神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第206話 囮と分断

「ったく次から次へとキリが無いぞ」

 

 γチームのリンドウは珍しく苛立ちを隠せないでいた。今回の最大の作戦群の中にキュウビが混じっていた事だけなく、苛立ちの最大の原因となったのは目の間に居るキュウビは通常種ではなく、変異種だった。

 当初はこれまでのキュウビの行動パターンを参考に、各自お互いの行動を制限し無い様に行動していたが、徐々にそのパターンが乱れつつあった。

 

 

「ソーマ。ここらで一発やるか?」

 

「馬鹿か。出来るならもうやっている」

 

 ペースが乱れたのであればそれを回復させるのが戦局を立て直すには手っ取り早い。

 しかし、それをひっくり返す為に必要な物資でもあるスタングレネードの手持ちは既にリンドウとソーマの手元には存在していなかった。

 変異種のキュウビの最大の特徴は以前に討伐した種とは違い性格なのか、それとも変異種独特の気性の荒さなのか随分と交戦的な部分だった。

 これまでの様な動物的な行動がなりを潜めると同時にアラガミ特有の捕喰傾向が強いのか、誰か一人だけを決めつけたかの様に執拗に攻撃をする点だった。このメンバーの中で最大のアキレス腱となったのが、一番経験が浅いエミール。

 タツミやカノンには一瞥すらせず、まるで一番やりやすいとばかりの行動にリンドウとソーマもフォローだけで精一杯の状況となっていた。

 

 

「まさか、狙ってやってるなんて事は無いよな?」

 

「そんな事知るか。今は何とかエミールから引き剥がす事が最優先だ」

 

 このメンバーの中では確かにエミールが一番経験が浅いのは誰もが知っている。だからと言ってエミールが悪い訳では無かった。

 カノンとタツミは元々守勢に回っていた事もあってか、突如として現れたキュウビの変異種はターゲットにすらしていない。元来の野生の名残なのか、それとも何かが違ったのかキュウビはひたすらエミールを狙った事によって、事実上の携行品の殆どを使う羽目に陥っていた。

 

 

「僕がふがいないばかりに……おのれ闇の眷属よ!今度こそ神をも倒す一撃をくれてやろう!冥土の土産に持って行くがいい!」

 

 エミールは自身を奮い立たせるかの様にタプファーカイトに火を入れる。その燃え盛る炎が今のエミールの心情を表していた。

 奮起したのかエミールの視線はキュウビから外れる事は既になく、まるで一騎打ちと思える緊張からなのか、周囲の人間は見守る様に見ている様な雰囲気だけが存在したと思われた瞬間だった。突如としてキュウビの後ろ足に激しい音と衝撃が加わる。

 余りの威力に周囲の砂埃が舞い散っているのか、その中から現れたのは自信のスヴェンガーリーの銃口を向けたカノンだった。

 

 

「まだ倒れないなんて……肉片にしてあげるね」

 

「タツミ!何でカノンがあそこに居るんだ!」

 

「あれ?なんであんな所に居るんだ。カノンこっちに戻れ!」

 

 突如として現れたカノンの同行はその場にいた全ての人間が虚を突かれたからなのか、リンドウがタツミに向けて放った一言だけが全てを物語っていた。

 先ほどまで隣に居ると思いこんでいたタツミでさえも、カノンの行動の予測が出来ないでいたのか動揺は隠せていない。

 改めて銃口を向けるカノンは再び引鉄を引く。既に被弾したキュウビはそれを察知したかの様に大きく跳躍しながら距離を取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュウビの変異種?」

 

「今、リンドウさん達が交戦中なんですが、どうやらその個体の特徴なのか、気性が荒く現時点での携行品は無いらしいです」

 

 先ほどまでの戦いを他所にエイジとアリサはジープで移動していた。途中の情報をアナグラから確認したアリサが運転するエイジへと情報を伝える。既に時間がどれ程経過したのか分からない程に2人の心の中は焦りが出ていた。

 

