神を喰らいし者と影   作:無為の極

238 / 278
第222話 意識の回復

 当初は見知らぬ場所だと思っていた北斗はジュリウスと会った事で、ここが漸くどんな場所なのかを理解していた。ここは終末捕喰を相殺した後で移動した場所。北斗の記憶が正しければ、見えない障壁の向こう側である事を唐突に理解していた。

 

 

「北斗。どうやってここに?」

 

「俺も分からん。気が付いたらここに居ただけだ」

 

 そう言いながら北斗はジュリウスと同じ様に、神機の代わりにヴァジュラの牙を短剣代わりに今もなお湧いて出てくるアラガミを屠り続けていた。神機は無くてもこれまでの戦闘経験が北斗を当たり前の様に動かしていく。

 既に数える事をしていないジュリウスにとっても、まさか北斗に会えるとは思ってなかったからなのか、これまで襲い続けてきたアラガミの大群は僅かに波が引いたかの様に収まり出していた。

 

 

「死んだ訳じゃ無いんだが、今は丁度他のミッションで来た人間にブラッドアーツの習得をしてた結果だ」

 

 怪我云々まで話を進めれば、ジュリウスの性格から考えるのであれば態々詳細を言う必要は無かった。だからこそ北斗はそれ以上の事は何も言わないままだった。

 

 

「そうか。で、ブラッドの皆は元気なのか?」

 

「ああ。今はこの螺旋の樹の事で手一杯だがな」

 

 北斗の螺旋の樹の言葉にこれがそう呼ばれている事をジュリウスは理解していた。既に終末捕喰の維持の為にどれほど戦いに身を置いているのかを思うのは既に止めていた。

 元々は自分がラケルの甘言に乗った結果でしかなく、今の現状についてもある意味責任を取っている程度の認識でしかない。しかし、これまで一緒に戦って来た記憶はジュリウスの気持ちを高ぶらせている。不謹慎ながらに北斗との共闘を一人喜んでいた。

 

 ジュリウスの考えはともかく、色々と話したい事は山の様にあるが、一つだけ北斗はジュリウスに確認したい事があった。螺旋の樹の萌芽によるジュリウスの反応が消えている件。まさか本人と話せるとは思ってなかったからなのか、北斗は何気に確認したい事があった。

 

 

「ジュリウス。ここで何か変わった事は無かったか?」

 

「愚問だな。常に変わった事だらけで、比較対象すべきものは何も無い。ただ、時折見た事が無いアラガミを倒す事はあったな」

 

 ジュリウスの言葉に北斗は少しだけ考える素振りを見せていた。ここがアラガミの宝庫だとすれば、当然知っているアラガミばかりでない可能性はある。しかし、お互いが共通した認識があるかと言えば否でしかない。

 それ以上の説明をするだけの時間が無い以上、今はただその事実だけを知るだけに止めていた。

 

 

「今、何とか螺旋の樹を解析しようとしている。俺達もやれる事だけをやる」

 

「そうか」

 

 何かを決意したかの様な言葉にジュリウスはそれ以上の言葉を発するつもりがなかったのか、それ以上会話を続けようともぜす、今はただアラガミに意識を向けて集中していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。では完全にブラッドアーツの習得が出来た訳では無いんだな?」

 

「はい。これは私の個人的な見解ですが、一度覚醒すれば後は問題無いとは言えない様な気がします。もちろん習得できるのが最低限のラインですが、やはり少し習熟させない事には何時もの様な運用は出来ないかと」

 

 リヴィの報告にフェルドマンはそれ以上の事は何も言わなかった。神機に限らずいつでも当たり前の様に使うのはゴッドイーターであれば当然の事。戦いの最中に懸念材料を持たせない為の試運転とばかりに神機とのマッチングをするのは最早当然の行為だった。

 ただでさえリヴィの場合は他人の神機を接合出来る能力があるからなのか、他に比べれば身体にかかる負担は確実に大きい。既に計画が発動しているからなのか、フェルドマンの視線は現在の進捗状況を公表しているディスプレイにだけ視線を向けていた。

 

 

「そうか…で、ブラッドの隊長の様子はどうなんだ?」

 

「今はまだ意識が戻っていないとの事です。榊支部長の話ではここ数日の間に意識が回復するのではとの予測が立っている様です」

 

「では意識が戻り次第、当初の計画を実施しよう」 

                

「了解しました」 

                               

 改めて報告報告した内容にフェルドマンの表情が崩れる事は無かった。

 既にこれまでの概要は上がっているからこそ質問として聞いている。だからこそ冷静に計画を遂行できるのかもしれない。そんな考えがリヴィを過っていた。

 

 

「ところで、神機の適合具合はどうなっている?」

 

「今の所は順調に進んでいます。現時点で考えれらる不測の事態に発展する可能性は限りなく低いかと」

 

 これで話は終わりだと思う頃だった。唐突に聞かれたのはリヴィ自身の現状。ジュリウスの神機に適合した当初に言われたのは精々が無理はするな程度だった内容が、気が付けば現状に伴う質問にリヴィは少しだけ訝しく感じていた。

