神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第224話 一時の憩い

 

「何だか上手く誤魔化された気がします」

 

 アナグラでの定時の任務時間が終わると同時に大人数が屋敷の門をくぐっていた。既に何度も来ているからなのかシエルやナナも以前ほど遠慮が少しだけ無くなっていたのか、アナグラと同じ様に寛いでいる。気が付けば手慣れた浴衣の着付けは堂に入っていた。

 当初シエルが弥生から聞かされたのはあくまでも療養がメインだと言われた事。療養を盾に北斗を訓練室から離した理由が逆に使われた以上、シエルもただ頷く以外の方法を取る事は出来なかった。

 

 

「ここ最近は戦いっ放しだったし、少しは寛がないと疲れちゃうよ」

 

「それに関しては否定はしません……が、なぜこんな大人数なんですか?」

 

 当初はこじんまりとした人数だったはずが、気が付けばブラッドと第1部隊、クレイドルと何時もと変わらないメンバー。これでは落ち着く要素がどこにも無いとシエルは内心ため息をつきたくなっていた。

 

 

「シエルは気にしすぎなんだよ。実際にエイジさんとアリサさんはここが自宅みたなものだし、他だって」

 

 北斗の言い分は確かに理解出来る。ここに来る人間の大半は屋敷に近い人間ばかりでなく、北斗の言葉通りエイジやアリサにとっては自宅同然でもあり、またマルグリットはここで時折何かを習っている事は以前に聞いている。だからこそ、この結果なのは分かってはいたがシエルの中ではやはりどこか釈然としない部分が存在していた。

 

 

「そう言う北斗は嬉しそうですね。まさかとは思いますが、これを機に訓練をつけて貰おうなんて思ってませんよね?」

 

「……も、もちろんだ」

 

 図星だったのか北斗はシエルの視線を逸らしながら誤魔化していた。ここに来ている時点で何をどうしているのかを確認する手段が無いだけでなく、アナグラとは違い普通に何かの訓練をしようとすれば容易にそれが可能な環境なのは一番最初に来た際に聞かされている。

 本音を言えばここまで北斗の行動を厳しく制限する必要性が無いのは知っているが、なぜそう感じるのかをシエル自身が理解した訳ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?こんな所でどうしたの?」

 

「レア先生こそどうしてここに?」

 

 シエルが驚くのは無理も無かった。ここに来る事は急遽だった事もあってか、まさかこんな所にレアが居るなどとは微塵も思ってなかった。実際には極東に来てからレアはここに滞在する事が多くなっていた。本来であれば情報管理局の人間同様にアナグラ内のゲスト用の部屋を当てがわれているはずだった。

 

 

「弥生がこっちの方が落ち着くからってここを薦めてくれたのよ。シエルはどうしてここに?」

 

 レアの格好はここでは当たり前の浴衣を着ている。確かに滞在しているのが分かるのか随分と着なれた格好にそれ以上の疑問をシエルが持つ事は無かった。

 

 

「私も弥生さんに言われて来たので」

 

 そう言いながらもシエルは少しだけ穏やかな表情を浮かべていた。最後にレアに会ったのは終末捕喰の危機から脱却して直ぐの頃。当時はラケルが発端となった事案の確認で本部へと移動してからは顔を見る機会は殆ど無くなっていた。

 久しぶりに会ったレアは当時の荒んだ表情はなく、何時もと変わらない表情を浮かべていた。

 

 

「シエルも以前と変わってなくて良かった。ブラッドの皆とは上手くやっているの?」

 

「はい。お蔭さまで皆さんとは上手くやっていると思います……」

 

 表情は明るく振舞っているも、言葉尻に何かひっかかりがあった。自分の口から上手くやっているとは言ったものの、ここ最近の自分の感情が何なのかを思うとどうしても戸惑いしか出てこない。本来であればナナにでも聞けば良いのかもしれないが、それもまた聞ける様な内容では無いと判断しているのか、実際にそんな事まで聞くのはどうかと言った部分が存在していた。

 

 

「あら?本当にそうなのかしら?」

 

 シエルの葛藤を見抜いたのか、レアは改めてシエルに問いただす。一方のシエルもまるで今の状況を見透かされた様に感じたのか改めて意を決していた。

 

 

「なるほどね。シエルとしてはここ最近の北斗の行動が気になるのよね?」

 

「はい。今までこんな事は無かったんです。何だか私達の知らない所で何かが起こっている様な…一人遠くに行ってしまう様な気がして……」

 

