神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第235話 目覚め

 

「くっ。またか……」

 

 螺旋の樹の安定化の為に突き進むブラッドの行軍とは裏腹に、リヴィは誰も居ない事を確認し一人苦悶の表情を浮かべていた。時間と共にヴェリアミーチェの適合が上がっていくのが体感出来ると同時に、まるでそれを蝕むかの様にリヴィを責め立てる。

 自分の能力そのものを過信する訳では無かったが、これまでの中でも最大級の痛みは自然とその動きにまで出てくるのかミッションの際にもその影響が徐々に出始めていた。

 悟られない様に行動してきた精神力は賞賛に値するが、やはり強くなるそれが何時まで続くのかが見えない以上、それは仕方の無い事だった。

 

 

「リヴィさん。今後の事ですが……どうかしたんですか?」

 

 用事があったのかシエルの声に反応が遅れていた。既に痛みは引いたものの、顔に浮かぶ脂汗はシエルに疑問を抱かせるには十分すぎていた。

 

 

「いや。何でもない。少し疲れただけだ」

 

「なら良いんですが、今後の事もあるので、少しだけ時間を頂きたいのですが……本当に大丈夫ですか?」

 

「私なら万全だ。皆が待っているのであれば直ぐに行こう」

 

 先程の光景を見られたからなのか、話す事すら億劫だと言わんばかりにリヴィはその場から去っていた。簡易キットを使った休憩地点でやれる事はそう多くは無い。

 現時点で出来るのは精々が偏食因子の投与程度でしかなく、既にここに入ってからはそれなりに時間が経過しつつあった。これまでの中で中層域の場所の確保はほぼ完了とも取れる内容に全員が一息つける。一旦はアナグラに帰還し再びこの地を目指す事が予定されていた。

 

 

「まだベースキャンプの設営って始まってないんだよね?」

 

「まだ資材発注の途中らしい。なんでもサテライトの資材を流用するのに調整してるって話だ」

 

 シエルが皆の下に戻ると今後の予定いついて話されていた。当初の予定とおり中層の探索の時点で偏食因子の投与だけでなく神機の調整が組み込まれていた。ベースキャンプが構築出来ればそこが最前線になる可能性が高く、今後の進捗状況を確認する意味合いも含めた帰投となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか久しぶりに感じるんだけど、何だか雰囲気が何時もとは違わない?」

 

 久しぶりに帰投したブラッドがラウンジに訪れると、そこは何時ものリラックスした雰囲気からは僅かに遠くなっていた。既に何かの作戦が始まっているのか、ここに居る人間も何時もの雰囲気は無くなっている。そんな何とも言えない雰囲気がラウンジに漂っていた。

 

 

「皆さんお疲れ様でした。この後ですが、榊支部長が情報の共有化をしたいとの事でしたので支部長室に来て欲しいとの事です。それとリヴィさんに関しては会議室に来て欲しいとの事です」

 

「会議室じゃなくて、支部長室に?」

 

「はい。その様に聞いています」

 

 今回の作戦に関しては何かと会議室での話が多かったが、今回フランの指した先は支部長室。しかもリヴィは外されている事が僅かに疑問を生じていた。部屋の違いは余り無いが、何となく気になる事があったのか、北斗は返事をしながらも何か進展があったのかと思いながら足を運んでいた。

 

 

「ブラッド隊入ります」

 

「中層部の探索ご苦労様。今回の件で君達に言っておかなければならない事がいくつかあってね。実は今後の事も踏まえてなんだが、改めて情報を共有化しようと思ったんだよ」

 

 榊からの言葉はこれまでに分かった情報を整理した結果が述べられていた。これまでにもジュリウスは螺旋の樹の上層部に居る可能性が高い事だけでなく、今後の予定としてのベースキャンプの設置、そこからの行動予定などが発表されていた。

 

 

