神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第240話 葛藤

 シエルからの一報はすぐさま会議室に居たフェルドマンの下にも寄せられていた。限界を超える様な一撃がキッカケとなった結果なのか、それとも自身の身体に限界が来たのか、現時点では何も詳細は分からない。しかし、届いた情報は事実上の作戦の継続が困難だと言っている様な内容に、会議室の中は動揺が隠せないままだった。

 

 

「うろたえるな!今やるべき事は帰投するブラッドの支援を最優先だ。現状は何も分からない以上、まずは状況確認を優先させろ!」

 

 会議室の動揺を払拭するかの様にフェルドマンの声が響き渡る。現時点ではリヴィの負傷とだけ知らされているが、これまでの状況から考えれば負傷の可能性ではなく、むしろ限界値を超えた事による暴走の可能性が否定出来なかった。

 誰も口にはしていないが、会議室に居る職員全員の推測だった。いくら何を言おうが、帰投後の検査ですべてが分かる。フェルドマンの声が功を奏した形となったのか、会議室に静寂が戻るまでに僅かに時間を必要としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは思ったよりも酷いね」

 

 ブラッドが帰還した直後、直ぐにリヴィは医務室に運ばれる事となっていた。それと同時に、先ほどの一撃を何とか防ぎ切った代償だったのか、ナナの神機を見たリッカは暫し呆然としながらも、手は一向に停まる気配は無い。既に各パーツを分解したのか、ナナの神機は柄の部分から先は既に外されていた。

 

 

「やっぱり無理がありすぎたのかな……」

 

 リッカの呟いた言葉に全てを察したのか、ナナはいつもの様なはつらつとした雰囲気は無かった。

 あの一撃はかつてフライアの壁面さえも破壊する程の威力だった物。実際に防ぐ事が出来た以上、それはあくまでも劣化版である事は間違い無かった。しかし、威力に関しては通常のアラガミが繰り出す攻撃に比べれば比較すべき内容ではなかった。

 実際に良く見れば盾の一部はクラックが入り、中心部は僅かに溶けている。如何に厳しい戦いであったのかを雄弁に語っている様にも見えていた。

 

 

「いや。神機がよくここまで持ったって事が大事なんだよ。神機はアラガミを倒す剣であると同時に、その最前線で戦うゴッドイーターの盾でもあるからね。無理矢理動かして壊れた訳じゃないんだし、ましてや北斗を護った結果でしょ?だったらそんなに凹む必要は無いよ」

 

 沈み切ったナナのフォローとばかりにリッカは今回の件についてしみじみと考えていた。終末捕喰の手前のアラガミと同等の物がそうホイホイと出てこられても整備をする側からすれば困るだけでしかない。以前に対峙したマガツキュウビとは違い、今回は直接的な防御に対する結果である以上、損壊の度合いは溜息が出そうだが命の保護が出来た事は嬉しいとさえ考えていた。

 

 

「うん……でも、もう少しやり方があったんじゃないかと思うと……」

 

 リッカのフォローもむなしく、ナナの落ち込み様はこれまでに無い程だった。細かい物を数えればキリがないが、いつもであれば直ぐに回復する。今回の作戦がこれまでの中でも最大級であると同時に、リヴィも現在は治療の為に医務室へと運ばれている事が拍車をかけていた。

 北斗を護った代償とは言え、それは決して小さい物では無かった。

 

 

「まぁ、気持ちは分かるよ。でも、命あっての物種なんだし、それに関しては良しとしないと。元々上層に入る事が分かった時点で、一度は神機の点検には時間をかける予定だったから、そうまで気にしなくても良いよ」

 

 そう言いながらもリッカの手は止まる事は無かった。その事実を裏付けるかの様に、気が付けばシエルとギルの神機も既に作業台に乗せられている。

 決してフォローの意味合いだけでない事がナナの気持ちを徐々に回復へと向かい始めていた。

 

 

「そう言えば。北斗の神機が見当たらないんだけど、どうかしたんですか?」

 

