神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第241話 独白

 

「ロミオさん!油断しないで」

 

 マルグリットの声は周囲に響くかの様にロミオにも伝わっていた。既に連続ミッションは中盤に差し掛かろうとしているも、未だにアラガミの反応が消える頃は無かった。

 

 

「分かってるって!」

 

 ロミオは最初の様な気勢は既に無くなりつつあった。久しぶりのミッションだった事も影響したのか、それとも今回のメンバーにやる気が湧いているのかは分からない。

 最初はリハビリだろうとタカをくくっていた気持ちすら既に無くなっていた。一体に時間をかければ、他のアラガミが次々とロミオの下に集まって来る。最初にエイジから概要を聞いた際には冗談だとばかり思っていたが、時間の経過と共に戦局は徐々に悪化の一途をたどり出していた。幾ら整備された神機とは言え、アラガミを屠り続ける事にその威力も徐々に落ちて行く。力任せに神機を振るえばその傾向は尚更だった。

 既に周囲にエイジとアリサの姿は見えていない。マルグリットも交戦中の今、この場に頼れるのは自分の力と神機だけだった。

 

 

「このまま行け!」

 

 ヴェリアミーチェから発せられた赤黒い光が衝撃波となってアラガミへと襲い掛かる。訓練の時点で大よそ問題無いと予想されたブラッドアーツは既にこの場面でも何の制約もなく行使されていた。赤黒い衝撃波はアラガミに直撃したかと思った瞬間、周囲に居たはずのアラガミの挙動がこれまでとは違い突如として緩慢になる。ここに来るまでにソーマからきかされたロミオの『圧殺』の能力はこれまで自分が知っているそれとは明らかに異質な力だった。

 しかし、ソーマから聞かされた内容に間違いは無いが、何となくイメージとも違っている様に思える。僅かな違和感が何を意味するのか分からないが、マルグリットはただその力の威力を見た事でその違和感を無意識の内に放棄していた。

 

 

「まさかいきなりこんな修羅場みたいな戦場に放り込まれるとは思ってなかったよ」

 

「今回のミッションは割と厳しめですからね。私はまだ螺旋の樹に行軍した事が無いので分かりませんが、あれもかなり過酷な物だとはコウタから聞いてますよ」

 

 ロミオの能力の影響なのか、周囲にアラガミの反応は消失していた。戦闘指揮車から来る情報でもアラガミの姿は探知できない。ここで一息いれるべく、2人は一旦、本営の場所へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確か、内部はオラクルが荒れ狂ってるって聞いたんだけど」

 

「そうですね。既にブラッドが整地した部分は安定化してますが、それ以外の場所になると並のゴッドイーターだと厳しいかもしれませんね」

 

「でも、今回の件でその計画も綻びが出始めていると言った方が正解ですね。ここにロミオが居て自分の神機を使用している時点でどうにも出来ませんから」

 

 食事をしながらの現状の把握はロミオにとっても衝撃的な物だった。ブラッドは今の所、神機の整備の関係で一時休息を取った状態となっているのは良かったが、問題なのはロミオの神機ヴェリアミーチェの使い手の事だった。

 ロミオはブラッドの中ではジュリウスに次ぐ古参であると同時に、北斗とナナが来るまでは2人だけの部隊だった記憶しか無かった。もちろんP66偏食因子に適合出来ないのであればブラッドに入る事は適わず、またそれを開発したラケルは既に居ない為に新規で加入するケースはあり得ないはずだった。

 そんな中で出てきたリヴィの名前。自分の記憶が正しければまだマグノリア=コンパス時代に関わった褐色の少女だった事だけが記憶の中にあった。

 

 

「あの、リヴィってまさかとは思うんだけど、ブラッドに編入したって事です?」

 

「それは違うよ。厳密には情報管理局からの出向みたいな形だよ。なんでも色んな偏食因子を取り込む事が出来るとかって話で、今回の作戦に一時的に加入しているだけだよ。でもリヴィ・コレット特務少尉の事をロミオは知ってるの?」

 

 エイジの言葉にロミオは改めて驚いていた。神機は各個人の適正に応じた物が支給されるのは最早常識でしかない。そんな中であらゆる神機に適合出来る能力はそれだけでも破格の内容でもある。既にジュリウスの神機を適合させ、ブラッドアーツまでも行使するその能力にはただ驚くしかなかった。

 

 

「知ってるも何も、まだ子供の頃、マグノリア=コンパスで一緒だったんです。詳しい事は覚えてませんけど、当時は独りでいるだけでなくいつも腕に包帯を巻いていたのが記憶にあったんで」

 

