神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第242話 確認

 

「なるほどね。『圧殺』ではなく『対話』とはね。やはりP66偏食因子にはこれまでの物とは一線を引く能力があると考えると……実に興味深い」

 

 リヴィの言葉と同時にロミオの血の力が何なのかはすぐさま榊の下ににも伝わっていた。

 これまでアラガミを退けると思われていた能力はアラガミをむしろ説得させた結果でしかなく、時折小型種に関しては消滅するのはその意志の力を受け入れる事が出来なかった結果だと判明していた。しかし、その結果が分かったとしても現状が好転する様な事は無い。事前に無明から聞かされていなければ榊としての今後の対策に関しては厳しい選択をせざるを得ないとまで考えていた。

 

 

「しかし、ロミオの生存に関しては俺も初めて聞いたんだが、どうしてこうまで秘匿したんだ?」

 

「簡単な話だ。今のままのロミオとブラッドの戦力差を考えれば、すぐに合流すればどんな結果になるのかは考えるまでもない。ただでさえ厳しい戦いが要求されるだけでなく、今後の探索に『対話』の能力は不可欠だ。仮に何もないままに行動するのでれば、少なくともこれまでの進捗度合から考えれば最悪の展開しかありえない。

 少なくともあの終末捕喰を防いだ頃の彼らとは比べるにはリスキーすぎる。今度は本当にロミオを失う様な事があれば、本当に対案が無くなる。となれば情報をいたずらに公開する訳にはいかんだろう。

 それに目覚めてからはこちらの教育プログラムを適用させている。その為にも僅かでも時間が欲しいと言いたい所だな」

 

 無明の言葉にソーマは少なからずこれまでの状況を思い出していた。下層から中層にかけて、これまでに見た事が無い神融種の出現だけでなく、螺旋の樹の内部に巣食うアラガミは通常の戦場となる場所に比べてやや全体的な能力が高くなっていた。

 戦闘能力の差はそのまま命に直結する。お互いが似たようなレベル、もしくは部隊長が圧倒的な指揮能力を発揮する様な場面があれば大事にはならないが、そうでない場合、そこが蟻の一穴となる可能性があった。

 幾ら各自の能力が高ったとしても、一旦組んだ陣形が乱れればそれは致命的な隙だけでしかない。ただでさえ厳しい螺旋の樹の探索には被害は最小限に留める事が至上命題となっていた。

 

 

「それと、これは実際に我々が内部に入った感想だが、あの能力が無かったとしても理論上は探索そのものは可能だが、その際には無限とも言える戦いが要求される事になるのは間違い無い。いくらブラッドと言えど、ブラッドアーツだけで押し切れる程甘くは無いだろう」

 

 実際に安定化された本道から外れただけでもあのレベルのアラガミが掃いて捨てる程に湧き出てくる。そんな中で何も指標が無いままの探索は事実上の不可能だと言ってるに等しかった。

 実際に無明がリンドウとエイジとで探索しただけでもそれなりに時間が必要とされていた。そんな中でブラッドだけに全てを押し付ける訳には行かないのもまた事実だった。そんな事実があるからこそ幾らこの場に居る事が多いソーマと言えど秘匿せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はここまでだね。細かい事は明日にして今日は一旦キャンプ地に戻ろうか」

 

「そうですね。無線の状況だと向こうも問題無さそうでしたし」

 

 気が付けば太陽は地平線の彼方に沈む間際の様に見えたのか、夕日がエイジとアリサを照らし出していた。午後からのミッションも午前中同様に厳しい内容を伴っていた。既に基本種は出てくる事は一切なく、事実上の接触禁忌種との戦闘が殆どだった。

 

 そんな中でもロミオの疲労はピークに達していた。これまでにロミオの記憶を幾ら辿っても、こうまで接触禁忌種の討伐経験はなく、通常であればフォーマンセルで臨むミッションにマルグリットとだけのツーマンセルで臨むのは、厳しいを通りこして命の危険性まであると思われていた。既にロミオはあまりの緊張と疲労でウトウトしている。

 本来であれば全員で準備するのが基本だが、いきなりのハードなミッションに仕方ないとばかりにそのままにして3人は食事の準備をし始め居ていた。

 

 

「ロミオさん。食事ですよ」

 

「ん、ああああ。えっ、もうそんな時間!?」

 

 気が付けば空は闇色へと変化していた。帰投した瞬間に一気に疲労が襲ってきたのか、ロミオは椅子に座って休憩しただけのつもりだった。

 しかし、呼ばれてみれば既に食事の準備は終わり、全員が集まっている。目覚めた瞬間、ロミオのお腹は大きな音を立てていた。用意された食事はこれまでにラウンジで食べた物と何も遜色が無い程の味にロミオは一気にかきこむ様に食べていた。気が付けば3人は呆気に取られているのか、ただロミオの様子を見ているだけだった。

 

 

「そんなに慌てなくてもまだありますよ」

 

「すんません。あんまりにも旨いんで……」

 

 アリサに言われただけだったが、この場にナナがいれば確実にツッコミが入る様な場面ではあった。

 少なくともこのメンバーでそんな事をする人間はいない。お互いはそんなロミオを横目に静かに食べている。全てが食べ終わる頃になった漸くブリーフィングが開始されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、無明さん。お願いがあるんですが」

