神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第246話 探索前夜

「でも、それならそうと早く言ってくれれば……」

 

「北斗の気持ちは分からないでもないけど、これにも理由があるからね。もし目覚めた状況が確認されて、そのままミッションになったらどうなる?」

 

 北斗はエイジから言われた事によって漸くこれまでの事実を思い出していた。リヴィが派遣されてからの作戦はどれもこれもギリギリに近い内容が殆どでもあり、またロミオがそのまま原隊復帰したとしても、その過酷な戦場に於いてのフォローは事実上不可能とも取れた。

 事実、ラケルの謀略に嵌った結果が現在であれば、尚更その事実が重くのしかかる。エイジの言葉を正しく理解したからなのか、北斗はそれ以上の事は何も言えなかった。

 

 

「今回の模擬戦の結果はフェルドマン局長だけでなく、アナグラにも通達されてるから、今頃は大変だろうね」

 

「それは……間違い無いでしょうね」

 

 今はロミオの件での説明と同時に身柄を匿う為に北斗とリヴィは屋敷に滞在していた。

 ここに居る為に事実は何も知らされていないが、オペレーターのフランに関しては原隊復帰の調整だけでなく、これまで溜まったログの整理や報酬の手続き。既存の神機のコード変更などやるべき事が余りにも多く、パンク寸前の状況に追い込まれていた。

 時折ヒバリのフォローが入るが、やはりブラッドに関する情報の更新に関してはフランが全面的に担当している為に、今は急遽ローテーションの変更を余儀なくされていた。

 

 

「しかし、短期間でああまで変わるなんて一体何をやったんですか?」

 

 北斗が知りたかったのはそれだった。ロミオの変貌ぶりは北斗にも衝撃を与えていた。既に洗練された動きはこのアナグラでも確実に上位に入るだけでなく、ひょっとしたらギルやシエルよりも上なのかもしれないとまで考えていた。短期間での教導がどれ程の物なのか、北斗はロミオの事は横にしてもエイジに確認したいと考えていた。

 

 

「体力の増強と視覚を封じた訓練だね。教導のメインはナオヤだけど、時折僕と兄様がやったからね。我ながらかなりのスパルタぶりはちょっとね……」

 

 現時点で考えられる人間の教導の結果でしかなかった。エイジやナオヤはアナグラでも時折やるが、無明とまでとなれば話は大きく変わってくる。以前に一度だけ対峙した際には手も足も出なかった苦い記憶だけが残されている。そんな記憶があったからこそ北斗はロミオの動きの原点を見た様な気がしていた。

 

 

「やっぱりここのお風呂は良いよな~。極東に来て良かったって思うよ」

 

 そんな北斗の考えを他所にロミオはここでの当たり前でもある浴衣に着替え、まるで自分の家の様にこちらに来ていた。

 

 

「ロミオ先輩!聞きたい事があるんですが、無明さんとの教導はどうだったんですか?」

 

「え?」

 

「だから、無明さんとの教導に付いてですが」

 

 何気無く聞かれたはずの名前にロミオは先ほどまでのリラックスした表情から突如として顔が青ざめ身体はガタガタと震えている。今思い出してもあれ程厳しい教導は二度とやりたくない。そんな記憶がそこにはあった。

 

 エイジやナオヤとの教導とは違い、事実上の真剣を使った教導は自分の命の保証すら成されていない。仮に反撃をされるのであれば、自分の命は確実に無くなる未来が常に付きまとう教導は生きた心地が一切しなかった。

 事前に入念なチェックはあるが、それでも恐怖心を抑え込むのは不可能に近い。無明と対峙するならば、まだハンニバル侵喰種と対峙した方だマシだと思える。こうして生きている事に感謝したくなる感情はこれまでの自分の人生の中では一度も無かった。

 そんな思い出しかないにもかかわらず、それを口にしたいとは既に思っていない。今ロミオに出来る事はその事実から北斗の目を背けさせる事だけだった。

 

 

「それは…俺の口からは言えないんだ……」

 

