神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第213話 特務少尉

 

「クソッたれが!」

 

 会議室でのやりとりはその後も粛々と進んでいた。情報管理局からすれば至極当然の話だったとしても、ソーマからすれば身内がしでかした事件でしかない。榊が間に入って取り持った事もあってか、何とかその場をやる過ごす事は出来たがそれでも空気は重々しいままになっていた。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「詳しい事は無いも聞いてないんだ。多分会議室で何かあったんだとは思うけど……」

 

 ソーマは苛立ちを隠すつもりが無いのか、ラウンジで少し荒れていた。あまりの雰囲気の悪さに感づいたのか、エイジはムツミを早めに帰らせ自分がカウンターの中に入っている。

 既に周囲はそんなソーマの苛立ちに対し空気を読んだのか、近づく者は居なかった。

 

 

「ソーマ、ひょっとして何か言われたんですか?」

 

「アリサには関係ない。これは俺自身が飲みこむだけの話だ」

 

 アリサが聞こうにもソーマとしてはそれ以上の事は何も言うつもりはないのか、出されたグラスの液体を一気に飲み干すと同時にグラスをカウンターに叩きつける。表情から読み取る事は難しいが、それでもこれまで一緒に戦ってきた仲間である以上放置する訳にも行かなかった。

 

 

「ソーマ。気晴らし行くなら付き合うけど?」

 

「……勝手にしろ」

 

 そう言うと同時にエイジもエプロンを外し、弥生に連絡を入れる。既にムツミを帰した以上この場をそのままにする訳にも行かなかったのか、程なくして弥生がラウンジへと来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付き合わせて悪かったな…」

 

 ソーマの八つ当たりとも言えるミッションの内容は思った以上にハードな物となっていた。既に霧散したアラガミを含めて5体のボルグカムランはソーマとエイジの手によって斬り刻まれていた。

 既に時間が経過した事もあったのか、全てのボルグカムランが霧散した頃だった。

 

 

「気にする必要は無いさ。実際に情報管理局の事はこっちも兄様からも聞いている。今回来た局長はこれまでの局長の中でも切れ者らしいってね。何を言われたのかは何となく予想はついている」

 

 そう言いながらエイジとソーマは完全に日が沈んだ海岸線を見ていた。既に日が落ちた事もあってかアラガミが居ない空母の上はただ波の音だけが聞こえて来る。

 既に帰投の準備が終わったヘリが来るまでは手持無沙汰な状況となっていた。

 

 

「我ながら子供じみた思考だとは思ってる。今でもそうだがシックザールの名は悪い意味でフェンリルの上層部が理解している以上、俺はその言葉を今後も飲みこむ必要がある。それがあんな戯言に一々苛立ちを覚えるのもどうかとは思ったんだがな」

 

 どこか自嘲するかの様な物言いではあったが、エイジは何も話す事なくソーマの言葉を聞いていた。詳細は分からないが、シックザールと情報管理局の言葉からおおよその内容は予測出来る。

 本来ならば何か言うのが良いのかもしれないが、やはり本人が言う様に飲みこむ事が必要であるならばと判断した結果だった。

 

 

「どうやら俺の中にはまだあいつの事を親だと思える心が残っていたらしい。そんな自分もどうかとは思うがな」

 

「確かにヨハネス支部長のやった事は是非を問うには難しいのかもしれない。でも、それは人類を救済する為に取った措置であって、結果的には阻止したのは僕達だ。

 仮にそれが表に出るなら遠慮なく言いなよ。アリサやコウタだけじゃない。リンドウさんやサクヤさんだって何かしらの力になってくれるから。

 それにどんなに酷い事をしても親は親だ。これからの事だって気になるならこうやって一緒にミッションにだって出るから」

 

 エイジの言葉にソーマはそれ以上の言葉が出なかった。当時の事を事を考えれば人を寄せ付けなかった当時に比べ、今は随分と信頼できる仲間が隣にいる。

 そんな些細な一言がささくれだったソーマの心を癒した様にも感じていた。

 

 

「あれだったらシオの所にでも行って来たら?案外と気晴らしになるかもね」

 

「シオは関係無ぇだろうが!」

 

 むず痒く感じる様な友情はシオの名前にどこかへ消え去っていた。既に時間が経過したのか、ヘリのローター音はすぐそこまで近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも本当に大丈夫なのかな?」

 

「今の段階では何とも言えないですね。ただ本部の内部でもジュリウスの事はしっかりと認識されているのであれば、今はそれ以上の事は心配する必要が無いとも言えますね」

 

「……あの上からの目線での物言いは気に入らないが、一応筋だけは通っている。一先ずは様子を見る位だろうな」

 

