神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第23話 トラウマ

 特務を無事とも言えないままミッションが完了し、アナグラに戻ったエイジを待ち構えていたのはアリサとコウタだった。

 いくら隊長とは言え単独任務は危険そのものに変わり無く、現在に至っても単独での任務を受注できる人間はごくわずかだった。

 

 しかしながら、特務である以上これ以上追及されてもエイジとしては何も答える事もできず、仮に言った所で今度は機密違反となり違う意味での処分が下される。

 二人の顔を見る限りよほどの理由が無ければ追及をかわす事は出来そうにもない。

 この状況からいかにして脱出するかを考える他無かった。

 

 

「なんで一言声をかけてくれなかたんだよ。みずくさいぞ」

 

「そうですよ。帰ってきた瞬間に茫然としました。私にも言えない事なんですか?」

 

 

 二人の追及を受けながらこの場から脱出する為の助け舟を探そうとするも、周りは見て見ぬふりを決め込んだのか、遠目でヒソヒソ言われるだけで助けを出す気配すら感じられない。

 このままでは時間だけがいたずらに経過する。どうしたものかと考えた時に意外な人物から声がかかるった。

 

 

「それ以上は何を言っても無駄だ。どんな任務であろうと自己責任である以上、怪我をしようが死のうがお前たちには関係ない」

 

「ちょっとソーマ!いくら何でも言い過ぎです!」

 

「そうだぞ。俺達同じ部隊の仲間だろ!」

 

 ソーマの辛辣な意見は鎮火するどころか逆に炎上してしまった。

 しかしながらその矛先がソーマに向かったのもまた事実。今がチャンスとばかりに心の中で感謝しつつも、エイジはこの場をそっと離れた。

 

 特務以外のミッションは公言できるが、問題なのは何故ここまで機密扱いとなっているのか?支部長からも説明があったせいか、今回の報酬は確かに他に比べて内容は良い物だが、それだけでは腑に落ちない部分も沢山出ていた。

 

 何時ならば冷静に考える事も出来るが、慣れない特務は色んな部分の消耗が激しかった影響もあり、自室に戻ったエイジには、それ以上頭が回転する事なく今はベッドの感触を確かめる。

 それと同時に横たわった途端、眠りへと落ちていた。

 

 

 

 数日後、ツバキの招集で第1部隊が全員招集された。今までにミッションの前に招集される事は数えるほどしかない。

 どんな内容になるのかまだ知らされていないが、ツバキの表情からは何時も以上にプレッシャーが感じる。

 この場に居る全員の表情は気がつけば厳しいものになっていた。

 

 

「先日、発見したアラガミからリンドウの腕輪反応が見つかった。恐らくはあの時に居たと思われる同種のアラガミだろう。私情を挟むなとは言わないが、全員必ず生きて帰れ。それとサクヤ、お前は少し休め。今の状態では任務に支障が出る」

 

「しかし!」

 

「いいから休め。これは命令だ」

 

 

 ツバキには知られない様にサクヤは人知れずリンドウが残したディスクを調べていた。

 

 リンドウの失踪直後から今に至るまでに、思いつく限りの色々なルートからリンドウの残した情報の解析をしているが、最終的には本人の腕輪認証のロックに阻まれ、それ以上知る事が出来なかった。

 

 これ以上の調査は不可能と頭の片隅で思い描いた所で今回のミッションのアサイン。いくら体調が悪くてもゴッドイーターである以上、アラガミが現れれば殲滅するのが第1部隊としての任務である。

 これが本来の業務となる為にいかなる理由があろうと一番手に考えるが、ツバキから体調云々と言われればそれ以上の抗弁は出来ない。

 サクヤは大人しく従う事に他なかった。

 

 

「今回のアラガミってひょっとしてあのキモイ顔のアラガミの事?」

 

「そうみたいだね。でも基本はヴァジュラ種だし、攻撃方法も分かっているから前みたいな結果にはならないはずだよ。それよりもアリサこそ大丈夫なの?」

 

