神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第211話 事情

「って事は今後は本部の情報管理局の人間がここに出入りするって事ですか?」

 

「まぁ、直接何かをしていくる事は無いとは思うが、もし何かあるようならばこちらに言ってくれればありがたいね」

 

 榊からの指示で各部隊長は支部長室へと召集されていた。既に通達が来ている事から順番に発表するが、やはり事前の予想通り、情報管理局の介入には少なからずとも動揺が走っていた。

 これまでの事を考えると、極東支部は本部にとってはある意味では目の上のたん瘤に近いそれがあった。それは誰かが口にした事では無いが、何となくでも理解している。これまでに起こった内容とそれに対処してきた事を考えればそれはある意味では当然とも言えていた。

 

 

「どうしたリンドウ。何かやましい事でもあったのか?」

 

「いえ。そんな事は無いんですが、これまで本部の介入が多々あった事を考えると、どうしても素直に従う気にはなれないと言いますか…」

 

 リンドウの言葉が代弁する様に、これまでの所業を考えれば素直に頷ける道理は何処にも無かった。もちろんリンドウの言いたい事はツバキも同じではあるものの、既に正式な辞令が出ている為に、撤回はおろか抗弁する余地すらない。

 可能性を考えた所で素直に公表出来る訳もなく、今はただ決定した事を淡々と伝える事だけに終始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。部隊長が召集されたのって、ここに何か起きるの?」

 

「起きると言うか、本部の情報管理局の人間がここに介入するらしい。詳しい事はまだ未定らしいけど、どうやら螺旋の樹の調査がメインらしい」

 

 手短に終わった部隊長会議ではあったが、部屋から出てきた人間の表情が若干暗くなっているのは何かが起こるからだと判断したのか、ナナは北斗を見た途端走り出していた。 北斗そのものは特に何も考えていなかったからなのか表情に変化は少ないが、リンドウやアリサの顔を見るとどこか影がある様にも見える。だからこそ何かがあったのかと北斗に確認の為に来ていた。

 

 

「情報管理局がですか……」

 

「シエルちゃんは何か知ってるの?」

 

「いえ。詳しい事は知りませんが、情報管理局は基本的にはその名の通り情報に関する事を専門に扱っている部署だと記憶していますが、詳しい事は…すみません。私にも分かりません」

 

「シエルちゃんも分からない部署か~。これからどうなるんだろうね」

 

 螺旋の樹の言葉が出た以上、ブラッドは既に無関係だとは言い難い状況になっていた。

 詳細が未だ分からない以上口にする事も出来ず、またそれがどんな結果を呼ぶのかは分からないままだった。

 

 

「ただ、榊博士の話だと螺旋の樹の調査が進んでいないから、それの実態調査じゃないかって話なんだけどね」

 

 北斗の言葉にナナもシエルも思う事が多々あった。これまでにも何度かアナグラから調査団が派遣された際に護衛として同行した事は何度かあった。しかし、調査の結果は表面的な事だけが分かっただけに留まっていたからなのか、結果が伴っていない事は知っている。

 それがどうしてこうなったのかは政治が絡む以上、現場に人間には分からない部分の方が多かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は何を要求するつもりなんですかね。もういい加減何とかしてほしいんですけど」

 

 ラウンジでも先ほどナナ達が話していた事が同じ様に繰り広げられていた。

 これまでの介入で一番被害をこうむっていたのは当時の第1部隊。すなわち現クレイドルのメンバーだった。

 他の任務を止めてでも招集された内容は、またかと言った部分が多分にあったものの、既に辞令が出ている以上何も出来ない事も理解している。だからこそ以前の様な事があれば困るとばかりにアリサは少しだけ憤っていた。

 

 

「まぁ、今回の事は螺旋の樹の実態調査なんだろ?だったら俺達には関係ないだろ」

 

「リンドウさんはそれで良いかもしれませんが、本部絡みで既にエイジが遠征と称して出てるんですよ。折角サテライトの建設も軌道に乗り出したですから……」

 

 なだめる様な言葉ではあったが、アリサの言葉にリンドウは何となく憤る原因が分かっていた。確かにこれまでの本部に遠征に出ている事に対しアリサは良い顔をした事は一度も無かった。

 ここ最近は確かに復興に力を入れている事もあってか、まともに休んだ事も無い。事実リンドウも任務が無い時は事務処理に追われている事もあってか、しばし自宅に戻る事すら困難な時もあった事が思い出されていた。

 

 

「アリサ、それはエイジに言え。ここは自分で何とかしないと仕事だけは山の様にある。休める時があれば遠慮なく休んだ方が良いぞ」

 

「な、何言ってるんですか…私はそんなつもりじゃ……」

 

