「γチーム神機に機能減衰が見られます。すぐにその場から退避して下さい!タツミさんも早くその場から退避して下さい!」
ヒバリの悲痛な声がその場に響き渡る。
既に交戦してから1時間以上が経過した戦場に、突如として変化が現れ出した。最大の要因は各自の神機の機能減衰による急激なバイタルの悪化。少し前に聞いたアラーム音が再び部屋中に鳴り響く。それが何を意味するのかを誰もが知らない訳では無かった。
一気に悪化するその信号はまるで底が抜けたバケツの様に一気に低下し始める。既に最低のラインまで下がり切ったそれが示すのは対峙している人員の命の保証が既に無い事だけ。
これまでの状況下でよく戦線が維持できたと思える程の攻撃はお互いに一歩も引く事すら出来ない程にギリギリの状況だった。
しかし、それはゴッドイーターだけの話ではなく、対峙したアラガミから感知できるバイタル信号も最早虫の息である事を示している。
既にこれが最後の戦いだと言わんばかりの状況にヒバリだけでなくフランやウララも見ている事しか出来なかった。
《ごめん。ちょっとそれは無理だ》
通信機越しのタツミの声は余りにも弱々しい物だった。
アナグラから状況を判断出来る者は個人の生体データのみ。当然ながらその状況に関しての詳細を知る術はどこにも無かった。しかし、これまでのオペレーターとしての経験から今のタツミがどんな状態に陥っているのかだけは容易に想像が出来ていた。
幾らどんな状況下でも諦める事を止めない限り生き延びる可能性は極めて高い。しかし、今のタツミの声からは既にその諦めが入り混じった様にも聞こえていたのか、ヒバリが今どんな表情をしているのかを見ようとは誰も思わない。
既にバイタルのデータは観測しきれない程に低下したままピクリとも動く気配は無かった。
「ヒバリさん!これで何とか間に合うはずです!」
悲壮感が漂う部屋に先ほど飛び出したはずのテルオミが走りながらに腹を抑えている。先ほどの厳しい一撃を食らった事で漸く冷静になったのか、その表情にどこか先ほどまで抱えていた憂いは消え去っていた。
「今ならまだ間に合います!」
突如として隣に置かれたコンソールの操作を一心不乱に操作し続けるテルオミの表情に諦観は存在していない。まるでこれが当たり前だと言わんばかりに淀みない操作はこれから何が起こるのかは誰も予測出来なかった。
「このままだと見殺しだぞ……」
リンドウだけでなくソーマやエイジも突如として現れた球体に対し、なす術も無いまま現状に甘んじる以外に何も出来ないでいた。
既に低下しきったバイタルだけでなく、これまで自分の手足の様に動いていた神機はまるで死んだのかと思う程に沈黙を保ち続ける。
現時点で神機の稼動が事実上の不可能に近いのは可変型神機の使い手でもあるエイジとアリサ。リンドウは自身のオラクル細胞に変調を来しているのか神機の形状に保つ事すら困難な状況へと追いやられている。それ程までにキュウビの頭上に浮かぶ球体が忌々しいと思った事はこれまでに無かった。
現に感応種との戦いでは無理矢理神機を稼動させたソーマの神機も既に沈黙している。このまま目の前でタツミの命が散る事を見ているしかないのかと思える程の状況は屈辱以外の何物でも無かった。
「何とかならないのか!」
余程攻撃されたことによりキュウビの意識は既に接近していたタツミへと意識が向いていた。このまま捕喰される未来しかないその状況を指を咥えたままに見ている程このメンバーは薄情ではない。
今出来る事をやってから考える正にそう考えた矢先の事だった。
《リンクサポートデバイス効果発動》
全員の通信機越しに響くテルオミの声に何が起こるのが理解出来ないまま全員はタツミに視線を向かわせていた。既に捕喰しようとキュウビの前足はタツミの肩口から胸にかけて大きな三条の線を残すと同時に血飛沫が舞う。
