神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第245話 模擬戦の行方

 

「リヴィが……ですか?」

 

「そう。既にこの件に関してはフェルドマン局長の許可も出ているからね。そろそろ各自の場所の特定も出来るはずだから、今回の探索メンバーはリンドウ君とエイジ君も同行する事になっているよ。君達の戦力ならば問題無いと判断した結果なんだ」

 

 北斗は榊から言われた言葉に驚きを隠す事は出来なかった。これまでに一緒にやってきたはずのリヴィの気持ちを無視し、突然のメンバーの変更に北斗は愕然とした表情しか浮かべる事が出来なかった。

 既にフェルドマン局長までもが許可している以上、今の北斗に抗弁するだけの権利は無い。出された命令に不服だったからなのか、珍しく何時もと表情は異なっていた。

 

 

「これまでの事があったから念の為にログの確認はしたんだが、流石だとしか言いようがないね。彼なら今の君達の実力とは何の遜色も無いはずだよ。気になるならヒバリ君かフラン君に確認してもらうと良いよ」

 

 北斗の苛立ちを浮かべた様な表情をまるで気にする事なく榊はそのまま話を続けていた。

 一度リヴィの心情について話を聞いた事からも、今回の交代に関しては素直に従う気持ちは無かった。しかし、螺旋の樹の上層の探索に関しては今後も過酷な物になるのは間違い無い。リヴィ以上の力があるのであれば、ここの上層部は問題解決の為に認めるのはある意味では仕方ないと考える部分も存在していた。

 

 

「そうですか。では確認してから改めて判断したいと思います」

 

「そうしてくれるかい?それと、その数字の持ち主に関しては他言無用で頼むよ」

 

 榊の含みを持たせた言い方が気になりはしたが、それよりも気になったのはログの確認の件だった。

 コンバットログの確認は自分の分以外は部隊長クラス以上でなければ中々確認出来ない部分が多分にあった。北斗自身も部隊長の資格がある為に、他の人間のログを確認する事は可能ではあるが、ブラッドの特殊性を考えれば、事実上の無意味でしかない。

 戦闘時の内容そのものは場合によっては今後の教導にも活かされる可能性があるが、かと言って誰の物でも安易に開示する様な事はなかった。

 数字を見た事により自分の身の丈を超えるミッションの受注は、自分の命を危険に晒すだけでなく、他の仲間の命までも晒す事になりかねない。そんな事情があったからこそ、珍しく他人のログを開示するのはある意味では自分の目で確かめろと言っているに等しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ明日ですか?」

 

「そう。明日、今後の事を含めて模擬戦をする事になった。因みに名前は伏せた状態で説明したから、ロミオの事は何も知らないはずだよ」

 

「マジっすか……」

 

 一旦帰投した事で、ロミオはそのまま屋敷へと戻っていた。メンバーが行方不明になった瞬間の行動が今回の事実上の決定打となっていた。

 いかなる状態であったとしても、自分の身を挺した行動は今回の作戦に於いては邪魔な感情でしかなかった。ブラッドの特性を考えた場合、各個人がそれぞれ大きな特徴を秘めた能力は誰一人として欠ける様な事があってはいけない。人道的には問題があるかもしれないが、冷静になれなかった者から人生の退場を余儀なくされるのは極東では当然の事。

 自身の事を顧みず行動に移すのか、それとも冷静に判断するのかが今回の分かれ目となった事をロミオはエイジから聞かされていた。

 

 

「厳しい言い方かもしれないけど、リヴィの状態はかなり悪い。無理に神機に接続してるのは以前にも言った通りだけど、その当時よりも今の方が悪くなっている。このまま無理に推し進めばアラガミ化以前の話になる可能性が高いんだ」

 

 エイジの言葉にロミオの表情は真剣そのものとなっていた。

 以前に感じたあれは間違い無く感応現象。子供の頃の記憶が今でも鮮明に思い出される。自分の不出来で、これ以上リヴィを危険な目に合わせたい気持ちは持ち合わせていなかった。

 

 

「でも、それだと今後のリヴィの状況はどうなるんですか?」

 

 ロミオの関心はそこにあった。感応現象で確認した記憶の断片に間違いが無ければ、今回の模擬戦の結果、リヴィがどう言った行動を起こすのか予測すら出来ない。一度こうだと思い込んで今回のミッションに臨んでいる以上、下手に刺激をすればどんな結果が待ち受けているのかすら分からないままだった。

 

 

「今回の模擬戦は、あくまでもロミオの技量の確認であってメンバーの交代は無いはずだよ。実際に螺旋の樹の内部はかなり厳しい状況に晒された中でのミッションだけでなく、神融種も当たり前の様に出てくる。人数は多ければ多い程良いと上は判断してるよ」

 

