神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第215話 進む時の針

「何だと貴様!我々が情報管理局員だと知っての話なんだろうな!貴様の所属と名前を言え!」

 

 アナグラの空気が悪く成る頃、一人の職員の荒らげた声がロビーの近くで響く。これまでに何度か警告したにも関わらず、一向に改善されない事に業を煮やしたのか、一人のゴッドイーターが言い争っていた。

 

 

「別にそんなつもりじゃない。ただ、螺旋の樹の調査とこれでは意味が違うと言っただけだ!」

 

 アナグラの不穏な空気がこの一言でこれまでの鬱積した感情と共に破裂していた。事前に螺旋の樹の調査についてと聞かされてはいたが、一部の職員からは半ばセクハラめいた言動があっただけでなく、実際には極東の調査をしているのではないのかと思える様な発言が度々出ていた。

 これまでに何度かクレームとして上に上げはしたものの、一向に改善されない事が全ての発端となっていた。

 

 

「どうかしたのか?」

 

 既に言い合いは周囲にまで伝播している。誰も止めようとしないのはある意味当然の事だった。ただでさえ命を削りながら任務に励む所に、追い打ちをかけるかの様な精神の疲弊はリスク以外の何物でもない。既に一人の職員に対し、複数のゴッドイーターが囲んでいる様子はヒバリを通じてすぐにツバキにまで届いていた。

 

 

「貴様の所の神機使いが我々の業務の邪魔をしている。極東支部としてこれに対しどうするつもりだ?」

 

 余程腹に据えかねたのか、局員はツバキに食ってかかる。これまでは水面下で何かをしていた事もあってか、アナグラの雰囲気が悪くなっている事は何となく察していたが、まさかここまでだとは予想していなかった。

 この状況に少しだけツバキは悩んでいた。どちらに正当性があるのかは直ぐに理解出来るが、この状況を改善出来なかった事もまた事実。そんな葛藤の中で、局員はまるで勝ち誇ったかの様な表情を浮かべていた。

 

 

「どうやら本性を現した様だな。フェルドマン、貴様の言葉は局員には浸透してなかったみたいだが、この責任はどう取るつもりだ?」

 

 局員の言質を取ったのか、その場に居たのはフェルドマンと紫藤だった。先ほどの言葉が命令違反だと気が付いたのか、局員は先ほどとは打って変わって真っ青な顔色を浮かべている。

 それがどんな結果をもたらすのかは局員だけでなくその場に居た全員が注目する事になっていた。

 

 

「どうやら我々の規律統制が乱れていた様です。この場をお借りして謝罪したい。それと当該局員に関しては当方で処罰させていただきます」

 

 その言葉と同時にフェルドマンが頭を下げる。事前に螺旋の樹の調査だけと言っていたはずが、人知れず支部の調査紛いの事をしているとなれば、それは重大な違反でしかない。

 仮にこのままうやむやにすればコンプライアンスの面からしても重大な問題を発生させる事になるだけでなく、極東支部に対し大きな貸しを作る事になるのは極めて拙い判断でしかなかった。

 そんな状況を察したからなのか、フェルドマンが頭を下げた事によってその場を収めていた。

 

 

「それについては及ばない。今回の件で支部内を調べていた人間全員を一旦はコンプライアンス違反と同時に服務規程違反として査問委員会で取り調べる事は既に決定している。それと同時に、今後の状況に関して極東支部としては情報の開示が為されない場合、フェンリルの上層部に掛け合う事で今回の件に関しては一旦白紙撤回とさせてもらう」

 

 紫藤の言葉に局員は既に何も言う事が出来なくなっていた。元々フェルドマンのやり方はこれまでに紫藤がやって来た方法に近く、既に裏で手を回した結果なのか上層部の署名が入った指示書まで手元にある。

 いくらフェルドマンが抗弁しようとも、今度は自身が解任される事になる。弥生が少しだけ時間が欲しいと言ったのはこの書類の取得に関しての事だった。

 

 

「改めて今回の件に関して極東支部に対し謝罪したい。今後はこの様な事が無い様に我々も任務に励むつもりだ。これは我々だけの問題ではない。人類がやるべき事である以上、ここに居る神機使いの諸君にも協力してほしいと考えている」

 

 この場を会治めるべくフェルドマンが再び話を始める。この状況下ではいくら命令を出した所で受け入れる事は事実上不可能に近く、また最悪はそのまま自身が放逐される事になる。

 紫藤が出ている以上、確実にそれは実行される。それがフェルドマンの判断した結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~そんな事があったんだ」

 

「その影響なのか、ここも少しだけ状況が改善されたんですよ」

 

