神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第226話 作戦前日

 朝の気配が北斗の意識をゆっくりと覚醒していく。毎日の鍛錬の結果なのか北斗はいつもの時間通りに目を覚ましてた。結果的にはナナが部屋に来る事はなく、また北斗も疲れから知らず知らずのうちに眠っていたのか、目を開けた瞬間シエルが目の前で眠っていた。

 既に空は少しづつ朝の様相を出し始めている。このまま起きたいのは山々だが、肝心のシエルは寝たままにも関わらず未だにガッチリと北斗を捉えていた。

 

 

「シエル、起きてくれ」

 

「う、ううん」

 

 北斗は起こそうとするが、酔いつぶれた状態で寝たシエルは目を覚ます気配がどこにも無かった。早朝から大声を出す訳にも行かず、かと言ってこのままでは今度は何が起きるのかすら分からない。既にどれ程の時間が経ったのか分からなくなるほど経過していた。

 

 一人焦る北斗を他所に、僅かに足音がこちらへと向かってきていた。北斗の記憶してる間取りからすれば、この先に部屋は一つも無く、確実にその足音はこちらへと向かっている。誰がここに向かっているかは分からないが、北斗の心情は既に最悪の結末を迎える寸前だった。

 やんわりとシエルを起こすも未だ目を覚ます気配は感じられない。最悪は誤魔化すしかないと北斗は動ける範囲で布団を何とか被り直す事に成功していた。

 

 

「おっはよ~朝だよ。目さめたか?」

 

 勢いよく襖を開けたのはシオだった。ここに居るのは間違いなかったがなぜここに来ているのかは理由が分からない。既に布団でシエルを隠した事に成功した以上、ここは最悪の展開を回避するしか無かった。

 

 

「もうそんな時間か?」

 

「そうだよ~。そろそろ朝ごはんだよ。エイジが起こしてきてくれって」

 

 これがエイジならばまだ何とでも出来たが、シオであればどんな結末が待っているのか予測出来ない。ある意味、戦闘とは違った緊張感が北斗を襲っていた。

 

 

「もうそんな時間か。着替えたらすぐに行く」

 

「うん分かった。じゃあ、そう言っておく」

 

 この時点で最悪の展開だけは回避出来た。今の北斗にはそんな安堵の感情が勝ったのか、自分の今置かれている状況を察知する事もなくこのままやり過ごしてしまおうとだけ考えていた。しかし、無慈悲にもそんな展開が許される事は無かった。

 

 

「あれ?おはようございます」

 

 布団に隠したはずのシエルが唐突に目を覚ましていた。両腕はまるで逃がさないとばかりにガッチリと掴んでいた腕が解かれ、隠したはずの全身が布団と共にめくれ上がる。余程何かあったのか着崩れた浴衣の影響なのか、肩先まで露出したシエルがそこに居る。この状況を見た瞬間、北斗は既に覚悟を決めていた。

 誤魔化す為のポイント・オブ・ノーリターンは遥か後方へと去っていた。

 

 

「あれ?シエルも一緒だったんだな。もう朝ごはんできるよ」

 

「そうですか。……ありがとうございます」

 

 酒の影響なのか、普段であればすぐに思考が冴えるはずが、どこか淀んでいるのかシエルは何も考える事なくシオと話をしている。言うべき事を伝えたシオは自身のミッションがクリア出来たからからなのか、そのまま皆の居る場所へと機嫌良く戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北斗とシエルが来る頃には既に朝食の準備が終えていたのか、この場にエイジやマルグリットも座っていた。普段であればこんな人数で食べる機会があまり無いからなのか、ナナだけでなくシエルもどこか笑みを浮かべている。用意された朝食は和やかに始まっていた。

 

 

「北斗、昨日の件なんだけど、あれツバキさん用に試作した物なんだ。多分それが原因だと思う」

 

「そうだったんですか」

 

 エイジの言葉に漸く昨日の事態の原因が判明していた。あのアイスクリームにはブランデーを使ってコクを出していただけでなく、そのアルコール度数を色々と変えていた試作品。その上に同じくブランデーを使ったソースをかけていたが、これもまた同じく度数の調整をしている最中の物だった。

 申し訳なさそうな表情ではあるが、あれを用意したのはエイジではない。弥生が何気に渡した物ではあったが、今はその件については正直な所あまり触れてほしく無かった。昨晩から今朝にかけての出来事がどんなはずみで出てくるのか分からない。ゆったりと食事をする他のメンバーとは違い、北斗だけが一人背中に冷たい感覚を残していた。

 

 

「昨日はビックリしたよ。突然シエルちゃんが真っ赤になって倒れるし、うわごとは言うから一大事だと思って…」

 

「いや、それは問題無い。ナナだって悪気があった訳でもないから」

 