 エイジの言葉は気休めでは無かった。既に派兵された神機使いの大半は過度なローテーションを組むのではなく、余裕を持って活動している。もちろん螺旋の樹の探索が最優先であるのは間違い無いが、だからと言って他の地域にアラガミが出ない訳でもない。以前に出た様にアラガミの群れの様な物が螺旋の樹に引き寄せられるかの様に出没している事実がある以上、その言葉が意味する事をロミオも感じ取ったのか、それ以上の話は何も出ないままだった。

 

 

「エイジ、ロミオさん。食事の準備が出来ましたよ」

 

 アリサの言葉にエイジとロミオは一旦食事へと向かうべく、皆の場所へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、今後の作戦の為にお互い実力の確認をする。模擬戦とは言え、全力を尽くせ」

 

 ツバキの声が訓練場に響き渡ってた。ツバキの隣にはエイジとアリサ、北斗が様子を見ている。既に誰が来るのかを知っているエイジとアリサは何時もとは何も分からないが、北斗の表情は硬いままだった。

 あの後、北斗が見たログは驚愕の一言だった。どんな人間でもそれなりにミッションをこなさない事には上のレベルのミッションがアサインされる事は決してない。仮に無理矢理行こうとしても、ヒバリやフラン達オペレーター権限でミッションが取り消される結果しか無い為に、自身の身の丈を超える事は事実上不可能だった。しかし、見せられたログは既に接触禁忌種の名前が幾つも載っているだけでなく、その一部は単独での討伐。ブラッドが極東に来てからそれなりに時間は経過しているが、ここまでの実力を持った人間に北斗は覚えがなかった。

 仮に顔と名前が一致しなくてもその実力があれば噂程度でも聞こえて来るはず。仮にあの名前がそうだとすれば質の悪い冗談の様にも思えていた。

 

 

「誰が相手かは知らないが、私は私のやるべき事だけをやるだけだ」

 

 これまでの様にジュリウスやロミオが使用した神機ではなく、リヴィの本来の神機でもあるヴァリアントサイズは模擬戦仕様の為に刃引きされていた。しかし、刃引きしたとしてもやり様によってはかなりのダメージを与える事は理論上可能となっているからなのか、これまでに感じた事が無い程に気合いが感じられていた。これならば番狂わせはあり得ない。今のリヴィを見た北斗は内心そう考えていた。

 

 

「でも、ちゃんと出来ますかね?」

 

「多分大丈夫だと思う。これまで散々やって来たからね」

 

 何気に聞こえた2人の会話は北斗を混乱させるには十分すぎていた。元々はクレイドルだからリヴィとは然程交流は無かったのかもしれないが、これまで一緒に戦って来た仲間ではなく、今回の模擬戦の相手を応援している様にも見える。

 肝心の顔には面が付けられているからなのか、服装から金髪の男性以外の情報が無い。それが誰なのか判断出来ない。北斗の内心は2人の言動に悩まされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強い。まさかここまでとは……」

 

 リヴィは内心焦りが徐々に生まれ始めていた。面をつけたまま対峙した人物に心当たりは無く、むしろその面が邪魔になるのではとの考えが内心あった。

 目の部分だけがくり抜かれているのであれば視界はかなり狭くなっているのは考えるまでも無かった。

 

 死角の外からの一撃で一気に決着をつけるつもりだった。開始の合図と同時に一気に横に跳躍を開始する。面を付けたのであれば感知すら不可能だとばかりにリヴィは鎌の刃を相手の首に向かって振り下ろした瞬間だった。

 

 

「馬鹿な!」

 

 これがアラガミならば一気に首を刈り取る事で絶命するはずが、目の前にあったのは神機の刃。バスター型の神機の特性を活かしたのか、鎌は刃の腹で受け止められ凶刃の一撃は食い止められていた。

 モックとは言え金属がぶつかり合う高音が訓練場に響く。その音の高さがこれまでの一瞬で行われた攻防の結果だけを残していた。

 

 

「だが、私も譲る訳には行かないんだ!」

 

 裂帛の気合いと共にリヴィの斬撃が面の男に襲い掛かっていた。一合一合お互いの刃はまるで打ち合わせたかの様に互いの中央で交差する。一方的な攻撃にも関わらず全ての斬撃が迎撃されたのはリヴィの人生の中ではありえない事実。近いはずの相手の身体がやけに遠く感じる。このままの状態が続くのであれば、最初に疲弊するのは間違い無く自分である事は間違い無かった。

 フェルドマンから伝えられた事実によって既に退路は断たれている。今のリヴィは前進する以外の手段は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

「厳しい…な。でも、これならやれない事は無い!」

 

 ロミオは事前にエイジから面を付ける事が前提であると告げられていた。これまでの教導の際に付けた面は視力だけに頼るのではなく、五感をフルに使った戦い方を強要されていた。