 どこか遠い目をしながら話すロミオに、北斗は何かを悟った様な様子は一切無かった。確実に誤魔化してるのは明白である以上、その内容を知りたいと考え続けている。

 今現在もラケルの放った呪いの様な言葉は北斗をがんじがらめにしている。今は少しでもその状況から脱却したいと考えた結果でしか無かったが、今のロミオにはそんな事実が伝わる事は一切無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がここに来ても良かったのか?」

 

 ロミオと北斗が話をしている一方で、リヴィはアリサと行動を共にしていた。お湯から出た事で今は着付けを行っている。これまでに着た事が無かった事も影響したのか、アリサがリヴィの浴衣の着付けを担当していた。

 

 

「私の一存じゃありませんよ。ここに来る事を指示したのはツバキさんですし、今アナグラに居た所で現場は混乱してますから」

 

 アリサもここには遅れて来ていた為に、ロビーの状況は理解していた。ロミオに近いフランの混乱と同時に、ヒバリが隣でそれに伴うフォローを続けている。それとは別でウララが現状のミッションのオペレートをしながらテルオミが受付をこなしていた状況は遠目で見ても気の毒としか思えなかった。

 そんな中で本人がその辺をウロウロすれば何かと問題が生じると判断した結果でしかなく、それを見越したツバキの指示がそこにあった。

 

 

「そうか。まさか面を付けた人物がロミオだなんて気が付かなかった。私もまだ未熟なんだな」

 

 リヴィとの会話をしながらもアリサの手は止まる事は無かった、手慣れた手つきで次々と帯を締めて行く。気が付けば残すは髪型だけとなってた。

 

 

「そう言えば、私は何となくしか聞いてませんが、ロミオだってさっき気が付いたんですか?」

 

 アリサの質問にリヴィは少しだけ考えていた。厳密に言えば確認したのは模擬戦の終了時だが、何となくそうだと感じた事は医務室で眠っていた際ではなかったのかと思い出していた。あの時触れた人物が誰だったのかは分からない。今思い起こせばあの時からロミオの事がやけにハッキリと思い出された様にも感じていた。

 

 

「いや。確証は無いんだが、医務室で誰かに触れられた際に脳裏に何かが飛び込んだ様な感じがあったんだ。あの時の人物は誰だったのかは分からない。ヤエに聞いても見覚えが無いとだけ聞いたんだ」

 

 リヴィが言った時間帯にロミオが医務室に向かった事をアリサは知っている。そして、その後に起こった現象が感応現象である事も想像していた。

 螺旋の樹の発言の原因となった終末捕喰の際に榊が漏らした言葉ではないが、お互いが思いやりを持っていれば起こる可能性が極めて高い。ましてやブラッドであればその可能性もあながち間違いでは無い様にも思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう。せっかくだから親睦も兼ねるとするか」

 

 リヴィが浴衣を着て部屋に来ると、そこにはリンドウが既に座っていた。今回の探索ミッションではリンドウとエイジが加わっての作戦は既に2人にも伝えられている。まるでそれを見越したかと思える程リンドウが来たタイミングが良すぎた。

 

 

「今日は家族で過ごす予定じゃなかったんですか?」

 

「そのつもりだったんだが、姉上からちょっと話があってな。どちらかと言えば俺の方はおまけだ」

 

 リンドウがおまけだとすれば、本来の目的が何なのか誰も想像すら出来なかった。教導やイレギュラーなミッション以外にリンドウが必要とされるケースはそう多く無い。にも関わらずおまけだとすれば、それが何を意味するのか僅かに興味が湧いていたのか、アリサは何気なくリンドウに聞こうとしていた。

 

 

「皆お待たせ。アリサも久しぶりね」

 

「サクヤさん!お久しぶりです」

 

 久しぶりに聞いた声に反応したのはアリサだった。北斗とリヴィに至ってはここに来た女性が誰なのかすら分からない。雰囲気からすればアリサの知り合いである事は理解できるが、それが誰なのはまでは想像出来なかった。

 

 

「えっと、貴方達がブラッドの人ね。私は雨宮サクヤ。リンドウの妻です」

 

 黒髪の女性が名乗ると同時に、その背後には小さな子供が隠れていた。その様子から子供であるのは間違い無いが、それが誰なのかは何となく想像出来ていた。

 

