神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第228話 総力戦

 開闢作戦の本部となった会議室は重苦しい空気に包まれていた。既に螺旋の樹内部の状況を確認する術はブラッドから来る通信だけが頼りとなっている。現時点でこれ以上の手だては何も出てこなかった。

 既に職員の人払いを完全に済ませたのか、現時点で会議室にいるのはフェルドマン、レア、榊、ツバキ、紫藤の5人だけだった。

 

 

「まさか……」

 

 レアは今回の映像を見せられた事により言葉を失っていた。フランが偶然見つけたデータの内容は九条宛のビデオメッセージ。内容を公開すると同時に、添付されたファイルデータにレアはそれ以上の言葉を出す事が出来なかった。

 既に榊達はこの内容を把握すると同時にアナグラでの組織編成を展開している。現時点でどれ程の状況なのかを態々口にする必要はどこにも無かった。

 

 

「これは今後の可能性も秘めているが、現時点で螺旋の樹からアラガミが出没してるだけでなく、螺旋の樹周辺部のアラガミもそれに呼応している様な反応が多数ある。我々としては既に第1級緊急配備を通達している」

 

 紫藤の言葉にフェルドマンは口を閉ざしたまま腕を組み、告げられる事実だけを聞いていた。既にアラガミが螺旋の樹内部で新種として交戦中なのはリヴィからの報告で知っている。しかし、現時点ではそこから先の報告が無い以上、今はただ静観している事しか出来なかった。

 

 

「フェルドマン局長。我々としても不本意ながら今回の状況に関しては既に当事者だ。現場の指揮統制に関しては我々が采配する事になるが、異議はあるかい?」

 

「いえ。現時点を持ってこの開闢作戦は失敗。対アラガミ討伐に関しては我々も極東支部の傘下に入ります」

 

 榊の言葉にフェルドマンが口を開いたのはこの事実だけだった。今回の作戦に限らず本部の直轄の部隊が仮に居たとしても組織を維持出来る程生き残れる可能性が無い事をフェルドマンが一番理解している。

 事実、これまでの接触禁忌種を派兵と称してエイジとリンドウが討伐して以降、稀に出た際には1個小隊レベルのミッションでも生還率は3割を切っている。それを僅か2人でこなしている時点で戦力差は絶望的に開いているのを知っているからこそ、何も言う事が出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも厄介ですね」

 

「ああ、全くだ」

 

 シエルとギルの言葉が現状を表していた。北斗とリヴィは確かに一度交戦している為に、以前の様に窮地に陥る可能性は高くは無かった。しかし、シエルやギル、ナナに関しては事実今回が初めての交戦である事が影響したのか、疲労感は通常以上に感じていた。

 亜種である以上、ある程度の攻撃方法は似通っているが、個体ごとに攻撃は微妙に異なる。事実上の初見では無いとは言え、一度はクロムガウェインと交戦した北斗とリヴィも同じ様な部分があった。

 

 

「でも、結合崩壊も起きてるんだし、そろそろじゃないの?」

 

「そうですね。直覚の能力だけではないですが、それなりにダメージを与えているのもまた事実です。どの程度と考えるよりも、目の前の事だけに集中した方が恐らくは効率が良いと思います」

 

 無線でのやりとりではあるものの、シエルの能力は全員に今のアラガミのバイタルデータを送り続けている。何時もであればアナグラからもアラガミの状態が通知されるが、現時点では障害が起きているのか、通信そのものにノイズが入り詳細までは分からないままが続いていた。

 そんなシエルの言葉に全員が改めてアラガミに視線を向け直す。既に結合崩壊を起こした部分を積極的に攻撃した事も影響したのか、目の前のアラガミは当初の勢いは既に無くなっていた。

 そんな中で北斗はこのアラガミに違和感を感じていた。亜種である以上、何らかの違いがあるのは間違い無いが、それが何なのかが分からない。一点だけを集中的に見たのであれば気が付かなかったが、そのアラガミの爪周辺は以前に対峙したそれとは大きく異なっていた。

 

 

「シエル、あのアラガミの爪の部分だが、何だか神機の盾みたいに見えないか?」

 

「…確かに言われてみれば……そうですね」

 

「まさかとは思うけど、神機も吸収してるんじゃないのか?」

 

 北斗の言葉にシエルだけでなくギルやナナも改めてそのアラガミを注目していた。

 北斗が言う様に、爪の部分は盾の様に見えなくもない。仮にそれが事実だとすれば今後は他のアラガミも神機を捕喰する可能性が高くなる。対アラガミの兵器が人類に牙を向くには些か飛躍した様な気持ちになるが、完全に否定出来る物でも無かった。