 ロミオはエイジとナオヤ、時に無明から教導を受けていた事もあってか、自分の状態がどれほどの物なのか理解出来ていないままだった。

 明らかに自分よりも格上と戦った事により、今の状態を正確に把握できないまま臨む事になっていた。リヴィの容赦ない斬撃がロミオの首を狙う。死角外からの攻撃は目では捉えられないが、大気のうねりがそれを教えてくる。既にロミオは事実上の死角からの攻撃を完全に把握していた。

 神機の腹で受け止めた斬撃が攻撃の重さを証明するかの様にロミオにも衝撃がフィードバックされる。

 元々自分の代わりにやってきたと言う自負があるだけでなく、自身の誓いを履行するにあたって、新たに出てきた自分の存在は邪魔だと言わんばかりの意志すら感じる。そんなリヴィの鬼気迫る表情にロミオは態と負けようと思う事は無かった。自分がどれ程の状態なのか、明確な定規がリヴィであれば、ただ確認をするだけ。

 既に殆どの攻撃の軌道が予測出来る為に、傍から見れば防戦の一方だが、今のロミオには精神的な余裕があった。既に数えきれない程の斬撃を捌き、中央で交差させる。それだけでなく今のリヴィにはロミオに対し攻撃が届かない事を本能で理解していた。

 

 

「このまま戦場に送りこませはしない!」

 

 リヴィの気合いに答えるべくロミオは自信を奮起させる。それが合図となったのか、剣戟の激しさは更に加速し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、エイジさん。あれって本当にそう……なんですか?」

 

 眼下で行われた模擬戦に北斗は視線を外す事は出来なかった。あの時に見たログの名前はロミオ・レオーニ。当初はその名前すらも偽りだと北斗は思っていた。

 もし、それが本当であれば北斗が知っていた当時の状況と、今繰り広げられている状況が圧倒的に違い過ぎている事に疑問を持っていた。色々と思考錯誤しながら自分の戦闘スタイルを確立していたはずの記憶が一気に色褪せる。

 今、リヴィと戦っている面を被った男は確実に当時よりも洗練された行動原理に基づいて攻撃を捌いていた。仮に当時の自分と比べれば、確実に地べたに這いつくばるのは自分であるのは間違い無い。それ程までに面の男は洗練された動きをしていた。

 

 

「ロミオの事?それなら間違い無いよ」

 

「やっぱりロミオなんですか!でも、あの時とは動きが全然違う!」

 

 戦っている場面から初めて目をそらし、北斗はエイジの顔を見ていた。その言葉に偽りは感じられない。まさにその瞬間だった。鈍い音が響くと同時に、面の男の一撃がリヴィの神機を弾き飛ばす。北斗が改めて見れば面の男の神機の先端はリヴィの喉先だった。

 

 

「詳しい事は本人から聞きなよ。ロミオ、お疲れ様でした」

 

 エイジはマイクに向かって話した瞬間、北斗だけでなくリヴィの表情までもが一変していた。髪を後ろで束ね、服装が違う為に最初は分からなかったが、面を外した顔は間違いなく当時の面影を残したロミオ。勝敗が決した後もリヴィは驚愕の表情のまま動こうとはしていなかったからなのか、ロミオはリヴィに手を差し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にロミオ……先輩…なの…か」

 

「当たり前だろ?足だってちゃんとあるし、生きてるよ」

 

 下に降りて話をすれば全体的なイメージは違っていたが、その声はま紛れも無くロミオの物だった。いくら何でも当時の状況と今の状況が違い過ぎる。北斗はあまりにも変貌しすぎたロミオに理解と理性が追い付いていかない。

 確かにフライアで治療されたまま飲みこまれた事は記憶しているが、そこから救助された事実は何も聞かされていない。だからこそ榊が言った他言無用の意味がここにきて理解出来ていた。

 

 

「すみません。あまりにも違い過ぎたんで……ちょっと…」

 

「ああ、それなら気にしなくても良いって。俺だってここに来るまでかなり苦労させられたんだぜ。あの時の俺と一緒にするなよな」

 

 先ほどまでの厳しい雰囲気は既に霧散していたのか、ロミオの言動は当時と何も変わっていなかった。北斗は目頭が熱くなりそうだったが、こんな所で流す訳にも行かない。

 今はただそんな感情を押し殺し、これまでの状況を知りたいとさえ考えていた。

 

 

「お前ら、いつまでそうしてるつもりだ。使用時間が迫っているんだ。さっさと後片付けをするんだ!」

 

 ツバキの怒声に漸く今の状況が判断出来ていた、時間はすでに予定時刻にせまりつつある。今はまだアナグラにも報告されていない為に、一先ずは場所の移動が先決だった。

 

 

 


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