神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第212話 情報管理局

「ほう。まさかお前がここに来るとは本部の人間はよほどパトロンに突き上げられてるのか?」

 

「まさか。我々はあくまでも螺旋の樹の調査任務に関してここに来ただけですので、上層部の事など関係無いかと」

 

 情報管理局がアナグラに来た際に一番最初に支部長室を訪れたのは、管理局長のフェルドマンだった。情報管理局はフェンリルの公安としての役割を果たすが、近年になってからはその取締りは一段と厳しくなっていた。

 最大の要因はこの目の前にいたフェルドマンの存在だった。これまでにもフェンリル内部でも問題があった一部の取締役の逮捕や解任など、余程の内情が分からない限り手出しできないと思われた人間を立て続けに放逐している。

 そんな事実があるが故に、今では情報管理局に所属している人間に対しフェンリル内部の職員は畏怖の目で見ていた。

 

 

「ここは既に知っての通りだ。我々も出来る限りの協力はするが、それまでだ。万が一そちらの職員が何かをした際にはこちらとしてもそれなりの手段を取る事になる事は記憶しておくと良いだろう」

 

「我々とてそんな無粋な真似をするつもりはありません」

 

 支部長室には榊だけでなく、紫藤までもが同室していた。既に紫藤の事を知っているフェルドマンからすれば藪をつつくような真似をするつもりは毛頭なく、過去にフェンリルの役員を何人を放逐した事実がある事も知っている。

 だからこそそれ以上の事をするつもりが無い事だけを先に伝えていた。

 

 

「しかし、紫藤博士と榊博士がいて何も調査が進まないと言うのは、本当の事を言えば本部としては何かしらの重大な秘密があるのではとの疑いがあるのもまた事実です。

 我々としても極東支部の査察をしに来た訳ではありません。螺旋の樹が今後どのような状況で発達していくのかが最優先となっていますので」

 

 目に見えない何かが支部長室の中で弾けていた。

 事実、この場を取り仕切るに当たって榊は無明に依頼をしていた。これまでの様な人間であれば榊が対応すれば事は足りたが、相手は管理局。万が一の事があった際に罪状を捏造して処分される訳には行かなかった。

 

「重大な秘密……ねえ。我々が本部に対し何か画策するとでも思ってるのかい?」

 

 先ほどの言葉に榊が反応していた。上層部の権謀術数に関しては今に始まった事では無い。

 実際に本部がどれほどの権力を有した所で事実上の自給自足が出来ている極東支部からすれば、配給の停止をした所で痛手をこうむる事は出来ず、また経済の主力でもある支部間の商取引に関しても既に極東から出される物無しでは一定レベルの品質を保つ物が難しい物がいくつも存在している。

 それだけない。極東支部は他の支部に対し事実上の無償と言える状況での技術交流を行っている。それが停止、もしくはこれまでの対価を払えとなれば、それは一つの支部が事実上破綻に追い込まれる可能性すらあった。そうなれば各支部から本部への突き上げが出るだけでなく、本部としての威厳すら保てなくなる可能性を秘めている。

 それが今の現状である事をお互いが理解している以上、先ほどの重大な秘密の言葉が何を意味しているのかは容易に想像出来ていた。

 

 

「フェルドマン局長。長旅でお疲れでしょうから、お茶でもいかがですか?」

 

「それには及ばない。既に部下が会議室で端末をセッティングしている。これらの準備が終わり次第、今後の件での打ち合わせを考えている」

 

「……そうですか。では準備が終わり次第こちらも今回の作戦群に当たってのチームを紹介しますので」

 

 見えない攻防は弥生が来ても何の変化も無かった。極東支部からすれば情報管理局は何かしら畏怖すべき物である認識があると同時に、管理局側もやはり極東支部そのものは油断すべき支部では無い認識があった。

 お互いが最低限共通する情報だけを引っ張り出す。既に作戦は人知れず始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。あと今回の件とは別件ですが、榊支部長がブラッドに対し要請したい事があるそうです。恐れ入りますが会議室までお願いします」

 

 ミッションから北斗達が帰投すると、フランがそのままの内容を伝えていた。

 内容に関してはフランも何も聞いてないのか詳細に関しての伝達が無い。いつもならば支部長室での打ち合わせのはずが、普段使う事が少ない会議室を出した事に違和感だけが存在していた。

 

 