 

「雨宮…レンです」

 

「息子のレンだ。ロミオは確かここでも何度か見た事あったよな?」

 

「ええ」

 

 元からここに来る事が予定されていたのか、気が付けば3人の食事の準備もされていた。時間を考えるとそれなりに時間は経過している。リンドウが言う様に親睦はともかく、このまま食事へと突入される事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たまにはこうやって食べるのも悪くないな。そう言えば、ブラッドはこんな事はあまりしないのか?」

 

「そんな事は無いですけど……でも、こうやって全員での食事の機会はそう多くは無いですね」

 

 リンドウは不意に思ったのか、北斗に何となく聞いていた。ここでの食事はクレイドルになってから数える程しかないが、第1部隊の頃は割と多かった記憶が蘇る。ラウンジでの食事も悪くは無いが、やはりここでの食事はどこか別格な様にも思える。

 古い考えなのかもしれないが、同じ釜の飯を食べる事で全員の結束が固まる事実がある事を経験則で理解してた。

 

 

「リヴィは食べないのか?これ結構旨いよ」

 

 大人数なのと、準備の手間を省く目的から用意されたのは大きな鍋だった。黒い鉄で出来たそれに材料を次々と入れ、それを割り下で煮る。既に準備された物はスキヤキだった。

 初めて見たのかリヴィはどうして良いのか分からず、ただ呆然と見ている。そんなリヴィをフォローするかの様に、ロミオは取り皿に入れて渡していた。甘辛く煮こまれた野菜に溶き卵の味わいはリヴィの価値観を変えていく。これまでにラウンジで食べた食事とはまた違う感覚は、少しづつリヴィの心を解きほぐしていく様にも思えていた。

 

 

「スキヤキと言うのか……ロミオは普段からこんな物を食べているのか?」

 

「これは初めて食べたよ。噂には聞いた事はあったんだけど、食べたのは初めてだよ」

 

 ここに来てからのロミオの生活はフライアやアナグラとは大きく異なっていた。着ている浴衣もそうだが、普段は全て自分でやるべき事は自分でやらざるを得なかった。

 これまでの様に誰かがやってくれる環境は一切なく、精々が食事だけは皆と同じ物を提供されていたが、その生活はこれまでに無い事ばかりを経験していた。ここにはノルンによる娯楽は何も無く、日が昇れば起きて活動し、日が沈めばそれなりの行動の後に就寝する。ある意味では規則正しい生活を送っていた。

 本来であれば過酷な任務もあるが、ここではそれ以上の戦闘訓練が毎日行われ、休憩ともなれば子供達との遊びと言う名の訓練が待ち構えている。当初こそは混乱したが、慣れさえすればこれもまた心地よい物であると思っていた。

 

 

「そうか。そう言えばあの時来たのはロミオだったんだな?」

 

「そう。あの時は少し焦ったんだよ。まだ秘匿した状態だから絶対に正体を晒すなって言われてたからな。目が開いた時はヒヤヒヤしたよ」

 

 食べながら何かを思い出したのか、リヴィは何気にロミオに聞いていた。夢か現実か分からない情景とアリサから聞かされた感応現象の言葉。自分自身が経験した事がない事実を確認するには当人に聞くのが一番だと判断した結果だった。

 

 

「まさかとは思うんですが、ロミオさん、リヴィさんの寝顔見て邪な事をしたなんて事無いですよね?」

 

「いえ。そんな事は無いですよ」

 

 2人のやりとりに何か思う部分があったのか、アリサは半ば興味本位で聞いていた。自身も経験した状況に酷似している。そんな記憶が蘇ったからなのか、何時もの様な厳しい視線はそこには無かった。

 

 

「良いじゃないのアリサ。誰だって言いたく無い事の一つや二つはあるんだから。誰も居ないなら何をしても分からないしね」

 

