斗はそれ以上の言葉を告げる事は出来なくなってた。自分の考えについて何を考えていたのか、何をしてほしかったのかが理解出来なくなっていた。それと同時に自分が何の為にここに来たのかを改めて思い出していた。

 今のままで本当にジュリウスを救出する事は可能なんだろうか?自分の実力に疑問があったからこそ誰かに縋りたいと無意識に考えていたのだろうか?そんな取り止めのない疑問が頭の中で出ていた。

 

 

「幾ら仲間を信じると言った所で、全員の気持ちなんて分かる訳ないだろ?自分一人がブラッドを背負ってるとか、世界を救うなんて考えてるのは烏滸がましいにも程がある。自分の人生は自分だけの物であって、他人の物じゃない。自分の力量が足りなければ他人を使い、自分で出来る事は自分でやる。考え方はそんな物で十分だ。

 実際に俺達は俺達が出来る事だけをやっているにしか過ぎないんだ。それを活かすも殺すも俺達からすれば全てが他人任せなんだぞ。だが、お前は自分で何とか出来る立場にあるんだ。疑った事に罪悪感を持つ必要がどこにあるんだ?嫌なら自分の力だけで何とかする位の気概を見せればいいだけじゃないのか?」

 

 呆気らかんと言われた言葉に北斗は呆然としていたと同時に、一つの事を思い出していた。自分の出来る事だけをやる。以前にも無明から言われた言葉だった。実際に北斗自身の力量はそう低い訳では無かった。

 事実このアナグラの内部でも片手に入る程の上位のスコアを持っている。上を見ればキリがないと言うよりも、明らかに自分に比べれば高みを歩いている人物しか居ない。

 実際にミッションにだって同行している。だからこそ自分の状態がどうなっているのかを正しく理解出来ないでいた。

 

 

「ジュリウスの事を考えてるなら尚更だろ?現状はどうやって終末捕喰をさせずに助け出すかなんて理論すら無いにも関わらず、助け出す事を至上命題としてやるなら、下手な事は考える必要なんて最初から無いに決まってるだろうが」

 

 ナオヤの言葉は北斗の意識を改めて変えていた。心の中に巣食った靄が消えて行く様にも感じる。何に囚われていたのかを北斗は改めて考えていた。

 

 

「ですが……」

 

「なんだ。何もしてないから余計な事を考えるだけだろ?だったらロミオとやれば良いだろうが。あいつだってまだまだ修行中の身なんだからな」

 

 自分の言いたい事だけを告げるとナオヤは再び神機の整備へと取り掛かっていた。先ほどの会話の時間すら惜しいと思ったのか、既に北斗の事は思考から抜け落ちている。

 目の前の自分の神機のパーツごとに何かをしている場面はどこか遠い情景の様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、あれで良かったの?」

 

「何がだ?」

 

 北斗が外に出た事と、整備の方も漸く一息つける事が確認出来たからなのか、ナオヤはコーヒーを飲みながら休憩をしていた。背後からのリッカの声に、同じく休憩である事は理解出来ていた。

 

 

「さっきの事だよ。北斗があんなに悩んでるなら師匠として何か言うべきだったんじゃないの?」

 

「師匠な訳あるかよ。実際に俺の本業はこれであって、教導は違う。大体ブラッドの中でも一番の攻撃力を誇る人間が何を今さら言ってるんだって話だろ?」

 

「随分と手厳しいね」

 

 そう言いながらリッカはナオヤの隣に腰を下ろしていた。螺旋の樹の探索は既に最終局面に入っている事はナオヤやリッカだけでなく、技術班全員が知っている。周囲の防衛に関する神機の整備よりも螺旋の樹の探索チームの整備を優先している関係上、誰もが何も言わないまでも、その先の事を考えていた。

 これまでに2度回避された終末捕喰。しかし、2回目に至っては完全に回避したのではなく、事実上の均衡を保っているにしか過ぎない事実は極東に居る人間は誰もが理解している。

 そんな中での新たな局面に誰もが敢えて何も言う事無く出来る事だけをやっていた。そんな中での北斗の言葉はおのずと不安になる要素しか無かった。

 

 

「だいたい、自分の置かれた立場を理解してないんだよ。あいつはここに来てから色んな事があったはずなんだ。ギルの件やナナの件。ロミオの件だってそうだ。これまでの殆どが自分を中心として来ている。全員の心を一つにしてなんで綺麗事だけでやって行ける程ここは甘くは無いんだ。全員が自分を信じていると気が付かないのも不思議な話だ」

 

 再びコーヒーをすすりながらこれまでの状況を思い出していた。基本的な部分はともかく、色んな場面で北斗を信頼していることは他人から見れば明白だった。

 誰もが無傷で今まで生きてきた訳ではない。それぞれに起こる内容を自分で消化しながら一歩づつ前に進む。どれがどれ程困難な事なのかは当事者以外には知る由も無い。

 これまでにエイジやリンドウが残した足跡から考えても、今の北斗は十分すぎるほど恵まれている事に気が付いていない事が気になっていた。

 

 

「さっすが教導教官。ちゃんと見てるんだね」

 

そう言いながらリッカは目の前にあったクッキーを口に運び、同じくコーヒーを口にしていた。

 

 

「見えるも何も、誰だって一人で生きて行く事は難しいに決まってる。ましてやゴッドーイーターなんて、そんな中でも最たる物だろ?」

 

 そう言いながらもナオヤは改めて北斗の事を考えていた。これまでまともに教導以外で会話をした記憶は無かったが、それでも整備士として携わってきた者からすれば北斗の考えを理解出来ない訳では無い。しかしあまりにもそれが危うい考えであると本人は思っていない様にも思えていた。

 

 

 


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