「それと、ベースキャンプに関して何だが、実はここ最近になってアラガミの群れの様な物が確認されてるんだ。多分知ってるとは思うが、ベースキャンプはサテライトに使われる素材をベースに開発している。

 今もその調達をしてるんだが、そのアラガミの群れを刺激しないようにやっている為に予定が大幅に遅れてるんだ。で、君達にはすまないが、暫くの間はその素材の護衛任務をお願いしたいと思ってね」

 

「螺旋の樹の調査は大丈夫なんでしょうか?」

 

「それに関してはレア博士がやっている装置が効果を発揮している。本来であれば君達がその装置を護って欲しい所なんだが、今の所螺旋の樹内部に感応種が出る可能性が低いと判断してるんだ。その関係上、君達は遊撃の立場として護衛してほしい」

 

 シエルの質問に答えた榊の言葉に全員が頷いてた。しかし、実際にはそれは建前であって本当の部分ではリヴィの状況の確認と同時に、救出したロミオの訓練時間を確保する為の詭弁でもあった。

 屋敷での検査の結果、ロミオの身体そのものには損傷がなく、現時点では目覚めるのも時間の問題でもあった。もちろん、リヴィにはこれまで同様にその力を発揮してほしいとは思うも、やはりこれまでの可能性を考えると、この辺りで一度身体の状況を確認する必要があった。

 既に綱渡りの作戦である以上、落下する訳にはいかない。これが榊と無明が判断した結果でもあった。

 

 

「護衛任務そのものは明日からになる。今日一日はゆっくりと過ごしてほしい」

 

「分かりました」

 

 榊の言葉に返事をし北斗達が去った今、この場には榊だけとなっていた。本来であればロミオの救出の件に関しても伝えるべきかは悩みはしたが、以前のリンドウ程に深刻な状況下では無い事が確認されている以上、目覚めてからでも問題無いだろうと考えられていた。

 実際に榊は自分の目で確認した訳では無いが、無明からの極秘回線によるバイタルの情報を見る限り、大きな問題点は少ないとも考える事が出来る。今はただその時間を稼ぐ為にも接近しつつあるアラガミを理由にブラッドを螺旋の樹の内部へと行かせるつもりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう!久しぶりだな。螺旋の樹の探索は終わったのか?」

 

 支部長室から再びラウンジへと移動すると、そこには以前に防衛任務で見たタツミ達の姿があった。先ほどまでの雰囲気そのものは変わらないが、タツミ達がいる事で何となくその場に落ち着きが出てくる。どこか懐かしく感じる空気をそのままに北斗達はソファーセットに座っていた。

 

 

「あっ!タツミさんお疲れ様です」

 

「ナナも元気だったか。こっちはアラガミの防衛で来てるんだけど、これがまた大変なんでな。今は少しだけ休憩って所だ」

 

「タツミさん。アラガミの防衛って?」

 

「あれ?榊博士から聞いてないのか。アナグラからは距離があるんだが、アラガミの群れらしい物が来てるんだ。ただ事態が膠着しているのと同時に、万が一の事もあってな。俺達は元々防衛班だったから問題ないんだが、他の連中はそうでも無いからな。意外と精神的に疲れるんだよ」

 

 そう言いながらタツミはコーヒーを口にしていた。既に何度も経験しているからこそ今回の内容も何時もと同じ感覚でやっているが、他の人間はそうではなかった。

 以前の様に防衛班に志願した人間もいつ来るのか分からないアラガミに常時警戒をしている為に精神的な疲労が蓄積している。恐らくはそんな休憩のつもりでラウンジに来ていた事が原因である事がここに来て発覚していた。

 

 

「ナナさん。先ほどの榊博士の護衛任務が多分そうなんだと思いますよ」

 

「なるほど…それが原因って事なんだね。ケホッケホッ」

 