 

 

「そうか……安定剤は問題くなく機能しているのであれば心配はしないが、今回の様なイレギュラーな面が今後も無い事も否定出来ない。以前にも言ったとは思うが無理はするな。ここは本部や他の支部とは違う」

 

「了解しました。まだ私はやるべき事が有りますので、これで失礼します」

 

 会議室から出た所でリヴィは先ほどの会話の内容に意味が見いだせなかった。既に神機が適合している事は勿論の事だが、ブラッドアーツの習得に関しても先ほど報告したばかり。これまでであればそれ以上の話が出る事は毛頭無かったが、今回は珍しい質問に未だ戸惑っていた。

 フェルドマンとの話はこれで終わりだが、この後は榊と紫藤とで未確認のアラガミの内容の確認が待っている。既に極東では当たり前の内容でもある新種の解析は世界中でも群を抜いていた。

 これまでも他の地域で新種が出た事は度々あったが、その後の経過報告に関しては極東から更新されるデータの方が格段に精密な内容になっている事が圧倒的に多かった。上層部はその辺りの事を何も分かっていないが、現場からすればその更新内容は衝撃的な物となる。それが分かっているからこそリヴィは支部長室へと足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗のおかげでこっちの方は少し落ち着いた様だ」

 

 未だ螺旋の樹内部の状況は分からないままではあったが、北斗は久しぶりのジュリウスとの共闘に懐かしさを感じていた。突然の離脱から今に至るまでに何も感情が無いと言えば嘘になる。しかし、当時の状況下でまともな判断を下す事が出来たかと言えば、答えは否であるのは間違い無い。

 言いたい事は色々とあったが、少しの共闘でお互いを理解した様な気持ちだけがそこに存在していた。

 

 

「そうか……なぜここに俺が来ているかは分からないが、さっき言った通りだ。今はこの螺旋の樹の調査を開始した所だが、今後の進捗状況ではまた何かが分かるかもしれない。俺だけじゃなく、他の皆もジュリウスと会いたいと願っているのは間違いない。だからそれまではここを頼む」

 

 北斗の言葉にジュリウスの表情は僅かに驚きに染まる。しかし、この状況を願ったのはジュリウスであるからこそ今に至る。北斗もあの時の別れの間際の事は覚えているはず。だからこそジュリウスはそれ以上の言葉を言うつもりは無かったのか、しばし沈黙が続いていた。

 このままここで戦うのも悪くはないのかもしれない。そう北斗は思い始めた頃だった。これまで実体化していた自身の身体がゆっくりと透明になり出だしている。これが何を意味するのかは分からないが、何となく元の世界に戻ろうとしている事だけが唐突に理解出来ていた。

 

 

「そうだな……期待せずに待つ事にしよう。くれぐれも無理はするな」

 

「言ってろ。必ずそっちに行くからな」

 

 北斗の最後の言葉がジュリウスに届いたかは分からない。今分かるのはジュリスはボロボロになりながらも終末捕喰を食い止めている事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ程の時間が経過したのか分からないが北斗は唐突に目覚めていた。天井の白さから察するに医務室である事は分かる。先ほどまでジュリスと共闘しながら会話していたのは夢なのか現実なのか。北斗はただぼんやりとそれだけを考えていた。気が付けばいくつかのセンサーが北斗の身体取り付けられているのか、先ほどからアラームだけが鳴っている。それが何を意味するのかを理解するまでに然程時間は必要としなかった。

 

 

「北斗!大丈夫ですか!」

 

 突如として医務室に響く声はシエルの物だった。突然アラームが鳴った事を察知したのか僅かにシエルの息が弾んでいる。余程急いで来た事だけが北斗に分かった事だった。

 

 

「ただいま」

 

「ただいまじゃありません!」

 

 目覚めた北斗にシエルは勢いよく抱き付いていた。以前にもこんな事があったと思いながらもどれ程の時間が経過したのかが全く分からない。本来であればシエルに聞きたかったが、生憎とシエルに聞けるような状況では無いと早々に判断したのか、北斗は今の現状をただ甘んじていた。

 

 

「あのさ……」

 

 どれほど時間が経過したのかは分からないが、このまま成すがままなのも拙いと判断したのか北斗は改めてシエルを引き剥がし、今の状況を確認すべく改めて顔を見ていた。

 

 

「…すみません。ちょっと気が動転してたので」

 

 シエルの頬は赤く、目元には僅かに涙の痕が残っていた。普段のシエルからは想像する事は出来ないが、今の状況から考えると時間はかなり経過している様にも思える。

 聞きたい事は色々とあったが、現在の状況確認が先決だと改めてシエルに問いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまだ推測の段階なんだが、君の『喚起』の能力とジュリウス君の神機、そしてリヴィ君のブラッドアーツ習得が絡み合った感応現象じゃないかな。あくまでもこれは我々の推測でしかないのが前提だけどね」

 

