神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第26話 葛藤

 ラボから一人出たソーマは他のメンバーとは違った思いがあった。

 なぜそんな考えに至ったのか、それは禁忌の人体実験とも言われたマーナガルム計画か事の発端だった。

 まだこの世にゴッドイーターが誕生する前、人類の希望として一組の科学者夫婦の子供を使った人体実験があった。

 

 現在は極東支部だけではなく、フェンリルとしてもこの実験そのものを忌避し外部に漏れる事が無い様に情報統制をかけている。

 まだ胎児の段階でP73偏食因子を投与し、そのまま経過観察が続けられていた。胎児からの成長の段階では一見、何の問題もなく順調に母胎の中で成長を見せていた。

 

 このまま上手く行けば、人類はアラガミにも対抗出来うる能力を持った人間が誕生する。計画に参加した科学者達は何の疑問も持つ事すら無かった。

 しかしながら、ここで全くの想定外の出来事がその後を一転させていた。胎児の時点では何の問題もなく、寧ろ順調過ぎる程のまま大きくなっていた。

 そんな中で出産の際に突如として想定外の出来事が起こる。

 原因不明のオラクル細胞の暴走と共に、母親を食い殺すかの様に出産されてきた事が総ての始まりだった。

 

 当時は藁をもすがる気持ちでの実験ではあったが、子供が産まれてから成長するに至って、他の子供とは明らかな違いが幾つか生じていた。

 一点目は異常なまでの治癒再生能力を備え、これは少しの傷であれば僅かな時間で完全に回復するほどのスピード。

 二点目は同年代の子供と比べても異常なまでの発達のスピードがあった。

 これを最初に見つけた科学者達は狂喜乱舞するかの如くソーマの人権を蔑ろにし、データを取ろうとあらゆる限りの手段で人体実験を繰り返した。

 

 禁忌の人体実験は常軌を逸した結果なのか、その過程で『P53偏食因子』すなわちゴッドイーターの基礎とも言える物質が発見された。

 これにより人類はただ減少する事を見ているのではなく、ここから初めて反撃に入る。このデータを元に対アラガミ用の生体兵器『神機』が作成され、今のゴッドイーターの先端に位置する事になっていた。

 

 内容だけで判断すれば人類を照らす大いなる光ではあるが、その反対に闇も存在する。

 非道ともいえる人体実験は対外的には伏せられ、実験成功した唯一の個体でもあるソーマは幼少の頃からは子供ではなく実験体のサンプルの様な扱いを受けた。

 今の年齢に入ってからは一定の実験は完了していた事もあり、今では一人のゴッドイーターとして最前線に立ち続けていた。

 

 本来ゴッドイーターは定期的な偏食因子の摂取が義務付けられているが、ソーマ自身は摂取は経口での食事からでも代用できる様になっていた。

 

 皮肉にも若干12歳と言う年齢で最前線に出てから、今までに一度も窮地に陥ることも無く、また当時の中でも過酷と言われたロシア殲滅戦の最前線に出陣する事になってもそれは何も変わらなかった。

 

 まだ子供の段階で実験動物と同列に扱われ、親のぬくもりも知らないまま大きくなると精神的な部分でも若干偏りと綻びが見え、更には任務に関しても望んだ身体ではないが他の神機使い以上の身体能力を持ってしまった関係上、生存能力は他よりも群を抜いて高かった。

 他の任務についてもほぼ全滅の危機に陥っても、ソーマだけが生き残る事も多く、他の神機使い達からは『死神』の異名を唱えられた。

 

 今更くだらないと、自嘲と共にこの環境に慣れた所での少女を模したアラガミはソーマ自身の心に何かしら響く物があった。

 榊の発言した進化の袋小路に迷い込んだ存在。それをどう捉えるのかはソーマ自身にも分からなかった。

 自分とこれとは何が違うのだろうか?今日一日で色んな事が一気に起きすぎていた。

 思いにふけるあまり、背後からの気配を察知するのが珍しく若干遅れていた。

 

 

「ソーマどうかした?」

 

「お前には関係ない。これで終わりならさっさと帰れ」

 

 

 声の主はエイジだった。あまりに自問自答しすぎたのかエイジの気配が全く読めなかった。

 何故か苛々だけが募る。これがどんな感情と呼んでいいのかソーマ自身何も分からなかった。

 

 

「さっきから明らかに変だけど、あのアラガミの少女に何かあった?」

 

「何もない。バケモノを匿うなんてどうかしてると思っただけだ」

 

「バケモノ……ね。らしいと言えばらしいけど、前にもそんな事言ってなかった?」

 

「そんな記憶はない。お前も知っての通り、周りから俺はバケモノ扱いされて今じゃ死神なんて言われてる。俺に構う暇があるなら他の事でもしたらどうだ?」

 

 

 過去の事を考えると、ソーマ自身同じ年代の人間と話す機会はあまりなかった。

 最近ではリンドウやサクヤが遠まわしにでも気を使ってくれていたのが分かったが、前のミッションでリンドウが行方不明になって以来、直接は無いが遠くで死神やバケモノなんて声は聞きたくなくても聞こえていた。

 

 

「気に障るなら謝るけど、前にも言われてたけどなんで死神なの?」

 

「お前は何も知らないのか?部隊長権限で過去の任務履歴を見れば分かるだろ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「履歴は隊長になってから見たけど、あんなくだらない事で死神ってないだろ?」

 

