神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第230話 考察

 原因不明のアラガミの撤退後、アナグラに戻った北斗達が見たのはある意味では予測出来た光景であると同時に、今回の作戦群の厳しさを体感させるには十分すぎた内容だった。ロビー全体には治療を要するゴッドイーターで溢れ返っているのか、視界に入る人間の殆どが何かしらの治療を受けた形跡が残っている。既にどれ程厳しい戦いであったのかを認識するのに然程時間は必要としなかった。

 

 

「皆さん帰還されたんですね。実は今回の件でリッカさんとナオヤさんから伝言があります。すみませんが一度技術班までお願いします」

 

 状況を確認する間もなくヒバリからの通達に北斗達は今回の件で何となく感じたそれが原因である事だけは理解していた。しかし、現時点でそれを確認すべき手段は無しに等しく、今はただ出来る事だけを優先する為に技術班へと向かっていた。

 

 

「ナオヤさん。伝言ってなんですか?」

 

「ああ。丁度、今回の件でお前達に知らせておかなければならない事があったんでな」

 

 既に帰投したゴッドイーターの神機の整備を他のスタッフが懸命にしている。整備の事は何も分からないが、一見しただけでも、かなりの損傷が激しい神機がいくつも並んでいる。

 ロビーではゴッドイーターが治療を終えているが、ここはこれからが本番となっている。何人かの見知った人間はいるものの、既に声をかける事すら許されない雰囲気が事態の深刻さを物語っていた。そんな中で呼ばれた先は事実上休眠しているはずの神機、ロミオが使っていたヴェリアミーチェが整備途中だった部屋だった。

 

 

「実は少し確認したいんだが、ブラッドの神機が一瞬でも停止しなかったか?」

 

「神機がですか?」

 

「ああ」

 

 唐突に出たナオヤの言葉にその場にいた全員が当時の状況を思い出していた。無明の剣閃の後で感じたそれは間違いなく血の力が作用した様な感覚が全身を駆け抜けていた。目の前で起こった事実に意識が向きすぎたのが原因の可能性が高かったものの、それでも改めて思い出せばやはり一瞬だけ神機が停止した様な覚えがあった。

 

 

「そう言われれば、停止した様にも思えますが」

 

「…やっぱりか」

 

「それが何かあったんでしょうか?」

 

 まるで確認だと言わんばかりのナオヤの言葉に北斗達はその意味が理解出来ない。ここに戻った際に、直接聞いた訳では無かったが、少しの間アナグラだけでなく、外部居住区の一帯も停電になったとの話はあったが、今のナオヤの言葉と結びつかない。どんな意味を持つのか分からない時点でそれ以上の事がまるで見えなかった。

 

 

「その件なんだが、アラガミが原因不明の撤退をした際に、今作戦中の神機すべてが一時的に停止した。現時点で分かっているのは、それが神機だけでなくオラクル細胞を由来とした技術に関する全ての事だ」

 

「全部……ですか」

 

 ナオヤの言葉に全員が何も言えなくなっていた。オラクル細胞が発生してからの人類の技術の大半はオラクル細胞を由来とする技術を元に大きく発展を続けていた。この事実はゴッドイーターだけでなく、この世界で生きている人間であれば誰もが知りうる常識。

 その技術の根幹を担うはずのオラクル細胞の停止は全員の予想を大きく超えていた。

 

 

「現時点では、その原因は既に特定出来ている。今回のアラガミの撤退と極東全域の停電。それらの原因の全てはこの場所から起こっている」

 

 言葉を切ると同時にナオヤは視線を一つの神機に向けている。視線の先にあるのはロミオの神機。その視線の先に気が付いたからなのか、全員の意識はヴェリアミーチェへと向かっていた。

 

 

「まさかとは思うんですが……」

 

 ナオヤの言葉に北斗は一つの仮説を打ち出していた。戦場で感じたそれは間違い無く血の力に目覚めた時と同じ感覚。

 最近で言えばリヴィがブラッドアーツ習得の際に感じたそれと同じ物だった。しかし、目の前にある神機の使い手は死亡こそ確認していないが、行方不明のままとなっている。以前に聞いたリッカの言葉が正しければ、それはロミオの能力である事を示していた。

 

 

「それについては現在調査中だ。ただ、その可能性が極めて高いとも感じられる」

 

 ナオヤの言葉にそれ以上はどんな言葉も見つからなかった。あの時に無理にでも止めればと後悔したはずの出来事が改めて思い出される。未だ死亡が確認出来ない中での血の力の発露。

 この事実はブラッドにとっては明るいニュースとなっていた。

 

 

