神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第233話 極秘任務

 

「忙しい所すまないね。実は今回の作戦に関してなんだが、極秘裏にお願いしたい事があってね」

 

 ブラッドの進行作戦と並行するかの様に、リンドウとエイジは榊に呼び出されていた。当初の予定ではクレイドルの作業はベースキャンプの設置とその場所の保護。既に下層部の進行がゆるやかではあるものの、時間的にはそろそろ中層へと到達しようとしている頃だった。

 

 

「態々極秘裏って事はまた特殊任務ですか?」

 

「そうだ。今回の作戦とは別のアプローチになるが、我々も戦力を派遣する事にした。差し当たってはブラッドが中層に突入する時期に合わせる事になる」

 

 

 支部長室にいたのは榊だけでなく無明とツバキも同室している。この時点で榊が言うまでも無くリンドウもエイジも大よその検討ついていた。

 既にブラッドが行動している事を知った上での作戦である以上、口外する事はあり得なかった。

 

 

「……で、お前がその格好だとすれば、今回の任務内容は何だ?」

 

「現在進行しているブラッドの件だが、今後の可能性を考えるとこのまま行くのは厳しいと判断した。特に今作戦の中でも最大の要となっているリヴィ・コレット特務少尉だが、少しばかり厳しい状況になりつつある」

 

 リンドウの言葉通り、この場に居た無明はいつもの服装ではなく戦闘時に好んで着る黒装束だった。

 本来であれば何かと説明をする必要があるが、既にその格好である以上、改めて説明をする必要は無かった。今回の榊の極秘裏の言葉が示す様に、本来の内容とは大きく逸脱する可能性はあるものの、それでも万が一の可能性を危惧したからこその内容でもあった。

 

 今作戦の最大の要でもあるリヴィの状況は既に厳しい部分に突入しつつあった。抑制剤を使いながらに戦闘を続け適合率を高めていく。これが今までのやり方でもあり、ジュリウスの神機の際にも同様の手段でもあった。

 本来であればこれで問題は無いはずだっだが、ここで大きな誤算が発生していた。暫定的に『圧殺』と名付けた力はこれまでの血の力の中でもかなりの威力を持っていたからなのか、適合した神機の能力が本人の限界値を超えようとしていた。

 あの場面をから推測できるのは、今後、上層部へ移動すると同時により強固なアラガミが出る可能性が極めて高いと予想されている点。また、現時点では中層部に突入してはいないが、これまでの調査の結果からジュリウスが下層から中層に居る可能性は極めて低く、その結果、神機の能力を無理矢理行使しれば自身の命が危険にさらされる可能性が極めて高い状況となりつつあった。

 

 

「それで、今回の作戦に関してなんだが、君達には本来の持ち主でもあるロミオ君の探索をお願いしようかと思ってね。少数精鋭でやるのは情報管理局ではなく、それ以外の外部の介入の可能性を極限にまで減らしたいんだ。

 実際に、ベースキャンプの設置に関してはアリサ君が先頭に立ってやっているし、その拠点防衛はコウタ君にお願いしてある。そうすれば多少は君達の姿が無くても問題ないだろうと考えたんだよ」

 

「しかし、探索は構いませんが、ロミオが生きていたとしてもこれまでの様に動けるのかは分からないんじゃ…」

 

 榊の言葉に疑問を持つのは当然の事だった。エイジは直接の事は知らないが、後から聞いた話ではロミオは意識不明のままに運ばれている。外傷そのものは多少の傷は残るが、大多数は回復傾向にある事も知っている。あの時点で確定しているのは目覚める事が無い点だけだった。

 

 

「その件に関してだが、これまでの調査で分かった事はあの螺旋の樹の内部は一つの生命体の様な物である可能性が高い。ここから先はあくまでも事実に近い推論ではあるが、螺旋の樹そのものは何らかのダメージを負った場合、人体の様に自己修復しようとする機能が備わっていると予想されている。

 それとフライアが飲みこまれた当時からこれがあったと仮定した場合、ロミオの生存は高いと判断した。詳しい事は省くが、人体の構造とよく似た器官が幾つも確認されている。仮にそうだとすれば回収した後に多少の訓練をすればリヴィの代わりになるだろうと判断した結果だ」

 

 ツバキの言葉に2人は納得していた。これまでの様に極秘任務でやる場合は大きく分けて2通りしかない。裏の仕事か、表に出すには少し材料が足りない場合だった。既に検証を重ねた上での結論が出ている以上、2人にとっても否定する必要性は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理は絶対にしないでくださいね」

 

「今回も兄様とリンドウさんがいるし、大丈夫だよ」

 

「お前さんの旦那はちゃんと返すから安心しろって」

 

