神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第232話 侵入

 

「リヴィ。適合の方はどうなってる?」

 

「思ったよりも厳しいな。ただ使うだけならまだしも、ブラッドアーツとなればまだ時間がかかる」

 

 ロミオの神機を適合させてから3日が経過していた。適合そのものはこれまで同様に大きな問題らしいものが発生することなく運用出来るレベルにまで引き上げる事が可能ではあったものの、最大の目標でもあるブラッドアーツの習得には予想以上の時間を要していた。

 ジュリウスの神機の時には純粋に螺旋の樹を切り拓く事が目的だった事もあってか、自身の支配下に置くレベルはそう高い物は要求されていなかった。しかし、今回の目的は螺旋の樹内部の鎮静化が最大の焦点となるだけでなく、今後出現するであろうアラガミの討伐までもが目的となる為に、通常の運用が出来るレベルにまで引き上げる必要があった。

 

 

「ブラッドアーツらしき物が出てるんだよね?」

 

「まぁ、その辺りは見ての通りだ。だが、完全に運用するとなればこのレベルでは命の危険性を孕む。既にこれ以外の方法が無い以上、無い物ねだりは出来ない」

 

 これまで同様に運用出来るのかと言えば、安易に返事が出来ない事情が存在していた。

 これまでの様に介錯の為に適合させるレベルであれば苦労する事は殆ど無かったが、ブラッドの神機に関してはそれよりも高いレベルが要求されてくる。神機を振るうだけでなく、自身の力とも言える血の力の覚醒は未だ解明されていなかった。

 ジュリウスの神機で一旦は発動しているからなのか、片鱗そのものは出始め居ているものの、完全な形となるには第三者の目から見ても厳しい物である事だけは明白だった。

 

 

「北斗。ナナさん。今は焦っても仕方ありません。今回の作戦に関しては事実上の持久戦に近い物が多分にあります。今からそんなだと後々疲弊しますよ」

 

 何気に言われたシエルの言葉に、北斗自身も自分の気が付かない部分で焦っていた事を実感していた。今回の件に関してもフェルドマンの話をそのまま噛み砕けば、この作戦は色んな意味での持久戦が予想される結果となっていた。

 荒れ狂うオラクル細胞を鎮静化させる為にロミオの神機を使用し、その隙を狙って鎮静化の為に機材を投入する。その結果、安全なエリアを徐々に拡大させる内容だった。アナグラからでは序盤は問題無いかもしれないが、今後の探索の範囲が広くなれば当然偏食因子の投与のタイミングが必要となってくる。事前に聞いた内容が壮大すぎたのか、完全に作戦を理解したのはシエルだけだった。

 

 

「そうだな。焦り過ぎも危険だ。事実、今後の事は俺達だけではなく、後方支援としてクレイドルも参加するんだ。今の時点で仮に不安定なままだと万が一の際には大怪我の元になりかねんからな」

 

「確かにギルの言う事は一理ある。時間が許す限り適合率を上げる事が先決だな」

 

 北斗の言葉に全員は改めて今回の作戦に関しての再確認をする事になった。後方支援を担当するクレイドルも既に指示を受けているからなのか、ベースキャンプを作るための資材の発注を進めている。今回の作戦に関してはブラッドが事実上の尖兵となる以上、油断をする訳には行かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ。まだ……ここで終わる訳には……行かないんだ」

 

 ヴェリアミーチェの適合率は時間の経過と共に順調に高くなりつつあった。

 既にアラガミの討伐にも影響が出にくくなる頃、突如としてリヴィの身体に異変が発生し始めていた。

 この場には誰も居なかった事が幸いしたのか、リヴィは苦悶の表情を浮かべながらも自身の右腕を抑えながら壁にもたれかかっている。適合率の向上と共に自身に対する反応は日増しに強くなり始めていた。

 

 元々の兆候はジュリウスの神機を適合させた事が発端となっていた。見た目はこれまでの神機と同じ第二世代ではあるが、やはりブラッドアーツの使用に耐えうる事が可能となっていた第三世代の神機はこれまでの物に比べれば別格となっていた。

 元々適応するだけの力に加え、自身の潜在能力を発揮させる血の力の強大さは、人知れずリヴィの身体をゆっくりと蝕んでいく。表情にこそ出しはしないが、抑制剤を投与してこの結果である以上、自身の限界値が近くなりつつある事を悟っていた。

 もしこの場に誰かが居れば即座にこの計画の変更、もしくは中止を告げられる可能性は極めて高い。それが万が一表情に出る様であれば拙いとの判断により、リヴィはミッション以外ではなるべくブラッドのメンバーと行動を共にする事を避けていた。

