神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第218話 リヴィ

 

「既にジュリウスの神機との適合率はそれなりになっているかと思うが、ブラッドアーツの取得の方はどうなっている?」

 

 螺旋の樹に侵入する為のキーとなるジュリウスの神機を適合させてから数日が経過していた。これまでの様な技術的な話であればどうにでもなるものの、ブラッドアーツと言った未知への取り組みに関しては一向に進む気配が無かった。

 螺旋の樹の侵入には不可欠な事はリヴィ自身も理解しているものの、未だハッキリとしない状況に、内心焦りが生まれつつあった。

 

 

「適合率そのものは当初に比べれば格段に良好です。ただ……ブラッドアーツの取得に関しては未だ分かりません」

 

「そうか。時にブラッドアーツとはどんな物だと推測している?」

 

「私の見解としては恐らくは第二世代に起こる感応現象をもっと具体化した様な物ではないかと思います。これまでに何度かミッションに出た際に見た限りではその様な物かと」

 

 これまでにリヴィは北斗と何度か合同ミッションに出向いていた。本来であれば数回のミッションに出れば何かしらのヒントを得る事が出来るかと思われていたが、北斗は色んな意味でリヴィの期待を裏切っていた。

 最大の要因は北斗自身があまりブラッドアーツに頼った戦いをしていなかった事だった。少し前まではブラッドアーツを多用する場面が見受けられていたが、エイジとの教導

の結果、ブラッドアーツだけに頼る戦いは自身の油断を招く可能性があるだけでなく、万が一に際にはその隙を狙われる可能性が高いからと無意識の内に封印していた。

 もちろん全く使わない訳では無かったが、やはり同じ様な理由で使うのは僅かな瞬間のみに留まっていた。

 

 

「こんな事を言うのは今更かもしれんが、今回の作戦にはそのブラッドアーツの取得が最大の要因となっている。焦らずにと言いたい所だが、現時点では何も分からないのであれば取得に関しては慎重にやってくれ」

 

「了解しました」

 

 リヴィとの問答にフェルドマンはやはりかと言った表情を浮かべていた。既にブラッドがP66偏食因子がもたらした結果である事は本部としても把握しているが、肝心の血に纏わる能力に関しては未だブラックボックスの中だった。

 事前にに確認した際に実姉でもあるレア・クラウディウスも何かを知っていると考えたものの、査問委員会での書状を確認してもレア自身は神機兵の開発がメインだった事からも、そのは事実は把握しきれていなかった。

 幾らデータを探しても疑惑をもたらす物証そのものが発見されない以上、この段階からは打つ手がどこにも存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではすまないが、改めて宜しく頼む」

 

 螺旋の樹の外縁部の探索は既に佳境を迎えつつあった。いくら周囲を探索しても、以前の様に内部に入り込む様な隙間は既に無くなっているのか、侵入の経路が見つかる事は無かった。

 既に螺旋の樹が暴走してからそれなりに時間が経過している。本来の計画であれば早急にブラッドアーツを習得し、一刻も早い内部の調査が要求されているにもかからず、その事前の段階で躓いている以上、今はただ状況は好転するのを待つより無かった。

 以前に話題に出た感情の爆発のよる習得に関しても、それはあくまでも個人の主観でしなかい。しかし、これまでにブラッドがブラッドアーツを習得した条件が同じである以上、無視できる状況でもなかった。

 

 

「じゃあ、今日もブラッドアーツ習得のミッション頑張ろ~」

 

 ナナの掛け声と共に何時もの日常の様なミッションが開始されていた。螺旋の樹の外縁部は一時の様にアラガミを寄せ付けない様な雰囲気は既に消滅していたのか、これまでの他の地域同様にアラガミは湧いて出てくる。

 既に数える事すら億劫になる程のミッションにリヴィも徐々に慣れ始めていた。ブラッドも当初はジュリウスの神機を持つリヴィの姿に戸惑いは生じたものの、戦闘時にはそんな感情は既になく、これまで同様のパフォーマンスを発揮していた。

 

 

「あれ?リヴィちゃんのご飯はそれだけ?」

 

「ああ。卵は高タンパクの食材だ。もちろんこれだけではないが、やはり食事は重要なエネルギーの摂取だ。効率を求めるのであれば当然だろう」

 

「ええ~。確かに間違ってないかもそれないけど、それだけってのはどうかな~」

 

 既に時間が遅いのか、螺旋の樹から見える空は徐々に夕闇を映し出していた。本来であればアナグラに帰還するのが基本ではあるが、今回は時間の問題だけでなく、一刻も早いブラッドアーツの習得も至上命題となっている事から外部でのキャンプを余儀なくされていた。