 お互がまた別れる可能性を察せられたのかアリサの顔が徐々に赤くなる。既に一緒になってからはそれなりに時間が経過していても、お互いがゆっくりと過ごした記憶はあまりにも少なすぎていた。

 

 

「あれ?皆さんがここに居るなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

 

「サツキさん……どうかしたんですか?」

 

 リンドウとアリサの会話を割って入ったのはこれまで各地を慰問で回っていたはずのユノとサツキだった。

 あの終末捕喰以降、各地を転々と回りながら歌によって勇気づけた事によってこれまで以上に人気に拍車がかかったのか、今ではアナグラに居る事の方が圧倒的に少なくなっていた。

 そんな中でのユノとサツキの邂逅は先ほどまでの会議の内容を一蹴する程の威力があった。

 

 

「実はここ最近ユノの行動範囲が広くなりすぎた事もあって、この辺りで一度休みを取った方が良いかと思いましてね。丁度ツアーの途中に極東支部が近いから来たんですよ」

 

 何時もと変わらない物言いに、アリサは少しだけ違和感を感じていた。

 サツキは何も変化が無い様にも見えるが、ユノの表情はどこか影がある様にも見える。それがなんなのかは分からないが、少なくとも本当の原因がそれでは無い事だけは理解出来ていた。

 

 

「そうだったんですか。で、いつまでここに?」

 

「日程は決めて無いんですが、3.4日程の予定です。私は別に良かったんですが、サツキがここ最近はオーバーワークだと言って押し切ったので…」

 

 何時もと変わらない様な言い方で、ユノは何も無い事を示す。しかし、何時もの様などこかはつらつとした雰囲気はなく、何となく違う意味での疲労感が出ている様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?珍しいね。もうサテライトの方は良かったの?」

 

 コウタがミッションから帰還するとラウンジには珍しくエイジの姿があった。

 ここ最近は殆どアナグラに来る事が無く、精々声を聞く事があっても任務の際の状況説明や物資の補給が関の山だった。

 少なくともコウタが知っている範囲の中では完全に今の状況が完了するには最短でも2ヶ月程はかかる予定のはず。まさか途中で放棄する様な事も無い為に、コウタの中では疑問だけが残っていた。

 

 

「サテイラトの方は殆ど終わりに近いかな。思ったよりも基礎の部分も残っていたし、ここ最近はアラガミの姿もあんまり見ないから思って以上に早く進んだんだよ」

 

「へ~思ったよりも復興は早そうだね」

 

 そう言いながらコウタはカウンターの前に座る。既に出来ていたのかコウタの前にはアイスティーが置かれていた。

 

 

「って事はアリサもここに来てるのか?」

 

「アリサなら今ユノさんと一緒だよ」

 

 そう言いながらラウンジの窓際に視線を送る。エイジが言う様にアリサはユノと何かを話しているが、小声の会話なのか話の内容までは分からない。顔を見る限りでは楽しそうな会話だろう事は予想出来るが、それでも最初に見たユノの表情にエイジも何か思う部分が存在していた。

 

 

「ここに立ち寄っただけ?」

 

「いや、少し忙しかったから休暇だって。……でも何か無理している様にも見えたけどね」

 

 そう言いながらもそれ以上2人のやりとりを見ている程コウタにもゆとりは無かった。

 防衛任務以降、コウタの下には現地での実地を兼ねた部隊運用が増えた事もあり、一時的にはコウタとマルグリットをそれぞれの隊長と位置付けた事によって忙しい日々を送っていた。

 既にコウタも今日だけで数えるのが嫌になる位にミッションに出ている。新人が主体の部隊編成だけに、これまでの様に大型種や接触禁忌種の討伐には参加していないが、やはり新人を配置早々に死なす訳にも行かない為に、それなりに緊張を持ち続けたミッションが多くなっていた。

 

 

「あら、コウタ君。もう終わったの?」

 

「今日のミッションはさっきので終わりです」

 

「あら、そうなの。そう言えばマルグリットちゃんは元気にしている?」

 

「最近は部隊配置の関係で少し情報のやり取りをするだけです」

 

 エイジとのやりとりに割り込む様に弥生が珍しくラウンジに来ていた。既に時間も夕方近い事もあってか、弥生も自身の業務時間が終わったからなのか、何時もとは違った雰囲気だった。

 

 

「そう言えば、この前の情報管理局の件ですが、日程とか分かったんですか?」

 

「その件ならまだ折衝中よ。でも君達にはあまり関係無いかもしれないわね。今回はあくまでも螺旋の樹の調査がメインだから、現場にまで何かがあるとも思えないのよね。でも……」

 

