「本当にロミオがいた……」
ナナの捜索が終えると同時に再びロビーに戻ると、そこには他のミッションに出向いたコウタ達がロミオの顔を見て驚いていた。一緒に出たマルグリットから話を聞いていた為に、それ程大きく驚く様な事はなかったが、それでも帰投の際にヘリの中で告げられた事実はコウタだけでなく、エリナやエミールまでもが驚愕の表情を浮かべていた。
「コウタさん……」
「ロミオ……。ここじゃなんだし、折角だからラウンジに行こうぜ!俺、奢るからさ」
ブラッドが配属された当初、真っ先に打ち解けあった仲だったからなのか、お互いは久しぶりに会った事を喜び抱き合いながらコウタはロミオの背中をバシバシと叩く。ロミオも余りにもコウタの力が強すぎたからなのか、痛いと言いながらも笑顔で溢れていた。
そんな2人を見たリヴィは先ほどナナと抱き合っていた事を思い出していた。今のロミオは先ほどと何も変わっていないはずのシチュエーションにも関わらず、今は先ほどの様な感情は持ち合わせていない。それが何だったのかを考えながら何となく2人を見ていた。
「リヴィ、どうかしたのか?」
「いや。さっきの光景を見て思ったんだが、ロミオは男と女と両方イケるのか?」
「………は?」
何気なく先ほどの光景を見て何かを思う部分があったからなのか、北斗は何気なくリヴィに話かけたまでは良かったが、まさかの斜め上の回答に何も答える事が出来なかった。リヴィの言っている言葉の意味は分かるが、何故そう思ったのかと、そこに至るまでの思考が理解出来ない。北斗は思わず隣にいたギルに助けを求めるべく視線を投げていた。
「リヴィ。別に抱き合ったからと言って全てが慕情ばかりでは無いだろう。ロミオは何だかんだ言ってコウタ隊長とは一番最初に友好を交わしてる、久しぶりに会った事が嬉しいだけだろ?」
「極東ではそんな風習があるのか?」
「別に極東だけの話でも無いだろ?」
助け船を出したギルも内心頭を抱えたくなっていた。リヴィに関しては大よその事は北斗同様にフェルドマンや本人からも聞かされているが、親愛の情と言う概念がやや薄いのではと考えていた。
このメンバーの中でギルが一番色んな意味での大人の事情と言う物を理解している。自身の経歴からなのか、それともハルオミと言う教師が居たからなのかは分からないが、それでもリヴィの様な考えに至る可能性は本来であれば高いはずがなかった。しかし、情報管理局に所属する事でこなさなければならないミッションがどれ程過酷な物なのかは、今回の作戦で何となく理解した様にも思えていた。
恐らく周囲には同年代の仲間や色々と教えてくれる人間が居なかった結果なのかもしれない。そんな取り止めの無い考えがギルの脳裏に浮かんでいた。
「そうだったのか……では私もロミオに抱き付いた方が良かったのだろうか?」
「それは本人に聞けば良いだけの話だろ?俺は少し用事があるから北斗、後は頼んだ」
「ちょっとギル!」
「そこから先は隊長の仕事だ」
これ以上この会話に参加する訳には行かないと判断したのか、ギルは用事を適当にでっち上げこの場から退散していた。既に手続きが終わったからかのか、この場にはヒバリ以外には北斗とナナ、リヴィしかいない。今までいた人間はそれぞれの用事があったからなのか、既に人影すら無くなっていた。
「でも、マルグリットさんがコウタさんの彼女だなんて……びっくりですよ」
「いや、ロミオ。声が大きいって」
ロミオの言葉にコウタは周囲を思わず確認していた。現在のラウンジは時間帯の影響もあってか人影は少なく、カウンターの中にムツミが居る以外には殆ど人は居なかった。目の前のムツミは夜の食事の為に下拵えに専念しているからなのか、意識はこちらに向いていない。そんな事からちょっとした個人的な空間となっていた。
「だって屋敷で話を聞いた時は俺、ショックでしたから。まさかあれだけシプレを一押ししてたのに、気が付いたらそんなのは卒業したみたいな事になってたら、俺は今後誰とそんな話をすれば良いんですか?」
ロミオの言葉にコウタはそれ以上何も言えなかった。確かに一時期に比べればそんな話題を出す事はかなり少なくなった記憶はあるが、自分では実感できないからなのか、特に意識した様な部分はあまり無かった。