 会議室での内容は部外秘では無い物の、それでも情報の内容の一部は外部に漏れる事が厳禁とされていた。既に周囲を見れば情報管理局の人間が居るせいなのか、どこか落ち着かない空気が漂っていた。

 

 

「すまない。先ほどの事なんだが、少しだけ時間を良いだろうか?」

 

 先ほどフェルドマンから紹介されたのは、今回のミッションにおける重要な役割を果たすリヴィ・コレットだった。

 情報管理局所属のゴッドイーターであると同時に特務少尉とこれまでに聞いた事も無かった階級に少しだけ驚いたものの、結果的には今回のミッションはあくまでも情報管理局が主導となっている事もあってか、その場に居た全員がリヴィの言葉に振り向いていた。

 

 

「なんでしょうか?」

 

 北斗だけに声をかけたはずが、思わず全員が振り向いた事でリヴィは少し驚いた様な表情を浮かべていた。

 先ほど自己紹介した際には特に問題が無かった事から気軽に声をかけたはずが、全員が振り向いた事による行動が予想外だったのか、言うべき言葉を僅かながらに遅らせていた。

 

 

「……すまない。実は今回の作戦に関してなんだが、我々としてはブラッドの戦闘能力は把握しているが、ブラッドは私の戦闘能力を何も知らない。今後のミッションはフェルドマン局長も言っていたが、私が指揮を執る以上お互いに知っておいた方が良いかと思ったんだが……」

 

「そうですね。今後はどんな状況になるのか分からないとなればお互いに背中を預ける事は難しいでしょうから、少しお互いの実力を確認したいと言う事ですね?」

 

「そう思ってくれれば助かる。そんな訳でこれからミッションに出向こうかと思うが大丈夫か?」

 

 そう言いながらリヴィは北斗の方へ視線を向ける。ここが極東であると同時に世界最大級の激戦区は伊達ではない。

 アラガミの強さもダントツとなっている以上、油断をすれば死に直結する事はゴッドイーターとしての常識となっていた。既にそれが事実だと言わんばかりの提案にこれまでの認識を少しだけ改めると同時に、これからの戦いの前哨戦とも取れる内容を選択する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石は極東だな。まさかこのレベルのアラガミがこうまで強いとは想定外だ。今後は少しこちらの対応レベルを引き上げた方が良さそうだ」

 

 ブラッドはクレイドルに次ぐ実力を持っている事は事前のデータで確認していた。しかし、今回発注されたミッションでその実力の一端が見れるのかと思った内容は、やはり極東ならではの内容となっていた。

 これまでにリヴィも何度と討伐してきたアラガミは戦端を開いた瞬間にその考えを思い知らされた気分になっていた。

 個体の強度がこれまでに戦って来た経験を一瞬で無へと還す。既に慣れたと驕る暇すら無いアラガミの攻撃はリヴィの思考を改めて変化させる要因となっていた。

 

 

「俺達も最初に来た時には驚きました。これまでに戦って来たアラガミとは段違いですから」

 

「私達もコレット特務少尉と同じでしたので」

 

 サリエルとコンゴウのミッションは既に戦いが終わった結果なのか、コアを引き抜かれた結果霧散している。北斗だけでなくナナとギルも他の地点での索敵が完了したのか、全員が一旦集合する手はずとなっていた。

 

 

「どうやら他のアラガミの気配は無い様だ」

 

「こっちも何も無かったよ」

 

 既に周囲の索敵が完了したのかギルとナナもこちらへと走ってくる。既にアラガミの気配が無い以上、あとはアナグラへと帰投するだけとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、一体やつらは何を考えているのかさっぱり分からん」

 

 ブラッドと情報管理局が接近している頃、屋敷でも無明はツバキと今回の状況について事前に調べた範囲の中で真の意図を探るべく模索していた。

 これまでの螺旋の樹に関する情報は逐一本部に上げている事から、螺旋の樹は端的に

言えば一個の巨大なアラガミとも言える存在であると同時に、他のアラガミに対する何かがある事だけは確認されている。

 しかし、入り口と出口が常時異なる内部では調査の前に生存率が極めて低い事から内部にもアラガミが存在している仮説を立てていた。

 これはブラッドが最後にジュリウスと話した際に、無数のアラガミの影を確認している事から推測された結果でもあった。

 

 

「恐らくは本部としてはこれ以上ここでの活動を勝手にされる訳には行かないと考えてるのかもしれんな。事実、上層部の中には貴族出身の連中もいる。ああ言った人種はある意味強かな一面を持っているからな」

 