 ムツミが用意した炭酸が効いたオレンジジュースは喉を潤すには刺激的だった。螺旋の樹では休憩時にそんな物を口にする事がなく、精々が何となく味が付いた様な水が関の山だった。久しぶりに飲んだそれが、少しだけむせる原因となっていた。

 

 

「ナナ。少しは落ち着いて飲んだらどうなんだ?」

 

「ちょっと久しぶりに飲んだからびっくりしただけだよ。でも、ここでこれを飲んでるとアナグラに戻って来たって実感するんだよね」

 

 ナナの言葉に北斗もそれに関してはは少しだけ思う部分があった。

 エイジやリンドウ達とは違い、これまでにブラッドだけでの単独の任務は数える程しかこなしていなかった。特に今回の様な目的は有れど時間を有する任務となれば今回が初めての作戦となっている。今まで確認した事はなかったが、心がゆっくりと荒んでいく感覚はこれまでに体験した事が無いと同時に、如何にクレイドルが過酷な任務を続けているのかを理解していた。

 

 

「皆さん。これはサービスです」

 

「有難うムツミちゃん。でも、本当に良いの?」

 

 目の前に出されたのはサツマイモを使った大学芋だった。こんがりと揚ったサツマイモに透明な何かが絡められている。見た目は芋そのものではあるが、僅かな琥珀色のそれが照り返している。それが単なる料理で無い事だけが予想出来ていた。

 

 

「これは食材の余りで作った物なので大丈夫です。まだ完全に出来た訳では無いので試作品ですが、味は良いと思いますよ。折角なので皆さんもどうぞ」

 

 さしだされた皿の上に置かれた芋を遠慮する事無く口に入れる。久しぶりの感覚だったのか、一番最初に口に入れたナナはそのまま固まっているのか動こうとはしない。何があったのかと心配になり出していた。

 

 

「あの……ナナさん?」

 

「これ美味しいよ。今までに食べた事無い味だよ。ねぇ、もう無いの?」

 

 再起動したかと思った瞬間、ナナの持つ箸は止まる事が無かった。シエルも少しだけ食べたが、外側のカリッとした食感に対し、中はホクホクした食感と、見た目だけでは感じる事が無いそれは確かに美味しいと思える味だった。

 気が付けばナナは一心不乱に食べている。ギルも北斗も殆ど箸をつけていなかった事に気が付いたのか、念の為に確認する事にしていた。

 

 

「あの、北斗とギルは食べないんですか?」

 

「少し食べたが、俺は甘い物が得意じゃ無くてな」

 

「美味しいけど、ナナとシエルが食べてるの見たら満足したからもう大丈夫だ」

 

 サツマイモに絡めてあったのは蜂蜜だった事から、ギルは少しだけ食べはしたが、甘さが得意でない為に、それ以上は不要だと判断していた。一方の北斗に関しても食べはしたが、そこまで食べたいと思わない部分があった。しかし、ムツミがサービスだと言う物に対し、態々言うまでも無いと判断したからなのか、お茶を濁す結果となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マルドゥークに半ば一方的だと思われる攻撃を受け、自分の身体が宙を舞っている視界の中で、ジュリウスが単独でマルドゥークと交戦しているのが見える。既に感応種の中でも厄介な存在だと思われたアラガミはどこか狡猾な部分があった。

 幾らもがこうとしても空中を漂う自分の身体は既に別の物だと言わんばかり言う事を利かない。自分の視界にはただ弾き飛ばされるジュリウスだけが残像の様に残っていた。

 

 

「ジュリウス!」

 

 何かの刺激を受けたかの様にロミオは飛び起きていた。周囲を見渡すと、ここは明らかにアナグラでは無い事だけが理解出来る。気が付けば自分もいつもの服装ではなく見た事も無い様な服が紐の様な物で縛られていた。

 

 

「お目覚めになったんですか?ここは屋敷です。ご当主がここに運んできたんですよ」

 