「ああ、あれは私の管轄じゃないんだ。ナオヤがやってるからね。今は教導やってるから、整備はその後になるかな」

 

 リッカの言葉にナナは今の神機になった事を思い出していた。北斗の神機は元々はクロガネ系統の神機を使用していたが、今は『暁光』と言う銘の神機を使用している。

 これまでに使っていた漆黒の刃とは正反対の純白の刃はある意味では退魔刀としての役割を果たしていると何となく聞いた記憶があった。それだけではなく、通常とは作り方や調整もある意味では特殊だからと言う事で、整備そのものも他とは一線を引く様な内容となっていた。

 

 

「そう言えば聞いてなかったんだけで、なんでこんな状況になったの?何時もの北斗らしくないとは思ったんだけど」

 

「……それは、私にも分からないんです。上層部に上がった直後に黒い蝶が現れたかと思った途端にアラガミが出たのがキッカケだとしか」

 

 帰投した際にログとシエルからの報告でリッカは大よその状況は想像がついていた。

 上層部に達した瞬間に厳しい戦いが発生したとなれば、今後の探索が今よりも更に厳しい物になるのは間違い無かった。事実、修理しているナナの神機も被害が甚大なのは盾の部分だけではなく、ハンマーヘッドの部分も僅かにクラックが入っている。

 明らかにこれまでのアラガミよりも強度が高いのか、それともここまで酷使した結果なのかは分からない。そんな事実があったからこそ、完全点検と同時に新たにアップデートする必要があった。

 

 

《ブラッド隊は直ちに会議室に集合して下さい。繰り返します。ブラッド隊は直ちに会議室に集合して下さい》

 

「リッカさん。私呼ばれたみたいだから、お願いします」

 

「良いよ。これが私の仕事なんだから」

 

 館内放送が終わると同時にナナは神機の整備室からそのまま出て行った。既に作業中だった事からもリッカも気にする事無くそのまま作業を続けている。先ほどの件でナナは気が付いてなかったが、ここには本来であればリヴィが使っていたロミオの神機が置いてあるはずだった。しかし、この部屋にはその気配は既に無くなっている。

 リヴィが使用したはずの神機は別の場所へと運ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早速だが、今回の要件は今後の作戦に関してなんだが、現状は君達も良く知っての通り、リヴィの処遇についてだ。現在の所は安静にしているが、今後の事を考えるとむやみやたらに任務に就かせるのは厳しい状況となりつつある。既にこちらでもその可能性は予想していたが、想定した以上に厳しい状況となっている。そんな事からも、リヴィの容体が安定するまでは君達の神機の完全整備と、今後の対策を要する事になる。

 神機に関しては整備士に依頼はしてあるが、最短でも3日は必要となる。すまないが、君達も今回の件で暫くは休養となる……それとリヴィの件なんだが」

 

 フェルドマンの言葉に全員の表情に疑問が浮かんでいた。何でも無いミッションであれば休息は嬉しいが、こんな緊急時のミッションの最中での休息は尋常では無い。そんな空気を感じたのか、改めてフェルドマンは重い口を開いていた。

 

 

「まさかリヴィさんがそうだったなんて……」

 

 いつも冷静なシエルもフェルドマンのの言葉に動揺がハッキリと現れていた。これまでの内容に関してはラケルの独白の様な言葉でマグノリア=コンパスの概要が語られていたが、リヴィに関しても一時期はラケルの手の中で過ごして来た事は初耳だった。

 ジュリウスのプロトタイプとして培ってきた経験を置き去りにし、新たにジュリウスに対し傾倒していくそれは子供の幼い心を破壊するには過分すぎていた。あらゆる偏食因子を難なく受け入れるそれは明らかに異能ではあるが、それと同時にその頃から既にラケルは人知れず行動に移していた事実に誰も声にするのを忘れたのかと思う程でもあった。

 

 

「だったらなぜ情報管理局はリヴィを未だに使い続ける様な真似をしてるんだ?その言葉が事実ならば、やっている事はラケルと何も変わらない」

 