 そう言いながら弥生の視線はアリサとユノに向けらていた。サツキの言葉とユノの表情から判断すれば、何かしらのトラブルでもあったのかと思うが、お互いの口からそんな言葉が出ていない以上、本当の事を知る術はどこにも無い。

 仮に無理に笑顔でいたとしてもやはりその雰囲気が完全に隠れる事は無かった。

 

 

「何かあったんですか?」

 

「ちょっと情報管理局絡みでね。ここだけの話だけど、あの終末捕喰事件以降、上層部はユノちゃんと少しだけ距離を取っているらしいの。原因と理由は何となく予想出来るけど、それが思った以上に厄介みたいなの」

 

 弥生の立場からすればエイジに事実を伝える訳にもいかないが、今後の事を考えれば多少なりとも憂慮があればその原因は早急に取り除く方が今後の為になる。

 もちろん肝心の部分はボカすものの、それでも弥生の立場で知り得た情報の中でも一部漏洩した所で問題無い物を伝えていた。

 

 

「距離……ですか」

 

 弥生の言葉にエイジはやはりかと言った部分があった。極東支部だけ見れば他の支部の内情はどうでも良いと思えるが、逆に力と技術と金が揃った極東支部を本部が見過ごす可能性は極めて低い。

 それだけでなく、当時の終末捕喰の映像が全世界に配信された事によってユノは違う意味で人々を魅了していた。

 これは一つの宗教と何も変わらず、その結果、これまでの様な関係ではなく脅威と感じ取った事によって、これまでの様なサポートを受ける事が困難になっていた。

 しかも厄介なのはそれだけではない。元々から極東支部を中心とした活動を今もなお行っている関係上、万が一極東支部がユノを担ぎ出して独立を宣言しようものならば、他の有力な支部もそれに追従する可能性が懸念されている。フェンリルとしては見過ごす事が出来ないと判断された結果でもあった。

 

 

「実に馬鹿馬鹿しい話なのよね。サツキさんは恐らくその事実に何となくでも気が付いてるんだと思うけど、ユノちゃんは詳しい事を知らされてないからね。多分それが原因で落ち込んでるんじゃないかしら」

 

 そう言いながら弥生の視線はアリサとユノに向かったままだった。既にそれなりに時間が経過している事もあってかラウンジには少しづつ人が増えている。

 このままユノがここに居るのは少し拙いと判断したのか、弥生は2人の元へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし面倒な事になったな」

 

 情報管理局の介入が現実のものとなったのか、今回の移動に対して本部から極東支部までの道程の整備と称したミッションが連続して発注される事になった。

 既に決定された事項に基づく内容は各部隊長を通じ、全員の耳に届く事になったものの、その内容のそれはまるで支配下におさめた様な物言いに所属しているゴッドイーターからは苛立ちが募っていた。

 

 

「螺旋の樹の調査が進んでないんだし、今回の件に関しては榊博士も受け入れてるんだからギルがここで何を言っても無駄だと思うよ」

 

 露払いを命じられたブラッドはこの後にこの地を通る予定の本部の移動を助けるべく、周囲一帯のアラガミを根絶やしにしていた。

 既に霧散した物だけでなく、これから消え去るアラガミの数は既にカウントしていない。本来であれば本部の人間が自分達でやるべき事をあも当たり前だと言わん限りの命令でこちらに依頼した事に対し、ギルが憤りを感じていた。

 

 

「ギル。ナナさんの言う通りです。既に極東支部として任務を受託している以上、我々に選択肢はありません。確かに個人的な感情で言わせてもらえれば確かに気になる部分はありますが、それはあくまでも調査に基づく下準備です。後の事は我々の預かり知らない事になるかと思います」

 

 今回の最大の原因でもある螺旋の樹はこれまでに調査をした結果、生体的な反応が見受けられていた。

 侵入する際には何ら問題は無いが、次回の調査をする際に、以前に利用した侵入経路はまるで最初から無かったかの様に見つからず、その都度新たな侵入経路を発見しての調査は内部の様子がハッキリと分からない為に周辺の探索すら困難な状況へと陥っていた。

 その結果、以前までは使えた入り口は既に用を成さず、新たな場所がどこに繋がっているのはすら判断出来ない結果が今回の本部の介入を招いた結果だった。

 

 

「どっちにしても俺達が出来る事はアラガミの討伐だけだ。詳しい事は任せるしかない。ギルもそれ以上の事は考えるだけ無駄だ」

 

 まるで他人事の様な北斗の言葉にギルもそれ以上の言葉を口にするのを止めていた。

 いくら何を言った所で既に本部の人間がこちらへと向かっている。北斗が言う様にいくら何を言った所で予定が変わる道理はどこにも無い。

 到着予定時刻を考えれば後数時間後にせまりつつあった。

 

 

 


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