 紫藤とフェルドマンのやり取りから数日後、これまで色んな所にいた局員が一斉に視界の中から消え去っていた。既に監視紛いの事をしていた局員は査問会議の結果、重篤な命令違反であると判断された事によって一部の人間は降格、また一部の人間はフェンリルから去る事が決定していた。

 これまでの事を考えればある意味では妥当とも言える結果に、ガス抜きが出来た様な雰囲気が漂っていた。

 

 

「でもさ、螺旋の樹の調査ってこれまでに何度もやってきたんだろ?今さら何か出来るとも思えないんだけどな」

 

 そう言いながらコウタは炭酸が聞いたオレンジジュースを口にしていた。これまでに教導の名目で部隊編成を行っていたものの、ここに来て漸く目途が立った事から少しだけゆとりが出来る様になっていた。

 

 

「その辺りは私も詳しい事は知らないんです。ただ、ヒバリさんからやんわりと聞いただけなので」

 

「いや、マルグリットだってここに居なかったんだろ?それなのに俺よりも知ってるからさ」

 

 ラウンジでは久しぶりにコウタはマルグリットの顔を見ていた。これまでに暫定的にマルグリットを中心とした教導部隊を立ち上げた事によってコウタの負担を少しでも減らす目的で設立されていた。

 本来であれば隊長職に就くのであれば准尉では厳しいものの、ある意味仕方ない部分と情報管理局が介入する前に決めた事もあってか、それについては誰も異を唱える事無く現状が過ぎていた。

 

 

「コウタ隊長が知らなさすぎるんですよ。私だってそれ位の事は聞いてます。それよりもマルグリットさん。コウタ隊長から本格的に脱退して私達で新しい部隊編成の提案を榊博士に出しませんか?」

 

「ちょっ!エリナ。お前何言ってるんだ!俺だって苦労してやってるんだぞ!」

 

「え~そうですか?私も今回はこっちの部隊でしたけど、やっぱりコウタ隊長よりもマルグリットさんの方が動きやすいんですけど」

 

「エリナちゃん、私だってコウタに比べたらまだまだだよ。この前だって危うい所もあったんだし……」

 

 マルグリットの部隊はコウタの部隊とは違い、今後の部隊長候補の教育も同時になされていた。第1部隊としてはコウタがやっているが、万が一クレイドルの任務が入った場合、事実上の隊長をマルグリットが担当する事になる。その結果、試験運用の名目で隊を分割した経緯が存在していた。

 もちろんその中には他のメンバーの部隊長としての適性確認が入っているが、その事実はコウタにしか知らされてなかった。

 

 

「エリナ。隊長のやる事は簡単じゃないんだ。部隊の全員の命を預かる事が最上の適正なんだぞ」

 

「それはそうですけど……でも私はマルグリットさんの方が良いです!」

 

 エリナとてコウタの言葉の意味は知っている。今回の部隊編成の際に、エリナは副隊長としてのポジションに着いた事もあってか、部隊の命を預かる身がどれほどのプレッシャーなのか身を挺にして初めて実感していた。

 自分だけが生き残るではなく部隊全員となれば必然的に視野を広く持つ必要が要求される。事実数回のミッションに出ただけでエリナの精神的な疲労はピークに達していた。

 

 

「コウタ。エリナちゃんだってコウタの事認めてるんだから、少しは大人になったら?」

 

「マルグリットがそう言うなら仕方ないけどさ……」

 

 誰もが気が付いているが、コウタとマルグリットの空気が先ほどとは少しだけ違っていた。既に2人の仲はあと少しの所まで来ているのは知っているが、コウタがヘタレなのか、それとも単純にタイミングの問題なのか、そこから先に進むまでの距離が未だに遠い。

 先ほどのやり取りにしてもエリナとしては何かのキッカケになればと思って発言しただけで、実際にはコウタの事は尊敬している。

 気が付けば2人をくっつける為の工作員としての活動をしただけだった。

 

 

「あの、よかったらこれどうですか?」

 

「頼んでないけど…」

 

 

 この空気にいたたまれなくなったのか、ムツミがコウタとマルグリットの前にチーズケーキを出していた。ムツミはこの関係が良く分かって無い様にも見えるが、実際にラウンジでヒバリとリッカが話してる内容は嫌でも聞こえて来る。

 年齢的にはまだまだだが、女子として関心が無い訳では無い。そのせいか、既に耳年増な部分があった。

 

「これはお疲れ様って事でのサービスです」

 

「え?マジで!サンキュー!ムツミちゃん!」

 

 目の前のコウタは未だその事実に気が付いていないのか、出されたチーズケーキを口に入れる。ここ最近、ゆっくりと話す事が出来なかった事がまるで嘘だったかの様な雰囲気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなの……じゃあ、暫くはここに居るのね」

 

「そうね。今回の件では随分と紫藤博士に尽力を尽くしてもらっただけじゃなくて、本部でのやりとりもフォローしてくれたのもあるから」

 