 フェルドマンがもたらした言葉に納得出来なかったのか、北斗は自身の考えをフェルドマンにぶつけていた。仮に自分の命を削りながらのミッションは自殺するのと大差ない。

 ましてやその事実を本当に自分が理解しているのであれば、今回のミッションに関しては確実に自分のの命と引き換えにしているのと同じだった。

 

 

「もちろん我々としても今回の作戦に関しては万全を期しているだけでなく、本人とも面談した結果だ。何よりも今回の作戦に関してはリヴィの志願の部分が強い。我々も苦渋の決断をした結果だ」

 

 フェルドマンの言葉に偽りは無かった。事実、今回の作戦に関してもリヴィからの提案である事が伝えられていた。既にリヴィの意志が確固である為に作戦は開始されている。

 対案が未だ無い以上、ある意味では仕方ないと考える部分もそこには存在していた。それと同時に、北斗自身もナナに護られる事が無ければ今回の様な結果を招く事はなかったのだと考えていた。ラケルの幻影とも言えるそれはゆっくりと北斗の精神を蝕んでいく。

 自分が本当にブラッドの隊長を続けても良いのだろうか。北斗もまた人知れず苦悩する事になっていた。

 

 

「色々と考える部分もあるだろう。我々としても失うにはあまりにも惜しい人物である事に変わりはない。今回の件に関しては既に極東支部に多大な損害を与えているのもまた事実だ。今出来る事を最大限にやってほしい。その為に我々が出来る事をやりたいと考えている」

 

 フェルドマンの心の内を聞かされた様な気持ちが勝ったのか、会議室から出た後もブラッド全員の表情が優れる事は無かった。これまでのやりとりを見てきた側としても、まさかここまでの考えを持ってるとは考えた事もない。

 既にそれなりの時間が経過したのか、4人がラウンジに着く頃には、帰投したゴッドイーターの姿が多くなりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。とりあえずここでの教導は一旦終了だ。今度からは実戦に入る事になる」

 

 屋敷での教導は事実上の終了を迎えていた。負傷する前よりも格段に動きが良くなっただけではなく、そろそろ神機を使用した実戦に入る必要性が出た事から、ヴェリアミーチェは既にアナグラから屋敷へと移送されていた。

 アナグラでの状況がどうなっているのかはナオヤも理解している。これまでにリヴィはジュリウスだけでなくロミオの代役としても十分すぎる程に活躍してきた事は一番理解していた。

 リヴィには申し訳ないが、今後はリヴィの変わりに本来の持ち主でもあるロミオがやるべき内容がどんな物なのかも理解しているからこその実戦となっていた。

 

 

「漸く実戦か………腕が鳴るぜ!」

 

 ナオヤの考えを他所にロミオはこれから始まる実戦に意識が向いていた。これまでにナオヤだけでなくエイジにも散々しごかれた結果、自分が今どれ程の力の持っているのかを判断する材料は無かった。

 朝は遊びと称した訓練をやったかと思えば、アラガミの構造に関する座学や戦術論、挙句の果てには意識が飛ぶまでの対人訓練はアナグラの上級カリキュラム以上の内容となっていた。もちろんロミオにはその事実は一切告げていない。一時期、教導メニューを見た記憶はロミオも持っていたが、今やっているはその上の上級カリキュラムだと偽った結果にしかずぎなかった。奇しくもそれはシエルが配属された当時のカリキュラムが児戯に等しいと思える様な内容だった事を知るのは後日になってからだった。

 

 

「なんだ。嬉しそうだな。そんなにここでの教導は嫌だったか」

 

「いえ。そんな事は思ってませんって。だってアナグラの上級カリキュラムはこれ以上なんでしょ?俺がこれから投入される場面を考えればこれ位はやらないと」

 

 嫌々の様にも見えたが、まさかここまで前向きに考えているとはナオヤは思ってもなかった。実際にこのカリキュラムは屋敷でこれまで培ってきたエイジやナオヤが無明相手にやって来た内容と大差ない物。早々に音を上げるかと思っていたが、まさかそんな事を思っていたとは考えてもいなかった。