 

 エイジの何気ないこの一言でソーマの何かが切れた様にも感じた。

 

 

「貴様に何が分かる!今までいろんな人間と任務に行って、今まで散々目の前で人が死んだ。お前と初めて組んだ任務でも死人が出た。俺がそれを見て何も思わないとでも思ったのか!」

 

 普段からは考える事が出来ない程に激情に駆られ、恐らくは自分で今何を言っているのかすら判断出来ないのかもしれない。しかし、ソーマの心の底は澱の様に淀んだ考えがエイジの一言で流れ出ようとしていた。

 

 

「じゃあ一つ聞くけど、ソーマは誰かを殺したのか?違うだろ。それは単純に実力が無いだけでソーマとは関係ない。

 人の死に目なんてこんな仕事に付けば日常茶飯事だ。そんな事は誰だって認識の一つや二つはしている。そんな体験が自分だけだなんて思い上がりも良い所だ」

 

「うるさい黙れ!」

 

 

 怒声と共にエイジに向かって殴りかかる。いつもならば躱す事が出来ないほど鋭い動きをしているが、怒りと共に動けば行動が単調になり、この先の動きも読める。

 エイジとてむざむざと殴られる程のお人良しではない。結果としてエイジは難なく避け、逆にソーマの腕を取り押さえた。

 

 

「勘違いしないでほしい。この世界に住んでいる人間の命なんて、ハッキリ言って紙よりも薄くて軽い。ここはアラガミ防壁のおかげで平和に過ごせるけど、それ以外の人間は毎日アラガミの脅威に怯えながら生活している。

 ハッキリ言えば人の死に目なんて外部居住区以外の人間は日常の範囲で見ている。まだ抵抗する手段があるだけゴッドイーターの方がマシだよ。まさかと思うけど、ここ以外で人間が住める所が無いなんて思っていないよね?」

 

 

 エイジの声は今までの穏やかなものとは違い、体の中に何か危険な物でも飼っているかの如き声だった。

 ソーマは確かに実験動物の様な扱いをされて今まで生きてきた。しかしながらそれ以外の情報は遮断され今日に至る。

 いくら任務で外部に出ても、まさかそんな状態のまま居住している人間が目の前にいるなんて思う事は無かった。

 

 

「僕自身が今までそうやって過ごしてきた。両親は早くに亡くなったから今まで生き延びるのに必死だったよ。人間の命なんてアラガミからすれば餌以外の何物でもない。朝起きて夜眠る事に安心して生活した事は一日たりとも無かった。

 たまたま兄様に拾われてから、まっとうな人間らしい生活を送れた。単純に運が良かったと思うだけでそれ以外には何もない。アラガミの餌として生きて死ぬなんてまっぴらごめんだ」

 

 

 今までエイジの出自なんて確認する術が無かったソーマからすれば意外な告白だった。

 自らも実験動物として生きていたが、目の前にいる人間もそれに近いかそれ以下とも考えられた。

 この時代にまっとうに生きる事が難しいのは言うまでもなく誰もが知っている。

 だからこそ生にすがりそれを守りたいと思うのだろう。それ程迄にエイジの独白はソーマにとって衝撃的だった。

 

 

「ソーマが何を思って苛立っているのか分からない。正直知った所で何も出来ない。そもそも僕がソーマになる事は出来ないんだからね。

 人は原体験を元に考えるから自分が自分を見つめ直して考えない限りおそらく変わる事は無いんだ。今更仲間だなんておためごかしをした所で何も変わらない。だからと言って何もしなくても良いとも思わない。

 メンバーが嫌なら隊長権限で物事に強制参加さけるけど、それじゃつまらないだけで面白くないし、自分の人生は自分が楽しむものであって他人のものでは無いよ。ソーマの人生はソーマが決める事だ」

 

 

 先程とは違い、エイジの顔は穏やかにも見えた。

 リンドウやサクヤも色々と気にしてくれはしたが、ここまで突っ込んだ事を話す事も無かった。

 そう思えばエイジのやっている事は一見まともに見えるが、自分の言いたい事だけ言って後は知らんと言い放つ。

 

 しかしながら、差し出した手はいつまでも引っ込めようとは思わないほどお人よしにも見えた。

 心の奥底に溜まった澱は直ぐに流れる事は無いが、エイジの言葉からそう考えると少しだけ自分の態度が何となく軟化した様にも見えた。

 

 

「ここまで言い合ったから腹が減ったよ。ソーマはこの後の予定は?」

 

「何もない。帰って寝るだけだ」

 

「だったらご飯を一緒食べない?どうせみんなも食事を取るんだろうし、お互いが何も知らないのは今後の影響もあるだろうからね?」

 

 

 エイジが後ろを振り向くと、壁の向こうからコウタとアリサが顔を出した。よく考えればここはラボの階層なので人は居ないが、廊下である事に変わりない。

 となればおそらくはサクヤも向こうにいるのだろう。あまりにも激しい言い合いは廊下にまで響いていた。

 

 そこまで気配を察知する事が出来なかったソーマはどことなく気恥ずかしい気持ちで溢れていたが、このお人好し達は余程の事が無い限り、差し出した手を引っ込める事は無いのだろう。

 

 こんな時代だからこそ、少し位の希望を持つのは悪く無いのと同時に少しだけエイジの言葉に耳を傾けても良いのかもしれない。改めてそう考える事にした。

 

 

 

 

 

 

 


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