まるで弄ぶかの様な雰囲気と同時にタツミの意識は半ば混濁し始めていた瞬間だった。これまでに無い感覚が全員の体内に何かを降り注がれていく。
それが何なのかはこの場に居る人間は分からないまでも、ほんの少しだが先ほどまでの状況から回復したのか、真っ先にリンドウがタツミに向かって走り出していた。
「アリサ、僕たちも行こう」
「はい!」
僅かに回復した神機は戦闘に入るまでの状態に戻ってはいない。しかし、絶望の中から舞い降りた蜘蛛の糸は希望を照らすには大きかった。
確実に仕留める事だけを考え、エイジとアリサが走り出す。それと同時にソーマもまたキュウビめがけて走り出していた。
「タツミ!くたばるにはまだ早いぞ!」
リンドウの声に混濁し始めたタツミの意識は回復したのか目の前に横たわったロートアイアンはまるで自分を使えと主張するかの様に鈍く光る。体力の限界値を超えたその身体を無理矢理動かし、目の前にあったキュウビの右目を斬りつけていた。
まさかの攻撃にキュウビも僅かに眼下にいたはずのタツミへと意識を向けた瞬間だった。
まるで視界を塞ぐかの様にアリサの銃撃がキュウビの顔面を捉える。ギリギリの戦いの中での意識の断絶は死を意味する。キュウビはそれをまじまじと体感する事になっていた。
「くっそ固ぇな!頼んだぞソーマ!」
「んな事言われなくても分かってる」
リンドウの勢いを付けた一撃は死角となった右側からの一撃。肩口から入るその斬撃は本来であれば完全に斬捨てる事が出来る程の威力を秘めている。しかし、機能不全に追い込まれた事によって従来の様な攻撃力を発揮する事は出来ず、肩口から30センチ程の所で斬撃が止まっていた。
それに追従するかの様にソーマの力任せの一撃はキュウビを吹っ飛ばす程の勢いで大きく態勢を崩していた。キュウビとてこのままむざむざとやれるつもりは毛頭無い。目の前にいるタツミから始末せんと前足を振り上げタツミを潰そうと襲い掛かる。質量を持った大きな足が影となってタツミの頭上にかざされた瞬間だった。
「これ以上はさせない!」
エイジの一撃がキュウビの前足を斬り落とす。驚愕の一撃に驚いたのかキュウビはこれまでに無い程に大きく態勢を崩していた。
「これで終わりだ!」
目の前にはタツミとその相棒のロートアイアン。タツミの一撃はキュウビの断末魔と共にその命を散らすと同時に、先ほどまで苦しめていた球体はそのままかき消されたかの様に消滅していた。
「対象アラガミの討伐確認……至急…救護班を……向かわせ……ます」
キュウビの討伐が完了出来た事を知ったその瞬間、オペレーターが在籍していた会議室に歓喜の声が響いていた。既にこの状況は極めて際どい物であった事はオペレーターだけでなく、その周囲に居た人間誰もが知る事となってた。
事実上のアナグラの最高戦力がギリギリでも命のやり取りをし、常時危険を示すアラートが鳴りっぱなしのその状況がどれ程の物なのかを知らない人間は居ない。
既にヒバリはそれ以上の言葉を出す事が出来なかったのか、帰投の指示はさりげなくフランが進めている。今回の状況がどれ程だったのかは全員が知る事となった戦いは余りにも代償が大きすぎると思える程の内容でもあった。
「こちらテルオミ。タツミさん大丈夫ですか?」
《こっちは何とかって所だ。出来る事なら早く迎えが来て欲しい所だが、他の状況はどうなってる?》
「こちらの感知できる広域レーダーにアラガミの反応はありません。救護班が同乗し、ヘリは既にそちらに向かっています。到着まであと15分程です」
《了解》
通信が切れる頃、改めて今回のログをテルオミは覗いていた。アラガミの起こした状況が何なのかはこれから解析される事になるが、今回のキュウビの様な攻撃はある意味では感応種よりも厄介な代物でもあった。
