神を喰らいし者と影   作:無為の極

24 / 278
第24話 思惑

 待望の腕輪があると思われたミッションだったが結果的には空振りに終わり、依然としてリンドウの行方はおろか肝心の手がかりすら未だ出てこない。

 当初は見つかれば何か進展があるかと思ったサクヤも、流石に刻一刻と時間が経過する事で焦りから絶望へと変わるのは時間の問題ではないかと思いながらも、僅かな手がかりを求めて自室で当時の状況を検証していた。

 

 

「サクヤさん…居ますか?」

 

 

 真剣な眼差しで端末を見ていたが、急に呼ばれた事で慌てて画面を消すと、サクヤを呼んだ声の主はアリサだった。

 ここ数日ツバキからの命令でミッションには不参加となっていた事も多かったが、塞ぎ込んで寝ているだけでは事態が好転する訳では無い。

 そう考え、気持ちを落ち着かせるべく飲み物を取ろうとした際に出てきた1枚のディスクが、その後のサクヤの行動を一転させていた。

 

 調べ出してからどれ程の時間が経過していたのだろうか。

 今となっては心情的な部分から休暇を言い渡された事がむしろ好機だとばかりに、あらゆる角度からの検証を続けていた。

 アリサだけではなく、他のメンバーとも顔を合わせるのは久しぶりの事でもあった。

 

 

「どうしたのアリサ?いらっしゃい」

 

「あの…実はサクヤさんに一言謝りたいと思いまして」

 

 

 当時の状況に関しては、いくら当時の精神状態がおかしいと仮定したとしても、自身がしでかした事が無くなる訳では無く、アリサ自身も悩みながらに自分と向き合った結果としてこれから前に進む為にも一度サクヤと会う必要があると判断する事を決めていた。

 

 きっかけは先日のプリティヴィ・マータとのミッション。途中苦戦する事もあったが、討伐が完了した事で、多少なりとも過去を乗り切れたと判断し、当時の状況と共に今の自分の事をサクヤにも伝えたいと思う部分があった。

 

 

「謝るって一体何を?」

 

「リンドウさんとのミッションの件です」

 

 

 サクヤとしても、アリサがここに来た時点で恐らくはとの推測を立ててはいたが、面と向かって言われると何か不思議な感情が沸き起こった。

 サクヤ自身が未だにリンドウの事で何かやっている事を何となくだがアリサは知っている。

 

 もちろん最初から今の様な精神状態ではなく、当初は絶望の中で悲しみに伏せていたが、ふとした事で見つかったディスクの事で気を取られる形となり、今となっては当時の状況を振り返ると懐かしくも感じていた。

 しかし、時間の経過と共に記憶が薄れる事は無い。そんな事も短い時間の中で考えながらアリサから発せられる言葉を待った。

 

 

「あの時、リンドウさんに向けて撃とうとした事は事実です。当時の状況を考えると私自身が不自然と感じる事が確かにいくつかありました。もちろんそれを言い訳にするつもりはありません。私のしでかした事はサクヤさんだけじゃなく、アナグラ全体にも大きな影響を与えてしまいました。今の状態が長く続くのは良くない事くらい私にも分かります。できればそのお手伝いがしたいんです」

 

 恐らくは厳しく非難されるのではないのだろうか?リンドウの事を想っているのは身内でもあるツバキ以外にはサクヤしか居ないのだろう。そんな思いが有る事は否定出来ない。

 しかし、この状況を良しせず、また今後の事も考えれば無視する事も出来ない以上、何らかの謝罪は必要だとは感じていた。

 だからこそアリサは勇気を振り絞ってサクヤの元へと出向いていた。

 

 

「ねぇアリサ。私は怒ってなんかいないし、あの件に関しては今それなりに調べているから分かった事なんだけど、アリサが悪い訳では無ない位は判断できるわ。今も調べているのは当時の状況じゃなくて、リンドウが残した物を検証していただけだからアリサが気に病む事は無いわ」

 

「でも、それじゃ」

 

「ううん。アリサの気持ちはよく分かる。私が同じ立場ならそう考えたかもしれない。でも嘆いてばかりで何もしないままで事態が好転する事は無いと信じてやっているの。もし大変だと思えばその時には遠慮なく頼らせてもらうわ」

 

 

 拒絶された訳では無い。いまだにリンドウが発見されたと言う報告はアナグラには伝わっていない。今のままでは過去の帰還率を考えればかなり低い事に変わりはない。

 振り返る事が出来ないの以上、諦める事無く前を向いていくしか無かった。今のサクヤは残されたディスクの解析こそが何かの希望に変わるものだと信じ、解析を続ける事で自身を奮い立たせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本部までの出張ご苦労様だったね」

