神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第229話 生存の危機

 螺旋の樹から押し寄せるアラガミの数は尋常では無かった。一部狭窄した場所に追い込んだ事で、アラガミの数を抑制しながら各々が刃を振るい続けている。既にどれほどのアラガミを屠ったのか数える事すらやっていなかった。

 

 

「こちらエイジ。リンドウさん、そっちはどうですか?」

 

《こっちも何とか片が付きそうだ》

 

 既に第一陣の波が引いたのか、エイジの視界にアラガミは映っていなかった。事実、狭窄した場所に誘導出来たのは偶然以外の何物でもなかった。

 念の為にアラガミを引き寄せる集合フェロモンを使用したが、何かに操られていると錯覚するアラガミの行動に効果があるのかは一種の賭けだった。螺旋の樹から割と距離があった事からこれまでの任務と同じ様に神機を振るう。既に純白の制服はアラガミの返り血でベッタリと汚れていた。

 

 

《西部方面は既にアラガミの気配は感じられない。あと3分で防衛班の一部隊が到着する。あとはそいつらに引き継いで次の場所へ向かってくれ》

 

 耳から聞こえるツバキの声にはほんの僅かに安堵が感じられていた。既に大型種だけでなく中型種の大半は霧散している。どれ程の時間が経過したのかすら考える事を放棄していたからなのか、空に見える太陽は既にそれなりの時間を経過している事を示す様だった。

 

 

「何だ……俺の任務はお前の残飯処理か?」

 

 エイジの背後から聞こえたのは防衛班所属のカレルだった。時間には正確だったからなのか、未だ残っているアラガミが横たわった姿を見た事で、自分のやるべき事が言外に無いと言っている様だった。

 

 

「いえ。ここはカレルさんの部隊に任せる様にとツバキ教官から指示がありました。多分ここが螺旋の樹から一番遠いからかのか、アラガミの様子は何時もと変わらないです」

 

「そうか。折角来たんだ。俺も部下の指導には些か飽きてきたからな。ここらで大きく一稼ぎさせてもらうぞ」

 

 ツバキの名前にカレルはそれ以上話す事はなかった。恐らくは現時点でどんな状況なのか確認したからこその結果なのか、カレルの表情は何時もと大差無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここも大よそは完了した。現時点で目視出来るアラガミの存在は無い。防衛班の到着までどれ位かかる?」

 

 ソーマが受け持った地点でも既にアラガミの討伐が完了したのか、周囲に気配を感じる事は何も無かった。ソーマ自身、今回の螺旋の樹のミッションに関してはフェルドマンと衝突はしたものの、実際には一部の内容は榊を通じて確認出来ていた。

 

 本部とは違い、極東ではアラガミに対して散漫な気持ちで臨む人間は誰もおらず、また想定外の乱入が多々ある事から任務が完全に終了するまで油断する事は一切無かった。既にツバキからの通信が来たのか、防衛班の到着まで警戒を緩める気配は何処にも無い。そんな中で自身の感覚が新たなアラガミの乱入を感じ取っていた。

 

 

《現在地点からの移動の為にソーマさんの所までおよそ10分です》

 

「万が一の可能性を考慮してリンクサポートデバイスの用意をしておいてくれ」

 

《……了解しました。至急配送をかけます》

 

 ソーマからの言葉にアナグラでオペレートしていたテルオミはすぐさま行動に移していた。リンクサポートデバイスの用意は感応種の可能性が極めて高い事を意味している。既に実戦配備は出来るものの、まさかこんな場面で使用する可能性が高いとなれば向かっている防衛班でも最悪の展開を迎える可能性が出てくる。既にその事実を隣で聞いていたのか、ヒバリはタツミと通信回線を開いていた。

 

 

「ヒバリさん。ソーマさんのオーダーですが、タツミさんには?」

 

「既に通達してあります」

 

