神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第220話 捜索と激闘

 景色が僅かに見えなくなっている距離にアラガミの気配がハッキリと感じられる。アナグラに設置されたレーダーは無いが、まるで隠すつもりが無いのか、僅かに聞こえる荒々しい息遣いが明らかにこちらに意識を向けている様にも思えていた。

 視界不良の中ではそれが小型種なのか大型種なのかすら判断は出来ない。しかし、これまでに感じた事の無いそれが確実に大型種である事を理解させていた。

 

 

「来るぞ!」

 

 北斗の声と同時にその場から大きく跳躍する事で、その場から一気に離脱していた。先ほどまでいた場所には見えない何かが斬り裂いた様な痕跡だけが残されている。原理は不明だが、確実にこちらに向けて放たれた攻撃が、2人の警戒度を最大にまで引き上げていた。

 

 

「リヴィ、多分新種だ。あんな攻撃は今まで見た事が無い。気を付けろ!」

 

 北斗の言葉が正しければ、この螺旋の樹周辺に生息している可能性が極めて高い。これまでにも色んなアラガミと対峙したであろう北斗でさえも見た事が無い攻撃はその可能性だけを示していた。

 既に臨戦態勢に入ったこの状況下では如何にして生き残るかを優先させていた。ゆっくりと姿を見せたアラガミはやはり北斗の言葉通り、これまでに見た事が無いアラガミ。4本足の姿に、まるで全ての物を斬り裂くかの様な大きな爪を持った腕が肩口から生えている。まるで威嚇するかの様にその爪のある腕からはゆっくりと鋭利な刃物の様な物が生えていた。

 既に獲物を見つけたかの様な表情をしたアラガミは改めてゆっくりとその全貌を表す。

 これから攻撃を開始すると宣言するかの様な状況に2人は改めて警戒していた。

 

 

「ここまで早いか!」

 

 ゆっくりと姿を現したかと思った瞬間の出来事だった。先ほどまでそこに居たはずのアラガミは突如として速度を上げリヴィへと襲い掛かっていた。触れる物全てを斬り裂く様な刃は間一髪の所で防がれている。以前にナオヤとの教導を受けていなければ、その一撃でリヴィの命は散っていた。

 

 

「大丈夫か!」

 

「私なら問題ない。それよりもこいつは移動の速度が普通じゃない。距離があるからと油断するな」

 

 半ば無意識に近い状況で盾を展開出来たのは僥倖だった。教導の一撃同様に、無意識下での一撃が表す結果は厄介の一言だけだった。

 危険なのは爪と刃だけではない。まるでネコ科の動物の様に跳ねる動きは、狙いを定める暇すら与えられない。しなやかに動く身体は瞬間の行動を可能にする程に発達している。先ほどの一撃は除外したとしても、今後はこのアラガミを捉える事が可能なのかと疑いたくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも良かったのか?フェルドマンに実際の姿を見られたとなれば何かとヤバくないか?」

 

 無明達捜索チームは北斗達を最後に見た場所へと近づいていた。未だどんな状況下にあるのかは通信が届かない以上、想像する事しか出来ない。既に時間がそれなりに経過している点からも2人の安否の確認が出来ない以上、一刻も早い発見が要求されていた。

 

 

「その件なら問題ない。特に隠していた訳でもない。この状況だと向こうも今回の件に関しては特別な事は出来ないだろう」

 

「しかし、態々行動に移さなくても」

 

 無明が未だ現役で行動しているとなれば何かと拙いと判断したのか、リンドウとエイジは今後の可能性を心配していた。ここに来るまでにも何度か小型種や中型種とは遭遇したものの、現時点で考える事が出来る最強のメンバーが一刀の元に斬り伏せている。

 捜索に同行したシエルはただ見ている事しか出来なかった。

 

 

「お前達が心配した所で、既に現実が変わる事は無い。シエル、確か崩落した場所はこの辺りだったな?」

 

「はい。場所的にはそろそろだとは思うんですが……この先にアラガミの反応があります。警戒して下さい」

 

 シエルの『直覚』の能力が警鐘を促しているのか、この先に居るであろうアラガミの反応に3人は少しだけ視線を動かしていた。本来であればシエルの言葉に全員が改めて警戒しているが、この3人はそんな気配が微塵も無い。既に察知していると思える程の行動にシエルはただ驚くだけだった。

 少し先の視界には映るのは、今回の崩落を招いたはずの神機兵の姿。あれさえ無ければとの思いがシエルの思考を濁らせていく。その気配を察したのか、無明は少しだけ落ち着かせる様にシエルに話かけていた。

 

 

「シエル。何を思っているかは知らんが、濁った思考は時に大きな失敗を招く可能性がある。今は少しだけ落ち着け。以前に指導された教官がそう言ってなかったか?」

 

 何気に話した言葉にシエルは僅かに思考が切り替わっていた。まだフライアに来る前に受けた暗殺術の指導教官と同じ言葉が脳裏に浮かぶ。まさかとは思うも、今はただ先ほどの思考を脳の片隅へとおいやり視界に移る神機兵を改めて見ている。

