神を喰らいし者と影   作:無為の極

25 / 278
第25話 アラガミの少女

《第1部隊隊長は速やかにラボラトリまで来るように》

 

「今度は一体何だろう?」

 

 ため息混じりにポケットから取り出したエイジの小型端末に送られてきたメールには簡潔にそれだけが記されていた。

 異例の早さで隊長に就任してからは今までの生活とは大きく一転し、何事にも様々な手続きと手間が必要となっていた。

 

 以前に支部長から聞かされていた権利と義務。今のエイジには目の前にある物をこなす事が精一杯な事もあり、残念ながら権利の行使の前に義務に押し潰されそうになっていた。

 

 

「如月エイジ出頭しました」

 

「よく来てくれたね。予想よりも300秒程早いが早速話を進めさせてもらうよ」

 

 

 今回は支部長からの呼び出しではなく、榊からの依頼だった。内容に関して特務と同様の討伐任務かと思われていたが、話を聞く分にはそこまでの激しい内容ではなく、恐らくは通常の討伐任務に近い物だと判断できた。

 

 今回の任務は少しは楽できるだろう。当初はそう当たりを付けていたが、内容を確認すると流石のエイジも絶句する事になった。

 

 

「榊博士。質問は良いでしょうか?」

 

「どうしたんだい?何か問題でもあったかな?」

 

 

 エイジが絶句するのは無理は無かった。榊からの依頼は特務ほどの内容ではないにせよ、過去の事例から判断しても今回の内容はかなり厳しい物になっていた。

 仮に何かの研究素材が必要だと仮定して考えたとしても、今回の対象となるアラガミの数は尋常では無いほどに常軌を逸している。

 

 しかしながら、幸運にもこのミッション全部を一人でやれと言った内容ではない。まだそこに若干の救いがあったようにも思えた。

 

 

「すまないんだけど、こちらの都合であまり時間をかける事が出来ないんだ。本来であれば支部全体としてやってもらいたいと思うが、流石にそれは無理があるから今回は君たちの部隊にお願いしたくてね」

 

「参考にお聞きしたいのですが、これの期限はいつ迄ですか?」

 

「それについては出来れば1週間以内でお願い出来るかい?」

 

 あっけらかんと言われた期限ではあったが、この数を1週間となれば、かなり厳しい日程になる事が予想出来た。

 ゴッドイーターはアラガミの討伐だけすれば良い訳ではなく、その後のレポートの提出に加え、隊長ともなれば稟議書の申請などの雑務がそこに加わる。そう考えると楽出来そうな要素が見当たらなかった。

 

 一体ごとのレベルはそこまで高い物ではないが、厄介な事に数だけはやたらと多い。何かの間違いであってほしいと、念の為に確認した所で何かが変わる事は一切無かった。

 

 

「よし、全員そろったな。それではこれからブリーフィングを始める。今回の討伐内容だが、詳細は渡した資料の通り。時間的には厳しい部分もあるかもしれないが、お前たちにはそれを達成できるだけの技量はあるはずだ。心してかかれ」

 

 

 ツバキの叱咤激励と共に榊からの緊急ミッションが第1部隊にアサインされた。

 エイジは事前に他のメンバーに話はしてあったものの、資料を見る限りではおそらく厳しい任務になるであろうことだけは容易に想像が出来た。

 討伐部隊でもある以上、それ以上の説明は今更必要とはしない。あとは少しでも早く実行するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊急の討伐ミッションが開始してから5日、当初の予定よりも幾分早く、今までやってきた内容の最後のミッションとなった。

 詳しい事は分からないが、今回の討伐対象を持って一連のミッションの終わりが見えていた。

 

 

「これで終了か。何だかんだと大変だったね」

 

「本当だよ。榊博士から聞いた時にはどうなるかと思ってたけど無事に終われてなによりだよ」

 

 

 そう言いながらも、倒れたシユウのコアを抜き取ろうとした時に背後からストップの声がかかった。

 

 

「それ、ちょっと待ってくれないかい?」

 

 

 声の主は依頼人でもあった榊博士その人。ゴッドイーターとしての任務を考えるならば、このままコアを抜き取って終了となるのが通常のはず。声のした方へ振り向くとそこには榊博士と護衛として来た無明の姿があった。

 

 

「君たち、悪いけどそこの物陰に隠れてくれないかな?」

 

 

 突然の指示に他のメンバーにも疑問が生じる。いくらアラガミの研究とは言え、わざわざ現場まで出てくる必要がそもそもあり得ない。しかも今回は護衛までつけての登場となれば、恐らくこの後に何かが起こる事だけは予測できた。

 

 

「兄様、これから一体何が?」

 

「見ればわかる。そろそろのはずだが」

 

 

 物陰から倒されたシユウを観察していると、どこからともなく白い物がシユウにたどり着いた。

 恐らくは今回の目的でもあったはず。そう考えると同時に警戒しながら近づけば、それはアラガミではなく一人の少女の様にも見えた。

 

 

「よし!今だ!」

 