 アナグラの会議室は以前の様な作戦の為に占拠されたものではなく、作戦指揮所の様相を醸し出していた。既に前面にある大型ディスプレイは4分割されているのか、周囲の状況が拡大されたままとなっている。先ほどの言葉と同時にテルオミは技術班へと通達を出す。連絡が入った先でも既に準備は整えられていた。

 

 

「エイジさん。現在地点はどこですか?」

 

《今は北部方面に移動中。到着まであと5分》

 

 ソーマが居る場所は南部方面。既に北部付近に移動しているとなればそこからの移動は物理的にも困難な状況となっていた。感応種に対する攻撃を考えれば最大火力で一気に殲滅するか、ソーマかリンドウに頼らざるを得ない。既にソーマが待機しているとは言え、防衛班の投入だけでは厳しい戦局となる事だけが予見出来ていた。

 アラガミの姿は未だレーダーには映らないが、これまでの経験から基づくソーマの感覚はそれ以上となっている。既にアナグラではその事実を否定するつもりはないのか、各地の状況を次々と確認していた。

 

 

「ソーマさん。大型種の反応をキャッチしました。これまでの推定からすると恐らくはマルドゥークの可能性が極めて高いです!」

 

 テルオミの言葉にその場に居た誰もが一瞬だけ視線が現地の画面に向けられる。ここで確認出来るだけでもマルドゥーク以外に数体のアラガミ反応が見える。既に至近距離まで接近しているのか、既に打つ手は限られていた。

 

 

「厄介なのが来やがったな」

 

 ソーマも既に目視したのか、1キロ先に見える白い巨体が何なのかを考えるまでもなかった。通信から聞こえる感応種の言葉と、白い巨体を組み合わせればそれが何なのかは直ぐに理解出来る。視界の中に見えるアラガミを見据え、ソーマは改めて神機の柄を握り直していた。

 時間と共に白い巨体は徐々に大きくなってくる。リンクサポートデバイスの用意が為されていない現時点で防衛班が来た所で何も出来ない事実は思考の彼方へと追いやっていた。

 遠吠えと共にマルドゥークはその地に降り立つ。既にお互いが臨戦態勢に入っているからなのか、お互いは一気に距離を詰めるべく走り出していた。

 

 

「何だと……」

 

 お互いの最初の一撃はまるで様子を探るかの様な交戦となっていた。体躯の違いはそのまま攻撃の勢いに変化する。ソーマとてその一撃を受けようとは最初から考えておらず、襲い掛かる爪の軌道を読んだ上で回避しながらイーブルワンを横なぎに振るっていた。

 何時もであればこの一撃でそれなりの手ごたえを感じるはず。しかし、目の前のマルドゥークはまるで意にも介さないとばかりにそのままソーマを大きく飛び越える様に跳躍していた。

 

 

「こちらソーマ。マルドゥークは確かに出没したが、ここには関心が無い様だ。進行方向から予測するならば東部方面へと移動が予測出来る」

 

 ソーマの一撃はマルドゥークの前足を直撃したものの、まるでそんな事すら意に介さないとばかりにソーマを飛び越え他の地域へと走り出す。本来であればこのまま交戦となるはずも、それすら無かったかの様に周囲は静寂を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく次から次へとよくもまあ…」

 

「ギル!休んでる暇は無いぞ!」

 

 螺旋の樹への侵入経路の確保は想像を絶する戦いが余儀なくされていた。既に螺旋の樹は目の前にあるものの、そこまでの距離があまりにも遠すぎた。次から次へと戦場に侵入するアラガミはまるで螺旋の樹に近づかせる事すら許さないとばかりに大型種を中心にアラガミが舞い込んでくる。既にどれ程のアラガミが霧散したのかすら判断出来ないままに、時間だけが悪戯に過ぎ去っていた。

 

 