「支部長室じゃなくて会議室?」

 

「はい。もう知っているかとは思いますが、ここに情報管理局の人間が来ています。恐らくは今回の作戦群に関するすり合わせでは無いかと」

 

 その言葉に漸く周囲を見渡すと出撃前とは空気が変わっていた事に気が付いた。既にここに来ている以上何も対策を立てる事も出来ず、その結果としての雰囲気は決して良いとは思えなかった。

 気にならないと言えば嘘だと言える程に周囲の空気が硬直していた。

 

 

「遂に来ちゃったんだね。やっぱり怖そうな人なのかな?」

 

「ナナさん。怖いかどうかはそれぞれの主観になるますので、私の口からは何とも言いようがないんですが、とにかく帰投確認後すぐに来てほしいとの事でしたので」 

 

 ナナとのやり取りが終わると同時にフランへ目の前のキーボードを叩いている。既にブラッドが到着した一報はすぐさま榊の下にも伝えられていた。

 

 

「やあ、任務を終えてすぐに来て貰って済まないね」

 

 北斗達が会議室へと出向くと既に情報管理局の人間が若干訝し気な目で北斗達を見ていた。普段であれば利用頻度が少ない会議室は既に何かがセッティングされているのか、大きな画面に何かが表示されている。

 これまで入る機会が少なかったこの部屋は既に極東支部とはまた違った空気が醸し出されていた。

 

 

「いえ。それよりも要件とは何でしょうか?」

 

 何時もと違った雰囲気がそうさせたのか、北斗もまた何時もとは違った感じで榊に話かけていた。既に所狭しと動き回る職員はこちらの事など視界にも入っていないかの様に動いている。そんな中で一人の士官用の制服を着た男性が目に入っていた。

 

 

「君がブラッドの隊長か…思ったより若いな」

 

「極東支部ブラッド隊所属の饗庭北斗です。この部隊での隊長をさせてもらっています。年齢については自分の意図すべき事ではありませんので」

 

「いや済まない。そんなつもりでは無かった。ただあの終末捕喰を止めた部隊であれば少々意外だと思っただけだ。それ以上に他意は無い。私はフェンリル本部、情報管理局局長のアイザック・フェンルドマンだ宜しく頼む」

 

 元々はブラッドの隊長はジュリウスであって、北斗は代理だと考えている部分が未だにあったのか自己紹介をした制服を着た人物に対し、やや慇懃的に話していた。

 この時点で何となく目の前の人間が情報管理局の人間である事は理解しているが、まさかその部署のトップの人間だとは予想していなかった。

                         

 

「今回の件に関してなんだが、既に榊支部長には伝えてあるが、我々がここに来たのは終末捕喰の残滓とも言えるあの螺旋の樹の調査にある。ここでは常時見慣れているから気にならないとは思うが、他の支部からすれば脅威になっている。

 君達をここに呼んだのはあの螺旋の樹の当事者であるジュリウス・ヴィスコンティ元大尉が居た部隊であると同時に、終末捕喰を回避した実力を見込んでの結果だ」

 

 フェルドマンが発したジュリウスの言葉にブラッドの全員の表情が僅かに曇る。あの内部でのやりとりを完全に理解しろとは言わないまでも、そこに至るまでの内容やそれぞれの状況を勝手に判断するのは仮に情報管理局の人間であったとしても不快感しか湧かない。

 目の前の男が何を考えているのを態々考えるまでもなく全員の思考は相容れない気持ちだけが残っていた。

 

 

「そうでしたか。しかし我々に出来る事などたかが知れているのではありませんか?事実これまでも極東支部は内部の調査を敢行しています。結果が伴っていない事も踏まえると自分達がその任に着くのは適切では無いと考える事もできますが?」

 

 先ほどの言葉が腹に据えかねたのか珍しく北斗は何時もとは違う口調で話をする。

 隣にいたシエルやギルも内心ハラハラする部分はあったが、本音を言えば北斗と同じ様な考えを持っていた。

 

 

「気を悪くしたのであれば済まない。だが、今回の顛末は君達から持たらされた情報を元にデータが作成されている。どうしても気に入らないのであれば命令として発注する事も可能だが、どうするかね?」

 

「……どちらにせよ協力するのであれば同じ事であれば、その命には従います」

 

