「ありあわせだけど良いよね?」
ソーマだけではなく、結果的にはそこに居た全員と食事をする事になった。
エイジ自身が誘った手前、それなりには手を加えるが、先日のパーティーの事もあり今回は割と簡単な物で済ます事にした。
「いつ食べてもエイジの飯はうまいよな」
「だからたまには自分で作れよ」
「あれから考えたんだけど、やっぱり面倒だしそれなら作ってもらった方が早いのと確実だって事に気が付いたんだよ」
コウタは出たものは割となんでも食べるので、作る方としては気にする事は殆ど無かった。今回も料理はいたって簡単な作り置きのパスタを解凍した物と付け合わせで簡単なサラダにパンとスープと言った所だった。
本来であればソーマと食べるつもりだったが、さすがにあの状況で他の人間を無視する事はエイジとしても気持ちの良い物ではなく、先ほどの話では無いがソーマに対してのわだかまりを無くし、かつ親睦を深める事も兼ねてた方が効率が良いとばかりに誘う事になった。
「サクヤさん、味はどうですか?」
「そうね。前も思ったけどエイジは料理人の方が良いんじゃないかって思う事はあるわ」
「口にあってなによりです」
料理を食べてもらうと言うのは、逆の考え方からすれば無意識にでも自分と比較する事がある。
プロの料理人ではないのと、現状では手に入るものは限られてくる以上、そこは工夫するしか方法は無かった。
コウタとサクヤは普通に食べているが、アリサだけは何故かへこんでいる様にも見えるのかフォークを持った手が止まっていた。
ひょっとしたら口に合わなかったのだろうか?エイジはそんな事を考えながらアリサを何気に見ていた。
「口に合わなかった?」
「いえ、正直かなり美味しいです。ただ……」
「だた?」
「いえ、なんでもありません」
そのやり取りを見たサクヤだけがアリサの気持ちの変化に気が付いていた。
以前に話した際にはアリサの過去に関する事も含まれており、洗脳の前は両親がまだ健在だったのと、年齢的にはまだそこまで至らなかった。
しかし、それ以降は洗脳されながらの日々の生活は戦闘訓練に明け暮れていた為に、女の子らしい事や家事など同年代の子供がする様な事は一切やってこなかった。
むしろ戦闘にのみ特化し、そんな二次的な事は無意味とばかりに一切教えられていなかった。
しかし、先ほどのエイジとソーマの会話のやり取りを聞き、自身がどんな環境に身を置いていたのか、なぜそんな考えに至らなかったのかを考えてしまっていた。
家族が当たり前の様に居る事の方が珍しい。本来であれば母親から家庭の味付けとなる料理や掃除など、家庭的な事は何も知らなさすぎた自分に自己嫌悪しそうになっていた。
特に厄介なのが自分たちの部隊長でもあるエイジは小さいころから生きる術を自分で磨き、またそれを恥じる事も喧伝する事もなく、ただ普通だと考えやってきていた。
パーティーの時にもリッカから多少なりとも聞いていたが、色んな事を教えて貰いながら自分でも研鑚を積んでいる。
その結果が目の前にある。リッカからそう聞いていた。
「そう言えば、前に食べたプリンって結構手間がかかってるの?」
「ああ、あれね。手間は人によるかも。かかると言えばかかるけど、材料だけ見たら大したものは使っていないんだよ」
「前にお土産で家に持って帰ったらノゾミが想像以上に喜んじゃったから、作るとなると面倒なのかと思ってさ」
その会話を聞いた瞬間にアリサはこれが天啓だとばかりに閃いた。言うなら今しかないと。
「そ、そのプリンわたしにも作れますか?」
「簡単だから多分子供でも作れるはずだよ。何なら今から作ってみる?」
食事会の後は急遽お菓子教室が開催される事になった。
何だかんだと今まで連続したミッションをこなした影響なのか、幸いにもアナグラ周辺にアラガミの脅威は見れらない。となれば気分転換位は出来るのだろう。
エイジはそう思い改めて確認する事にした。
「作るなら、簡単なのと手間は少しかかるけど味はいいのがあるけど、ちなみに経験はある?」
サクヤは料理が出来るので恐らくは参加する事は無いのかもしれない。
しかし、残りの3人に関しては全くの未知数。コウタは言わなくても分かるが、ソーマとアリサはそこまで聞いた事が今まで一度も無かった。
「俺は参加しない」
「何言ってるんですか!今更そんな話が出たからと言って逃げるんですか?」
ソーマとて何も考えていない訳では無かった。
先ほどの話の流れで食事をし、ここで解散とばかりに考えていたが、参加するなどと発言した覚えは全くない。何処にそんな要素があったかは知らないが、何故か参加する事が強制となっている。