 既に手慣れているのか北斗とギルは宿泊の設営をし、ナナとシエルは食事の準備に取り掛かる。余りにも手慣れたその行動にリヴィはただ見ている事しか出来なかった。

 そうこう言いながらも準備は着々と進んで行く。食事が出来上がった頃、不意にナナが気が付いたのがキッカケだった。

 

 

「まるで、ブラッドに来た頃の誰かさんみたいだな」

 

「ギル。それは誰の事を言ってるんでしょうか?内容によっては説明を求めますが?」

 

「誰とは言ってないが、何か心当たりがあるのかシエル?」

 

「誰もシエルの事だなんて言ってない」

 

「北斗までそんな事を言うんですか?」

 

「まあまあシエルちゃん。今は楽しく食べなきゃ。明日もあるんだし」

 

 ギルがぼかした言葉に北斗がまともに返答を返す。既に慣れた環境なのか言葉とは裏腹に笑顔が溢れている。いつもの光景ではあるものの、そんな部分を目の当たりにしたのかリヴィは少しだけ羨ましいと思えていた。

 自分がミッションに出向いた際に、果たしてこんな環境がこれまでにあったのだろうか?自問自答するも幾ら記憶を遡ってもこんなケースは一度も無い。そんな光景が今のリヴィには眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……夢なのか?」

 

 リヴィは周囲には何もない草原の中で一人佇んでいた。

 先ほどまでは全員で野営をしていたはず。突然の環境の変化はそれが夢である事を表していた。周囲に遮蔽物は何もなく、目の前には腕輪が暴走したのか、一人のゴッドイーターがうずくまっていた。

 極東に来る直前にあった様な光景はどこか現実離れしていた。気が付けば自分の手には専用の神機が握られている。目の前の抹殺対象を一刻も早く処分しなければ今度は自分の命が危うくなる。これまで同様にやるべき事は一つだけだった。

 

 死神の様な大きな鎌で一撃の下にゴッドイーターの命を散らす。これまでに散々やってきたはずの任務にも関わらず、まるで身体が拒否しているのか動かす事すらおぼつかない。夢の割にはあまりにもリアルすぎたのか、いくら動けと脳から信号を送っても、肝心の身体は拒否したまま動こうとはしなかった。

 

 

「幾ら夢とは言え、これも任務だ。悪く思うな」

 

 呟いた声は誰も拾う事は無い。改めて握り直した神機を背後から斬りつける様に大きく構える。この一撃でこのゴッドイーターが楽になれると確信しながらも、それでも尚、身体は言う事を聞く事はなかった。

 

 

「貴様はもう用済みだ」

 

 低く響く声と共に漆黒の刃が背中から飛び出る。その瞬間、ゴッドイーターだった物はただの肉片へと変化していた。一撃でそれを屠ったのは以前に見た仮面の男ではなくもう一人の自分自身だった。

 

 

「嫌だ!私はまだやれる!」

 

 リヴィは一気に覚醒したのか上体を起こし周囲を見ると、隣にはナナとシエルが眠っていた。既にどれ程の時間が経過したのか分からないが、今のリヴィにはどうでも良かった。先ほどの光景が夢であったと同時に、以前に対峙した仮面の男の光景が自分と重なっていると感じたのか、リヴィは嫌な汗をかいていた。

 悪夢とも取れる内容に再び眠気を呼ぶ事は無い。携行した水を口に含むと同時に大きく深呼吸をする。このまま眠ればまた同じ夢を見ると考えたのか、少しばかり外の空気を吸いに外へと動いていた。下弦の月がうっすらとし始めている。既に夜明けが近いのか、どこか空気はヒンヤリとしていた。

 

 

「随分と早いな」

 

「北斗か。そっちこそどうしてこんなに早く?」

 

 夜明け間近の空を見あげていると、背後から不意に北斗の声が聞こえていた。時間はまだ早朝に近い。振り向けば北斗は既に何かをしていたのか、僅かに息が弾んでいた。

 

 

「俺はいつものルーティンだ。野営をしているといつも以上に気が鋭くなってくるから、少し身体を動かしてほぐしてるんだ」

 

 北斗の言葉は日課だと言わんばかりだったのか、手に握られている木剣は手になじんでいた。ここ最近使われた様な物ではく、まるで人生の一部だと言わんばかりのそれがこれまで培ってきた技術の結果だと物語っていた。

 

 

「そうか。邪魔したな」

 

「いや。もう終わりだったから気にする必要はない」

 

 北斗はそう言いながらリヴィの隣に座り込んでいた。普段のアナグラであれば分からないでもないが、まさかこんなミッションの最中にまでやっている事に驚きながらも、先ほどもまで悪夢に苛まれていたのが嘘の様になっている。