 既に気持ちが切り替わったのか、何時ものシエルの表情が浮かんでいた。

 

 

「北斗が大事なのは良い事だが、今は冷静に行動するんだ。お前さんだって元気な状態で会いたいだろ?当時の誰かさんとそっくりだぞ」

 

「リンドウさん、それは今言う必要は何処にもないですよね?」

 

「なんだエイジ?該当する人物に心当たりがあるのか?」

 

 ニヤニヤとするリンドウの言葉にエイジが反応していた。シエルは知らないが、この場面は以前にアリサを救出する場面とよく似ていた。特にシエルの感情が渦巻く所までもが当時とあまり変わりない。リンドウは暗にその事を言ったのか、エイジが反論する言葉の意味がシエルには理解出来なかった。

 

 

 

「お前ら、そろそろ神機兵がこっちに気が付くぞ。いい加減集中するんだ」

 

「まかせておけ。こう見えて暴れる人形を壊すのは得意なんだ」

 

「リンドウさん。それ自慢にもなってませんよ」

 

 無明の言葉にリンドウは神機兵に視線を向ける。既にお互いの認識が完了したのか、神機兵はこちらに向けて全力で走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭上でリンドウ達が交戦する頃、地下では北斗とリヴィが未だ新種と交戦状態が続いていた。厄介な動きだけでなく、時折爪の先の刃から飛ぶ斬撃は距離を離しても気を抜く事すら許されない。

 素早い行動と同時に繰り出される攻撃は2人を翻弄し続けていた。

 

 

「リヴィ、焦るな!今は確実に回避しながら様子を見る事が先決だ」

 

 北斗の声が飛ぶのは無理も無かった。新種のアラガミはどこかマルドゥークやガルムを思わせる様に、飛び跳ねながら攻撃を仕掛けてくる。まともに当たった攻撃は一度もなく、これまでの攻撃パターンを見切ったとばかりに近寄った瞬間、カウンターめいた攻撃にリヴィは弾き飛ばされていた。

 

 

「しかし、このままだとジリ貧なのは間違い無い。相手は分からないが、こっちには時間の制限もある」

 

「だからと言って特攻なんて愚の骨頂だ」

 

 素早い動きをし続けるアラガミに対し、未だ有効打が入らない2人には徐々に苛立ちと共にストレスが溜まり出していた。

 こちらの状況を見れば盾の表面は既にズタズタになり、自分達の来ている服も所々が斬り裂かれた様になっている。通常の攻撃と遠距離に斬撃を飛ばすモーションが同じ為に、一度は攻撃を受けるか躱すかを悩んだが、今ではどっちを選ぶかを完全に選択してから行動を起こした結果でもあった。

 本来であれば、シエルが居れば一発当てる事でこちらの流れに持って行く事も考える事ができたが、生憎と今の装備は北斗はショットガン、リヴィはアサルトとなっている為に射程距離が完全に不足しているだけでなく、いくらブラッドアーツを習得していたからと言って、射撃の能力が向上する事は無い。

 これまでも自身の訓練は専ら刀身に関する近接攻撃に特化している事を自身が一番理解している。既に射撃の事を諦めたのか、ここ最近の北斗の神機の使用率はダントツで刀身のみの使用が多かった。

 

 

「仕方ない。だったらどうする?」

 

「リヴィは援護してくれ。その間に俺が距離を詰めて何とかする」

 

 一か所に落ち着く事が出来ないとばかりにアラガミは2人に襲い掛かる。既に相手になるではなく、単に餌としてか見ていないのか、表情が無いと思われるアラガミがどこか下碑と笑みを浮かべている様にも見えていた。

 

 

「行くぞ!」

 

 北斗の言葉と同時にリヴィは援護射撃を開始していた。これまでの行動からすれば、全弾が命中する可能性は極めて低く、あくまでも北斗が言う様に援護に留めていた。一方の北斗は直線的に走るのではなく、ジグザグに進む事で狙いを絞らせない様に距離を詰める。

 援護射撃の恩恵なのか、手前1メートルまで接近していた。本来であればこのまま一撃を与える事が正解なのかもしれない。しかし、近づけば付かづく程に嫌な感覚が蘇る。背筋に走る悪寒なのか、それとも第六感なのか、北斗はそのまま攻撃をする直前に急停止していた。

 

 

「リヴィ!」

 

 北斗の叫び声と同時にリヴィは思わずアラガミに向かって走っていた。理屈は分からないが、何となくこれがチャンスに繋がると唐突に理解する。北斗は言葉と同時に急停止した瞬間だった。

 これまでにも見た攻撃が大きな隙を呼んでいた。アラガミはカウンターとばかりに回転しながら上空へと跳躍している。この瞬間北斗は自身の勘に助けられたと同時に多大なチャンスをモノにした事を理解していた。如何にアラガミとは言え、翼がある訳では無い。

 大きく跳躍したあとはただ降りて行くのをジッとしている以外に手だては無かった。

 

 

「北斗、ここだ!」

 

