神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第 肆 部
第210話 介入


「そう言えば、今回の防衛戦では全員が隊長に昇格したんですよね?」

 

「みたいだね。弥生さんの話だとそうらしいけど」

 

 今回の防衛戦は色んな部隊にとって様々な結果を残していた。既に襲撃にあったサテライト候補地はエイジの想定していた以上に被害が軽微だった事から、当時の状況を忘れないとばかりに復興が一気に進んでいた。

 アラガミ防壁のアップデートが終わると同時にすぐに内部の建設へと作業が進む。一度基礎が出来ている事からも、依然と何も変わらない速度での建築技術はこれまでに何度もその状況を見て来たアリサにとって、漸く見慣れる事になっていた。

 

 

「今回の襲撃に関しては結果的にはキュウビの変異種の一連の行動の結果が公式な見解なんだけど、実際に襲撃された箇所から推定すると、やはり螺旋の樹の周辺には影響が出てないみたいなんだよね」

 

 今回の襲撃の際に一番の被害を被ったのはアナグラではなく周辺のサテライト候補地だった。これまではアラガミの偏食傾向から襲撃されにくい場所を検索し、その地にサテライトを建設する流れが出来ていたが、今回の襲撃はそんなこれまでの内容を断ち切るかの様な状況で襲撃されていた。

 

 

「螺旋の樹……ですか。冷静に考えればあれはブラッドの尽力で何となく終わった様にも思えますけど、実際にはあの中ではジュリウスさんがアラガミと戦っていると聞いてます。以前の様に月に放り出したのとは違う訳ですから、今後の状況はともかく今は解析すら進んでいない以上ひょっとしたら何かあったんでしょうか?」

 

「その辺りは兄様にも聞いたけど、実情は全く進んでいないらしいんだ。ただでさえ分かりにくい入口だけでなく、内部の状況は全く分からないから、今後の展開によっては本部が介入する可能性もあるらしいね」

 

 改めてエイジとアリサはサテライト候補地での現場確認と同時に、いつもの様に炊き出しを作るべく鍋に材料を入れている。既に2人の事を知っている職人は新婚だからと言った言葉と同時に、漸くかと言った思いを持ちながらこれまでと同じ様に接していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものかね…」

 

 支部長室で榊は独り言の様な言葉が漏れていた。先ほどまで通信が開いた先は本部の情報管理局。

 これまでに何度か極東支部に対し、情報の開示請求を迫っていたはずだったが、一向に解析が進まない螺旋の樹の件で遂に業を煮やしたのか、これまでの様な迂回的な話ではなく、直接的な内容を迫っていた。

 今回の内容に関しては極めてシンプルな提示だったのか、情報管理局が今回の螺旋の樹に対し、何らかの意図を持ってアピールしたいとの思惑が透けて見えていた。

 

 

「支部長。差し支えなけえばこちらで今回の内容に関しては調査する事も出来ますが、いかがしますか?」

 

 通信が終わった事を確認したのか、秘書の弥生は榊の机の上に緑茶と羊羹を差し出しながら、先ほどまでの通信の内容の意図を図るべく諜報を暗に匂わしていた。

 

 

「それに関してなんだが、今回は我々としても既に手詰まっているのは間違いないんだ。事実、あの螺旋の樹の内部がどうなっているのかは憶測でしか分からないだけでなく、ブラッドの言葉をそのまま信じるのであればジュリウス君が内部でアラガミの侵攻を単独で止めている事になる。

 確かに当時の状況からみれば、あれ以外の選択肢は無かったかもしれないが、今となっては果たしてそれが本当に正しかったと言えるのかが疑問に思えてね」

 

 榊の提案した作戦が現状を維持しているのは弥生も知っている。確かに今の状況が未来永劫続くのかと言われれば疑問はあるものの、既に螺旋の樹がある事に慣れつつあったのか、極東支部の周辺ではそんな疑問すら起こる事は無かった。

 しかし、それはあくまでも極東支部の内部の話であって、外部の人間からすれば今は危ういバランスの上で保たれた仮初の日常でしかない。恐らくはそんな曖昧な対応を続けているフェンリルに対して、外部からの圧力がかかっているのではないのかと予測されていた。

 

 

「今はとにかく一歩も前に進まない以上、最低限の情報は各自に開示させて一旦は本部の意向を受け入れる事にしよう。弥生君、すまないが各部隊長に召集をかけてくれないか?」

 

「了解しました。でも、クレイドルに関してはどうします?ここには殆ど居ませんし、この前の防衛以降はサテライトの建設にそのまま着手してますが」

 

 弥生が言う様にクレイドルでも特にエイジとアリサがアナグラに顔を出すのはここ最近では殆ど無いに等しかった。

 防衛の際に破壊されたサテライト候補地は既に復興と同時に新たな建築の計画が始まっていた。既に外部の防壁に関しては工事が完了している為に、今は建築資材の護衛任務と近くに寄って来たアラガミの討伐が主な任務となっている。