 少なからず今回の騒動に加担したと思っていたのか、ナナも少しだけ申し訳無さそうに話す。確かに何かの病気であれば一大事である以上それはある意味では当然の事でもあった。

 既に朝食も半分ほど食べたのか、コウタが味噌汁のお代わりをマルグリットに頼み、それを口に含む。その瞬間だった。

 

 

「そういえば北斗とシエルはふうふなのか?」

 

 ついに北斗の恐れていた事実が発覚していた。周囲を見れば先ほどお代わりを貰ったはずのコウタはむせかえって咳き込んでいる。ナナは突然の言葉に箸を落とし、ギルは手に持っていたご飯茶碗を落としそうになっている。

 何気にシオから出た言葉は穏やかな朝の空気を一変させる程の威力を持っていた。

 

 

「シオちゃんどうしたんですか急に?」

 

「さっき起こしに行ったら抱き合って寝てたぞ。あれはふうふじゃないとやらないんだよなアリサ?」

 

「それって……」

 

 そう言いながら全員の視線は北斗とシエルに向いていた。酔った事により記憶は曖昧になっていた結果に間違いは無いからなのか、シエルは珍しく赤面し、北斗は視線が完全に泳いでいる。言葉では何も語らなくてもその行動が事実だと言ってるも同然だった。

 

 

「だってアリサもエイジと、この前同じことやってたぞ」

 

「シオちゃん!それはちょっと違うんです!マルグリットもエリナも勘違いしないでください!こっちが恥ずかしいじゃないですか」

 

 シオの一言に今度はエリナとマルグリットは何を想像したのか赤面し、エイジは顔を天へと仰いでいる。隣のアリサは誤解だと言わんばかりに訂正を始めていた。

 エイジとアリサは夫婦だからと一言で方が付くが、問題なのはその現場。何も知らない2人からすればある意味では刺激的な言葉なだけでなく、その状況から回復したのかコウタもどこか呆れた顔で見ていた。

 

 

「あれは、この前ここで少しだけうたた寝してただけです。もう、何考えてるんですか。ドン引きです!」

 

「いや、別にそんな言い訳しなくても良いぞ。そんな事今さらだから」

 

 コウタの言葉に赤面しながらのアリサの反論の説得力は皆無だった。それだけではなく、現在進行形でナナとギルは固まったままが続いているのか、先ほどまでの穏やかな空気はカオスな物へと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか今日はこれまでと雰囲気が違う様だが、何かあったのか?」

 

 屋敷でのカオスな朝食は結果的には騒がしいと広間に来たツバキによって場が収まっていた。シオとて悪気があった訳では無く、見たままの事実を述べただけ。素直な言葉にからかいの意図はなく、各々が何かを思う所がありながらアナグラへ来ていた。

 

 

「いや、大丈夫だ。リヴィが気にする必要は無い」

 

「そうか。どこか余所余所しく感じるんだが…」

 

「いや。リヴィが気になる様な事実は無い」

 

「……そうか」

 

 今朝の出来事が少しだけ尾を引いていたのか、どこか全員がぎこちなく行動していた。

 このままの状況を放置する訳には行かないのも事実だが、今日からは北斗が従来通りに復帰する。既に連絡が入っていたからなのか、リヴィは既にロビーで待っていた。

 戦列復帰の最初の任務は、やはりリヴィのブラッドアーツの習得が優先されていた。何時もであれば2人でのミッションになるが、先日のシエルの言葉が印象的だったのか、今回はこのまま出る前に一つの提案が北斗から出されていた。

 

 

「これからの作戦がどうなるのは分からないが、今後の事を考えれば習得のキッカケが出来ている以上、後は習熟がメインなら並行して部隊の連携も兼ねた方が良いかと思う」

 

「……そうだな。確かにこのままでは何かあった際に連携出来ないのであれば前回のミッションの二の舞になる可能性が高いのもまた事実。今後はなるべく複数の人間で行く様にした方が合理的だな」

 

 北斗の提案にリヴィは少しだけ考える素振りはしたものの、この提案に対して合理的だと判断したのか何も疑う事も無く了承する。それ以上のツッコミが無かった時点で北斗は少しだけホッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。多少のイレギュラーはあったが、概ね予定通りか」

 

「はい。これで今後の作戦に関しては何ら問題はありません」

 

 リヴィのブラッドアーツの習熟は予想以上に早い結果となっていた。これまでの様に、無理矢理適合した神機ではあったものの、ブラッドアーツの影響なのか、それとも適合率が高まった結果なのか不明ではあるが、既に螺旋の樹を切り開く為の準備だけは出来ている。残すはそのまま作戦が完了される手筈となるだけだった。

 

 

「では今回の螺旋の樹の安定化を図る『開闢作戦』の説明を今から行う」

 