 少しだけ喧噪が去ったラウンジに2人の女性の声が聞こえてきた。一人は弥生である事は直ぐに分かったが、もう一人の声はここでは聞き覚えがあまり無い声。背後からの声にコウタだけでなく、横に座っていたマルグリットも思わ振り向いていた。

 

 

「あれ?弥生さん。その人って……」

 

「あらコウタ君とマルグリットちゃんじゃない。隣に居るのは友人のレアよ。今回のミッションでは結構重要な任務を負ってるから、今回はその兼ね合いでここに来てるのよ」

 

 2人には何となく程度の認識しかなかった。弥生の隣に居たのは以前にここで保護したはずのレア・クラウディウス。

 今回の件で問題を起こしたラケル・クラウディウスの実姉でもあり、フライアの責任者でもある彼女は終末捕喰の事件以降、本部で査問委員会にかけられた事だけはコウタも何となく知っていた。しかし、ここを離れれば既にそれは過去の話でしかない。

 以前に保護した際には少しだけコウタも見ていたが、既に当時の様な雰囲気は微塵もなく、今は明るい表情とその美貌に少しだけコウタは目が離せないでいた。

 

 

「ちょっとコウタ。ジロジロ見るのは失礼だよ」

 

「イデッ。なんだよ」

 

「なんでも」

 

 コウタの視線が動かなかった事に苛立ちを覚えたのか、マルグリットはコウタの脇腹を抓ると、まるで拗ねた様に違う方向を見ている。既に2人の事は周りからも聞いていた弥生は微笑ましい雰囲気である事を確認しながらも、隣にいるレアから今後の状況を確認すべく何かと話を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……どうやら今回は本当に本部として本腰を入れてきた訳か」

 

「レアは今回の立場は有人型神機兵の責任者としての立場だとも聞いています。実際にはアラガミの討伐ではなく、巨大装置設置の際に運搬する事がメインだと」

 

 弥生はレアからの話を確認すると同時に、これまでの顛末を無明に報告していた。本来であれば気にする必要性は何処にも無いが、これまでの事を考えればどうしても慎重にならざるを得ないと判断したのか、逐一報告を聞いていた。

 既に局員を解任に追い込んだ時点で何らかのアクションがあるかとも予想されたが、フェルドマンの動向からはそんな可能性は無く、今なお螺旋の樹の外部調査に余念がないまま時間が経過している。

 屋敷に対して何かしらの介入が無いのであれば、それ以上の調査は不要なのかと思われていた。

 

 

「そうか。そう言えば例のフライアの調査の件だが、何か進展はあったか?」

 

「いえ。フランに依頼してますが、今の所は特に何も見つかって無いようです。ただ、いくつかの端末にはロックがかかっていますのでその解析をするのであれば、まとまった時間が必要不可欠だとは聞いています」

 

 以前に依頼された件に関してフランは時間の調整をする事で少しづつこれまでの検証を密かに依頼されていた。幸か不幸か情報管理局が来てからはフライアの出入りは可能になったものの、肝心のラケルの端末を調べようとするにはそれなりの時間が必要とされていた。

 現時点でフライアの一部は螺旋の樹の浸食を受けているものの、完全に隔離されている事から一部の局員は何かと出入りしている最中の調査には素人フランからすれば困難なミッションだとも言えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。それでは各員準備をそのまま続けてくれ」

 

 一部の職員を放逐した事でアナグラの空気が多少なりとも和らいだのか、以前の様な閉塞感は成りを潜めていた。未だ情報が極東支部には降りてくる事は少ないものの、それでも息苦しさかの解放が功を奏したのか、当初の計画通りに事は進んでいた。

 既に準備された巨大装置は神機兵を使う事により、困難だと思われた運搬がスムーズに進んでいく。事前に調査された場所に目途が立ったのか、合計で6個の巨大装置の設置とモニタリングが完了していた。

 

 

「これは?」

 

「…どうやらこれからの例の装置の試験運転が始まる様だ」

 

 これまでの報告を兼て北斗はリヴィと共に会議室へと足を運んでいる。既に準備が終わったからなのか、会議室にあるモニターには巨大装置の設置個所と見た事が無いようなデータが出された画面が映し出されていた。

 

 

《フライア、予定通り螺旋の樹の周辺の安全を確保。周囲に気になる物はありません。準備完了です》

 

「そうか……では予定通り開始する」

 

《了解しました。》

 

「こちら極東。これよりシステムの同期を開始します」

 

 目の前で行われているのが何なんか北斗も聞かされはしたが、理解した訳では無い。

 目の前で行われている光景がどこか異質な様にも見えている。これから何が起こるのか北斗はただ見ている事しか出来なかった。

 

 


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