 シエルはここ最近の情報管理局絡みのミッションの事を話していた。当初はレアと言えど緘口令が出ている以上、安易に話す事は出来ないと考えていた。しかし、レアからの今回のミッションにあたって神機兵の運用とそのデータ採取でここに来ている事を聞かされた事によって、これまでの顛末を話していた。

 この時点でレアは何となくシエルが何に囚われているのかを理解したが、それが本当なのかどうなのか判断する事が出来なかった。以前の様に目をかけるにしても既に本部と極東では物理的な距離もあるだけでなく、今は重要なミッションの最中である為に、そちらの方に意識を向けざるを得ない為に、精神的にも距離があった。

 

 

「ふふふっ。まさかシエルがそんな悩みを持つようになるなんてね」

 

「レア先生はこれが何か知ってるんですか?」

 

 レアの笑みにシエルは少しだけ戸惑っていた。自分でもこの感情が何なのかが分からないのに、レアにはそれが何なのかが理解出来ている。未だそれが分からないシエルからすれば、それは藁にも縋る思いだった。

 

 

「知ってると言えばそうね。シエル、以前にも言ったけど、貴女は少しづつ皆と同じ道を歩んでいるかと思うと私は嬉しいのよ」

 

 レアの言葉と表情は柔らかくなっていた。理由は教えて貰えないが、言外にそれは自分が理解してと言われた様な気がしている。それが何であって、どんな結末を迎えるのかは誰にも分からなかった。

 

 

「それでも私は知りたいんです。レア先生、教えてくれませんか?」

 

 笑みを浮かべるレアはそれ以上の事を言うつもりは無かった。当時のシエルがフライアに配属された際に、北斗に対し個人的にお願いした事がこんな形となるとは思ってもいなかった。

 それは決して悪い感情では無いが、他人から教えて貰う様な物でも無い。だからこそシエル自身が気付いてほしいとレアは考えていた。

 

 

「あら?シエルちゃんもここだったの?レア、食事の準備が出来たんだけど良いかしら?」

 

「何だか悪いわね弥生。何時もの事なんだけど」

 

「こっちが招待したんだし、それは当然よ。シエルちゃんもどう?そろそろ皆集まるから」

 

 弥生が来た事によって話は中断していた。皆が動いている以上、迷惑をかける訳には行かないからとシエルはそれ以上の言葉をレアに告げる事無く2人は広間へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエルちゃんこっちだよ。レア先生もこっちこっち」

 

 広間では既に準備が出来ているのか、シエルを見つけたナナが手招きしていた。

 改めてシエルとレアが座ると同時に食事が開始されていた。目の前には相変わらずラウンジで食べる様メニューはどこにもなく、恐らくはレアが来てるからと和食をメインとした料理は見た目と味が何時も以上となっている。当初ここに来たレアも初めて見た食事に驚かされたが、数日の滞在で漸くここの料理にも慣れ始めていた。

 

 

「貴方達はいつもこんな食事を口にしてるの?」

 

「いえ。普段はもっと普通にあるメニューです。ここではいつも驚かされますが」

 

 先ほどの会話の続きをしたいとは思うも、こうまで人が居れば流石にシエルも気後れする。出された料理は上質な味わいである事は間違いないが、今は先ほどの会話の内容が気になったのか、シエルは料理の味が今一つ感じにくかった。

 

 

「あの、シエルさん。口に合いませんでしたか?」

 

「いえ。美味しくいただいてます」

 

 シエルの表情が気になったのか、今回もエイジと一緒に作ったマルグリットは気になったのかシエルに話かけていた。この時点で問題があったのは料理ではなく自分自身。気にしてくれたマルグリットにシエルは少しだけ申し訳ないと考えていた。

 

 

「マルグリットちゃんが今回も作ったの?」

 

「またエイジさんの手伝いですけどね。ナナさんはどうでした?」

 

「前よりも美味しいよ。でもここまで上達するのって大変なんじゃ?」

 

「そうですね。大変ではありますけど、やっぱり美味しいって言ってくれる人がいるから頑張れるんだと思うんです」

 

 その言葉と共にマルグリットは改めて今回の出来を自分でも確認していた。作った感想が直ぐに聞けるのは有難いと思う反面、逆の事を言われる可能性もある。だからこそ浮かない表情のシエルの反応が気になっていた。