 

 北斗は休暇を言い渡された事でこれまでの状況と今回の原因が自分の精神の甘さにあると考えていた。あのラケルの言葉は北斗の心を強く揺さぶっている。リヴィがあんな状況になった為にそうまで重要視される事は無かったが、結果的には自分の精神の弱さが招いた結果でもあると考えた結果の行動だった。

 当初は屋敷に行く事を考えたが、偶然にも支部長室に来ているとフランから聞いた事によりすぐさま行動に移していた。

 

 

「なるほど……だが、人間である以上、葛藤するのは当然の話だ。今回のいきさつはある意味では仕方ないとしか言えないだろう」

 

「しかし、俺自身が招いたからこうなったかと思うと……」

 

 無明の前で北斗は改めてこれまでの経緯を話していた。冷静に考えれば予測出来た事態。その結果、ロミオの離脱とジュリウスの黒蛛病の罹患。その結果から発生した終末捕喰による螺旋の樹の発生。それらが北斗の双肩にのしかかっている様にも思えていた。

 これまでに北斗は自分の心情を吐露した事は一度たりともなかった。本来であれば無明に言う事も筋違いなのかもしれない。いくらブラッドの隊長だとしても、『喚起』の能力を持ち合わせたとしても、それは一人の責任で収まる様な内容では無かった。

 心の内側を言いながらも北斗とて自覚している。無明に父親としての側面を見たからなのか、北斗はこれまでに自身がずっと考えていた事を全て言葉にして吐き出していた。

 

 

「誰にだって後悔など幾らでもある。俺自身もそうだが、これまで一緒にやって来た仲間でさえも皆が悩み傷付き、時には血を流しながら前に進んでいく。それはこのアナグラだけの話ではない。生きている以上、何かしらの使命を持っているのは間違い無いんだ。

 過去は過去だ。仮にラケルの亡霊が何かを言った所で戻る事は出来ない。だとすればまだ決まっていない未来に視線を向けてやれる事だけをやった方が今までよりも幾分も良いだろう」

 

 無明の口からは特別な言葉は何もなかった。フライアに居た際には気が付かなかったが、ここ極東では色んな人間との交わりがこれまでに幾つもあった。普段は適当だと思われる人間でさえも、その顔の裏には悲しみや後悔を持ちながらも今を生きている人間が大勢いる。

 自分達のメンバーを改めて見ても、それぞれが血の力に目覚める際にも己と向き合う事によって消化し、そこから前に進もうと努力をしている。ギルやナナは過去との決別を、シエルはまだ未知なる結果に向けて歩き出している。それは北斗自身が誰よりも理解している話でもあった。

 

 

「螺旋の樹の内部での出来事に関しては、詳細はまだ判別していないが、今後の事を考えれば純粋なアラガミによる襲撃だけが来るとは思えん。ラケルの事は詳しくは知らないが、お前にそんな事をしてくる以上は今後のその可能性は心に止めておいた方が良いだろう」

 

「そう…ですね。今後の事も考えれば可能性は否定できないでしょうね」

 

 話をした事が功を奏したのか、北斗の心の蟠りは以前よりも無くなっていた。既に表情も明るくなっている。

 幾らゴッドイーターと言えど人間である以上は肉体的には超人の様な力を発揮出来るも、精神面は自分との対話でしかない。冷静に考えればブラッドの最年長でもあるギルでさえもまだ5年程度でしかない。ましてや北斗は1年にも満たないキャリアしか無く、ここまで部隊を引っ張っただけでも通常に比べればかなりの物であるのは間違い無かった。

 終末捕喰を食い止めた事でこれまでに以上に世間から注目されている事を無明は思い出していた。

 

 

「仲間は確かに重要だが、最終的には自分の気持ちだけだ。極東でもこれまでに色んな危機が何度も訪れている。それをどうやって乗り越えるのかは各自の判断だ。だが、これだけは覚えておけ。自分が一体何をしたいのかと言った考えは常に持ち続けるんだ」

 

 気が付けば無明の視線は柔らかい物へと変化した様にも北斗は感じていた。自分の父親はまだ健在ではあるが、現状ではおいそれと戻る事も出来ない。以前に聞いた父親の言葉が事実だったのか、まだ短い期間ではあるが何か感じる物がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、今後ってどうなるんですか?」

 

 連続ミッションの最終日は予想通り尋常では無いミッションがいくつも続いていた。周囲に囲まれるかの様な場面では人知れず命が散るとまで覚悟せざるを得ない場面が何度も存在していた。

 以前であれば焦りから致命的なミスを起こす可能性もあったが、これまでに培ってきた訓練はそれ以上の過酷な場面が多かったからなのか、窮地に追い込まれてもロミオは諦める事は微塵も無かった。

 事実、その情報は自身の腕輪を通じてコンバットログが保存されている。現時点ではアナグラにはロミオが行動している事実は伝えられていなかったからなのか、誰もロミオのログを見た者は居なかった。

 

 