 

「おかげでこちらの想像していた事の裏付けが全部取れました。しかし、想定以上の内容には若干驚きましたが」

 

 この一言で恐らくはこちらが想定していた見通しが甘く、また今後の事を鑑みれば何かしらの対応が必要不可欠である事が予想されていた。

 

 

「リンドウ君の容体は依然変わらないままだけど、脳波に若干の変化が出始めているみたいだね」

 

「見た限りはもういつでも大丈夫な気がしますが」

 

「あとはキッカケなのかもしれないね」

 

 

 

 本部からの帰りに無明は榊から秘匿通信による暗号で連絡を貰っていた。リンドウの容体に若干ながらの変化が生じていた事だった。

 バイタルは完全に安定しているが、脳波を見た限りではまだ良くなる気配を感じる事は出来るとは思えなかった。

 意識が取り戻されていれば活発に動くはずの脳波にはまだ改善の兆しが見えていないのであれば手出しは出来ない。

 

 ただし、今までと決定的に違う点は一つ。

 見た限りでは夢を見ているような、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返している様な反応。あとは目を覚ます為のキッカケだが、恐らくキーポイントは戦いの最中に無くなったと思われる神機をさしていた。

 

 

「良くも悪くも神機は大事なパートナーですから。とにかく腕輪と神機が見つかれば何とかなるかもしれませんね」

 

「僕もそう考えている。ここはやはりその探索が一番なのかもしれないね」

 

「現場に無かった以上、本人が持っていたかアラガミが持っているかのどちらかになるでしょう。今は発見される事を祈るだけです」

 

 神機使いとして生死を共に分かち合う存在ともなる神機。リンドウほどの戦歴ともなれば恐らくは何らかのキッカケにはなるだろうと当たりをつけるが、現在の所はまだ捜索段階。

 

 一時期の事を考えると生命の心配は無くなった事は僥倖だが、今度は意識の回復が困難となっている。

 完全にアラガミ化していない事は吉報であっても、肝心の意識が戻らない以上は今の二人には見守る以外に何の手立ても無く、その場には無力感だけが広がっていた。

 

 

「ところで話は変わるが無明君、君は特異点は知っているかな?」

 

「特異点ですか。確か例のアーク計画のキーとなるアラガミの事でしたよね?」

 

「やっぱり君は知ってたか。だとすれば話は早い。実はその特異点がこの極東地域に度々出没してるみたいでね、その為にある程度おびき出す必要があるんだよ」

 

 

『アーク計画』

 

 現在の所、対外的にはこの計画に関しては一切公表されていない。現在の所はエイジス計画と言う名で現在では開発及び建設が着々と進んでいる。

 しかしこのエイジス計画に関しては様々な憶測と共に、各方面でも色々と注目されていた。

 

アーク計画の内容は全ての人類を救済するような画期的な物では無く、特定の人類の救済と共に、地球そのものを終末捕喰にて再起動させる事でもあり、そのキーとなるのが従来のアラガミではなく、高度な知能を要する、すなわち特異点を用いて人為的にに発動させる事でもあった。

 

 しかしながら、この計画には大きな問題が一つだけあった。すなわちエイジス計画の様な大規模型の計画ではなく、一定の人数のみが救済される事が前提となっている歪な計画。

 もちろんこれが外部に対して暴露される様な事があれば、流石に極東支部だけに留まらず、フェンリルそのものの存在意義とも言える物が根底から覆される可能性が出てくる危険性があった。

 だからこそ、この情報は対外的には知らされないように、情報の取り扱いに関しては極秘裏に進められていた。それほどまでに厳重な状況の中から今回の一連の中で知りえたのが僥倖だった。

 

 

「博士、あの計画はとても容認できる物ではないと考えますが、何か他の案でも?」

 

「アーク計画は趣旨は分かるが、僕にとってはとてもじゃないが容認出来ないんだよ。もしそんなアラガミが居るのであれば、科学者としては失格かもしれないが人類とアラガミが共存できるなんて夢物語的な選択肢もあるかと思ったんだけどね」

 

 

 本来であれば大を殺して小を活かすなどもっての外と切り捨てられるははずの内容。

 それが実行できたとして、仮に生き残った人類が今後出来る事は今現在の時点ではどんな状況に陥るかは神のみぞ知る。

 

 ギリギリのラインを綱渡りで回避してくる事は出来たが、万が一の事を考えれば、足を踏み外した瞬間に人類の歴史が終わる可能性がある。

 最早その前に手を打たなければならない状況が背後まで来ていた。

 でなければ無慈悲なカウントダウンがいつ始まるのかすら予測する事が困難だった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。