 無明の言葉にツバキはその様子を少しだけ思い出していた。これまでにも何度か晩餐会に出ていた事もあってか、何となく上層部の実情はツバキも知っている。中にはあからさまに極東支部そのものを自分の支配下に置きたいと考える者や、また、自分の優越感を満たす為に部隊の派兵や引き抜きなど、言葉の裏には常時そんな思惑が透けて見えていた。

 本来であれば紫藤が居る場で話せば良い物を、態々ツバキが一人になった時を見計らったかの様なタイミングで来ていた事が思い出されていた。

 

 

「それは確かに否定できないが、それでも今回の事は些か性急すぎる。態々秘匿回線でつなげてきたのもそれなのか?」

 

「その辺りは今の段階では何とも判断出来ない。ただ螺旋の樹に関して調査するのでれば、今後は少しでも確かな情報が必要になるのは間違い無いだろうな」

 

「まさか、また行くのか?」

 

 無明の言葉にツバキは少しだけウンザリしていた。魑魅魍魎の住む晩餐会は肉体よりも精神的な物が著しく消耗する為にこれまでにも何度か手を出そうかと思う事が多々あった。

 時にはツバキが既婚者であるにも関わらず情交を求める者すら居る。そんな輩の相手をしたくないと考えるのは一人の女性としてはある意味当然の内容だった。

 もちろん無明とてそんな事は知っている。しかし視線が常時ツバキに向いている事がどれ程諜報にとっては便利なのかは言うまでも無かった。

 ツバキ自身もそんな理由を理解しているからこそ、多少は拗ねる位の事をしても問題無いだろうと考えていた。

 

 

「今回の内容はあの場に行っても何も分からないだろう。事実、貴族連中でも情報管理局を相手にしたいとは思っても無いだろうからな」

 

 情報管理局のやり口はある意味では狡猾なやり方で対象者を叩く事が暫しあった。

 現場に従事する神機使いからすれば面倒な相手位の認識しかないが、上層部ともなれば最悪は財産の没収に罪状の捏造に次ぐ投獄は当たり前の行為。

 手段を選ばないやり方になったのは、今の局長でもあるフェルドマンになってからだった。

 

 

「もっと確実に今回の一連の内容を知ろうとするならば、当事者の記した内容を確認するのが一番早い。未だ螺旋の樹が終末捕喰の成れの果てだと本部が認めない限りそこからは一歩も前には進まんだろうな」

 

「全容は分からずか…」

 

 無明の言葉が全てを表していた。ただでさえ終末捕喰のあの光景はユノの歌に乗せて感応波を高める為に映像で流したのは記憶に新しい。しかし、それ以降はそんな映像すら最初から無かったかの様な振る舞いを続けるフェンリル上層部に対し、世間は疑問を抱くには十分すぎた。

 それが何を意味しているのかは現時点では分からない。今はただ今後の成り行きを見守る事しか出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、今の状況でそれが可能かと言われると、予測が出来ないと言った方が正解かもしれないね」

 

 無明の言葉にあった当事者の記した内容は、すなわち今回の一連の実行犯とも言えるラケルの記録の事を指していた。

 情報管理局が極東に介入してからの一番の問題点は情報の共有化にあった。これまでの事実を客観的に見る為には複数の考えを同時に見せる事によって、一方的な考えや思考に陥らない様にするのが一般的だった。

 しかし、肝心の情報は一旦管理局預かりになるとそこから先には一切下りて来ない。 その為に極東支部のゴッドイーターからすれば、一体なんの為にやっているのか、これが本当に正しいのかを判断する材料が無かった。

 そんな僅かな綻びは静かに亀裂を大きくさせる。その結果、ここがどうなるのかを考えれば、無明の提案はある意味当然の結果となっていた。

 

 

「後は誰を派遣するかだな。どうせお前の事だ。人選は済んでるんだろ?」

 

「ああ。今回の内容と今の所まともに行動できる範囲をスムーズに行動できるのは一人だけだ。ある意味適任かもしれんな」

 

 閉鎖された施設とそうでない施設が今のフライアには存在していた。螺旋の樹の影響を受けていない部分は出入りできるが、肝心の内部の事を知っている人間はそう多くない。

 本来であればブラッドの誰かを派遣させるのが最適ではあるものの、やはり戦力と今後の情報を天秤にかける訳には行かなかった。

 

 

「……となれば彼女はある意味適任かもしれないね。では、そちらの件に関しては我々も極秘裏にやった方が良いかもね」

 

 ただでさえ表情が読みにくい榊の目が一層細くなる。本来であれば一度許可ないし申請を出す必要はあったが、現時点でお互いの信頼関係はゼロに等しい。

 最低限やるべき事が出来ない組織であればいずれ瓦解する。今回の件に関しては極秘裏に動く方が何かと都合が良いだけだった。

 

 

 


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