 既に一度でも対峙した事があるアラガミだとしても精神的な余裕は必要不可欠なのは既にゴッドイーターの常識となっている。

 これまでにも結果的には携行品の使用がないまま任務完了となるケースはあったが、それでも何も所有しないままで出向く事は一度もない。既に手慣れた任務の内容だとしてもアラガミまでもがそうだと言う保証がどこにも無いのが一般的だった。

 常に学習する事で進化し続ける個体は人類の想定をいとも簡単に越えてくる。既に携行品が無い事がどれ程の事なのかをエイジとアリサだけでなくヒバリも理解しているからこそ逐一情報を更新していた。

 

 

「変異種の特徴とかって何か分かってますか?」

 

「こちらで確認出来る事は特にありません。目立った変化は分かる範囲であれば気性が荒い事と、特定のゴッドイーターに狙いを付けて執拗に攻撃している点です」

 

「特定の……ですか」

 

 ヒバリの言葉にアリサはそれ以上の事は何も言えないでいた。これまでにも知能が高いアラガミはどこか戦略じみた行為をする傾向が多く、これまでにも何かと苦しめられてきた。今γチームが戦っているキュウビも最近ではその中の一つに当てはまる。

 そんな知能が高いアラガミの変異種ともなれば苦戦するのは間違いと思うのはある意味仕方ない部分だった。

 

 

「すみません。ここで一旦通信を切ります」

 

 突如として切れた通信だけでなく、その瞬間のヒバリの声には大きな動揺が含まれていた。変異種のキュウビとこれまでの内容。そして突如として切れた通信が何を示すのかは分からないが、携行品が無い事から導き出される可能性はそう多くは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このマルドゥークはやたらとしぶといな。ダメージ的にはそろそろだと思うが……」

 

 ギルの言葉は既にどれ程の時間が経過したのかすら分からない程に力が弱々しかった。

 結果的には無明の一撃によって始末されたイェン・ツイーを尻目に、改めて北斗達はマルドゥークと対峙している。本来であれば既に討伐が完了してもおかしくないと思える程のダメージを与えているにも関わらず、目の前のマルドゥークは未だ健在だった。

 既に両前足のガントレットはナナによって結合崩壊を起こし、後ろ足も破壊された事によって自慢の機動力すら既に無くなっている。

 本来であればこのまま討伐出来るはずが、未だ倒れる事が無い事にギルだけでなく、他の全員も同じ様な事を考えていた。

 

 

「直覚によるデータからも既にギリギリの状態である事に間違いは無いんですが……」

 

 少しだけ距離を取りながらも一定の警戒と視線を外す事無くブラッドはマルドゥークと対峙している。以前のロミオを襲った個体は既に霧散している以上、早々知能が高いアラガミが出没する可能性は無いだろうと考えていた。

 しかし、目の前に対峙したマルドゥークの目には未だ力が残っている。本来であれば真っ先に逃亡してもおかしくないが、それでも結果的には逃げる素振りすら見える事は無かった。

 

 

「シエル。あのマルドゥークなんだけど、やっぱり何か変だと思わないか?」

 

「確かに言われればそうですが」

 

 既に虫の息と取れる程のダメージを受けながらも未だ対峙するそれに北斗は違和感を感じていた。

 シエルの能力がこれまでに間違ったデータをはじき出した事は一度も無い。しかも攻撃の手ごたえだけを見れば軽いとは言い難い一撃を何度も直撃させている。

 確かにアラガミの生体は未だ解明されない部分もあるものの、これほどまでに生存に特化した情報はこれまでに一度も感じていない。そんな矢先の事だった。

 不意に北斗の中で一つの可能性と疑惑が生じる。まさかと思いながらもそれが事実であれば、今回の襲撃の可能性とその特性を垣間見た様な錯覚に陥っていた。

 

 

「シエル。悪いけどもう一度マルドゥークに向かってブラッドバレッドを放ってくれないか?」

 

「それは構いませんが、何かあったんですか?」

 

「いや。少し確かめたいんだ。頼む、やってくれ」

 