 時間の経過と共に目の前のアラガミの動きが徐々に鈍くなる。事前に指示した様に、このアラガミの行動と攻撃の能力は警戒する必要があった事から、全員が一か所に固まる事は無い事が良い結果を生んでいた。バラバラであれば誰かを攻撃する間に、他のメンバーの攻撃が一方的に入る。程なくして大きな巨体は全身を血塗れにしながら地に沈む事となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん。どうやらアラガミの討伐は完了したみたいだな」

 

「ええ。以前に対峙したクロムガウェインの亜種だったんで、被害も無かったんですけど……何だかロビー全体が殺気だってませんか?」

 

 螺旋の樹内部のアラガミを討伐したブラッドを迎えたのはコウタだった。開闢作戦が開始される以前とはアナグラのロビーの雰囲気はまるで別物だと思える程に変貌していた。

 既にここに来るまでに第1級緊急配備が敷かれている事は聞いていたが、まさかここまでと思わなかったのか、北斗だけでなく、他のメンバーを少し落ち着かないままだった。

 

 

「北斗も知っての通り、今は第1級緊急配備が敷かれています。既にアラガミの大群がアナグラに向けて移動してるようですが、その発生源が螺旋の樹らしいので」

 

 北斗の疑問に答えたアリサの言葉にブラッド全員はそれ以上の事は何も言えなかった。

 自分達がアラガミと交戦している間に囲まれているとなれば、明らかに何かの力が働いている様にも見えていた。既に螺旋の樹は開闢作戦の際に取り付けられたオラクル制御装置の暴走により、以前よりも汚染度が進行している。

 ついさっきまでは作戦の成功を考えていたはずが、一転してのこの結果に各々の思考が追い付いていなかった。

 

 

「すみませんが、ブラッドの皆さんは会議室に来て欲しいと先ほどフェルドマン局長から話がありました。現時点ではここも緊急事態となっています。至急出頭をお願いします」

 

 ヒバリの言葉も何時もとは違った緊張感であふれていた。恐らくは今回の作戦の結果なのか、それとも今後の作戦に対する対処なのか現時点では何も判断出来ないまま。今はただ会議室へ向かう事を優先させていた。

 

 

「ブラッド隊入ります」

 

 北斗達が会議室に入ると、そこには以前の様に情報管理局の人間だけでなく、榊、ツバキ、紫藤の3人も同席していた。既に事態の把握が完了しているのか、目の前の電光掲示板には極東支部を中心としたアラガミ反応を示したレーダー画面が表示されている。

 極東の上層部は何時もと変わらないが、情報管理局員の表情はどこか青ざめていた。

 

「突然呼び出してすまない。実は今回の作戦の際に起きた一連の流れの中で我々も想定していない事態に陥った。既に知っての通りだが、今回の開闢作戦に於いて重篤な瑕疵があった事から、事態は以前よりも悪化している。後ろの画面を見れば分かるとは思うが、螺旋の樹の汚染により大量のアラガミが発生していると思われている。既に周辺にいたアラガミも巻き込んだ戦いになるが、君達にはその中でも一層過酷な任務になるだろう」

 

 改めて見るアラガミのレーダーは既に極東支部と螺旋の樹を中心に囲まれていた。以前にもあったマガツキュウビの際にも厳しい戦いがあったが、今回のそれは明らかにそれ以上となっている。画面全体の倍率を近距離にすれば、既に画面はアラガミの表示で真っ赤に染まっていた。

 

 

「フェルドマン。命令を出すだけではブラッドも動くには厳しいだろう。ここは今回の顛末を話した方が良いのでは?」

 

 フェルドマンの言葉を遮る様に言ったのは紫藤だった。既に第1級緊急配備の統制によってアナグラには事実上の全戦力が揃っている。先ほどのコウタとアリサの言葉が示す様に、ロビーでは何時もと違う雰囲気が漂っている事から既に事態は緊急を要していた。

 

 

「今回の件なんだが、先ほどのフェルドマン局長が言った瑕疵は九条博士が乗った神機兵βの件と、それに伴うシステムのハッキングが全ての原因なんだ。実際に我々も気が付いたのは作戦が開始された直後だったからね」

 

 フェルドマンの代わりに口を開いたのは榊だった。クロムガウェインの亜種との前に入った通信は会議室ではなく支部長室。その時点で何となく察しはついたが、この場で話した事によって推測が事実へと変わっていた。

 

 

「螺旋の樹の汚染が確認された時点で、ここは第1級緊急配備になった。指揮権は既に極東支部へと移管している。本来であればクレイドルをぶつけたい所なんだが、防衛班、第1、第4部隊をアナグラの守備に配置せざるを得ない。

 本作戦に於いては既に時間の猶予は微塵も無い。ブラッドの諸君にはすまないが、汚染された螺旋の樹までの侵入経路の確保が最重要任務となる。今回戦ったのと同じ系統のアラガミが出没した際にはそのまま討伐してほしい」

