神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第244話 解禁

 上層の景観が良かったのは最初だけだった。探索が開始されてから既に2時間以上が経過している。気が付けば周囲の景色は全体的に薄暗く、時折不気味な何かが羽ばたく様な音だけが全員の耳に入るだけだった。

 

 

「さっきから羽の羽ばたく音がやたらと耳につくな……」

 

 ギルは周囲を警戒しながら独り言の様に呟いていた。周囲をいくら見渡しても、これまでに見た螺旋の樹の内部とは一線を引く景色は、心理的にも嫌なイメージを抱かせている。薄暗く、その先が何も見えない景色はまるで何かに誘われている様にも思えていた。

 

 

「何だか薄気味悪いよね……私も虫は嫌いじゃないんだけどさ、あの黒い蝶に関してはちょっと……」

 

 既に景色らしい物が何も見えないままに歩き続けているが、目標となるべき物が何も見当たらない。薄暗くなっている事も影響しているのか、ナナはいつも以上に口数が多くなっていた。

 気が付けばナナを先頭にその後にギルとシエルが続いて行く。少し遅れた所で北斗とリヴィは2人で歩いていた。

 

 

「リヴィ。さっきから雰囲気が変だが、何かあったのか?」

 

「何故そう思う?」

 

 北斗から何気に言われた事でリヴィは内心焦りが生じていた。螺旋の樹の内部に入ってから、これまで何も問題無く使えたはずのヴェリアミーチェの感覚が何時もとは違っていた。

 倒れる前は気にならなかった感触が今ではやけに気になってくる。当初は気のせいだと思っていたが、上層に近づくにつれ違和感が徐々に大きくなりだしていた。

 

 

「気に障るなら済まないが、何となくさっきの戦い方がこれまでとは違った様にも見えたんだ。まさかとは思うが、無理はしてないよな?」

 

 決して疑う様な視線ではなく、純粋に心配している様な北斗の視線はリヴィにとって心苦しい様にも思えていた。神機の適合率が以前に比べ低下しているのは直前のチェックで判明しているが、個人の感覚までは数値化されていない。その為にリヴィはこれまで同様に異常無しとだけ伝えていた。

 適合率の低下に関しては北斗だけでなく全員が情報の共通化によって把握している。しかし、今の北斗からすればそれ以外で何かトラブルが発生したかの様にも見えていた。

 

 

「それならば先ほども言った通りだ。今は特段問題無い。それよりも今はこの先の探索の事に意識を持った方が良いんじゃないのか?」

 

 これ以上突っ込まれればリヴィと言えども心苦しくなる。既に話題を切り替えるべく先頭を歩くナナ達に視線を向けた瞬間、事態は唐突に変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヴィ、この場から後退しろ!」

 

 突如としてナナ達の足場が最初から何も無かったかの様に大きな穴が開いていた。

 既にナナだけでなく、シエルとギルの足元もポッカリと獲物を捕らえたかの様に大きく口を開き、そこには空間が広がっている。

 北斗の声で大きくバックジャンプに成功した2人は回避に成功したが、既に3人は何かに飲みこまれたからなのか、その場から消え去っていた。

 

 

「リヴィ!アナグラに通信回線を開いてくれ」

 

「極東聞こえるか?こちらはリヴィ。たった今、シエル、ナナ、ギルの3人が突然開いた穴に飲みこまれた。こちらからは状況が確認出来ない。至急ビーコン反応を確認してくれ!」

 

《了解しました。直ぐに確認しますが、そちらは大丈夫ですか?》

 

「ああ。私と北斗は難を逃れる事が出来た。目の間に空いた穴の底が全く見えない。我々は一旦この場から退避しベースキャンプへと戻る」

 

《では至急こちらも確認します》

 

 既に目の前に開いた穴の奥底は光すらも届かない程だった。通常であれば下の層に落ちるはずの場所が、何故かその穴に関しては違和感だけが生じている。

 このままこの場に留まるのは危険だとの判断により、2人は一旦ベースキャンプへと撤退を余儀なくされていた。

 

 

「そうか……ではしかたあるまい。我々も一旦は戻る」

 

 ベースキャンプに到着すると同時にリヴィの通信端末が鳴り響いていた。既に通信越しの会話の端々からは3人の状況が伝えられている。既に先ほどからそれなりに時間が経過しているからなのか、静まり返った内部には通信越しの声も僅かに聞こえていた。

 

 

「で、大丈夫なのか?」

 

「ああ。バイタル情報は問題ない。だが、場所の特定はジャミングの影響なのか特定出来ないらしい。このままここに残るにしても、これ以上の探索を2人でやるには危険すぎる。一旦は戻った方が良いだろう」