 ソーマに至ってはキュウビのコアによる新たな技術の開発とその研究、リンドウに至っては新人の教導を兼ねた実地と訓練の日々を送っていた。

 もちろん、他の部隊とてアラガミの脅威から護る為に防衛班を中心としたサテライトの防衛任務とアナグラから確認出来るアラガミの討伐がひっきりなしに舞い込んでくる。

 そんな中でのこの情報管理局の来襲は決して穏やかな話になるとは思えなかった。

 

「恐らくなんだが、今回本部からは情報管理局の上層部の人間がここに派遣されるはずなんだ。今の極東支部で情報管理局とまともに渡り合える事が出来るのは君の所の当主だけなんだが……」

 

 そう言いながらも榊はそれ以上の言葉を濁していた。目の前に居る弥生も榊の言わんとしている事は既に理解している。だからこそそれ以上の言葉は何も発する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろだな……」

 

 人知れず赤い頭巾の様な物を被った一人の女性が吹雪で視界が悪い空間をゆっくりと歩いていた。右腕には神機使いの証でもある腕輪がはめられているが、それは従来のゴッドイーターの様な赤色でもなければブラッドの様な黒色の腕輪ではなく、まるでそれが見られると困るかの様に包帯で巻かれている。

 既に右腕には大きな鎌の神機を所有し、周囲を警戒しながら何かを探していた。

 

 

「対象を発見した。……任務を開始する」

 

 その少女の目の前には右腕を抑えながらうずくまる一人の神機使いの姿。周囲にアラガミの姿はなく、まるでそこに一人だけ取り残されている様にも見えていた。

 赤い頭巾の少女が多いな鎌の神機を大きく振りかぶる。無慈悲な一撃が何を意味するのか考える事なく対象物に向けてその一撃を食らわせようとした瞬間だった。

 

 

「その場から離れろ。ここは既に極東の範囲だ」

 

 低く響く声と同時に、これまで周囲を索敵したがそんな気配は微塵も無かった。その声がどんな目的があってこれからしようとした行為を止めたのかを理解するのに時間はそうかからなかった。

 

 

「何……だと……」

 

 その少女は目を見開いた瞬間だった。胸から背中に突き抜ける一振りの黒い刃はうずくまったゴッドイーターの命を一気に散らす。心臓を突き刺した事によって絶命したかと思った瞬間、その神機使いの首も同様に撥ねられていた。

 心臓を貫いた事により、引き抜かれた刃は栓を開けたかの様に周囲に鮮血を散らす。大きな血の花が咲いたその場所に一人の男が周囲から湧き出たかの様に姿を現していた。

 

 

「貴様はどこの所属だ!」

 

 赤い頭巾の少女はと突如として現れた男に対し、最大限に警戒しながら確認をする。

 いくら周囲の状況の見通しが悪いとは言え、ここまで最接近されたのであれば、かなりの手練れである事は容易に想像が出来ていた。

 目の前の男は全身が黒づくめであると同時に、何も描かれていない面を付けている。

 既に臨戦態勢に入っていたのか、その少女は自身の握っている神機の柄を改めて力を込めて握っていた。

 

 

「貴様に答える必要は無い」

 

「私は…フェンリルの情報管理局からの依頼でここに来ている。何故目の前の人間を殺害した!」

 

 少女は語気を強く荒らげながら、いつでも襲撃できるように少しづつ態勢を整えて行く。少しづつ警戒した空気が重くなりつつある頃、面の男は改めて言葉を発していた。

 

 

「貴様には関係ない。これ以上詮索をするなら貴様の命を頂戴する事になる。それが仮にフェンリルの情報管理局所属の人間であったとしてもだ」

 

 面の男の言葉に少女は戦慄していた。先ほどは第三者を装って依頼されたと言ったにも関わらず、目の前の男は所属とハッキリ言っている。

 この時点でこちらの素性が知られていると同時に、少しづつこちらに攻撃の意図がある事を示しているのか、僅かながらに距離を詰めていた。

 

 少女はこの時点で目の前の人間はかなり危険である事を察知していた。これほどまでに足場の悪い場所での戦闘は最悪はどちらかの命が確実に消し飛ぶ可能性が高く、これまで経験した中でも最大級の危険人物である事を察知していた。

 事実、まるで日常だと言わんばかりの言動と同時に、殺気をまるで感じる事無く距離が詰められている。既に気が付けばお互いの致命傷を与える事が可能な距離まで詰め寄られていた。

 

 

「くっ!」

 

 見えないプレッシャーに耐えられなくなったのか、無意識の内に大きな鎌を遠心力を活かしながら面の男に振りかざす。一撃必殺と言える程の斬撃はそのまま斬り裂くかの様に襲い掛かっていた。

 

 

「警告はしたぞ」

 

 面の男は言葉を発したと同時に強烈な一撃を躱すそぶりも見せず、その場から微動だにしない。このまま一気に仕留めようとした瞬間、鎌は本来あるべき軌道を逸らされた事により目的の場所から大きく外れた瞬間だった。