 これ以上の事は何を言っても無駄だと判断したのか、北斗はそれ以上の事は何も言わなかった。この時点で拒否権はどこにも無く、今はまだ協力体制で済むがこれが命令となれば話は大きく変わる。

 どのみち同じ結果になるのであれば、これ以上の抗弁は無駄だと悟っていた。

 

 

「そんなに対抗意識を出す必要は無い。今回我々としては終末捕喰のシンボルとしてではなく、それが永遠に来ない証としての特別な地域、すなわち『聖域』として認定する為の調査だ」

 

「……聖域って?」

 

「聖域とはフェンリルが人類の共有財産として認定し管理する領域だ」

 

 ナナの質問に対し、フェルドマンの何気ない言葉はその場に居た全員が僅かに驚いていた。

 これまでの本部の行動から考えれば、螺旋の樹の事をあれ程執拗に調査、報告をせっついていた以上、何かしらの考えがある事は予想出来たが、まさか聖域として認定する事によって本部が直接介在する事に違和感があった。

 

 

「そんな事は初めて聞いたが?」

 

「これは我々の独断ではない。既に本部の決定事項となっている。不満があるようならばその議事録を見せる事も可能だが」

 

 今回の情報管理局の打ち合わせには極東からは榊とソーマが参加していた。本来であれば紫藤が出る予定だったものの、今後の研究のヒントになればと判断した紫藤がソーマに依頼をしていた。

 詳細については何も聞かされていなかった事も影響したのか、フェルドマンの発言にソーマだけでなく榊も初めて聞いた事実なのか、視線はフェルドマンに向けられたままだった。

 

 

「事実、本部の直轄となれば潤沢なリソースを使う事によって安全かつ安定的な調査、研究が可能になる。確かに極東地域にあるのは間違いないが、それを一支部で賄うとなれば、それは膨大なコストを払う事になる。違うかね?」

 

「フェルドマンとか言ったな。少なくとも本部のリソースは各支部からの摂取であって、本部単独での個数は少なかったと記憶している。それにここには世界最大のオラクルリソースを保管するスペースがある事を忘れていないか?」

 

「…もちろんだ。そんな事は既に理解している。だが、極東支部のリソースは既に建築が始まっているサテライト拠点でも使用されている事を考えれば、実際に貯蔵されている総数はそう多くないと認識している。だからこそ今回の内容は我々がフェンリルを代表して調査、研究をする事になったにすぎない」

 

 ソーマとフェルドマンの言い合いに、ナナはお互いの表情を見ながらオロオロする事しか出来なかった。何気に呼ばれた内容は明らかに本部がここで直接螺旋の樹を調査し、場合によっては接収する可能性も秘めている。

 それはすなわちこれまでの出来事がまるで最初から無かったかの様な物言いだった事にソーマが反発した結果でもあった。

 

 

「って事は本部が螺旋の樹を接収し、旨い部分だけを頂いた残りカスとその防衛をしろって事か?」

 

「……そう考えているのであればそれでも構わんよ。我々としては素人風情が気軽に扱っても良い様な物では無いと言う事だけ認識してくれればそれで構わない」

 

「…何だと」

 

 既に一触即発の雰囲気が会議室に漂い出していた。先ほどまで準備していた職員も既に手が止まっているのか、フェルドマンとソーマの言い合いをただ見ているだけだった。

 

 

「君達は何か大きな勘違いをしている様だから、この際ハッキリと言っておこう。ここ数年の間に起こった重大な事由は全て極東支部を中心に起こっている。しかも、それもこれも人類にとって致命的とも言える事が本部の預かり知らない所でだ。

 我々としてはこれ以上の暴走を看過する訳には行かないんだよ。それに対し何か反論はあるかね?そう言えば君の性はシックザールだったな。だとすれば言いたい事があるのは我々とて同じだ」

 

 フェルドマンの言葉にソーマはそれ以上の言葉を出す事が出来なかった。これまでに起こった致命的な事件は父親でもあったヨハネスの件、それと叔父であったガーランドが起こしたクーデター未遂事件の事を暗に指していた。

 当時どちらの事件も当事者でもあったソーマからすれば身内がしでかした事件でもあり、その結果、一度は終末捕喰を完遂した苦々しい内容でもあった。

 当時の情報操作によってシオの存在は未だフェンリルには感づかれていないが、ノヴァが引き起こしたそれは世界中で観測されている。

 だからこそフェルドマンの言葉は厳しい物となっていた。

 

 

 


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