 今回の任務が自分の双肩にかかっていると気負いすぎた結果なのかは不明だが、今は少しだけ穏やかな空気に身を任せたい気持ちがあった。

 

 

「詳しい事は分からないが、ブラッドアーツの習得に関しては正直な所、どうやって良いのか分からない。自分の『喚起』の能力がそうだと言っても、自分で制御出来ないからな。リヴィにも悪いと思ってる」

 

 悩みを見透かされたのか、北斗の言葉にようやくリヴィは先ほどの悪夢の意味が理解出来た様な気がしていた。自分の生い立ちに関しては未だ何も言ってないが、必要とされていたはずが突然飽きたとばかりに捨てられた様な状況になるのではと自分の深層心理の中で感づいた結果だった。

 昨晩の光景に関しても、これまでにリヴィが味わった様な空気ではなく、一つの部隊ではなく家族の様な空気に戸惑っていたのかもしれなかった。、これまでの情報管理局でミッションは内容が内容なだけにどこか殺伐した雰囲気だけでなく、一つのミスすら許されない雰囲気が漂っていた。

 緩む事の無い空気はやがて精神を緩やかに蝕んでいく。これまでのミッションとは正反対のそれがリヴィには羨ましかったのかしれなかった。

 

 

「ブラッドアーツの習得に関してはフェルドマン局長からも無理はするなと言われている。今のままでは計画が進まないのは紛れも無い事実ではあるが、だからと言って後退している訳でもない。北斗は気にせず何時もと同じ様にやってくれればそれで良い」

 

「そうか」

 

 既に時間もそれなりに経過したのか、薄く姿を残した月が消え去ると同時に太陽の光がゆっくりと昇る。既にリヴィの心に巣食った悪夢はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?リヴィちゃんも早いの?」

 

 時間的にはそろそろだと思う頃、まだ誰も起きてこない間に北斗は全員の朝食の準備にとりかかっていた。事前に当番が決まっている以上、やるべき事はただ一つ。コンバットレーションを活かした朝食の匂いにつられたかの様にナナが顔を出していた。

 

 

「ちょっと今日は目覚めが早かったんだ。少しばかりブアッドアーツの取得に関して悩み過ぎたのかもしれん」

 

「そうだね。考えすぎた所で良い事は何も無いしね。北斗、今日は何?」

 

「何もいつもと同じだ。エイジさんと違ってレパートリーなんて無いからな」

 

「そこも少しは頑張ろうよ。偶には違う物も食べたくなる時は無いの?」

 

「善処するよ」

 

 何時もの様な光景がまた戻ってきている。楽天的と言えばそうかもしれないが、ガチガチに緊張するよりはマシだと思った矢先だった。

 遠方でアラガミの気配を感じる。既にその気配に感づいたのは北斗とリヴィだけでは無かった。既に臨戦態勢に入ったのかギルとシエルは既に神機を持って出ていた。

 

 

「何か来る!全員警戒するんだ」

 

 北斗の言葉に先ほどもまでの緩やかな空気が一変する。全員が神機を握る頃、その根源とも言えるアラガミはゆっくりと姿を現していた。

 

 

「シエル!すぐにアナグラに連絡。キャンプ地の設備は後で回収か廃棄。状況に応じて交戦する旨を伝えてくれ!」

 

「了解しました!」

 

「あれは……まさかとは思うが?」

 

 ギルの視界の先にはこれまでに幾度となく見たシルエットが浮かび上がっている。その言葉が更に信憑性を高めていくのか姿は徐々に正確に表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解しました。こちらも逐一確認します。問題は無いかとは思いますが、念には念を入れて下さい」

 

 現地での通信が切れると同時にアナグラでも今後の状況を見ながら計画を推し進めていた。通信の際に聞こえたのは神機兵の襲撃。既に神機兵の製造に関しては無人型の製造は中止されているものの、回収に至る事は無かった。

 最大の要因はラケルの設計した自動制御の回路の設計図が全てダミーだった事だけでなく、当時の証拠すら残されてなかったのか、当時の共同研究者でもある九条ですら知りえない内容だった。

 そんな状況の中で製造された神機兵は自動制御すら出来ないまま放置された所に、赤い雨の影響で半ばアラガミ化していた。

 フェンリルとしては公式見解では全てラケルによる仕業だとしている以上、見つけた物は回収ではなく討伐と言う名の破壊が現状だった。

 

 

「暴走した神機兵がこんな所に大量に居るとは……」

 

 榊の疑問に答える事は誰にも出来ない。既に交戦している以上、今はただその安否を祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 


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