 

 

「やはり私では……」

 

 痛みが一定時間を過ぎた事で嘘の様に引いて行く。一定周期で来ている事は間違い無いが、これが明らかに無理をしている事が原因であるのは間違いなかった。代替え案が無い事も理解している今、リヴィは人知れずその痛みと戦うしかなかった。

 

 

「まさかとは思ったが、やはりか……」

 

 人知れず痛みに耐えていたはずの場面を無明は影から見る事しか出来なかった。既に危険性を知っているものの、現時点で有効的な作戦がどこにもなく、今回の作戦に関しても事実上の耐久戦となっている事を理解している。いくらゴッドイーターが丈夫だと言った所で荒れ狂うオラクルの中ではどんな影響を及ぼすのかもまだ分かっていない。先ほどの様子から見れば、限界値までは然程遠く無い事だけは理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから螺旋の樹下層部への侵入を開始する。フラン、中の様子はどうなってる?」

 

《こちらで分かる範囲では数体のアラガミの影はありますが、やはりノイズが強すぎる為に内部の情報は事実上不明です。厳しい戦いになるとは思いますがご武運を》

 

 北斗達はリヴィの適合をみつつ作戦を開始していた。下層部に関してはベースキャンプの設営の必要性が無い事を確認したからなのか、クレイドルの行動を待つ前に行動を開始し始めていた。既に荒れ狂った内部はヴェリアミーチェの影響なのか、時間の経過と共に沈静化し始める。それが何かの合図の様に全員が感じていた。

 周囲にアラガミの気配は感じられない。元々居なかったのか、それともロミオの『圧殺』の影響なのか、侵入してから30分が経過したものの、アラガミの気配は皆無となっていた。

 

 

「フラン。周囲一帯にアアガミの気配は感じられない。シエルの能力でも感知出来ない以上、ここはクリアだと言っても問題ない」

 

《了解しました。既に侵入してからそれなりに時間が経過しています。こちらも予定を早めて安定化させる為の作業にはいります》

 

「了解。宜しく頼む」

 

 通信を切り、改めて周囲を探索する。やはりアラガミの気配は感じられないのか、周囲にその気配は一切無かった。

 

 

「北斗、そっちはどうだった?」

 

「何もない。ナナこそどうだった?」

 

「私の方も何も無かったよ。ただ、壁の一部らしいところに繭みたいな物が幾つかあったかな」

 

 周囲の探索を終えたのか、ナナは神機を肩に担ぎ北斗の下へと来ていた。確かに戦闘音も無かれば、その形跡すら無い。ここが螺旋の樹内部である事は理解しているも、その内部の反応はどこか有機物の中に居る様な雰囲気だけが残っていた。

 

 

「そう言われれば、確かに…」

 

 北斗も周囲の探索をした際に、時折鈴なりになっている繭を見かけていた。当初は何かの構造物だと思ってはいたものの、目を凝らすとどこか生体の様にも見えてくる。しかし、肝心の生物としての気配を感じなかったのか、それ以上視線を向ける事は無かった。

 

 

《北斗。神機兵の到着まであと2分です。周囲を警戒して下さい》

 

 耳から聞こえるフランの言葉に北斗だけでなくナナも同様に行動する。未だ視界の中にアラガミが見える事はないままだった。

 既に神機兵が機材を設置すると同時に装置が青い光を出している。既に装置の効果が発揮されたのか、先ほどよりみ視界がクリアになった様に感じられていた。

 

 

「なんだかこうやって見ていると螺旋の樹の内部ってなんだが、生きてるみたいな感じだよね」

 

「終末捕喰の有り様だけじゃなく、ジュリウスの何かもあるのかもな」

 

 既に下層部の探索はそのまま続行されていた。偏食因子の投与までまだ時間にゆとりがある。このまま一気に探索を薦めようと装置から距離を置いた瞬間だった。目の前にあった繭が突如として震えている。それが何を意味するのかはその直後に理解出来ていた。

 

 

「ひょっとしてあの繭ってアラガミの生まれる物なの!?」

 

 ナナの言葉の通りの事実が目の前で起こった瞬間だった。震えが止まったと同時に、繭は内部から喰い破られる様に縦に大きく裂けていく。その中から現れたのは1体のアラガミだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……どうやら内部にある繭はアラガミを生み出す役割をしている様だね」

 

 螺旋の樹内部でブラッドが交戦している一方で、支部長室にもその情報は瞬時に届けられていた。既に討伐開始からそれなりに時間が経過している。まるで何かの合図かの様に次々と繭からアラガミが発生し始めていた。