 エイジだけでなくアリサも詳細については何も聞かされていなかったからなのか、リヴィに関する事を完全に知っている訳では無かった。

 大よそは聞いてるが基本はブラッドと行動を共にしている以上、クレイドルとの直接のコンタクトは無い。無明とツバキは間違い無く知ってるかもしれないが、現時点では態々確認するまでも無かった。

 

 

「そうか……実はそのリヴィがこれまで先陣を切って螺旋の樹の内部探索をしていたんだ。その件に関してなんだけど、今後の事を考えるとリヴィの代わりをロミオが担当する事になると思う。今回もそれが可能なのかが本来の内容なんだ。

 実際に螺旋の樹の内部探索には神融種と呼ばれるアラガミを多く存在している。それを踏まえた上での訓練のつもりだから、この後の任務は少しだけハードにするつもりだよ」

 

「……了解しました」

 

 パスタを口にしながら今後の予定だけがエイジの口から聞かされていた。既に厳しい局面に何度も遭遇しているだけに、この後のミッションでは少しハードになるの言葉がやたらと重くのしかかる様だった。

 既にここまでの討伐数は数える気持ちすら失せる程の数であると同時に、時折出てくるアラガミの中には接触禁忌種も交じっている。そこからのハードとなればどれ程の物になるのか、ロミオはそれ以上想像すると素直に返事が出来そうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。リヴィちゃんの意識が戻ったみたいだからお見舞いに行かない?」

 

 リヴィが担ぎ込まれてからは暫くの間意識不明の状態が続いていた。原因はハッキリとはしていないが、明らかに自分の容量を超えた数値が原因である事だけは判断されていた。

 改めて数値を確認すると、既にギリギリの状態になっているのか今後の予断は厳しい物へと成り下がっている。既に抑制剤の投与すら危ぶまれたそれが、今後の戦いの厳しさを予感させていた。

 そんな中のナナの言葉。訓練を一旦は中止させ、北斗はナナだけでなく、ギルとシエルも同行し、医務室へと移動していた。

 

 

「そうか……フェルドマン局長がそんな事を…」

 

「かなり心配してたみたいです。検査の結果を見ても予断は許さない状況だとも聞いています。どうしてもっと早くに言ってくれなかったんですか?」

 

 落ち込むリヴィにシエルが確認とばかりに問いかけていた。これまでのミッションの際にも何度か右腕を押さえている姿をシエルは見ていた。当時はそれが何も意味するのかは分からなかったが、フェルドマンの言葉を聞いた今ではその意味は痛い程に理解出来る。

 事実上の自己犠牲を伴う作戦は周囲に与える影響が大きい事をブラッド全員が痛い程に理解している。だからこそシエルはリヴィにその真意を確かめたいと考えていた。

 

 

「私には元々居場所が無かったんだ……」

 

 リヴィの口から出た言葉は事前にフェルドマンから聞かされた内容そのままだった。自分はあくまでも研究の途中で放り出された出来そこない。ラケルに言わせれば欠陥品同然の人間であると意識付けられていた。

 

 事実、ブラッドはこれまでのゴッドイーターとは偏食因子が異なる事からも他の部隊からは色んな意味で注目されている事は情報管理局所属のリヴィが一番理解していた。P53偏食因子とは一線を引くそれは既に既存の能力を大幅に越えた存在でもあり、リヴィからすればラケルに捨てられた自分とは違い、自身が率先して招聘した人間。そんな中で欠陥品の自分が加入しても良いのだろうかと考える部分が多分に存在していた。

 

 戦いに参加すればするほどブラッドの卓越した戦闘能力は自分の想定をはるかに超えているだけでなく、過大な能力を持った人間に特有としてある驕りすら感じる事が出来ないでいた。今は一時的な編入だと言い聞かせるだけでなく、自分が必要とされているのであれば自分の身はどうなっても構わないと言う部分もそこにはあった。

 そんな衝撃的な言葉が全員に告げられる。独白めいた言葉によって医務室の空気は重い物へと変化してた。

 

 

「……私が言うのも何ですが、リヴィさんの考えは間違っています。少なくとも私達が最初にジュリウスから言われたのは、部隊のメンバーではなく家族だと言う事。技術に関しては最初からこうなっていた訳ではありません。それはここに居る極東支部の指導方法や私達を導いてくれた先人が居たからこそです。

 情報管理局の事は良くは知りませんが、もっと詳細を見れば……これまでのログを見れば一目瞭然です」

 

「そうそう。今のリヴィちゃんの方が私なんかよりもずっと戦力になるだろうし、カッコイイんだよ」

 

「だが……」

 