 そんなやりとりを見たのか、レアは改めてシエルの悩みをどうしたものかと思案していた。自分が言わないのであれば、それに該当する人間と話す方が手っ取り早い。そんな考えが閃くと同時に気が付かれない様に弥生に連絡を取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、今回のこれも手伝ったんだよな?」

 

「コウタにしては珍しいですね。何で分かったんですか?」

 

 シエルとレアのやりとりを他所にコウタは出された料理を食べながらふと気が付いた事があった。口にした味はどこな懐かしさを呼んでいる。それが何なのか答えは一向に出てくる気配はなかった。

 この場にアリサが居る以上、今回の食事には間違い無く何も関与していない。だとすれば、これが何なのかを考えていた。

 

 コウタが悩む一方で、アリサとて本来であれば厨房に立ちたい気持ちは多分にあった。

 本来であればエイジと一緒に作りたいとは思ったものの、今のアリサの力量では未だ和食を作る事は困難なままだった。確かに基本の事は既に習得しているものの、コウタやソーマに出すのとは違い、流石にここのゲストにまで作って出せるレベルかと言えば言葉に詰まる現実があった。事実、今アリサが摘まんでいるニンジンは花びらの飾り切りが丁寧に施されている。以前にエイジが作っている所を見て自分もやろうとした際に止められた事は未だ記憶には新しかった。

 自分もここの一員でありながら力になれない現実に、改めてここの板長に師事する事を考えたものの、最近の忙殺気味の仕事を優先するのであればその時間を捻出する事すら困難な状況となっていた。

 

 

「いや。何となくそう感じたんだよ」

 

 理屈抜きで無く本能がそう感じとったのか、改めてコウタはポツリとそんな言葉をこぼしていた。事実コウタは知らないが、コウタの分だけは全部マルグリットが作っている。

 この時点でその事実を知っているのは本人以外ではエイジだけ。その違いが分かっただけでも大きな進歩だった。

 

 

「良く分かったね」

 

「エイジ、それは本当なんですか?」

 

 コウタの疑問に答えたのは厨房から戻ってきたエイジだった。今回の食事に関しては全部を2人でやっている。レアが滞在している時は屋敷の板長が作るが、他のメンバーが来ている時にはエイジが作る事が殆どだった。

 

 

「ああ。多分コウタのそれは慣れ親しんだ味に近いからね。アリサもこれ少し食べればすぐに分かるよ」

 

 エイジはコウタに出した物と同じ物を箸でつまみ、アリサの目の前に出す。一方のアリサも出されたそれをそのまま口へと入れていた。

 食感は同じだが、確かにいつものエイジの味付けとは違うそれはアリサにも直ぐに理解出来ていた。しかし、それとこの味にどう関係するのか分からない。少しだけ困ったアリサを助けるべく、エイジはアリサにだけ聞こえる様に耳打ちしていた。

 

 

「……でも、何でエイジはそんな事知ってるんですか?」

 

「さっき、味付けの場面を見たら何時もとは違ってたから何気に聞いたんだよ。詳しい事は聞いてないけど、使った量から判断したら多分そうだと思うんだけどね」

 

 まだ第1部隊に配属されて間もない頃にエイジは何回かコウタの家に行った事があった。今は行く事が殆どないが、エイジにとっても家庭料理が何なのかを一番理解したのがその当時。味を再現するには目分量なだけでなく隠し味も家によっては異なってくる。その僅かな差をエイジは見抜いていた。

 

 

「そのうち何かしらのアクションがあるんじゃないかな?アリサもそれ以上の事は2人の為にならない事位分かるでしょ」

 

「それは……そうですけど」

 

「あの、それってまさかとは思うんですが」

 

 2人の会話が聞こえたのかエリナもアリサと同じ様な表情を浮かべていた。幾ら詳しい事は分からなくてもその状況は間違い無い。本当なら会話に割り込むのはマナー違反だとは思いながらもエリナも思わず会話に参加していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、感応現象でジュリウスと一緒に戦ったんだろ?ジュリウスは元気だったのか?」

 

 ギルは北斗の言葉に何か思う所があったのか改めて北斗に話かけていた。感応現象が起こったからと言って、それが全て正しい訳では無い。

 ブラッドの立ち位置は情報管理局側に近いが、作戦の全貌を知っている訳では無い。今回の反応が本当であれば、今後の作戦が一層厳しい物になるのではと考えた結果だった。

 

 

「元気と言えば元気だったが、神機は持ってなかった。アラガミの部位を神機代わりに使ってるが案外と大変かもな」

 