 

 既にこの場には2人しかいない。生きている事が確認出来るのであれば、一旦は救助チームを派遣させる以外に手だては無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。まぁ、しゃーねぇな」

 

 支部長室ではリンドウとエイジが今後の活動についての報告を聞かされていた。螺旋の樹の内部がどんな状態なのかを理解し、かつ戦闘力が高い人物は必然的に限られてくる。 既に事情を聞かされた事により、リンドウとエイジは榊からの申し出に対し、了承していた。

 

 

「黒い蝶の存在は厄介ですけど、僕らが動いた時にはそんな物は見当たらなかったんですけどね」

 

「確かに見た記憶は無かったな」

 

「その件に関してなんだが、実際に発見したのは全て上層なんだよ。目撃がブラッドだけならまだしも、既に防衛班の数人も目撃していてね。今回の件に関しても恐らくはラケル博士の意志が働いているのかもしれないね」

 

 既に黒い蝶の目撃はこれまでに何度か発見された結果なのか、螺旋の樹の内部を探索したチームからも報告は幾つも上がっていた。本来であれば野生の生物が居る様な環境では無いのはこれまでの調査で判明している。

 それが何を意味するのかは榊の言葉が全てだった。

 

 

「しかし、いきなりの落とし穴はちょっと頂けないな。仮に上層部の殆どがそうだと仮定すれば一段と探索に時間がかかるのは間違いないしな」

 

 頭をガリガリと掻きながら話すリンドウの言葉は今後の行動を大きく制限させる予感だけしか残されていなかった。螺旋の樹の探索が始まってからは既にそれなりの時間が経過している。誰もが頭の片隅ある終末捕喰の言葉に頭を悩ませる結果だけが残っていた。

 

 

「そう言えばロミオはどうしてるんだ?あの場に居たんだろ?」

 

「はい。戻ってきた際には神機兵の中に隠れたらしいですけど」

 

 ベースキャンプの内部の事を知ったのはその場に居たロミオからだった。元々保険代わりに搭乗させていたが、未だ一部の人間以外に公表されておらず、今回の件で漸くリンドウがその存在を知った程度だった。本来であれば情報開示も止む無しと思われたが、結果的にはリヴィの件がある為に、そのまま様子を見る事が決定されていた。

 

 

「でもよ。そろそろ開示の必要があるんじゃないか?今の状況を考えれば、少なくともマイナスにはならないと思うが」

 

「その辺りは兄様が管理してますので僕の一存で決める訳にもいかないんですよ」

 

 捜索をするのであれば頭数が多い方が何かと都合が良いのは当然の判断だった。

 特に今回の様に未開の地への行進は想像以上に精神を疲弊させやすい。これまでに交代で入った人間は、常時過度な緊張から来るストレスに榊としても頭を抱える部分が存在していた。

                                        

 通常とは違い、螺旋の樹の内部には何か神機使いを疲弊させるような働きがあるのか、それとも精神的な部分なのかは判断出来ない。今はただ現状を受け入れる事しか出来ないでいた。

 

 

「だったら仕方ないな。とりあえず俺達が出向くのは上層って事で問題無いって事です?」

 

「そう言いたい所なんだが、まだ場所の特定が出来ないのが本当の所だね」

 

バイタルサインから全員に問題無いのは間違い無かった。しかし、救出となれば場所の特定は必然となる。未だハッキリと判断出来ないのであれば、二次被害を招く危険性から行動に移すには躊躇いが生じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェルドマン。今後の予定に関してだが、こちらとしてはこれ以上リヴィ・コレットのヴェリアミーチェの適合は中止させるつもりだ」

 

 支部長室で榊とリンドウ達が話をしている頃、紫藤はフェルドマンと今後の事についての意見交換を求めていた。会議室に響く紫藤の声に、フェルドマン以外の職員は固唾を飲んで見守る事しか出来ない程に緊迫した空気が漂っている。

 一触即発の雰囲気にに誰もがおいそれと声を出す事すら憚られていた。

 

 

「何を今さらおっしゃるつもりですか?我々としては既に手段はそれしかない。以前にそう申し上げたはずでは?『対話』の能力無しであの探索は事実上不可能なのは貴方もご存じのはずだ」

 

 改めて出た言葉が今作戦の全てだった。『対話』の能力が荒れたオラクルを鎮静化させる事で進行させるだけでなく、戦闘時にもアラガミに対し無用な能力を発揮させる可能性がある事がこれまでのログで判断されていた。

 このままでは探索の人員に死を覚悟しろと言っているも同じ意味合いでしかない。だからこそ激昂まではいかなくともフェルドマンの視線に力が籠るのは無理も無かった。

 