「リヴィがそこまで気に病む必要は無い。実際にロミオの神機を使ってなら分かるとは思うがロミオはそんな自己犠牲の下で成り立つ様な事には賛成しない。今のリヴィの考えは神機だけでなく使い手のロミオまでも否定する事になる。俺達は今回の作戦に関しては誰一人失うつもりは無いんだ」

 

 北斗の言葉に改めてリヴィは全員の顔を見ていた。これまでの様に作戦の失敗の際には嘲笑される様な視線はどこにも無い。既に部隊に受け入れられている事がリヴィの心を癒していた。

 

 

「だが、差し当たっては今後の計画の見直しだな」

 

「それは私も同感です。今のままではあまりにもリスキーすぎます。今後のは適合率もさることながら何かもっと建設的な作戦を考えた方が良いかもしれません」

 

「2人の気持ちはありがたいが、これは元々私が志願して立案された物だ。私は……私の意志で誓いを果たしたいと思ってる」

 

「誓いって?」

 

 リヴィの言葉に誰もが疑問を持ってた。これまでの話の中でそんな単語が出てきた記憶は何処にも無かった。フェルドマンから聞いたのはリヴィの状況だけ。さらに本人の口からもそんな単語が出ていない。一体誓いとは誰に対しての言葉なのだろうか。そんな疑問がナナの口から出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「誓いはまだ私の子供の頃の話なんだ……」

 

 先ほどのまでのないようとは違っていたからのか、リヴィは自分の過去の事を話し出していた。

 ラケルに見出された事による幸福感は周囲の子供達からも羨望の的だった。何をするにもラケルはリヴィを優先させるだけでなく、他の子供達とは明らかに待遇そのものすらも異なっていた。当初は戸惑う事が多かったが、自分だけが贔屓されている事に徐々に疑問を持つ事はなくなりつつあった。

 このままならばこの場での自分の居場所は確保できる。まさにそう考え始めた頃だった。突如としてその立場からは一気に転落する事になった。それは新たな人物ジュリウスの加入だった。

 これまでの様に優遇されていた立場からは一転し、他の子供達と同じ様に扱われた事が、周囲のからの心無い声を多分に聞く事になっていた。

 大人とは違い、子供の言葉に裏表は存在しない。事実上の本音に近い言葉によってリヴィの心は荒む一方だった。既にいくつかの季節が過ぎる頃になればリヴィは誰とも話をする事もなく日常を続けて行く。そんなありふれた日常を一人の男の子が破壊していた。

 

 

「あの頃の私はラケル先生の期待に応えたいだけだった。だからきつい検査や実験にも耐える事が出来たんだんだと思う。それだけが私お唯一の生きがいみたいな物だった」

 

 リヴィの心情を察したのか、当初は何人かの子供がリヴィを元気づけようと話かけていたが、既にそんな心情ではないからとリヴィは何も答える様な真似はしていなかった。

 無愛想で無関心となればその状況を見た人間は徐々に距離を取り出す。気が付けばリヴィを心配する様な人間は誰も居なくなっていた。そんなリヴィに近寄ってきたのは人好きのする笑顔の持ち主でもあった男の子だった。当初から明るくクラスの人気者でもあったその子はリヴィの心情を察する事無く、ただ仲良くなりたいとの考えからいくら無視されようともずっと話かけていた。

 

 

「初めはうっとしいと思ってた。何かにつけて構ってくるだけじゃない。私は何度も明確に拒絶もしていた。にも関わらずその男の子はずっと私を気にかけていたんだ」

 

「…ひょっとしてその男の子は力になりたかったんじゃないのかな?少なくとも私はそう感じたんだけど」

 

「そうですね。私もそう感じました」

 

 ナナとシエルの言葉に自分もそう考えていたからのか、リヴィの顔に笑みが僅かに浮かんでいた。あの時の事は今の自分の最大の要因でもあり、また今の自分があるのもその子のおかげだとも考える事が出来る。だからこそ、その当時の誓いを今もなお守ろうと考えていた。

 

 

「ああ。だから私はロミオと約束したんだ。私が出来る事をやって行こうと……」

 

「えっ!リヴィさんの相手はロミオだったんですか?」

 

「ああ。私を、あの時の私を引き上げてくれたロミオの為ならばどんな状態になろうと力になりたい。だから私はここで止める訳には行かないんだ」

 

 リヴィの発言にシエルだけなくナナやギルも驚いたままだった。冷静に考えればロミオらしいとも思える。これまでに何度か話をした際にはそんな部分が見て取れている。だからこそ独白めいた事実が今の作戦を支えていた事が理解出来ていた。

 

 

 


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