 

 ツバキの言葉に誰もが異議を唱える事はなかった。単純な戦力差だけで言えばツバキの言う様にクレイドルでチームを組んだ方が新種の討伐や探索は格段に上となっている。しかし、アラガミが極東支部全体を囲んでいる以上、クレイドルの任務はここの防衛が第一。既に先ほど話をしていたアリサやコウタだけでなく、エイジとリンドウ、ソーマもそれぞれの防衛拠点となる場所へと移動している。

 一騎当千の戦力を防衛に使う以上、今はその任務にブラッドが当たるのは当然の結果だった。

 

 

「今回の作戦の顛末は完全に我々の落ち度だ。君達にその尻拭いをしてもらうのは済まないとは思っている。だが、先ほどの戦いに於いてやれない訳では無い事を証明したのもまた事実だ。過酷な戦いになる事は分かっているが……すまないが宜しく頼む。それとリヴィ、君もブラッドと一緒に行動してくれ」

 

 事実上の謝罪に北斗達は少しだけ驚いていた。以前にあった素人発言からしても情報管理局が今回のミスを認めるとは思ってもおらず、上からの物言いだとばかり思っていた。

 しかし、作戦の結果が既に出た以上、幾ら取り繕ったとて何も変わる訳では無い。今はただ目の前のアラガミを屠るのみだと、これまでの事を一旦リセットし改めて今回の作戦を確認する事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし凄い数だね。本当に大丈夫なのかな」

 

「クレイドルの皆さんであれば大丈夫だと思います。以前の様なマガツキュウビが居れば話は変わりますが、見た所中型種をメインに一団が形成されている様ですから」

 

 螺旋の樹に向かうにあたって、これまでの様に地上の移動ではなくヘリによる空中からの突入が立案されていた。既に上空から見えるアラガミの集団は極東支部へと移動している。

 事前にレーダーで確認しているものの、自分の目で見た光景は想像を絶する内容となっていた。既に目測で極東支部までは3キロを切っている。全部が一気に囲むのではなく、地形的な物を利用しているのか、それぞれの動きが一部の場所から流入している様にも見えていた。

 

 

「こうやって見るとクレイドルの戦闘の力は尋常じゃないな。あの一点で殆どシャットアウトされてるぞ」

 

 ギルの差した方向を見ると、一部のアラガミの動きが狭くなった箇所で止まっていた。既に配置された地形からアラガミの流れをコントロールし、一定以上の侵入を防いでいる。幾つか討伐漏れはあるものの、それでも広い部分から狭い部分に差し掛かると同時にその流れは遮断されていた。

 

 

「多分、リンドウさんとエイジさんの所だろうな。以前のクロムガウェインの討伐で見た際には剣閃しか見えなかった」

 

 初めて対峙した際に重症を負ったアラガミは北斗の中でも忌々しい結果をもたらしたと思っているからなのか、それともあの剣閃を見たからなのか、一番の印象が残っていた。それまでにダメージを与えていた事は事実だが、あの時点で一撃で屠れるかと言えば北斗は首を縦に振る事は出来ない。

 事実上の最高戦力は未だ到達するには高いまま。見える頂きを垣間見た事によって北斗自身が自分の実力を理解していた。

 

 

「クレイドルの事もですが、我々もこれから神融種との戦いの可能性が高いです。気を引き締めるに越した事はありません」

 

 出動の際にフェルドマンから今回対峙したアラガミの種別が伝えられていた。汚染された螺旋の樹から生まれたのか、ゴッドイーターが使用する神機をも融合させたアラガミの出現は衝撃的だった。既にフェルドマンの口からは今回対峙した新種は神融種と名付けられていた。

 人類に残されたはずの刃が間接的にこちらへと向けられる。既に聞いた内容を理解したからなのか、シエルの言葉に全員の意識は螺旋の樹へと向けられていた。

 

 

「そうだよね。リヴィちゃんもいるし、私達も頑張ろう」

 

「そうだな…油断だけはしない様にしないとな。後々大変な事になり兼ねないのもまた事実だ」

 

「まずは侵入経路の確保。話はそれからだ」

 

《ブラッド隊。そろそろ螺旋の樹周辺部に到着します。今回は私が皆さんのサポートを任されました。厳しい戦いになるとは思いますが、どうかご武運を》

 

 到着を知らせるフランの声に全員の意識は改めて螺旋の樹へと向かう。露払いも何もなく、侵入経路の確保となれば間違い無くアラガミの数は尋常では無いはず。既に防衛戦が開始されている極東支部の事は一先ず意識の向こうへと追いやる。戦いの幕が切って落とされようとしていた。

 

 

 


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