 フェルドマンの言葉と同時に、会議室にはブラッドだけではなくクレイドルも同様に呼ばれていた。

 今回の作戦の最大のポイントは未だ安定していないと思われる螺旋の樹の内部に突入する為の入口作りと同時に内部の探索、及び異変の原因究明が最大点だった。事実崩落の現場周辺を探索したまではよかったが、やはり外縁部からの侵入は不可能である事が判明している以上、それはある意味では当然の内容でもあった。

 

 

「フェルドマン局長、私達も螺旋の樹内部の探索任務に志願したいのですが……」

 

 シエルの言葉はここに居るブラッド全員の総意でもあった。実際に北斗が感応現象でジュリウスと会っていた事は情報管理局には敢えて何も伝えていなかった。

 万が一重大だと判断した場合に、どんな行動を起こさせるのかを予想出来ない事だけでなく、作戦が確実に成功していない状況でのジュリウスの様子をそのまま伝える事がどんな影響を与えるのかも勘案した結果でもあった。

 

 

「その件に関しては我々専門家の領域となる。素人風情に横槍を入れられる訳には行かない」

 

 以前にソーマとやりあった事が思い出されたのか、フェルドマンの言葉にシエルはそれ以上の事は何も言えなくなっていた。幾らリヴィがミッションで行動していても、それは部隊に配属された訳では無く、ただ純粋にミッションに必要となるブラッドアーツの習得のみの関係である事を認識させていた。

 まるでさも当然だと言わんばかりに発言を続けるフェルドマンに対し、それ以上の言葉はシエルだけでなく、今回の件で呼ばれていたソーマもそれ以上の言葉を出す事は無かった。

 

 

「なお、この件に関してんなんだが……レア博士。聞こえるか?」

 

《はい。聞こえますフェルドマン局長》

 

 話が一旦途切れたと思った矢先だった。会議室にはこの場にいなはずのレアの声が聞こえている。既に作戦の一部を聞いていたからなのか、その先がフライアである事だけがこの場にいた全員が理解していた。

 

 

「機材の搬入時、現場の進行は君に任せる。神機兵の搭乗者、並びに情報管理局員の統率を頼む」

 

《はい。承りました》

 

 短い通信と同時にそのまま切れる。既にフライアの準備は完了しているからなのか、そこに慌ただしさを感じる事は一切無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…と。九条博士。今回の件ですが、今回の通達は明日にでも出ますが、神機兵の搭乗の件は宜しいですか?」

 

 通信が切れたと同時にレアは一息入れると同時に、隣にいる九条へと頼んでいた。

 今回の神機兵は既にラケルの負の遺産と呼べる無人型ではなく、レアの主導の下で新たに開発された有人型神機兵が機材運搬を担当する運びとなってる。

 

 以前は無人型を開発していた九条もラケルが既に存在していない以上、開発者としての生きる道はこれしかなかった。当初はラケル亡き後自分がその後継となるつもりではあったが、ここで大きな誤算が生じていた。これまでの様に完全に管理された神機兵とは違い、自立装置そのものがラケル単独で開発された事から、集積回路そのものがブラックボックス化していた。

 アラガミを討伐するはずのそれが一般市民に向けて襲った瞬間、フェンリルはすぐさま緊急会見を開くと同時に、今回の主たる原因を作ったラケルを主犯とし、またそのサブでもあった九条を人身御供とばかりにフェンリル内部で懲罰の対象としていた。

 その結果、暴走した神機兵の責任を追及された事で既にその地位ははく奪されていた。

 

 

「そ、それは勿論です。レア博士は私を救ってくれた方ですから、断る理由などありませんので」

 

「いえ。そう言わないでください。一時期は方法は違えど同じ道を目指した者同士ではありませんか。こちらとしても熟練者の数が少ない事で頭を悩ましてましたので、こちらの方こそ助かります」

 

 時間の短縮はそのまま神機兵に登場する人物の選定までゆとりは無かった。以前に開発した神機兵と今回の神機兵は外側は同じでも中身は全く別の物となっている。その結果、搭乗者の命は完全に護られる事になったが、その代わりに操作性能は従来の物よりも格段に落ちている。それが今回レアが九条を頼った最大の要因でもあった。

 

 

「あら?こんな所にこんなフォルダなんてあったかしら?」

 

 神機兵のオーバーホールだけでなく、今後の事も含めてレアは最終確認を行った時だった。これまでの見た事も無いようなフォルダが急遽発現していた。

 

 

「あら?変ねぇ。さっき見た際にはこんな物なかったんだけど……」

 

 突然出てきたフォルダを訝しく見るも、今はこの後に決行される開闢作戦の方が確実に忙しくなっている。既に気が付いた時にはそのフォルダは跡形も無く消え去っていた。

 

 


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