 全員で一斉に白い少女を取り囲むも何かが違う。見た目だけで判断するなら間違いなく人間と恐らくは判断できるのだろう。

 ボロ切れを身にまとっている姿から判断すれば、それは確実に人間と判断出来てしまう。周りを囲ったのは良いが、この状況は犯罪者を取り押さえる様にも思える程に全員が困惑するしかなかった。

 

 

「いやーご苦労様。やっと姿を現してくれたね。無明君護衛ありがとう。おかげでやっとここに居合わす事ができたよ」

 

「あの榊博士、これは一体?」

 

「彼女が中々姿を見せてくれないから、この一帯の餌を根絶やしにしたんだよ。どんな偏食家だとしても、流石に空腹には耐えられないだろ?詳しい話はラボで話すよ」

 

 

 榊の言っている事は何となく分からないでもない。しかしながら、アラガミを餌と言い、偏食家と言うのであれば恐らくは……まさかととは思いつつもエイジは無明を見るがそこからは何も分からない事だけが分かった。

 

 

「ずっとお預けにしてすまなかったね。君も一緒に来てくれるかな?」

 

「イタダキマス………イタダキマシタ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ~っ」

 

「何度でも言おう、これはアラガミだよ」

 

 

 榊の発言に一同は激しく驚くと同時に恐れもした。

 アラガミは人類の天敵であり捕喰者でもある。これはゴッドイーターとして任務に就く際に一番最初に説明を受けている常識と言える内容。それだけではなく、一般人でさえもアラガミの存在は知っているのと同時にその恐ろしさも理解している。

 しかしながら、榊が発言した目の前に居る存在は、見た目は紛れもなく人間の様にしか見えない存在。そんな見た目とは正反対の存在でもあるとおもむろに言われれば、知らずに連れて来たとは言え、全員の動揺は隠せなかった。

 ゴッドイーターと言えど丸腰であれば一般人と何も変わらない。

 

 目の前に絶対的な捕喰者が居る以上、普段通りにと言われても中々落ち着けるものではなかった。

 

 

「お前たち少し落ち着け。これは人間を捕喰する事は無い。事前の調査で判明している」

 

「兄様それは?」

 

 恐らく榊と無明はこの存在と同時に既に調べはついているのだろう。幾ら頭では分かっていても、直ぐに理解しろと言うにはインパクトが大きすぎた。

 

「知っての通りだが、アラガミは独自の捕喰傾向があり、それ以外については見向きもしない。このアラガミの偏喰は自身よりも高次元のアラガミに向いている。簡単に言えば人類は捕喰の対象外となる」

 

「つまりこの子は?」

 

「見解としては進化の袋小路に迷い込んだもの、即ち人間に極めて近いアラガミと言った方が分かりやすいのだろう」

 

「人間と同じだと?」

 

 驚きながらも現状確認をしていく。ゴッドイーターは討伐に関しての知識はあっても、アラガミそのものを完全し知っている訳ではない。

 今後の事も踏まえて一つ一つを確認していく。

 

「無明君の言う通り、先ほど調べた結果だけど頭部神経節に相当する部分が人間の脳と同じ働きをしているみたいでね、学習能力もすこぶる高いようだね。実に興味深い」

 

「はい先生!質問です」

 

「なんだいコウタ君?」

 

「よく分かったと言うか分からないと言うか、こいつのゴハンーとか、イタダキマスって何なんですかね?こいつが言うとシャレにならないんですけど」

 

「先ほどの話に戻るけど、アラガミの傾向としては同種の似た様な形質の物は食べないんだよ。ただ、そうは言っても、先ほどみたいに飢えた状態なら構わずにガブリといく事もあるだろうね」

 

 

 その一言で、ようやく落ち着きだした雰囲気が再度緊張感で満たされる。

 しかしながら、先ほどからの動きと見た目から想像すると、それも一概に信じて良い物なのだろうか?疑う訳では無いものの、そんな空気が流れていた。

 

 

「とにかく、どんな過程でこの様な形になったのかは興味深いね。それとこれは重要な事だが、この子の存在はここにいるメンバー全員の秘密にしておいてほしい…いいね?」

 

「ですが、この事を支部長と教官には報告しないと」

 

「サクヤ君、まさか天下に名だたるゴッドイーターが秘密裏に最前線でもあるこのアナグラにアラガミを連れ込んだと、そう報告するつもりかい?」

 

「しかし、一体何の為に?」

 

「これは学術的にも貴重なサンプルなんだ。むしろ個人的には有用な研究対象だよ。この部屋はアナグラの中でもセキュリティは独立してるから、誰かが言わない限り情報が外に漏れる事は一切ないよ」

 

「しかし」

 

「君も今やっている事に余計な突っ込みは入れられたくないだろう?」

 

 

 誰にも聞こえない様に囁かれ、まさか今やっている事が知られているとは思ってもいなかった。榊からの一言で、サクヤはそれ以上何も言う事は出来なかった。

 他のメンバーは何を言われたのかは分からないが、これ以上反論する労力も気力も無かった。

 

 今回の状況を踏まえて一旦は解散となり、各自部屋を出ようとしていた。

 そんな中でソーマだけが一人厳しい顔をしたまま出て行くのをエイジは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。