 アラガミに近づくと同時にリヴィは捕喰形態へと変化させていた。どれ程の威力を発揮するかは分からないが、通常時よりもバースト時の方が攻撃力は格段に上昇する。

 今ならノーリスクで捕喰出来るからと既にジュリウスの神機は大きな黒い咢を開けていた。アラガミの後ろ足に黒い咢はガッチリと喰らい付く。既に何度も経験したその感触と同時に、アラガミの生体エネルギーはリヴィの全身へと走り出す。アラガミが着地する寸前、リヴィの戦闘態勢は既に整っていた。

 

 

「うぉおおおおおお!」

 

 リヴィの咆哮の様な叫び声はこれまでの様な状況とは一転し、荒々しい物へと変化していた。これまでであれば常に冷静に相手を見ながら攻撃を繰り返す戦闘スタイルから、まるで別人が乗り移ったかの様に荒々しい物へと変化しただけでなく、北斗は僅かながらにリヴィを取り巻く偏食因子が周囲を巻き込んでいるかの様にも見えていた。

 自身が初めて経験した光景。恐らくは無意識だと思われるそれは正にブラッドアーツの目覚めでもあった。ジュリウスの神機は赤黒い光を纏いながらアラガミの右の爪の部分を破壊している。未だ気が付いていないそれはまだ光を帯びたまま。このまま一気に決着が付くかと思われた瞬間だった。

 

 

「リヴィ!回避しろ!」

 

 最接近したリヴィは気が付いていなかったが、少しだけ距離をとっていたいた北斗は冷静にその姿を見ていた。右の爪は確かに破壊されたが、それと同時にリヴィの身体は目の前で無防備な状態を晒している。現時点でそれに気が付いていたのは北斗だけだった。

 言葉と同時にリヴィの下へと走り出す。既にリヴィの身体でアラガミの表情を見る事は出来なかったが、そんな事を確認する前に北斗は全力で走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう…して……」

 

 無防備な状態に気が付いたのは北斗だけは無かった。またアラガミも肉を切らせて骨を断つかの如く、左の爪でリヴィの胴体を斬り裂くべく横なぎに爪を払おうとしていた。

 時すでに遅し。リヴィが気が付いたのは既にアラガミの左の爪が胴体に向かって迫る直前の事だった。時間にしてどれ程だったのか、リヴィは思わず目を瞑っていた。本来であれば胴体を真っ二つにされるはずの攻撃が届く事は無く、僅かに目を開ければ北斗の脇腹に爪が深々と突き刺さっている。

 僅かな瞬間を北斗が活かしきれた事で凶刃がリヴィに届く事は無かった。

 

 

「北斗!」

 

 突き刺さった爪で僅かにアラガミに隙が生まれるその瞬間だった。遠距離からの射撃の轟音がアラガミの顔面に着弾すると同時に、3本の剣閃がアラガミへと襲い掛かる。捜索に来ていた無明達がこの地に駆け付けた事による結果だった。

 既にアラガミは後ろ足だけでなく首から先と大きな右の爪は斬り裂かれている。時間にして僅か数秒の出来事だった。

 

 

「北斗!大丈夫ですか!」

 

 シエルの言葉に北斗の表情が動く事は無い。既に先ほどの一撃が致命傷となっているのか、顔色は青く赤みが差す事は無かった。何気に触ったはずの制服から感じるぬめりに違和感を感じたのか、北斗の脇腹を見れば夥しい血液が制服を濡らしていた。

 

 

 

「無明!」

 

「エイジ、例のキットだ」

 

 リンドウの言葉に無明が素早くエイジから応急キットを取り出していく。時間はまだ然程経過した訳では無いが、出血量は予想を超えている。このままであれば北斗の命の炎が消えるのは時間の問題となっていた。

 

 

「兄様、これを」

 

 エイジから渡されたキットを取り出すと、無明は直ぐに首筋に薬剤を打ち込んでいく。少しだけ緑がかった液体は注射針を通して一気に北斗の体内へと注入されていた。

 

 

「一命はこれで何とか保てるが、ここは一旦アナグラに戻るのが先決だ。既に時間も怪しくなっている。リヴィとか言ったな。後でこのアラガミの事を聞かせて貰う」

 

「無明。念のためコアの剥離も終わったぞ」

 

 薬剤が効いたのか、北斗の表情から険しさが消えている。薬剤の麻酔成分の効果もあったのか、今の北斗は僅かに穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

「一旦、このまま帰還するぞ」

 

「あの、無明さん。出来れば北斗は私が背負って行きたいんですが、宜しいですか?」

 

「そうは構わん。そろそろヘリが来るはずだ。周囲の警戒を怠るな」

 

 元々捜索に来ていただけでなく、万が一の事もあったからなのか、持って来た道具の内容にリヴィだけでなく北斗を背負ったシエルも少しだけ驚いていた。

 これまで行方不明になった神機使いの捜索と言えば、基本的には神機の回収がメインなだけで、その使用者の事は二の次になっている事が多かった。しかし、今回のケースは今後予見される作戦の事だけでなく、今ならまだ間に合うと判断し、生きながらえる方法を選択している様にも見えていた。

 結果的にはその選択肢が正しい物だからこそ北斗は一命ととりとめていた。

 既に無明が手配していたのか、ヘリのローター音だけが周囲に鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 


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