真剣な表情で北斗はシエルに対し頭を下げる。今は行動が先決だと無言の命令の様にも見えていた。

 

 

「……分かりました。では準備に入ります」

 

 改めてシエルは自身の神機を銃形態へと変形させると同時に、アラガミの命を刈り取るべくアーペルシーの銃口をマルドゥークに向ける。

 一定の距離があるにも関わらず未だ動く気配が感じられないそれに対し、北斗以外のメンバーも違和感を感じ始めていた。

 

 

「手ごたえありです」

 

 無慈悲な一発の銃声がマルドゥークの眉間を直撃する。動く気配が無いと思われたマルドゥークは元からなのか、それとも今しがたなのか体の輪郭が徐々に崩れ出したと思った瞬間だった。まるで何もなかったかの様にそのまま霧散し始めていた。

 

 

「北斗、あれは一体?」

 

「恐らくは既に命が無くなっていたのかもしれない。可能性としては低いとは思うが、何故なのかを考えても今は何とも言えない」

 

 北斗はそう言いながらもこれまでに戦っていた経緯を改めて考えていた。今回の最大の特徴でもあるのがリンクサポートシステムによる検証と同時に同時多発攻撃を防衛する為の作戦が行使された点だった。

 しかし、当初の予定とは大きく違っていたのは今回の任務は防衛班だけでなく全戦力と投入した点だった。そこから導き出される事は一つだけ。既にこのイェン・ツイーとマルドゥークの交戦がブラッドをここに止める為の囮の可能性だった。

 しかし、それが事実なのかを検証する暇は既になく、目の前で霧散した事と、既に指定の場所から大きく逸脱しているのが何よりの可能性でしか無かった。

 

 

「フラン。現在の状況はどうなってる?」

 

《現在の所、αチームとβチームの合同でキュウビの討伐が完了していますが、γチームにも同じくキュウビと交戦中ですが、これは変異種の可能性が高い事もあって、現在はα、βのチーム編成は解除。今はエイジさんとアリサさんがγチームの元へと移動しています》

 

 フランの言葉に北斗はやはりと言った表情を浮かべていた。今回の作戦の最大のポイントはお互いの戦力の分断。誰が何をどうするではなく、それぞれが完全に分けられた事によって一極集中する事を完全に防がれていた点だった。

 

 

「フラン。ここからγチームへの移動は可能なのか?」

 

《残念ですが、そこからの移動は既にヘリでの行動となります。しかし、現在は主戦力を残し他の戦力は一旦アナグラへと帰投している途中なのでブラッドの元に帰投用のヘリを向かわせるのは最低でも1時間は必要です》

 

 冷静なフランの通信に北斗だけでなく全員がここで理解していた。先ほどまで戦っていたマルドゥークは確かに手こずったのは事実だが、それは単に足止めするだけの工作でしかなく、これがアラガミが本能で立案した作戦だとは考えにくいままだった。

既に移動用の車も無い状況下では何も出来ない。この時点でブラッドが今回の作戦での事実上のリタイアとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。でも良かったんですか?本当の事を言わなくても…」

 

「テルオミさんの言いたい事は分かります。しかし、あそこからブラッドを一気に運ぶ手段が無い以上、私達も今はただ見ている事しか出来ません。そう言うのであれば気丈に振舞うヒバリさんの方が大変なんです」

 

冷静を装いながらフランは通信を切ると、大きなため息をつくかの様にゆっくりと息を吐いていた。

既にアナグラの会議室でのオペレーションは各部隊の帰投だけでなく、現在戦闘中のログが表示されている。先ほどフランが言った気丈な振る舞いはそのログの内容そのものにあった。

 これまでの経緯から判断すればキュウビの変異種は異常とも取れる行動を繰り返した事もあってか、既にエミールは事実上の退場となっている。元々の偏食傾向がそうさせるのかは分からないがキュウビの変異種は負傷したゴッドイーターを捕喰する事はなく、それまでに交戦した物に一瞥をくれる事すらなく戦い続けている。