 赤い頭巾の裾を起点とし、肩口まで袈裟懸けに斬られる。派手な鮮血は雪で白くなった大地を血で染め上げていた。

 

 

「これ以上やるならもう5ミリ斬撃を深く入れる。今は表皮を切ったに過ぎない」

 

 斬られた事で漸く少女は何が起こったのかを理解していた。

 明らかに技量が違いすぎていた。面の男がいつ刃を向けたのか理解する事も出来なかっただけでなく、斬撃を往なされた瞬間の手ごたえがまるで無かった。それがまるで当たり前だと言わんばかりに逸らされた所をカウンターで狙われていた。

 このまま対峙するのであれば、その少女の命は確実にこの場で無くなる事を理解したのは本人だけ。このまま戦えば先ほどのゴッドイーターと同じ運命をたどる事しか出来なかった。

 絶望の名の未来は手に取る様に理解できる。このまま戦えば生き残る可能性はゼロに近かった。

 それ以上の抵抗は無駄だと悟ったのか、少女は構えた神機をそのまま地面へと置いていた。

 

 

「貴様にはこれが必要なんだろう。今回はそれを持って行くが良い」

 

 一言だけ発したと思った瞬間、その男の姿は再び周囲に溶け込むかの様に姿を消し去る。その場にあった腕輪だけが先ほどまでの交戦が事実であった事を裏付けていた。

 あまりにも開きすぎた実力差に少女はただ茫然と自分の命が助かった事だけが理解出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが例の特務要員か。フェンリルは相変わらずだな」

 

 先ほどの少女と一戦を交えたのは同じく特務で赴いた無明だった。屋敷の自治区を担保とした対価は以前のヨハネス支部長の頃から未だ継続されいていた。

 事実、極東支部でもその事実を知っているのは支部長の榊と妻のツバキ、秘書の弥生と義弟のリンドウの4人だけ。エイジやナオヤなど屋敷の住人はその事実に関しては何も知らされておらず、その内容は本部でも一部の役員しか知りえない内容でもあった。

 

 先ほどの少女が情報管理局の所属である事は事前に得た情報で知っていた。

 本来であれば年端もいかない様な人間に任せる任務ではなく、ここ極東でのそれは全て無明が只一人請け負っていた。

 もちろん部隊長になった際にはそれも隊長としての職務である事は全員が知っているが、その場面に立ち会った事があるのは現時点での隊長職に就いた者では皆無だった。

 

 

「ツバキか。こちらの任務は完了した。今後の事も踏まえて一度認識を共有化したい。済まないが、この後の予定を全部キャンセルしてくれ」

 

 既に情報管理局がこの地に来ている以上、目的が何なのかは直ぐに見当が付いていた。

 自身の情報からすれば目的の大半は随分と私的な可能性が高い。それが本当なのかは今後の対応次第だと考えながら無明は帰路に着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかそうなっているとなると……これまた随分とキナ臭い話になりそうだね」

 

 無明は一旦屋敷に戻ったと同時に榊を呼び出していた。本来であればこちらから出向くのが当然ではあるが、支部長室では何かと問題が起こる可能性が高いと判断した結果でもあった。

 

 

「事実は未だ不明ですが、恐らくは本部に食い込んだ貴族連中に突き上げられた結果でしか無いかもしれません。管理局の人間を受け入れるのであれば、その真意は確認すべきです」

 

 屋敷には無明とツバキ、榊の3人だけだった。当初は弥生もこの場に居たが、これから話す内容の事を察知したのか席を外している。既に集まってから1時間が経過していた。

 

 

「でもこれまでの様に調査が出来ないのであれば幾ら管理局の人間と言えど、同じ結果になるだけなんだがね」

 

「仮に失敗したとしても名目は達成できるのと同時に、そのまま上手く行けば本部の研究者が今度は流れ込んでくるでしょうね。ただでさえ、技術面では極東支部に大きく水をあけられている訳ですから」

 

 極東支部は以前から他の支部にも目を付けられていたが、今回のブラッドの編入と同時に、現在もなお開発が進んでいるリンクサポートシステムの開発は、技術フォーラムでも何かと注目を浴びていた。

 本来であれば本部が新技術を開発した際に情報を吸い上げる事が多かったが、ここ最近になってからは、他の支部でも極東同様に何かと情報開示を固持しているのか本部にそのまま新技術が還流されるケースは少なくなっていた。

 元々戦場での技術開発は常時最前線に居る極東ならではの内容が多く、時に本部が開発した内容は既に極東では当たり前の技術に成り下がっているケースが殆どでもあった。

 

 

「まぁ、その辺は仕方ないとして今後の対応だね。まずは各部隊長に話をした方が良さそうだね」

 

「情報管理局が来るのが既定路線であれば仕方ないでしょう。その後は出てきた人間次第です」

 

 今後の対策を早急にまとめ、支部の内部の動揺を抑える事を最優先する事が先決だった。

 事実支部の立場からすれば本部の意向は関係無い。にも関わらず推し進めるのであれば最小限に止めたい思惑がそこに存在していた。

 

 

 


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