 気配を察知したのか、これまた見た事も無い女性が柔らかな笑みと共にゆっくりと状況を説明している。ここはフライアでもアナグラでもない場所。目覚めたばかりのロミオにとってここがどこだと言う前に、どんな状況なのかを理解する方が先決だった。

 

 

「あの、俺、いや、僕は一体?」

 

 未だハッキリと理解出来ないからなのか、ロミオは目の前の女性を見ながらオロオロしている。その姿がおかしかったのか、女性は改めて説明を始めていた。

 

 

「ロミオさん。ここは屋敷です。アナグラではありませんが、アラガミの脅威はありませんのでご安心下さい。それと、目覚めて間もないですがこれから少し診断をした後にご当主から説明がありますので、このままここに居て下さい」

 

 何も分からない場所でここに居ろと言われた事で自然と警戒心が高まっていく。しかし、目の前の女性からは邪な雰囲気は感じられず、また耳をすませば時折子供の笑い声が聞こえた事に、ロミオは少しだけ安堵感に包まれていた。

 

 

「分かりました。ではここで待たせてもらいます」

 

 その言葉が全てだったのか、その女性はそのまま部屋から退出していく。一人静まりかえった部屋にロミオは改めて部屋の襖を開けて周囲を眺めていた。

 

 

「え?」

 

 ロミオの視界に飛び込んで来たのは子供たちが周囲を走りながら何かをしている様にも見えていた。手には棒の様な物を持ちながらも、遊んでいるのか笑顔で走り回っている。

 周囲を走りながら聞こえるそれが先ほどの声である事を理解していた。

 

 

「あれ?たしかブラッドにいた人だよな?」

 

 周囲に気を取られていたからなのか、背後からの声にロミオは慌てて振り返る。そこにいたのは以前にFSDで見たアルビノの少女シオだった。

 

 

「あ、ああ。確か、ユノさんのライブの時に一緒に歌ってた人だよね?」

 

「おお~。しってるのか。私シオ。ヨロシクね」

 

 浴衣姿だったからなのか、当時の状況と一致しない事が多かったが、声とその見た目は間違い無く本人のそれ。握手を求めようと手を差し伸べた瞬間だった。

 

 

「シオちゃん。ここに居たの?もう時間だよ」

 

「もうそんな時間なのか。えっと、なまえ……なんだった?」

 

「俺、ロミオ。ロミオ・レオーニって言うんだ」

 

 改めて自己紹介をする。以前にも紹介された記憶が僅かにあったが、その時は時間の都合もあってかあまり話をした事がなかった。そんな中で先ほどシオを呼んだ女性もここに来ていた。

 

 

「確か、ブラッド隊の人?ですよね」

 

 シオを呼びに来た女性はロミオの右腕に装着された黒い腕輪を確認していた。一方の目の前の女性も浴衣姿ではあったが、気が付けば赤い腕輪が右手に装着されている。

 お互いがゴッドイーターである事を理解していた。

 

 

「私、極東支部の第1部隊に所属しているマルグリット・クラヴェリです。アナグラで会ったら宜しくお願いします」

 

 柔らかな笑みと共に頭を下げて挨拶をする少女にロミオは不覚にも顔が熱くなった感覚があった。ロミオの知っている女性陣の中でも目の前の少女の様な女性はこれまでに誰も居なかった。

 思い起こせばナナはどこか奔放な感じがし、シエルに関しても硬さが抜けきらない記憶しかない。そんな経験の中でマルグリトの存在は一段と違った雰囲気を持ち合わせていた。

 

 

「いえ。こ、こちらこそ宜しくお願いします」

 

「私、これから用事がありますので、失礼させていただきますね。シオちゃん。行こっか」

 

 シオと共に歩く姿をロミオはぼんやりと見ていた。目覚めてから今に至るまでまだ時間はそう多くは無い。しかし、目覚めた瞬間の警戒心は既に消え去っていた。

 

 

 


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