 

「ブラッドが行方不明になった事は知っている。だからこそ今回の作戦は完遂出来る事が確認されたに過ぎない。先ほどの件に関しても既に技術的にはクリアされている」

 

 紫藤は背後の大画面にこれまでのミッションに関するログを開示していた。大画面の端から端までに映し出されたそのログは、その場に居た情報管理局員でさえも文句の付けどころが無い内容だった。これまでに見た中でもこれほどの戦績を残す事は早々可能では無い事だけは間違い無かった。

 

 

「これは一体誰の?」

 

「ロミオ・レオーニ上等兵の物だ。既に我々はこれまでに教導を重ねた事で既に実戦にも出している。リヴィ・コレット特務少尉には申し訳ないが、現時点では彼が一番適任なはずだ」

 

 紫藤の言葉を聞きながらもフェルドマンはただログを見ている事しか出来なかった。ロミオは民間人の保護の為に意識不明重体のまま戦線から離れているはず。当初は疑う部分もあったが、その画面に記された事実が全てだった。

 画面に出た名前は左側から時系列にミッションの内容が並んでいるが。右側に行けば行くほど堕天種だけでなく接触禁忌種の名前までもが並んでいた。

 これが仮に本当だとすれば今のブラッドの数字に対しても何の遜色も無い事を示していた。

 数字を誤魔化した所で誰にもメリットは無い。仮にロミオ自身が偽ったと仮定しても、それが何を意味するのかは明白だった。ログの詳細を見れば、そこには討伐だけでなく血の力の行使までもが刻まれている。既に反論するだけの余地は何処にも無かった。

 

 

「なるほど。これが正解だとすれば我々としては何も問題ありません。しかし、この目でその実力が本当なのかは確認したいですね」

 

「それについては問題ない。では明日改めて本人を招聘しよう」

 

 2人の会話は摩擦を生む事無く淡々と進められていた。既に会話をそっちのけで職員は刻まれたログを見ている。極東が如何に苛烈で過酷な現場であるのかは数字が雄弁に語っていた。その事実から、誰の口からも異論が出る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はもう必要無いとでも言いたいのでしょうか?」

 

 フェルドマンから告げれた言葉にリヴィは思わず反発しそうになっていた。これまでジュリウスの神機を使い螺旋の樹を切り開くだけでなく、上層までやってこれたのは紛れも無く自分がやってきた実績。しかし、そんな事実は最初から無かったかの様に言われた事で、リヴィはどこか呆然としながらも自身の考えの述べていた。

 

 

「そうではない。新たな使い手が極東から出されたと言う事だ。事実、ここまでに適合率の数値が低下しているだけでなく、数字以外の何かも低下してるんじゃないのか?」

 

「そ、それは……」

 

 フェルドマンの言葉にリヴィはそれ以上の言葉を告げる事は出来なかった。既に適合率の低下は誰もが知っている状況ではあるが、それ以外に関しては秘匿してきている。ここに来て本当の部分を言い当てられた事により、リヴィの内心は動揺していた。

 

 

「我々も最初は反論したが、紫藤博士が出した数字は我々が想定した以上の結果を示している。既に何体もの接触禁忌種を単独で討伐しているログも存在している以上、これを拒む必要性はどこにも無い」

 

 主観ではなく客観的に出された事実は非情でしかなかった。ログは基本的に腕輪から更新のデータが採取される為に、偽りのデータを流す事は物理的には可能であっても、それを実戦しようと考える人間は皆無だった。

 数字が良ければより過酷な任務が求められる。仮に偽ったままであれば確実にその持ち主の命が消し飛ぶ以上、態々改竄しようと考える人間は皆無でしかない。そんな事実があるからこそ、リヴィは子供の頃にたてた約束がここに来て履行されない様になる訳には行かないからと反論した経緯があった。

 

 

「適合率の低下は私自身も理解しています。しかし、『対話』の能力は必要不可欠なはずでは?」

 

「その件に関しても問題はクリアされている。これが今回の適合率のデータだ。見ての通りこれまでに無い数字を出している。我々としては終末捕喰をこのまま完遂させようなどと酔狂な考えは一切持ち合わせていない。となれば今回の件は事実上の命令だと思ってくれ」

 

「それであれば一度私にも確認させて下さい」

 

 言葉だけでリヴィを説得できるとはフェルドマンは最初から考えていなかった。紫藤から言われたのはこの数字の持ち主の名前を開示せずに事実だけを伝える事だけ。

 これまでの様に冷静な判断を下したはずのリヴィが今は取り乱した様にも見えている。それが何を意味するのかはフェルドマンには分からなかった。

 

 

 


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