「多分、リヴィの行動制限が解除されれば、再び作戦は開始される事になるはずだよ。ただ……」

 

 何気に聞いたはずの内容ではあったが、エイジは言葉尻を珍しく濁していた。神機は元々一人一つだけ。本来であればロミオは直ぐに現場復帰すれば問題ないが、情報管理局がどんな判断を下すのかがエイジには想像出来なかった。

 これまでの内容を考えれば途中での作戦変更をする事はあり得ない。ならばリヴィの容体による事だけは間違いないが、今の段階で情報を持ってい無い以上、推測で判断するしか無かった。

 

 

「ただ?」

 

「これはあくまでも可能性の一つなんだけど、このままの状態が続けばリヴィは早晩にもアラガミ化の手前の段階まで進む可能性が高い。今は抑制剤を使っているんだけど、それはあくまでも応急措置でしかないんだ。既に改良された物を使った結果、今の状態だからね。ロミオには悪いけど、何かしらの対策を立てる必要があるね」

 

 エイジの言葉にロミオはそれ以上何を言えば良いのか判断する事が出来なかった。あらゆる神機に適合し、あまつさえブラッドアーツまでも使用できる時点で破格の能力ではあるが、事実上の自分の命を削りながらであれば、最悪の展開は免れないと考えていた。

 子供の頃に一緒に居たリヴィの命が散ってしまう。今のロミオにとって、知った人間がそれ以上居なくなる事は耐えられなかった。

 

 

「あの、今の俺に出来る事って何かありますか?」

 

「その件については現在検討中って所だね。今後の事を考えるとロミオの戦闘能力を上げるには時間はまだ足りないんだ。実戦に関しては、今回のミッションが事実上の最終になるから、後はまた教導になるんだけどね」

 

 何気無く言われた内容にロミオは思わず顔を引き攣らせていた。これまでの教導でも厳しい事に変わりなかったが、ここから更にとなれば当然過酷な未来だけば待っている。これまでの事を思い出したのか、先ほどまでのリヴィの事は既に記憶の彼方へと追いやられていた。

 このままミッションが続けば良いと思うだけでなく、自分と今のブラッドにどれ程の差があるのかが今のロミオには判断出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、リヴィ・コレット特務少尉の病室はここで良かったですか?」

 

「はい。こちらになります。ただ、今は少し眠ってますのでお静かにお願いします」

 

 看護師のヤエは不意に背後から声をかけられていた。振り向けばそこには一人の金髪の青年が立っている。これまでにアナグラの中で見た事が無かったのか、記憶の中から色んな顔を呼び起こす。

 しかし、該当する人物が居なかったからなのか何気に右腕を見るも、上着で手首は隠されている。リヴィの名前が出ている時点で関係者であるのは間違いないと判断したのか、その青年の呼びかけにそのまま答えていた。

 

 

「有難うございます」

 

 金髪の青年はそのまま病室に入った事を確認したのか、いつもの業務へと戻っていた。

 ヤエが見た事が無いと思うのは無理もなかった。金髪の青年の正体はこれまで秘匿されていたロミオだった。身長はあまり変わり映えしないが、これまでに伸びた髪を切らなかったからなのか、肩位までの長さの金髪は後ろで括られている。また着ている服も一旦は自分のは廃棄された事もあってか、屋敷で渡された羽織とその下は黒いインナーに戦闘時に穿くパンツの様ないでたち。羽織で腕輪が隠されていた為に該当する人物すら判断出来ないままだった。

 病室ではヤエが言う様にリヴィは眠っている。良く見れば胸が呼吸の度に規則的に上下している事から目覚める気配はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っても大丈夫なんですか?」

 

「今のロミオなら多分ロミオだって判断出来ないと思うよ。それに今回の件で神機はアナグラに戻す以上、一旦は状況を確認しても問題無いと思う。ただし、ブラッドの皆には見つからない様にね」

 

 ミッションから戻ったロミオは今のアナグラの状況を確認したいと考えていた。エイジやアリサ、マルグリットから話は聞いているが、どうしても自分が知っている状況と、今の状況に大きな隔たりがあるのを感じていた。

 しかし、今の自分は復帰している事を知っているのは極一部の人間だけでなく、今のまま戦線復帰するのは自殺行為に等しいからと無明からも厳しく言い渡されていた。教導であればここならば十分すぎる程に出来る。ただ話に出てきたリヴィの顔を一度見たいと思った結果だった。

 

 

「そうですね。今のロミオなら腕輪さえ見られなければ他の支部の人間だと言っても通用しますね。でも少しだけ髪型は変えた方が良いですね」

 

 アリサはそう言いながら櫛を持ちロミオの背後に立っていた。まるで玩具の様な扱いではあったが、これまでの様なくせ毛を帽子で押さえるのではなく、後ろに束ねてスッキリとした髪型はこれまでのロミオのイメージを一新させていた。

 

 

「ならこの羽織を着れば大丈夫ですね」

 

「あ、あのマルグリット……さん?アリサ…さん?」

 

 既に用意された羽織をマルグリットが渡す。既に2人の好き勝手な行為にロミオはそれを受け入れる事しか出来なかった。

 

 

 


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