偏食因子に何かをもたらす物でもなく、ただ神機の活動を停止させ、それに関する全ての物までも影響下置く事が出来る攻撃はある意味ではゴッドイーターの天敵となる可能性を秘めている。
それが何なのかは今後解析が進むとは思うも、今はただタツミ達が無事に生還する事だけを考える事にした。
「今回の防衛戦は大変だったな」
防衛戦から1週間が経過する頃、漸く全員が戦線に復帰する事が出来たからとアナグラの外部で盛大な打ち上げが開始されていた。
帰投直後の6人を出迎えたのはヒバリ達オペレーターだったが、ヘリから降りたタツミを見た瞬間、ヒバリの顔色は一気に青ざめていた。バイタルがギリギリだった事は知っているが、まさかこんなに酷い状況だったとは思ってもいなかった。
既にジャケットはズタズタになり、肩口から胸にかけて大きく斬り裂かれた三条の筋には血が滲んでいる。既に止血された事もあってかタツミの顔色は当初よりはマシになっているが、それでも血を流し過ぎたのか僅かに蒼白気味だった。
すぐに医務室に直行となると同時に即入院のそれは完全に回復するまでに時間が必要だった。
「俺達もキュウビを討伐したが、まさかタツミ達の所もそうだったとは後で聞かされた。変異種だったんだろ?」
「出来る事ならもう対峙したく無いってのが本音だな。あんなのがうようよ出る様になったら最悪だぞ」
怪我から復帰したタツミを待っていたかの様な打ち上げは任務が無い全員が参加していた。
既に早々と撤退させた新人も今回の討伐の内容は知らされている。もちろん完全では無いものの、結果的に討伐出来たからと厳しい雰囲気はそこにはなく、少しだけ忘れたい様な空気が漂っていたのか、とにかく騒いでいた。
タツミも既に怪我そのものは回復しているのか、右手にはアルコールが入ったグラスを片手にブレンダンと今回の内容を話していた。
「榊博士の話だと早々キュウビの個体が無いのと同時に、変異種になる可能性は更に低いって話だ。当面はそうナーバスになる必要は無いんじゃないのか?」
ブレンダンの言う様に今回のキュウビの変異種に関しては榊の口から早々に結論だけが発表されていた。元来キュウビそのものが生体としての数が少ないだけでなく、その結果となった変異種への変化は更にかのうせいが低い事だった。
今回の戦いは、これまでどこか楽観視してきた人間はにとって冷や水を浴びせられた結果となったのか、改めて教導に励む人間も多くなっていた。
万が一自分が対峙した際に生きて帰る事が出来るのかすら怪しいその戦いは支部全体を引き締める結果となっていた。
「だと良いんだがな……ってそれ俺が育てた肉だぞ!勝手に食べるなよ」
本来であればラウンジでもと予定したが、あまりにも参加人数が多かった事から急遽外でのバーベキューへと変更を余儀なくされていた。
既にあっちこっちで実施されているのかタツミとブレンダンだけでなく、この場にはシュンやカレル、ジーナとカノンと旧第2、第3部隊の人間が集まっていた。
「何言ってんだ。タツミが食べないから焦げる前に俺が食べてやったんだ」
そろそろ焼けたと思い、箸を伸ばした瞬間横からシュンが肉をさらっていく。少し前に見た様な光景が広がっていた。
「って言うか、お前は食べるだけじゃなくて少しは焼くとか何かしろよ!」
「あのな、俺達だってキュウビの討伐したんだぞ。少しくらいは良いだろ!」
「最後はジーナが掻っ攫ったがな」
「一々言うな!」
「シュンの活躍を奪ってごめんなさいね」
シュンの言葉にカレルがツッコみを入れる。確かに最後の一撃放ったのはジーナの銃弾だが、それまでにシュンの毒の効果が発揮されたのか、それともこうれまでの攻撃が蓄積された結果なのか、キュウビの討伐そのものは割とスンナリ終わりを告げている。
本来であれば防衛班がやるべき任務では無いが、持ち前のポジティブな考えからの行動が功を奏した結果となっていた。
「そう言えば、今回のあれは何だったんですか?」