冷静に考えれば自室の中も一時期よりも随分と小綺麗になった気がするが、それがマルグリットに繋がるとは思ってもなかった。
「別に卒業したなんて思ってないんだけどな……」
「へ~コウタはマルグリットよりもアイドルの方が良いんですか?」
何気なくロミオと会話していたはずが、背後から聞こえるのはアリサの声。何かを感づいたのか、コウタはゆっくりと振り返っていた。
目の前にはアリサとマルグリットが一緒に立っている。気恥ずかしそうに並んでいるマルグリットよりも、隣にいるアリサの方が何処かイラついた表情を浮かべていた。
「誰もそんな事言ってないだろ?」
「あれ?私には少なくともそう聞こえましたよ。マルグリットさん。こんなアイドル馬鹿なんて放っておいてあっちで話をしませんか?」
「いえ…私は別にそう思った事は…ないです…」
「だそうですよ。コウタ、愛されてて良かったですね」
「アリサ、視線が怖いんだけど……」
そう言いながらアリサはムツミに2人分の飲み物を頼むと窓際の席へと移動していた。どうやらミッションにおける打ち合わせなのか、すぐさまタブレットを使い情報交換をしている。恐らくは先ほどのやり取りは何かしらの牽制の様な気が少しはしたが、今は一先ずロミオとの話を集中すべく再びロミオを方へと視線と向けていた。
「コウタさん、良いッスね……正直羨ましいです」
「お前までそう言うなよ……」
何時もの日常が戻ったかの様な空気が流れているも、今はまだシエルが行方不明である事に変わりはなかった。現時点ではまだ見つかっていないとの話から、僅かな休憩となっている。そんな一時の憩いの時間がラウンジに漂っていた。
「そうか。となると何かと厄介な可能性があるな。我々もあの時の偏食場パルスの異常は確認したが、まさかそんな効果を持っているとはな」
ロミオ達がラウンジでのやり取りを展開している頃、北斗とリヴィは今回の報告の為に会議室へと足を運んでいた。コンバットログでも確認出来る事はいくつかあるが、それでも実際に戦って実感を持った人間が話をする方が情報量は格段に多くなる。
ましてや今回のコンゴウの神融種はナナの血の力に似たような偏食場パルスを発生させていた事からも、情報の精査はある意味では当然の事でもあった。
「フェルドマン。今後の事を考えると、螺旋の樹の内部にそれが発生したのであれば、今後はそれが外に出る可能性だけでなく、万が一の場合には他の戦場でも自然発生する可能性がある。直ぐにノルンのデータを更新した方が良いだろう」
「しかし、それでは悪戯に他の支部にも動揺が走る可能性があります。それに関しては暫く様子を見た方が良いかと」
「フェルドマン局長。言いたい事も、どんな影響を及ぼすのかも分からない訳では無いんだよ。しかし、赤い雨が終えてからも感応種は既に固定化された種となっているのもまた事実。ここは各自の判断ではなく、お互いの情報の共有化は必須だと思うが……違うかい?」
榊の発言にフェルドマンも何でも否定する様な考えは元から持っていなかった。実際に通常のアラガミに関しての情報は精査した後にノルンで公表しているが、感応種以降の新種の出現に関してはかなり慎重になっていた。
今はまだ感応種に関しても極東でしか活動が確認されておらず、一時期は本部に対して情報の開示要求が各支部からも上がっていた。本来であれば本部の意向を無視する様な事は無いが、新種のアラガミの討伐に関する情報は何もなければ対処のしようが無いだけでなく、最悪はゴッドイーターをそのまま失う可能性もあった。
そうなれば支部の戦力のダウンは必須となる。今回の件に関してもフェルドマンはその状況を知っている為に、安易な更新を停止していた。
「……分かりました。一先ずは今回の件に関しては本部に対応する様に働きかけておきます。しかし、それをする事になればここにも何かしらの要請が来る可能性も否定出来なくなりますが、それでも宜しいのですか?」
「その件に関しては構わん。そんな事は今更だ。仮に情報だけでなく、実戦が必要ならばここに来れば良いだけの話だ。そこから先は各支部との話し合いでしかない」