 

 

「あれは恐らく生きた『何か』かと。外部でも一部生体に近い組織が検出されている以上、間違い無いでしょう」

 

 自身が螺旋の樹に赴いた結果だからなのか、榊の言葉に答えを返した紫藤も当時の様子を思い出してた。崩落した際に救出のついでとばかりに周囲の細胞をサンプルとして持ち帰って解析している。既にジュリウスの生体反応に近い何かと似た様な成分が検出された時点で、一つの仮説を作り出していた。

 螺旋の樹そのものに関しては情報管理局が専門の様な言い方をしていたが、実際には詳細までは何も知らないが正解だった。これまでの調査で分かっているのはジュリウスの体組織が検出できる点、生体の様な物が主となっている事からアラガミの発生に於いての母体の様な可能性を秘めている点だけだった。

 

 

「それと、これは懸念に事項ではありますが、リヴィの件に関しては嫌な予感がします。早急な判断をしなければ、最悪は飲みこまれるでしょう」

 

「君が言うのであれば間違い無いんだろうけど、その辺りの判断は我々の管轄外となってくる。やはりここは対案か対策を講じる必要があるだろうね」

 

 螺旋の樹の作戦の要でもあるリヴィの能力は無明が確認した時点で厳しい状況に追いやられている事実だけが発覚していた。黒い腕輪から漏れだす瘴気の様な物はオラクル細胞がゆっくりと身体を侵食している証でもある。

 以前に徘徊したリンドウにも出ていたそれが今と同じ結果である以上、幾ら隠した所でどうしようもない事実があるのは間違い無かった。

 

 

「いくら抑制剤を使用しているとは言え、実際には耐性が付く為にその薬効も薄れます。かと言って現状ではブラッドの進行をこれ以上は止める事は無理なのは承知ですが、今後の事を考えれば最悪の展開も視野に入れる必要があるでしょう」

 

 淡々と可能性だけを述べる無明の言葉に榊も同じ事を考えていたからのか、反論する様な事は何も無かった。限界ギリギリまでは知らせた後で使い捨てるのか、それとも何らかの対処をする事によって救い上げるのか、あの時のフェルドマンの様子からすれば考えるまでも無いが、それでも目の前でそれが起こった場合、本当に正確な判断が可能なのかは未知数だった。

 

 

「……ベースキャンプを併設しながら我々も別の戦力を出すしかないだろうね」

 

「どれだけの猶予が残されているのか判断出来ない以上、仕方ないでしょう」

 

 支部長室で話された事実がどこまで回避できるのかは現時点では誰も予測する事は出来ない。既に何をどうするのかが決定している以上、後はそれに従って進むだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、ここまで神融種ばっかりだと厳しいな。リヴィ、調子はどうなんだ?」

 

 既に数体の神融種を討伐したまでは良かったが、その数は事前に予測した以上だったのか、内部の探索は思う様に進まないまま時間だけが経過していた。一定周期で訪れるアラガミの襲撃は生体のリズムの様にも思えてくる。ここまでの状況を振り返ると、やはり進行速度は遅々としていた。

 

 

「……ああ、すまない。何だった?」

 

「適合率をと思ったんだが、大丈夫なのか?顔色が少し悪い様にも見えるんだが」

 

「私なら問題無い。予想以上のアラガミに少し疲れただけだ」

 

 ブラッドのメンバーとは違い、リヴィだけが神機の適合率が低いからなのか、戦闘時間や戦局は思った以上に悪い結果を残していた。当初は何か負傷したとも考えられていたが、リヴィ自身に怪我を負った場面を見た者はおらず、やはり低い適合率を何とか打破しようと行動した結果だと判断していた。

 

 

「でもアラガミの数は多いし、今後の事を考えたらこの辺りで少し休憩しない?」

 

 ナナの言葉に北斗もこれまでの状況を考えれば選択肢の一つだと考えていた。事実上の強行軍ではあるが、その尖兵の役割がどれほど重要なのかは理解している。探索の最前線に出ている以上、下手な結果を残す訳には行かなかった。

 

 

「そうだな。少しだけ休憩しよう」

 

 北斗の言葉と同時にシエルは簡易キットから休息用にスペースを確保する。ここに探索に入るにあたってクレイドルから渡された備品の一つが今回の簡易キットだった。折り畳み式のそれは直ぐに設置と撤収が可能となっている。周囲にアラガミの反応がなかったからなのかここで漸く一息つく事が可能となっていた。

 

 

 


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