 

 

「そうか……それ位の気概があるならば実戦の方は問題無いだろうな。今日は明日に備えてここで終了だ。明日の現場は朝一番に伝える。エイジが迎えにくるから、それに一緒に行ってくれ」

 

「了解しました」

 

 ここまでの内容からすれば実戦の内容は過酷な物でしかない事をナオヤは知っていた。今回のロミオが投入される物はエイジとアリサ、マルグリットとの連続ミッション。アナグラの周囲に巣食ったアラガミの掃討戦が復帰の初戦だった。

 冷静に考えてもこのミッションが最低限こなす事が出来なければ螺旋の樹の内部探索は厳しい物にしかならない。既にロミオは訓練ではなく明日の事に意識が行ってるからなのか、どこからともなく鼻歌が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で、君達には明日からのミッションにロミオ君を同行させる事にしたから、くれぐれも頼むよ」

 

「了解しました。自分としても見てきた以上は結果を出す様にすべきですから」

 

 支部長室ではエイジとアリサ、マルグリットが召集されていた。事実上のロミオの戦力の確認だけでなく、未だにアナグラの周辺に巣食ったアラガミが行動を起こさないのであれば、こちらか迎撃した方が良いだろうとの判断から出されたミッションだった。ここに呼んだ人間は事実上の身内だけ。ロミオの状況をよく知っているだけでなく、情報漏洩を防ぐた為のメンバーでもあった。

 

 

「でも、私が入っても良かったんでしょうか?エイジさんとアリサさんはともかく、私は第1部隊の所属ですが」

 

「その件に関しては問題無い。今回のミッションはマルグリット、お前の適正試験も兼ねている。部隊を増やす予定は今の所無いが、万が一コウタに何かがあった場合、速やかに指揮を執る為の訓練を兼ねている。今回の作戦に関しては互いにツーマンセルでのミッションを各方位に対して開始する。マルグリットはロミオとのコンビになる予定だ」

 

 ツバキの言葉にマルグリットは漸く理解していた。ここに来るまではどんな目的があるのかすら伝えられておらず、またメンバーを見ても極秘裏に行動する割にはクレイドルとしてのミッションでも無い。

 以前に噂された新部隊設立の可能性を含んでいる以上、マルグリットとしても拒む必要はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?コウタ隊長何落ち込んでるんですか?」

 

「落ち込んでなんてねぇよ」

 

 先ほどまで見送ったはずのコウタは珍しくラウンジのカウンターに座っていた。エリナの記憶が正しければ、今日からマルグリットは連続ミッションに出向いているはず。だからこそ、今日1日は溜まった書類を整理するはずだと記憶していた。

 

 

「でも、エイジさんとアリサさんが一緒のミッションだと、きっと過酷なんでしょうね。私も立候補したかったな」

 

「俺だって同じだって。でもツバキ教官から言われたら何も言い返せないしな」

 

 コウタの言葉にエリナはその状況が目に浮かんでいた。厳しい言い方かもしれないが、こちらの考えや意図は確実に理解した上で許可を出してくれるのは、周囲を見ている証拠でもあった。事実、一時期の部隊編成の際にエリナはダメ元でツバキに掛け合った事があった。本来であれば即却下となるはずが、まさかの容認はエリナの記憶にもまだ新しい。

 そんな事実があったからこそ、コウタの気持ちが分からないでもなかった。

 

 

「どのみち明日には戻るんですから、今日中にこれやったらどうですか?出ないとマルグリットさんも呆れますよ」

 

「これからやろうと思ったんだよ。エリナは今日は第4部隊か?」

 

「はい。久しぶりにカノンさんと同じミッションなんです」

 

「そうか……頑張れよ」

 

 コウタの言葉を即座に理解したのか、エリナはそれ以上の事は何も言えなかった。既に極東では常識になりつつある第4部隊でのミッションは後方確認が必要であることをよく理解している。

 既にアサインされているからなのか、エリナは神機保管庫へと歩き出していた。

 

 

 

 


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