 アリサのフォローに入ったはずのサクヤの言葉はロミオに止めを刺していた。確かに知己の間柄とは言え、それはあくまでもずっと同じだった場合の話。

 今の2人には事実上の接点は無に等しく、いくら見舞いだと言っても誰にも見つかるなと指示をされれば、その場所は密室でしかない。そんな中で眠っているリヴィに何をしても本人が気が付かず、何も言わなければ邪推されても仕方なかった。

 

 

「いやいや。そんな事はしませんよ。あの時だって顔を見たいと思っただけなので」

 

「本当ですか?」

 

「嘘じゃないですって」

 

 半目のアリサと笑顔のサクヤにロミオはタジタジになっていた。既に模擬戦の様に厳しい雰囲気は無く、アットホームな空気が流れている。そんなやりとりを見たのか北斗はその行方を見守る事しか出来なかった。

 

 

「北斗。どうかしたの?」

 

 何気に見ていた北斗に気が付いたのか、エイジはさりげなく北斗に声をかけていた。ここに来る際にどこか重苦しい雰囲気を漂わせていた事が気になったのか、以前に見た表情よりも暗くなっている。今後のミッションの要はロミオの力ではあるが、ここまで引っ張って来たのは北斗の尽力でもある。

 部隊長をやる以上、しがらみが多い事はエイジも理解しているからこそ北斗に声をかけていた。

 

 

「いえ。ただ、クレイドルがどうして結束が高いのか理解出来た様な気がしたんで」

 

「なんだ。そんな事気にしてたのか?俺達だって最初からこうじゃなかったからな」

 

 ラケルから浴びせられた『ジュリウスを救いたいのは全員の意志なのか』との問いかけが北斗の心に突き刺さっていたからなのか、思わず出た言葉に対しての返答としては随分な言葉だった。背後からリンドウが来たと同時に、先ほどの言葉もまたリンドウの答え。

 あまりにも呆気らかんとし過ぎた回答は北斗に驚きをもたらしていた。

 

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。もちろんだ。俺がまだ第1部隊長をやってた頃はソーマはあんなんじゃなかったし、アリサだってああじゃなかった。どいつもこいつも素直じゃなくてな。俺がどれほど苦労したかと思ってるんだか」

 

「それはリンドウさんもですよね。一人で放浪してどれだけサクヤさんを困らせたと思ってるんですか」

 

 これ以上自分の事を言われるのは拙いと判断したのか、アリサはロミオを弄るのを止め、すぐさまリンドウの話を転換させようとしていた。

 最近では聞く事が無いが、自分の中でも黒歴史の1番でもある、あの当時の事を未だに言われるのは流石に辛い物があった。これ以上の暴露は危険だと、いち早く察知すると同時にリンドウに矛先を向けていた。

 

 

「おいおい。俺は客観的な事実をだな……」

 

「それはお互いさまですから」

 

「まあまあ。アリサもその位にしたら?」

 

 楽しく食事が出来たからなのか、北斗も少しだけ心が晴れた様な気がしていた。既に暗い雰囲気はどこにも存在していない。今は少しだけクレイドルが羨ましいと感じながら北斗は箸をすすめていた。

 

 

 




「で、結局のところ、姉上の用事ってなんだったんだ?」

「それなら、まだ確定した訳じゃないんだけど教導教官にならないかって話だったのよ」

「は?なんでまたそんな話が?」

 リンドウが驚くのは無理もなかった。現時点でサクヤの扱いは産休による長期休暇となっている。実際にレンの兼ね合いもあってか、ここ暫くは前線はおろか任務にも出る事はなかった。
 元々産休前は第1部隊の副隊長をやっていた事もあり、その経験や旧型とは言え、卓越した射撃の技術は未だに色褪せる事はなかった。螺旋の樹の作戦の関係上、今はまだ大きな問題にはなっていないが、それでも教導教官も人手不足に変わりはなかった。


「でも、他にも理由はありそうな気もしたのよね」

「理由?」

「まあ、その件は私の勘なんだけどね」

 そう言いながらもサクヤは鍋からレンの為に色々とよそっている。今のサクヤの表情は恐らくは何を言っても話す事はないのだろう。いずれ何かしら公表されるのであれば、その時まで待てば良いだろう。リンドウはそう思いながらお猪口の中身を飲み干していた。



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