「リンドウさんが言うと何だか縁起悪いんですけど」

 

「エイジ、お前の嫁の躾はもう少し何とかならないのか?」

 

「まぁ、その辺はまた改めて……」

 

 ベースキャンプの準備を他所にアリサとコウタもリンドウとエイジの下に集まっていた。既に準備が整っているからなのか、いつでも行動が可能な状態になっている。何時もの純白の制服とは真逆の漆黒の制服が裏の任務である事を物語っていた。

 

 

「螺旋の樹の内部はどんな状況になっているかは分からん。このメンバーなら大丈夫だとは思うが油断はするな」

 

「はい」

 

 無明の言葉に全員の意志が一つにまとまる。既に用意された部材は時間の経過と共に送られる事が決定しているからなのか、何時ものミッションに出向くそれと何も変わらなかった。

 ただ違うのは何時もと真逆の制服の色だけ。まるで散歩にでも行くような雰囲気ではあるが、ブラッド同様に厳しい戦いになる事は間違い無かった。

 

 

「なぁ、支部長室での話なんだけど、外部の介入って既に情報管理局が介入してるんだ。それ以上の可能性なんてあるのか?」

 

 下層部から中層部へと差し掛かろうとした際に、リンドウは支部長室でのツバキの言葉を思い出していた。

 情報管理局そのものが事実上の本部直轄の組織である以上、それ以外の介入の可能性を考えるのは困難とも言えている。これまでにも何度か本部が直接、間接を問わず介入してきたが、結果的には全ての事態をそのまま跳ね返してきたからこそ、その言葉の真意が分からない状況だった。

 

 

「実際には情報管理局が介入した時点でその支部そのものは問題があるかもしれないが、今回の作戦群に於いてのミスはフェンリルにとっても面白く無い結果だったんだろう。

 これが極東支部だけの話ならこれまでの様に介入がどうだとうか難癖をつけるのが可能だが、今回は明らかに情報管理局の失態だ。しかも、今回の作戦の開始直前にこちらが一旦計画の中止を指示している事実を知っているからこそ、このまま情報管理局に任せても良いのかと言った話が水面下で出ている。

 今後の作戦の結果如何では局長が差し替え、再び頭の悪い人間が介入する可能性も出てくる」

 

 無明の言葉にリンドウはそれ以上の言葉が無かった。今回の作戦が失敗に終わった最大の要因はラケルの残滓を見逃していた点だった。既に神機兵に搭乗し、そのまま行方不明になった九条は当時、誰も監視する事無くそのまま計画の中枢へと食い込ませていた。

 本来であれば当人が生存しているのであれば査問委員会への召喚は必須だが、既に消息を絶っている以上、その当時の状況下で責任を取るはずの九条の代わりになる人間がそのままフェルドマンになっていた。

 

 

「情報管理局は敵も多い。恐らくは今回の作戦の失敗の責任追及による左遷、若しくは降格を画策しているんだろう。ああ見えてフェルドマンの事をやっかんでいる輩は多いからな」

 

「って事は、俺達はそんなくだらない事の為にこの作戦をするのか?」

 

「それは違う。今回の作戦に関しては要となるリヴィ・コレット特務少尉の状態が思った以上に悪い事だ。今はまだ良いが、実際に血の力を完全に開放出来る状態になった場合、最悪の事態が発生すれば我々はその力の制御の方法を完全に失う事になる。それがどんな影響を及ぼすかを考えれば、この作戦は当然の事だ」

 

 『圧殺』の能力はこれまでのブラッドの中でも使い方を間違えれば最悪の結果となるのはリンドウだけでなく、エイジも知っていた。オラクル細胞の活動停止となった際に懸念されるのは、アラガミと人間ではどれほどの差があるのかだった。

 人間側に都合がよければ問題無いが、それはあくまでも楽観すぎる内容。これが逆の立場になった瞬間、人類はアラガミに対し抗う手段を一瞬にして失う可能性を秘めている。だからこそ、その対策が要求されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、こいつらの相手は飽きてきたな。そう考えるとブラッドの連中は大変だな」

 

 探索の際にはアラガミの出現が予想された事もあってか、既に神融種の討伐は数えきれない程となっていた。下層から中層に差し掛かった瞬間、神融種だけでなく、通常種のアラガミも多数出現するも、高い戦闘能力を発揮した事により、探索そのものは大きな障害を向かえる事なく進んでいた。

 

 

「これは当初から推測された結果だな。今分かっている範囲であれば、ジュリウスは上層に居る可能性が高いだけでなく、今回の最大の障害がそれであれば、今後出てくるアラガミもそれに比例するだろう。我々もゆっくりとしている暇は余り無い」

 