「わ、私は平気です。あれから特訓もしましたから」

 

「いざって時はフォローするから心配はいらないよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 トラウマの元でもあるプリティヴィ・マータ、以前討伐したヴァジュラとは比べ物にならない位の高位アラガミ。

 以前とは神機だけではなく、精神的にも技術的にも当時とは大きく成長し、あの時とは格段に違う。

 事前にしっかりとした装備さえ揃えれば以前の様な事はないはず。そう考え4人のメンバーと共に現地へ向かった。

 

 

「プリティ・マターは見つかった?」

 

「プリティヴィ・マータです。せめて名前位は覚えた方がいいんじゃないですか?」

 

 

 コウタの間違いに呆れ顔のアリサだが、心情を考えれば決して先の見通しが明るい訳でも無く、こびりついた様に残っているトラウマを克服するのは中々難しい。

 いくら洗脳されていたとしても、自身がやった事まで記憶が無くなる訳では無く、時間が経つにつれて、あの時の感触が蘇らない訳でもない。

 

 何とか声には出さない物の、拭いきれない恐怖は心の奥底にこびりついて未だに落とす事は出来ないでいる。そう考えた時に不意にアリサの手に暖かい物が下りた。

 ぬくもりの正体はエイジの手。そのまま顔を見れば大丈夫だから落ち着こうと言われた様な目と表情と共に落ち着きを取り戻し始めた。

 

 

「居たぞ。作戦はどうする?」

 

 

 ソーマの一言で緊張感が一気に高まる。何かを捕食しているのか、今は隙だらけでもある為にイレギュラーで気が付かなければ大半の行動は可能だった。

 前回の教訓から、怒りの衝動が起きると同時に体が一気に硬化する為に攻撃が入りにくくなり、その予防策の為に早めの部位破壊が要求される事になる。

 

 

「攻撃は気配を消して近づいた瞬間、一気に仕掛ける。まずは胴体の部位破壊を最優先。その後は周囲の配置に気を付けながら攻撃する。コウタは念のために攻撃のあと他のアラガミが居ないか周囲を見てほしい。周囲の反応がなければ援護して」

 

「分かった。小型がいたらそのまま殲滅で良いか?」

 

「そうだね。下手にこっちに来られても困るからそのまま殲滅。中型以上なら信号弾で知らせて。場合によってはツーマンセルで対応する」

 

「リンドウさんの腕輪出てくると良いな」

 

「ふん。ただ、ぶった切るだけだ。腕輪の事は知らん」

 

 

 気配を消しつつ戦闘が静かに開始した。当初の予定通りに背後から捕喰に成功し、一気にバーストモードへと突入する。

 以前の様な奇襲された訳では無く、こちらからの攻撃となると動きが格段に変わるのと同時にバースト時特有の全身に力がみなぎり始める。

 

 背後から捕喰された事に気が付いたプリティヴィ・マータは素早く反転し、エイジに攻撃をしかけるべく爪で襲い掛かった。

 奇襲されたのとは違い、最初の時点で立ち位置の優位を利用し、攻撃を受け流した後でカウンター気味に入った攻撃は通常以上の破壊力をもたらす。

 攻撃が綺麗に決まると同時に胴体部分があっさりと破壊された。

 

 破壊された部分は最早弱点でしかない。そこを目掛けて、ソーマとアリサの斬撃が続く様に胴体へと到達する。

 この時点では当初の予定通り何事も無く戦闘が続いていた。予定通りの展開に、ここまで上手く行くとはエイジ自身も想像していない。

 

 当初のブリーフィング時に思い起こされていたのが、撤退戦での戦闘。

 当時は神機としてのレベルとアラガミとの差が大きく、攻撃が当たっても同じように部位破壊する事は無かった。

 

 当時の懸念はエイジだけではない、数の違いはあれどソーマやアリサ、コウタにも思う所は各自にあった。しかしながら、それをいつまでも引きずる訳にも行かないと、神機レベルの底上げを果たし今に至る。