 北斗が目覚めた事実は直ぐに榊の下にも伝わっていた。意識が回復しない事にはそこからの作戦は何一つ進む事がなく、現状では螺旋の樹の外縁部の調査に留まっていた。

 以前に崩落した空洞についても今は調査の対象となっているからなのか、頻繁に行われていた。

 

 

「感応…現象…ですか…」

 

「以前に君達とユノ君がフライアでやったあれだよ。実際に感応現象に関してはある程度の研究は進んでいるんだけど、確固たる有用性については未だ解明中でね。この件に関しては情報管理局とは共通認識になるんだが、今回のそれも君達の言う所の血の目覚めだと推測している」

 

 目覚めた事によって既に一通りの検査が完了する頃、榊に言われた言葉がそれだった。感応現象についての認識は事実上無いに等しく、ただでさえやる事が多い日常の中で新たに知っておくべき事実が多すぎた事から、北斗の中では他に任せれば良いだろう程度の認識でしかなかった。

 

 

「榊博士。それ以上の事を言えば北斗は混乱します。詳しい事は改めてで良いのでは」

 

「そうだね。またその辺りの話は後日にしよう。君が目覚めた事は既にフェルドマン局長には伝えてある。君は5日間眠っていたんだ。本調子にする為にも一先ずは様子を見てから作戦は再開される事になるよ」

 

 まさか5日間も眠っていたと思ってもなかったのか、北斗は少し驚きはしたが、冷静に考えればそれだけの日数を意識不明のまま過ごしたのであればシエルのあの顔もうなずける。皆には迷惑をかけた事だけは詫びようと一人考えていた。

 

 

「そっか……ジュリウスはあの螺旋の樹の中で今も戦ってるんだね」

 

「って事は一刻も早く何とかしたいものだな」

 

 北斗の意識が回復した事はすぐさまナナとギルにも伝えられていた。5日間の空白は北斗が予想以上に衝撃をもたらす部分があったのか、情報管理局が来る前の様な雰囲気が漂っていた。回復した当初はブラッドだけでなく色んな人間からも話を聞かされはしたものの、やはり作戦群が何も進まない事からこれまでの様なギスギスした雰囲気は過去の物へとなっていた。そんな中でナナの提案で食事会を提案された際に何気に言った言葉が全員を驚かす結果となっていた。

 

 

「でも、暫くは今までの様なミッションをこなす訳には行かないそうです。5日間とは言えずっと寝たきりだったのは間違いないですから」

 

「そうそう。無理は禁物だよ」

 

 シエルの言葉に誰もが頷くかの様に同意していた。実際に北斗が居なかった事によって以前の様にブラッド単体の任務は事実上無くなっただけでなく、これまでの様に混成部隊として討伐任務に出ている。

 現時点では北斗の意識が回復した事は良い事ではあるが、今後の事を勘案すれば、すぐに現場復帰と行かない事実がそこには存在していた。

 

 

「そう言えば、例のアラガミってどうなったんだ?」

 

「あのアラガミでしたら極東支部から全支部に対し『クロムガウェイン』の名称で登録はされました。ただ、現状は螺旋の樹の周辺と言うよりは、あのミッションで見ただけなので正式ではなく仮と言った形で登録されています」

 

 北斗が気になったあのアラガミはこれまでのアラガミの中でも厄介な部類に入ってる事だけだった。以前にクレイドルが対峙したマガツキュウビ程では無いにしろ、一気に距離を詰める速度と攻撃能力はこれまでのアラガミとは一線を引く強さでもある。

 攻撃を受けた所までは記憶にはあるが、その後の事は何一つ分からない。命がある時点で討伐が出来ている事は理解できるが、それ以上の事は何一つ分からないままだった。

 

 

「詳しい事はリヴィちゃんがやってたよ。でも後で聞いたら止めをさしたのは無明さんとリンドウさんとエイジさんだって」

 

 ナナの言葉に当時の状況が徐々に思い出される。記憶は曖昧ではあるが、意識を手放す直前に3本の剣閃をぼんやりと見た記憶があったものの、それ以上の事になると何も分からない。いくら止めをさすとは言ってもあのアラガミを一瞬にして屠る実力は流石だとしか言えないでいた。

 未だ3人の力と比べれば自分はまだまだだと思うのは無理も無かった。

 

 

「あ~北斗。まさかとは思うけど、これを気に一人で訓練しようとか思ってないよね?」

 

「え、い、いやそんな事は……」

 

 何かを察知したのかナナの言葉に北斗はそれ以上何も言えなかった。教導メニューをこなそうと思っていたのは紛れも無い事実。ましてやここ数日はミッションに出る事を禁じられている以上、今は何もする事が出来ないのであれば教導メニューは勘を取り戻す為の格好の身体慣らしでしかなかった。

 そんな北斗の思惑が見透かされたのか、表情に出ていたのがシエルにも伝わったのか、視線がどこか冷たくなっていた。

 

 

「少し位は良いだろ?」

 

「ダメです。少しは大人しくしてください」

 

まるで同調したかの様にシエルとナナの声はラウンジの中に響いていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。