《ブラッド。既に周辺のアラガミは波が引いたかの様に静まり返っていますが、それとは逆にその場所には次々とアラガミの姿が確認出来ます。

 現時点で東部方面へのアラガミ接近は全部で5体。そのうちの1体はマルドゥークですが、南部方面でソーマさんが手傷を負わせたにも関わらずまるで無視したかの様にそっちに接近中。到着までの予想時間はおよそ3分です。至急討伐して下さい》

 

 耳から聞こえるヒバリの声に、その場にいた全員の心が折れそうな状況になりだしていた。既に大型種だけでなく中型種までも数える必要性が無いと言わんばかりに討伐してる。

 もしこの場に意志の力が見えるのであれば、それは間違い無く悪意であると言える程に厳しい戦いが繰り広げられていた。

 

 

《すみません予想が外れました!マルドゥーク接近まであと30秒です!侵入地点は現在地より北部方面です》

 

 ヒバリの声に全員の視線は北部にある崖の上に移っていた。白くて大きな巨体がこちらに向かって走っている。既に体力がギリギリの場面ではあまり見たく無いと思える程だった。白い巨体が周囲に衝撃をもたらしながらブラッドの眼前に立ち塞がる。まるで螺旋の樹の門番の様にそびえたつマルドゥークの視線はリヴィに向けられていた。

 

 

「リヴィ!狙われているぞ!シエル!援護射撃だ」

 

「了解しました」

 

 北斗の言葉が出ると同時にマルドゥークは全身をバネの様に縮めたと思った瞬間、リヴィに向かって弾丸の様に突進していた。現時点でやれるのは援護射撃のみ。北斗の指示に従いシエルは意識をこちらに向けさせる為ににマルドゥークへと狙い撃つ。既にターゲットが決まっているからなのかマルドゥークは自身に着弾するそれを無視するだけでなく、他の人間に目もくれる事なく一気に距離を詰めていた。

 

 

「リヴィちゃん!」

 

 ナナの言葉は聞こえるも、ここまでの戦闘で既に疲弊した身体はまるで鉛の様に動かす事すら困難な状況へと陥っていた。既に立っているのがやっとだと言える状態でのマルドゥークの突進を止める術は既に存在していない。

 このまま何も出来ずに命が散ってしまうのでは思い始めた瞬間だった。傍から飛び出した黒い影がリヴィに襲い掛かるマルドゥークの前足を一気に切断しその勢いを完全に停止させていた。

 

 

「どうやら間に合ったようだな」

 

「む、無明さん……」

 

 北斗の口から出た言葉に全員の視線が一気に集まっていた。マルドゥークの突進を止めただけでなく、右の前足は鋭利な刃物で斬られたかの様になっているのか、マルドゥークは斬られた事に気が付かないままだった。

 

 

「このまま散れ」

 

 時間にして僅か数秒の話だった。いつ動いたのかすら分からない程に無明の身体が揺らいだ瞬間、突如としてマルドゥークの頭が胴体から斬り離れている。既にマルドゥークの命はそのまま一気に散ったのか、前足の切断が遠い過去の話の様に思えていた。気が付いた時点で既にその命の灯は消え去っていた。

 

 

「既に周囲のアラガミは一旦は無くなっている。恐らくはここに集まっているのかもしれん。少しだけ時間を稼ぐ。お前達は少しだけ息を整えろ」

 

 無明の手にした神機はこれまで同様に漆黒の刃がそのままアラガミの命を切り取る死神の鎌の様にも見えていた。振って捨てた血が同心円状に地面に叩きつけられる。

 既に先ほどのマルドゥーク以外ではアラガミの姿は何処にも見えない。気が付けば周囲にアラガミの気配は感じなくなっていた。

 

 

「ありがとうございます」

 

「礼には及ばん。だが、お前達も既に活動の限界時間に近いはずだ。一旦は戻って新たな偏食因子の投与も視野に入れろ」

 