「そうか…俺達も今回の作戦に参加はしてるが未だに全貌が見えてこない。ジュリウスがそんな状況だとすればやはり時間が短いのかもしれないな」

 

 当時の螺旋の樹の萌芽の際に出た言葉。命がけで食い止めた終末捕喰が改めて発動する可能性を知っているのは極東でも極一部の人間のみ。クレイドルの人間もその場に居た以上は知っているが、緘口令が出ているからなのか、普段の会話からもそんな言葉は微塵も出ていなかった。

 

 

「後はブラッドアーツの習得が問題無いなら、一気に作戦が進む様な気もするんだが、実際にはどうなんだ?」

 

「リヴィの事か?確認はしてないが、多分習得は出来てると思う。最後にアラガミと対峙した際に、そんな兆候を感じたからな」

 

「そうか……だったら、お前の体調が戻り次第作戦は再開だな」

 

 そう言いながらギルは出された料理をたいらげていた。アナグラとは違い、ここでは殆どが和食の提供となっている。一番最初に来た際には驚く部分が多分にあったが、今ではアナグラでも割とそんな系統の食事を取る事が増えていた。

 

 

「そう言えば、ギルも割とこう言った系統の物を食べる事が多いよな?」

 

「そうだな。最初は驚いたがな。ただ、納豆だけはちょっと無理だ」

 

 ギルが食べなれた頃に見たのは納豆だった。どう贔屓目に見ても料理とは思えない臭いと糸を引くそれが人間の食べ物だとは思えなかった。生卵の時もそうだったが、何気に隣で食べる北斗が食べているのを見て口にはしたが、それ以上箸が進む事は一切無かった記憶だけが残っていた。

 

 

「あれは好き嫌いが出るからな。シエルとジュリウスも嫌がっていた様な記憶がある」

 

 何かを思い出したのか北斗は笑みを浮かべていた。まだジュリウスやロミオが居た頃に食べた記憶は今もまだ新しい。今回の感応現象がそれを思い出させたのか、少しだけ当時の状況を懐かしんでいた。

 

 

「そうか……どうなるかは分からんが、また当時の様な状況になるようにやるしかないな」

 

「今度こそジュリウスにも納豆を食べさせて見せる」

 

 面と向かって宣言する事はしないが、ジュリウスにそうさせるには螺旋の樹の探索が最大の要因となる。北斗の言葉が何を意味しているのかはギルにも分かったのか、今はそれ以上の事を言うつもりは無かった。

 

 

 




「ぬおおおおおお!何で僕だけが夜間任務なんだ!」

 屋敷で皆が寛いている頃、エミールはリンドウと夜間任務に励んでいた。当初は弥生から誘われたものの、既に夜間の任務はローテーションで組まれている。緊急時であればその限りではないものの、やはり平時で無理矢理交代をしようとすればツバキを説得する必要があった。


「エミール、少し落ち着け。お前さんだけじゃなくて俺も同じなんだ。ったく突然の誘いは仕方ないが、せめて夜間じゃなくて早朝の方が良かったぜ」

 夜間であれば終わりの時間は確実に深夜から早朝にかけてとなってくる。これが早朝任務であれば朝食にありつく事は出来たが、それすらも適わない。特にここ最近は情報管理局絡みで屋敷に行く機会が随分と少なくなっていたのもまた事実。そんな事を思いながらも今はただアラガミの気配が全く感じる事が無い平原をリンドウは眺めていた。


「そう言えば、今回の件は一体どうなってるんでしょうか?我々とて極東ではそれなりにやっているはず。にも関わらず情報管理局は一向に我々に情報を下ろそうとしないのには何か訳でも?」

「うん?その件なら悪いがまだ緘口令が出てる。まだ口外する訳には行かないらしい。俺の権限では何も言えないんだ。すまんな」

 突如として真面目な質問にリンドウは少しだけ面食らっていた。確かにエミールの言う通り、ブラッドとクレイドルには作戦の一部は知らされているが、全容については語られていない。まだリンドウの立場は最低限の情報を知る部分はあるが、エミール達にとっては何も知らされていないままだった。


「いえ。実を言えば、多少は何か分かるかとも思ったんですが…残念です」

「まぁ、そのうち何らかの形で話も出てくるさ。それまでは頑張る事だな」

未だ全容を知る術はないままに作戦はそのまま進行していく。それがどんな結果をもたらすのかは未だ誰も知らないままだった。


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