このメンバーの中で唯一、現役での戦闘をこなす人間の言葉は絶大だった。世界中にアラガミは当たり前の様に発生しているが、その中でも極東のアラガミは他の支部では事実上の危険種扱いする種ですら通常種として登録されている。
他の支部では現れただけで第1級配備するヴァジュラが、ここでは独り立ちさせる為の通過点でしかない事はまだ記憶に新しい。そんな中でもここに来れば事足りると言われても、おいそれと派遣させる支部は無いだろうとフェルドマンは内心考えていた。
「紫藤博士がそうまで言われるのであれば、我々としては吝かではありませんので。饗庭隊長も、リヴィもご苦労だった。引き続きシエルの捜索は続いている。両名とも招集までは時間がある様であれば休息を取ってくれたまえ」
「了解しました」
北斗とリヴィはそのまま会議室から退出していた。既にこの場には僅かな職員しか居ない。先ほどの会話から、改めて極東の基準を思い知らされていた。
「そうか……ではそのまま連絡しておいてくれ」
《了解しました。では直ちに出撃の準備もしておきます》
シエルの探索は当初予定したよりも随分と早い発見となっていた。既に上層の探索は佳境に入っているからなのか、探索する場所は徐々に小さくなっている。
全体的な範囲が狭まっているのは、ひとえに最上部に肉迫しているのも一つの事実だった。
「どうやらこれで全員が見つかったみたいですね」
「そうだな。となれば残す所もあと僅かって所だろうな」
会議室での話とは別に、ツバキは支部長室でリンドウとエイジに改めて打ち合わせをしていた。現時点ではまだ榊と無明にしか伝えられていないが、ここ最近のアラガミの襲撃が活発になりだしただけでなく、その際には何体化の神融種や感応種も混ざり出していた事が原因となっていた。これまでに大きな観測はされていないものの、ジュリウスが終末捕喰を起こした頃に状況が近いのか、アラガミの活動は日々厳しい物へとなりつつあった。
「今はシエルの探索を最優先としているが、今後の予定に関しては、全員が集まった時点で改めて最上層へと進行するのは既定路線だ。ただ、あの時の話ではないが、あれがどんな事をしでかすのかは誰にも分からんのも、また事実だ」
螺旋の樹の探索に影響が出ない様にとの配慮から、既にブラッドには知らされていないが、ここ数日は事実上の緊急配備となっている事が多くなっていた。何かに引き寄せられるかの様にアラガミが次々と戦場に入り込む。本来であれば装備を常にチェックしながらの戦闘ではあったが、ここ数日は事実上の連戦となっていた。
精神の疲労は致命的な隙を生む可能性が極めて高い。今はそんな事にならない為に休憩の時間を設けていた。そんな状況があったからこそ、アリサとマルグリットは休憩がてらラウンジへと足を運んでいた。
「まさかこんな短期間で終末捕喰を体験するなんて、普通はあり得ないんだがな」
「だからと言ってそのまま発動させる訳にも行かないのも事実だ。まあ、これが終わって落ち着けば多少の羽目を外すのも良いだろう」
報告の傍らでツバキは今の状況を一つづつ確認していく。タブレットに映されているのは各補給物資の搬入度合いだった。既に7割は完了し、残りも完了まではそうかからない事を示している。残された任務と作業はあと僅かとなっていた。
「やっぱりそうでないとな。俺達もブラッドに負けず劣らずにやるしかないな」
「そうですね。僕らに出来るののは大きな事でもありませんからね」
それ以上の言葉は何も無かった。徐々に螺旋の樹の探索も終わりを告げるだけでなく、これがある意味では現時点での最大の作戦であるのは間違い無い。クレイドルとしてだけでなく、極東に所属する一ゴッドイーターとしての想いがそこには存在していた。
「そうか。了解した」
北斗は通信を一旦切ると同時に、その場にいた全員に改めて視線を向けていた。この状況で来る通信の内容は確認するまでもなく、シエルの生存を意味している。既に先ほどまでのゆったりとした空気はどこにも存在していなかった。
「漸く見つかったのか?」
「ああ。救難信号をキャッチしたらしい。場所はナナが居た所からそう遠くは無いらしい」
ギルが発した言葉が全てだった。既に神機の整備だけでなく、出撃の準備が完了している。ここからやるべき事は一つだけだった。