 プリティヴィ・マータはヴァジュラ高位種だけではなく、見た目にも変わらない氷の特性を活かした激しい攻撃を次々と仕掛けてくる。

 当時に比べれば格段に攻撃の火力は底上げされ、このまま一気に押し切れるかと思われていた。

 

 しかしながら、油断はどんな状態であっても命取りとなる。

 いくらアラガミが相手とはいえ、何も対策を立てずに攻撃する事はありえない。

 一瞬で活性化しかと思った瞬間にプリティヴィ・マータはその場から大きく跳躍し、その結果、飛び降りた瞬間に3人の体に異変が起きた。

 

 活性化する事でヴァジュラ種の特徴でもある今までの攻撃にスタンの属性が付与され、不意をつかれた様にそのまま3人はその場で立ちすくむ。接近した状態で動きを止めるのは命取りとなり、その後に待っているのは死しかない。

 このまま万事休すかと思われた瞬間に、背後からバレット弾による攻撃でプリティヴィ・マータ意識がそがれた。周囲の確認が終わったコウタの機転で時間を稼ぎ、スタンから立ち直った瞬間に反撃を開始する。

 

 

「コウタ、精密じゃなくて良いから顔面を狙ってくれ」

 

「了解」

 

 

 コウタの釣瓶撃ちでプリティヴィ・マータは動きを止め、その瞬間に3人で一気に仕留める作戦に出た。いくらアラガミと言えど視力を奪われれば動く事も散漫になる。

 

 時間にしてわずか数秒だが、3人にとってそれだけの時間があれば十分過ぎた。

 ソーマの渾身のチャージクラッシュを先頭にエイジとアリサの斬撃が結合崩壊した胴体部分へと集中的に襲い掛かる。

 いくら活性化しようが、結合崩壊した部分は弱点以外の何物でもなく、集中的にそこを狙う。コウタの銃撃が止めば今度はエイジが顔面に向かって攻撃し、ここで再び結合崩壊を起こした。

 

 鮮やかな手並みも影響し、気が付けばプリティヴィ・マータはその場に大きな音と共に倒れこみ、やがて絶命した。

 

 

「助かったよコウタ」

 

「いや、別に良いよ。でも攻撃をそのまま受けるなんてらしくないけど?」

 

「うん。気にしてなかったつもりだけど、あの時の戦いがちょっと尾を引いてたかも」

 

 

 アリサの事も気になったのか、それ以上の事は何も言わなかった。

 リンドウの抜けた穴は依然大きい。いくらエイジが部隊長に任命されても、その存在感だけはどうしようもなかった。

 既にここには居ない人間の事を考えても仕方ないと考え、まずは腕輪が無いかを確認した。

 

 

「腕輪はありませんね。何だか最近の調査隊はいい加減すぎやしませんか?」

 

「腕輪を持った固体が移動した可能性もあるから一概には言えないよ」

 

「でも、調査は打ち切られるスピードも早かったのもおかしいです」

 

 

 アリサが言うのも無理は無かった。一般の神機使いでは無く、部隊長が行方不明となっているにも関わらず、それに関しては未だに真相は知れされていない。

 疑問はこれだけに留まらず、今までの異常な事に加えエイジの早すぎる隊長の昇格。一体何がと思った先にソーマの不可解な行動が見て取れた。

 

 

「どうしたの?」

 

「いやなんでもない。ちょっと気になっただけだ。お前も何か感じなかったか?」

 

「いや。特に感じた事はないけど」

 

「そうか。ならいい」

 

「二人でなにやってんだ?このままさっさと帰ろうぜ」

 

「ここに長くいたら風邪ひきますよ。さあ帰りましょう」

 

 

 腕輪は見つからなかったものの、上々の戦果に一路アナグラへと帰投した。

 今まで監視していたのだろうか。帰投する4人を遠くから眺めていた気配だけがそこに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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