「ただし、その件に関しては楽観視するのは早計だ。確かに現時点でロミオの生体反応は未だ確認出来ている以上、それは生きていると言う事は間違い無い。

 だが、あの時から現在に至るまでに経過した時間を考えれば、正直な所五体満足で会える保証が無いのもまた事実だ。仮に生きて発見されたとして、それが昏睡状態のままだったら?ただ生きているとだけ言えるそれが本当に良い事なのか?その時の責任はどうなるのか?可能性を考えればキリが無いのもまた事実だが、それについても改めて考えて欲しい。今は神機の、お前達の力の可能性の一つでしかないんだ」

 

 ナオヤの言葉にリヴィ以外のメンバーは黙り込んでいた。確かに生体反応があるからとは言え、それは必ずしも五体満足で生存している確証はどこにも無かった。

 当初フライアの一部が螺旋の樹に取り込まれた時点で、ロミオの治療が出来ているとは言い難い状況下なのは言うまでもなかった。更に、今回の開闢作戦の失敗により螺旋の樹は汚染される結果となっている。もちろんロミオの事はブラッドが一番心配しているのは間違い無いが、その現状を知っているからこそ、敢えて誰もが思い描かきたくない可能性をナオヤが口にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実際に戦場では小型種や一部のアラガミは形が崩れたかの様に霧散した個体もあったぞ。だとすればかなりの能力と言わざるを得ないな」

 

 ナオヤの言葉に何か思う部分があったのか、ブラッドの面々は暫くの間沈黙を保っていた。それ以上の事は本人を目にしない限り何も言うべき言葉が見つからないと考えたからかのか、ほどなくして整備室を後にしていた。

 リッカとナオヤだけが整備室に残った事で静寂が生まれる。まさにそんな時だった。突如として整備室にソーマの声が飛び込んでくる。既にやるべき事を終えたからなのか、ソーマは自分自身がその目で見た事実だけを述べる為にその言葉を口にしていた。

 

 

「なるほどね。ここだとログだけしか見えないから何とも言えないんだけど、実際にはどんな感じだったの?」

 

「さっきも言った通りだが、交戦中に突如として動きが急停止したかと思った瞬間、コアが抜かれた後みたいだったな。確認はしてないが、他も同じ様な物だろう」

 

 ソーマの言葉通り、交戦中のゴッドイーターの言葉を集めると、殆どが同じ様な言葉を告げていた。事実、原因不明のアラガミの消滅により、ヒバリ以下事務方は現時点で大混乱を起こしている。早急な原因の解明は至上命題ではあるものの、その可能性がロミオの神機でもあるヴェリアミーチェだと分かるまでに相当な時間を要していた。

 

 

「さっきのブラッドの話からすればロミオの血の力の可能性が大だな。たしかマルドゥーク戦でもギリギリの際にロミオから何かが放たれた形跡は残っている。他に可能性が無いかぎり原因はそれで問題無いと思う」

 

 ナオヤの言葉が客観的事実だけを浮かび上がらせていた。既に技術班としては榊の下にデータは送信されている。仮にそれが今回の要因となたのであれば、使い方さえ確立出来れば、違った意味で対アラガミ兵器と成り得る可能性を秘めていた。

 

 

「確かに兵器として考えるのであれば、あの現象は大きな戦力ととなるのは間違い無い。だが、一教導担当の立場からすれば、あれに頼るのは反対だ。神機にまで影響が及ぶのであれば、最悪アラガミに効かなかった場合、リスクだけしか残らない」

 

「でも、やり方次第とは思うんだ」

 

「リッカの言いたい事は分かる。でも俺達の本当の意味での仕事は神機の整備なんかじゃない。あくあでも神機を使用する事によって付いてくる結果を望むだけなんだ。小型種ならまだしも、接触禁忌種でそんな現象が起こればどうなる?こちら側だけ作用したなんて状況が起こるなら、それは事実上の無抵抗にしか過ぎない。その可能性がゼロでない以上、丸腰で戦えなんて俺は言えない。それはただ死地に送り込むだけだ」

 

「それは……」

 

 ナオヤの言葉にリッカはそれ以上の事は何も言えなかった。究極の諸刃の剣はお互いに刃を向いているからからこそ取扱いに細心の注意を払う必要がある。それを思い出したからなのか、リッカは今後の展望を考え出していた。

 

 

「そうだね。この能力は惜しいけど、常時博打しろなんて言えないしね。今後の事もあるからこの神機はこのまま一旦は封印する事にするよ」

 

「…致し方ないだろうな」

 

「実は今回の件で榊のオッサンと無明とで色々と検証したが、ロミオの血の力はあらゆるオラクル細胞の活動を停止させる能力を保有している。……言わば『圧殺』と言った所だろう。今後はこれも視野に入れる必要があるかもしれん。で、実際に封印した場合のこの神機の影響力はどうなる?」