「あれは試作品だったんだけど、リンクサポートシステムを媒体にして従来の神機の機能を少しだけ緩和させると同時に、オラクル細胞を活性化させる機能だよ」
防衛班のテーブルから少し離れた所でオペレーターチームはリッカとナオヤも同じテーブルに着いていた。既にアルコールが入っているのかリッカの顔は少し赤く、酔いが回った事でいつも以上に饒舌になっていた。
「そうだったんですか。でもあれが発動しなかったかと思うとゾッとしますね」
「正直な所分が悪い賭けだったんだけど、何とか起動したのがせめてもの救いだな。因みにあの後何度か試したが起動する気配すらなかったからな」
フランの言葉に右手にトング、左手に皿を持ったナオヤが焼けた肉を次々と持ってきながら答えている。
既に出されたアルコールがどれ程の量なのかは考えたくない程にビンがテーブルの下に転がっていたの見ながらもリンクサポートシステムの事を思い出していた。
当初開発した際に感応種の対抗措置として研究した物だったが、今回の試作品に関してはこれまでの理論とは違った角度のアプローチで作られていた。理論上は可能だが、現場でどんな効果を発揮するのかはやって見なければ分からない。その結果、試作品が効果を発揮すれば何とかなるだろうとの言葉からそのまま動作確認の一環として現地へと運んでいた。
「結果オーライって事ですよね。タツミさんも助かりましたし、これで一件落着ですね」
テルオミの言葉に当時の状況を思い出したのかヒバリの顔が赤くなっていた。確かにあの時はそれ以上の出来事があった為に、当時の状況場既に忘却の彼方へと行っている。既にその事実をヒバリ自身も忘れていた所だった。
「そうそう。あの時のヒバリったらさ……」
「リッカさん。その話についてはまた追々と……」
「確かにあの時のヒバリさんは大変でしたから」
「ちょっとフランさんも!」
バイタルがギリギリの頃からヒバリは冷静なオペレート出来たのかと言われると何も言えなかった。
特に最後の場面に関しては討伐が完了してからは周囲の歓喜の声にかき消されたが、間違い無くヒバリは嗚咽交じりに涙していた。これほどまでに追い込まれた戦いがあった事をヒバリは知っている様で知らない部分が多々あった。
今回の総力戦には様々な課題が残るも、防衛班の活躍がなければ恐らくはこの場にいた人員の3割程は殉職していた可能性が高い。
特に従来であればミッションは本人のランクに基づいた内容でしか発注しないが、緊急事態では多少のアンバランスは自力で何とかする必要があり、またその結果幾つものミスマッチが生まれていた。
厳しい局面では何度かタツミだけでなく、カレルやシュンの指示が出た事によって戦線の維持が保たれ、結果的には微小な被害で抑えられている。
これが他の支部であればどんな結果になるのかは考えただけでも身震いする様な内容だった。
「ヒバリさんもですけど、僕も痛い思いをしたんですから、少しくらいは役立ってもらわないと困るんですけどね」
「あれはテルがリッカに襲い掛かっていたからだぞ。それでも手加減したんだから大げさすぎるんじゃないのか?」
「ナオヤさんは鍛えてますから他の人の一撃よりもキツイんですよ。あの後鏡見たら驚いたんですから」
リッカに詰め寄ったテルオミはその後シャワーを浴びるべく何気に鏡を見ると拳大の痣を発見していた。確かに冷静になれなかったのは仕方ないが、幾らなんでもこの仕打ちは無いはず。そんな事が今思い出されていた。
「これからは何があっても冷静でいられるだろ?我を忘れる場面があるならその都度やるけど?」
「それは遠慮したいですね。今後は冷静に対処しますから」
当時の経緯をごまかすかの様にテルオミは自分のグラスの中身を一気に飲み干す。既に時間が経過したからなのか、当時の緊迫した空気は既に薄れ始めていた。