「そりゃそうなんだが、本当にこの周辺なのか?さっきから同じ様な場所をうろうろしているみたいなんだが」

 

 これまでブラッドが築いた正規のルートではなく、無明達は敢えてその本流から外れた場所を探索していた。地道に進行するブラッドはあくまでもジュリウスの奪還の為に移動している事もあってか、空間の安定は常時優先されている。

 一方のこちらに対しては、そもそも極秘任務である為に調査の本流からは大幅に変更されているからなのか、アラガミの出現率は尋常ではなかった。

 

 

「ちゃんと進行方向は間違っていない。少なくともフライアを飲みこみはしたが、基本はその構造がベースとなっている。旧神機兵の保管庫から進んだそれが物語っている。場所的にはそろそろのはずだ」

 

 入手したフライアの見取り図から螺旋の樹の内部を読みとったからなのか、無明の進む道に迷いは無かった。既に何らかの情報を得ているのか、それとも勘に頼った物なのかは現時点では判断出来ない。

 しかし、先ほどの場所から陰になった所を突き進むにつれ、これまでの様な雰囲気は既になく、これから何かが間違い無く襲ってくる様な雰囲気に2人は自然と厳しい視線を送る様になっていた。

 

 

「……まさかとは思うがここに来てこれは酷くないか?」

 

「逆の事を言えば、それだけ警戒しているという事になるだろう」

 

 3人が目的地へと歩こうとした瞬間だった。周囲から感じられるのは明らかに大型種のそれだった。既に気配を感じる必要はなかった。アラガミの息遣いがこちらにまで聞こえてくる。目的地の目の前には、これまでに見たアラガミに変わりはなかったが、何時も対峙している物に比べて一回り大きい。

 邪悪な顔を見間違う事も無く、リンドウがため息交じりに漏れた言葉に無明が答える。目測で約20メートル程先の地点には、まるでそれ以上先には進ませないと明確な意志を叩きつけるかの様にそのアラガミはこちらを睨む様な視線で感知していた。

 

 

「どのみちやらねばならない。なら、やる事は一つだけだ」

 

 無明の言葉が合図になったのか、威嚇する様な咆哮を上げ、巨体が地響きを起こしながら一気に突進してくる。無明だけなく、リンドウとエイジもその場から大きく跳躍する事によって散開した結果となっていた。

 

 

「しゃあねーな」

 

「仕方ないですね」

 

 2人の言葉をその場に置き去りにしたかの様に、大きな雷球がその場を抉る様に激しく着弾する。散開した為に既にその場にはいないものの、衝撃によって出来たのは大きなクレーター。その攻撃だけでどれ程の威力を持っているのかを改めて考えるまでもない。既に3人は臨戦態勢へと入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《榊博士。極東支部周辺に大規模なアラガミの大群がせまりつつあります。アナグラまでの到達予測時間は大よそ3時間です。どうしますか?》

 

 ブラッドとクレイドルが螺旋の樹へと侵入している頃、ウララが見ていた画面には大きなアラガミ反応を示した画面が広げられていた。距離としては中距離ではあるものの、アラガミがどんな行動を起こすのかは現時点ではまだ分からないままだった。

 広範囲の索敵がキャッチしたまでは良かったが、現時点での残存勢力から考えれば、今直ぐにも出ている部隊を帰還させたい気持ちがあった。

 

 

「この距離だと少し判断に迷う所だね。ウララ君。螺旋の樹への通信回線は繋がってるかい?」

 

《ブラッド隊に関しては最前線がまだ安定化してませんので、通信は届くには届きます……ただ、現時点ではノイズが激しいので、会話が一方的になる可能性が高いです》

 

 ウララの言葉に榊は珍しく判断に迷っていた。このままブラッドを呼び寄せた所で突然の戦闘に果たして身体がついてこれるのかが未知数なままだった。ただでさえ何も分からない場所での探索は嫌でも神経をゴリゴリと削っていく。そんな中で大規模作戦を突入させるのは得策ではない。

 だからと言って無明達を戻すには回線を開く必要があるが、こちらも現時点では極秘任務の真っ最中。ましてや安定していない場所となればその摩耗具合は半端な物では無い。まだ視界には入らないが広域レーダーに映っている時点で、事実上の接近となっている。既にやれる事をやるしかなかったのか、榊は人知れずほかの場所へと通信を開いていた。

 

 

「研究中の所済まないね。少しばかり手を止めてこっちに来て欲しいんだ」

 

《ああ。すぐに行く》

 

 榊の言葉に反応したのか、通信先の音は少しばかりゴソゴソと聞こえている。螺旋の樹の探索は完全に任せるだけでなく、ここの防衛も担う必要がある。既に主要のメンバーが支部長室に召集されるには然程時間は必要としなかった。

 

 


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