 これまでの任務の中で既にブラッドの偏食因子の限界投与時間にせまりつつあった。通常のP53偏食因子とは違いP66は能力の発揮が異なるからなのか、それとも元々からそうなのか、通常であればまだ問題無く能力を発揮できるはずの時間帯に比べ短い物となっている。既に限界時間まではそう多くの時間を残してはいなかった。

 

 

《クレイドル、ブラッド、聞こえますか!螺旋の樹より第二波が到達。その場から撤退して下さい!》

 

 ヒバリではなくテルオミの声が通信機に響く。既に待ち構えていたのかこれまでに一度も見た事がないアラガミが次々と姿を表していた。これまでに見たウコンバサラやヤクシャとは明らかに個体が異なるそれは、螺旋の樹内部で対峙したクロムガウェインの亜種に近い物だった。

 

 

「お前達は直ぐに撤退しろ!俺はここで殿を務める」

 

「ですが…」

 

 北斗達に言うと同時に無明はヤクシャの亜種へと距離を詰める。いくら変異種と言えど、これまでの特性を大きく異なる可能性は低いと判断したのか、無明の行動に躊躇は一切無かった。漆黒の刃が二合、三合とアラガミの身体を通過する。まるで抵抗など無いかの様に見えたそれは驚愕の一言だった。

 

 

「す、凄げぇ」

 

 ギルのつぶやきとも取れる声にブラッドの誰もがただ驚く事しか出来ないでいた。アラガミの行動を予測したかの様に懐の奥深くへと回避し、お互いが交差した瞬間だった。

 身体の一部が斬撃による衝撃で斬り飛ばされ、ヤクシャの上半身と下半身は既に横一文字に分離していた。

 その場に残ったのはただ斬られたと言う事実だけに北斗だけでなく、ギルやシエルも驚きを隠す事は無い。既にヤクシャの亜種は斬り飛ばされた上半身の両腕を無くし、なす術も無いまま血だまりの中に沈んでいた。

 

 

「お前達、油断はするな!戦場で動きは止めるな」

 

 無明の声が戦場に響き渡る。既にヤクシャは討伐されたが、この場に襲い掛かるアラガミはそれだけでは無い。気が付けばこれまでに見た事も無いようなアラガミが周囲を取り囲んでいた。

 

 

「俺達もこのまま一気に殲滅するぞ」

 

 北斗は声を出すと同時に、全身を囲む様にオラクル細胞が活性化し始めていた。

 刃の一太刀が既に赤黒い光を帯びている。それに触発されたのか、ギルやシエルも同様に赤黒い光を神機の刃に纏わせていた。

 

 第二波はこれまでとは攻撃のスケールが大きく異なっていた。無明の合力はあるものの、やはり戦力差だけを考えればこれまで苛烈な戦いを強いられ、強大なアラガミと対峙してきた分だけ動きに陰りが発生していた。

 事実上、気力だけが今の状況を支えている。無明も自分一人であれば撤退は可能だったが、この場にブラッドが残っている以上、このままの撤退は困難だと思い始めていた矢先の出来事だった。

 突如として見えない何かが空気中を伝播している。それが何なのかは説明するまでもなかった。

 

 

「何だ今の感じ……」

 

「これは……」

 

 ブラッドの全員が既にブラッドアーツを習得してから時間が経過している事もあってか、その感覚は随分と懐かしい物となっていた。本来であればあり得ないはずの現象。この懐かしい感覚が何なのかを全員が理解していた。

 

 

《極東全域に発生したアラガミは螺旋の樹へと向かっています。現時点でアナグラを囲んでいたアラガミは離散したました。皆さん無事ですか!》

 

 懐かしさを感じたのは極僅かな時間に過ぎなかった。耳に飛び込むテルオミの言葉に現状がゆっくりと認識し始める。現時点をもって防衛戦だけでなく螺旋の樹への侵入経路確保もここに完遂される事になった。

 

 

 


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