この場にいたフランとテルオミだけでなくウララでさえも今の戦場がどうなっているのか分かり易いほど交戦中のゴッドイーターのバイタル信号が際どいゾーンに入ったまま回復する事無く危険を知らせるアラームだけが部屋中に鳴り響いていた。

 

 

「このままだとちょっと拙くないですか?」

 

「それは分かってますが、エイジさん達が到着するまでにまだ5分程かかります。それまで何とか現状を打開する手段があれば良いんですが……」

 

 ヒバリの目は画面を見つめているが、手元はせわしなく動いているのか、インカム越しの言葉の内容は極めて厳しい部分があった。この時点でオペレーターが出来る事はただ見ているか祈る事しか無い。既に悪くなる事すら無いと思われる状況が更に一段と悪化していくのは見ているだけの人間にとって無力だと叩きつけられている様にも見える。

 既に画面全体が警告の赤色で覆われている以上、フランとテルオミも出来る事は何もないままだった。

 

 

「あの、私達に出来る事って無いも無いですか?」

 

「ウララちゃんの考えは分かるけど今出来る事は無いんだ。せめてもう少し何とか時間を稼ぐか、現場で対応が出来ればとは思うんだけど…そうだ!ちょっとリッカさんの所に行ってくるから」

 

「テルオミさん!」

 

 ウララの言葉にテルオミは何かを思いついたのか会議室を離れると全力で走っていた。このまま見ているだけで終わるのはオペレーターである以上仕方ないのかもしれないが、それでも目の前で起こっている事に対し、多少なりとも抗う事が出来るのであればその可能性にかけたい気持ちだけがあった。

 既に理論上は完成してるとは聞いている。あとは実際にどんな状況になるのか実地試験を待つだけの物があった事を聞かされた事が思い出されていた。

 

 

「リッカさん。たしか例の装置は実験段階なんですよね!」

 

 息も切れ切れにテルオミはリッカに詰め寄っていた。以前に聞いたリンクサポートシステムを使った支援システムの応用版が理論上完成し、今は実験の途中である事だった。

 テルオミの言う例の装置の言葉を理解したのか、テルオミの呼吸が戻るまで待っておく事にしていた。

 

 

「あれの事?あれならここには無いよ」

 

「じゃあ、今は何処にあるんですか!」

 

 テルオミの気迫のこもった言葉にリッカが気圧されている。既にこの場に無くても知覚にあれば今からでも稼動させる時間があるからと、テルオミはリッカに詰め寄っていた。

 

 

「ちょっ、ちょっとテルオミ君。痛いよ」

 

「リッカさん!どこにあるんですか!」

 

 リッカの肩に置かれた手に力が入ってたのか、リッカの顔が苦悶に歪む。しかしこの状態のテルオミがまともに話しを聞くとは思えないと判断したのか、リッカはこの場から何とか離れる事だけに専念していた。

 

 

「テルオミ。少しは落ち着け」

 

 低く響く言葉と同時にテルオミの腹に鍛えられた拳が突き刺さる。その瞬間テルオミは呼吸が出来なくなったのか、ここで漸く今の状況を認識出来ていた。

 

 

「テルオミ。少しはリッカの言葉を聞く様に努力しろ。確かにここには無いが、ある所にはある」

 

 ナオヤの拳がテルオミの腹に刺さった事で漸く自分が周囲を見ていない事を思い出されていた。気が付けば顔なじみの人間がナオヤとテルオミの事を見守っている。つい最近までここに居た以上、テルオミは弁解する事が出来なかった。

 

 

「すみませんでした。どうやら取り乱していたみたいです」

 

「突然どうしたのかと思ったよ。リンクサポートシステムは確かにここには無いけど、既に今は現地に到着しているから、そろそろ稼動するはずだよ。そんな事よりも君がここに居る時点で何かと拙いと思うんだけど」

 

 技術班には不釣合いなオペレーターの制服は今のテルオミの所属を表しているかの様に白く綺麗なままだった。普段から油にまみれる事が無い為に服が汚れる心配も無い。それが何を表すのかは言うまでも無かった。

 

 


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