 

 ソーマの言葉にリッカは少しだけこれまでの事から今後の事を踏まえて自分の見解を考えていた。これまでにこんなケースは一度も無く、またブラッドが扱う神機は他のゴッドイーターの物とも明らかに違っている。可能性としてを考えるのか、それとも客観的に考えれば良いのか、これまでに幾多の神機を整備したリッカも言葉に詰まっていた。

 

 

「……正直な所、私にも分からない。血の力に関しては未だブラックボックスになっている部分もまだある。現時点でハッキリ言えるのは、この神機がなんらかの形で意思表示をした結果だって事だね。確かに封印すれば神機は休眠とは違って、新たな偏食因子の適合者が現れるまで何も起こらない」

 

「そうか……」

 

「なぁソーマ。お前の気持ちは分かるが、今回の件に関しては完全にイレギュラーなんだ。事実、俺達も何もしていない訳じゃない。現時点でロミオが生存している以上、封印を施したとしても、何らかの形で目覚める可能性はある。今でもリヴィがジュリウスの神機を使っているが、ブラッドアーツは普通に使えている。悪いが封印とは言っても実際にはあまり期待しないでほしい」

 

 言い淀むリッカの言葉にフォローとばかりにナオヤが口を出す。もちろんソーマとしても神機の整備にまで口出しをするつもりは毛頭ないが、やはり『圧殺』の力はこれまでのブラッドの能力の中でも群を抜いている程の効果を発揮している。だからこそ制御出来ないのであれば何とかしてほしいとの一念からくる言葉だった。

 

 

「実際に、本当の意味で神機の事を理解している人間はそう多く無い。俺達だって実際にはトライアンドエラーの繰り返しなんだ。でなければエイジの神機は当の前に完全に制御出来てる」

 

 ナオヤの言葉にソーマも思う部分があったのか、エイジの神機の特性を思い出していた。あれほど特異な神機はソーマ自身も見た事が無かった。

 単なる生体兵器だけで片付く物では無く、実際に無明も開発には携わったのかもしれないが、完全に関与している訳では無い。いわば現時点では知りうる範囲の中で自分達の都合に合わせた結果であって、完全に支配下に置いた訳では無い。それが何を意味しているのかをソーマ自身も知っているからこそ、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。終わった事を悔やんでも何も変わらないのは今に始まった事じゃない。今後の事をどうするかなんだが、どうしたものかね」

 

 整備室で先のミッションでのアラガミ撤退の推測と同時に、会議室でも同じ事が繰り広げられていた。今回の瑕疵の結果は想定した以上の被害を及ぼしたのか、現時点で螺旋の樹への侵入は不可能とされていた。

 以前の様に安定した空間ではなく、既に内部ではオラクルが暴れるかの様にうねりを上げている事からも、万が一の事を考えただけでなく、今後の予想すら出来ない事実に榊だけでなく紫藤もまた頭を悩ませていた。

 

 

「例のアラガミを撤退した能力を使う事は出来ないのか?」

 

「その件に関してなんだが、現時点での問題としてあれがどれほどの影響力を有しているのかがこちらでは把握しきれない。しかも戦場に出たすべての神機が停止している以上、特攻させる訳もいかない。事実、俺の神機も僅かながらに影響を受けた」

 

 ツバキの考えは誰もが一度は考えた結果だった。しかし、あまりにも漠然とし過ぎた結果をそのまま実戦の投入する訳にも行かず、また今回の様に大規模な影響を及ぼすとなれば、それは戦場での命の保証をしないのと同義でしかない。

 事実その可能性を考慮したからこそ紫藤はソーマに対し、今回の考察をそのまま伝えていた。

 

 

「しかし、従来の持ち主は未だ行方不明であれば、今後はその探索も必要になるだろうね。確かビーコン反応はノイズの影響で完全に特定出来ないと聞いているが、今もそれは同じなのかい?」

 

「何も変化は無いと言うよりも、現在の螺旋の樹内部に関してはオラクル細胞が暴走しているのか、現在は暴風雨の様な状況の為に、ビーコン反応の位置情報は完全に途絶えているのが現状かと。現時点で分かるのは僅かにキャッチできる生体反応だけと言った所が本音でしょう」

 

 紫藤の答えに一縷の望みをかけはしたが、口から出た言葉は予想の範疇だった。現時点で螺旋の樹の内部の専門家は存在しておらず、またその沈静化をしなければそこから先に進む事すら許される状況では無い。この場にいた誰もが今後の事を考えるも、妙案が出る事は無かった。

 

 

 


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