今まで食事なんて腹が満たされればそれで良いとさえ思った人間が、何の酔狂なのか料理を作るなんて選択肢は最初から無かった。
それを予測し離脱しようかと思った矢先のアリサの発言。ソーマはそこまで言われて面白くないと判断したのか急遽参加する事を決めた。
「良いだろう。やってやろうじゃないか。もちろん2人も当然作るんだろうな?」
「と、当然です。コウタも当然参加しますよね?ノゾミちゃんに教える事が出来ますよ」
「簡単ならやってみようかな。何だか面白そうだし」
「じゃあ私は3人の監督をするわね」
ここで開催が決定した。第1回お菓子教室の幕が切って落とされた。
「とりあえず簡単に作れる物でやるよ。材料はこれだよ」
取り出されたのは牛乳に卵と砂糖の3種類。それ以外はどこにも何も置いていない。
「なあエイジ、まさかと思うけどこれだけで出来るの?」
「これだけだよ。簡単に作るならこれだけで十分だけどね」
「ここはもっといろんな味や、口当たりなんかもアレンジしたらどうですか?」
「基本が出来ない人間がどうアレンジするんだよ。最後は口に入るものだぞ。限られた資源は大切に使わないと勿体ないって。ここに変なこだわりは要らないから」
エイジは口には出さない物の、コウタの言い分はもっともだった。
料理はお菓子と違いかなりアバウトに作っても最終的な味付けである程度決まるが、お菓子作りは決まった分量を正しいやり方で確実にしないと出来ない。
食べると言う最終目標は同じだが、過程は全く違う。
そんな説明にサクヤも驚いていた。自身で作れば確実に分かるが、お菓子はしっかりと分量と手順を守らないと最終的には全く予想も出来ない結果になる事がある。
そうならない様にレシピはしかっりと守る必要があった。
「簡単だったろ?」
「いや、ここまで簡単だとは思わなかった」
「自分で作るのも悪くはないな」
「……何だかみんなとは違う気がします」
コウタとソーマが作ったのは所謂教科書通りの出来栄えだった。
自分で作るので甘さや容量は自分の好みに合わせる事が出来るのが手作りの最大の点。これには問題が特に無かった。
問題なのがアリサのプリン。2人とは違って何故か色が違うだけでなく、質感が明らかに異なる。
材料に関しては皆同じである以上、一人だけ異なる可能性は低い。そうエイジも考えた末の判断だった。
神機を扱う様子を見れば不器用ではないはず。そう安易に考えたのがそもそも間違いの元だった。
本体の部分は単純にかき混ぜるだけだったので3人とも問題無かった。
しかし、決定的に違ったのがカラメルの部分。砂糖を水で少しづつのばしながら味と色を決めていくが、アリサだけは何故か豪快な火力と共に黒焦げの状態となっているので、漂う臭いから味は食べるまでも無い事だけは容易に理解出来た。
「カラメルはともかく、本体は大丈夫だからちゃんと食べられるよ」
「でも他の2人よりも出来栄えが悪いです」
「最初から上手く出来る人は少ないよ。要は数をこなして慣れるのが一番だから」
いくらフォローしても、まさか他の2人に負けるとは思っていなかったのか、残念な出来栄えに見事にへこんでいる。
あまりの落ち込み様に何と言っていいのか、かける言葉が見当たらない。サクヤに助けを求めるべく、目で合図をするが、残念ながらこの状況を覆す手段が無いのか、悪いと思いながらもサクヤは気が付かないフリをしていた。
この時点で回避は不可能だと悟ったエイジも困り果てた。
流石にエイジに押し付けるのは悪いと思ったのか、暫く考えたのか、改めてサクヤがフォローに入った。
「アリサ、エイジが言ったように数をこなせば上手くなるから気にしないで」
「一人ではさすがに出来る自身がありません」
「誰も一人でなんて言ってないでしょ。目の前に先生がいるんだからしっかりと教わりなさい」
何気に聞いていたエイジもサクヤの発言には驚いてしまった。
今までにも屋敷で小さい子供に何度か教えた経験はあったが、あくまでもおままごとの延長の様なもの。
今回は子供ではなくアリサ。先ほどの手順と手つきを見れば前途多難なのは容易に想像できた。
「あの、お願いしても良いですか?」
上目遣いにお願いされて嫌とは言えず、今のままではあまりにも気の毒なのも分からないでもない。
しかしながら二人で教えるのは若干緊張する。アリサの事は嫌いではないが、エイジとてそれなりの年齢に達した男性である以上、わずかでも意識せざるを得ない。
ここは多少でも道連れを考えようとした途端に何かを察知したのか、コウタとソーマは帰り支度を始めていた。
「ちょっと用事があるから部屋に戻るよ」
「用事を思い出した。悪いがあとは頼んだ」
「ちょっと……」
道連れにと思った連中は薄情にも敵前逃亡を図っていた。