神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第205話 各々の任務

 

「エイジさん。コウタさん達βチームは現在キュウビと交戦中です。速やかに合流をお願いします」

 

 コウタ達βチームが交戦を開始した情報はすぐさまエイジ達αチームにも届いていた。 キュウビの出現した場所だけでなく、現在感応種と交戦しているブラッドの中間地点でもあるこの場所からは即座に判断される程の距離となっていたのが幸いしたのか、既に行動を起こすべく準備に入っていた。

 事前に出た指示に曹長以下は既に撤退している。現在この場に残されたのはエイジ以外にはアリサとブレンダン、ジーナだけだった。

 

 

「エイジ。キュウビは確かこの前までクレイドルが追いかけていたアラガミの事だったと思うが、俺達も参戦して大丈夫なのか?」

 

 ブレンダンが心配するのは当然だった。当初キュウビと対峙した際にクレイドルは一度目の前で取り逃がしている。

 勿論、何もデータが無い状態と現状では比べる対象が違うのは重々承知の上ではあったが、これまでに防衛班がキュウビとの交戦が無かった事もあってか、確実な行動を起こす為にエイジに確認していた。

 既にジープは砂ぼこりを上げながら全速で走っている。本来であればヘリを使うのが一番早いが、この場所からでは到着から移動までの時間を考えれば車の移動の方が結果的には早いと判断されていた。

 

 

「当時は何も分からないままでしたからね。でも今は討伐のデータも行動原理も分かりますから、以前の様な事にはならないと思います。後はどれだけ上手く攻撃を捌けるのかだと思いますよ」

 

 ハンドルを握りアクセルは床を抜くかの様な勢いで踏みつけながらもエイジは周囲を確認しながら走らせている。この音にアラガミが引き寄せられる事になれば本末転倒の可能性が高く、また一刻も早い到着が要求される事もあってか、ブレンダンとの会話を交わしながらも視線は周囲を見渡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一気に仕留めようとするな!様子を見ながら被害は最小限に止めるんだ!」

 

 コウタの声が戦場に響く。既に目の前のキュウビは全身の毛を逆立てるかの様にし、周囲を威嚇する。それがまるで何かの合図かの様に戦端は一気に切って落とされていた。

 これまでの戦いの中でも最大限に厳しい戦いである事は間違い無かった。既にコウタの指示で普段であれば突撃隊長とばかりにエリナが突進するが、流石に目の前のキュウビにも同じ様な事が出来るとは思ってもなかったからなのか、お互いの間合いを考えながら行動を起こしていた。

 

 

「ヒバリちゃん。エイジ達はどうなってる?」

 

《現在はコウタさん達βチームへと移動を開始していますが、恐らく到着まで15分程かかる可能性があります》

 

「15分か……ありがとうヒバリちゃん」

 

 ヒバリが伝えた15分の時間はコウタが思った以上に長く感じられていた。未だ膠着状態となってはいるが、目の前のキュウビは既に突撃の態勢に入っているのか前足に体重がかかり、既に突進する寸前の状態となっている。

 このまま回避だけを続ける訳にも行かないだけでなく、既に合流したカレルとシュンも最初の第一手を見極めようとしていた。

 

 

「来るぞ!」

 

 コウタの言葉に全員が散開していた。このメンバーの中でコウタだけが唯一クレイドルの隊員である事から、キュウビの行動パターンがリンドウやエイジから聞かされていた。

 しなやかに動くその行動とは裏腹に、これまでに討伐したアラガミよりも攻撃力が高いそのキュウビはこのメンバーだけで討伐出来るのかすら怪しい物となっている。

 既に属性が伝えれている事から、防戦一方になる事を避けるかの様にカレルがキュウビの目に向かって銃撃を放っていた。

 

 

「カレルさん退避だ」

 

「一々俺に指示を出さなくても大丈夫だ。お前こそ自分の部隊の人員の心配でもしていろ」

 

 当たり前の様にカレルはキュウビの突進を回避していた。これまで防衛班はその名の通り、サテライトの防衛を最優先とした任務に各自が事実上の単独で就いていた。

 アナグラからも念の為にと何人か新人に毛が生えた程度の神機使いを同じチームで行動をしているが、完全に信用しきれないと判断したからなのか、それとも最初から居ない物だと判断した結果だったのか、全体を俯瞰で見ながらの攻撃方法はコウタと同様に遠距離型特有の行動パターンを作り出していた。

 それ故に直撃を避け、回避行動を最優先に動いていた。

 

 

「カレルだけがやれると思ったら大間違いだからな」

 

 シュンの持つラトルスネイクはこれまでの神機使いには珍しくベノム効果が付与された神機を使っている。

 従来の様な生物に対してのそれでは無い為に致死量が分からないアラガミに対し、どこまで有効なのかは未だハッキリとしていない部分が存在している。

 しかし、アラガミとてオラクル細胞を準拠した生物である事から即死の効果は無くても徐々にその命を奪う事が可能である事が検証されていた。

 突進した直後の隙を逃す事無くシュンは気配を殺し最接近する。本来であれば捕喰行動に移るが、このアラガミの特性が分からない以上、今は確実に毒を与える方を優先させている。

 

 

「ざまぁみろ!」

 

 シュンの一撃がキュウビの太ももを貫く。それに呼応したかの様に神機に付与されたオラクル由来の毒がキュウビをゆっくりと蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「焦るなナナ!」

 

 キュウビとの討伐が開始される頃、ブラッドは2体の感応種と未だ交戦を続け居ていた。

 これまでの事を考えれば感応種が同時に出てくるケースは殆ど無く、今回のミッションでの内容も事実上初めてと言っても過言では無かった。

 お互いの属性が正反対であるだけでなく、お互いがまるで連携しているかの様に属性の異なる攻撃を交互に繰り返している。既に交戦してから30分以上が経過しているが、現時点では未だ結合崩壊の兆しすらなくこのまま先が見えない状況が続いていた。

 

 

「分かってるけどさ」

 

 北斗の声にナナは珍しく声を荒らげていた。このメンバーの中では割と相性の問題もあってかナナがマルドゥークと交戦するのが良いと判断したまでは良かったが、今の時点ではイェン・ツイーの行動にナナが翻弄されている状況だった。

 ブラッドが感応種と交戦してからは誰も気が付いていないが、徐々に戦場の位置が他の部隊から遠ざかっている。

 このまま合流されるのが困るかの様にも見えるその行動に誰も気が付かないままだった。

 

 

「シエル。少しづつだが戦場が移動していないか?」

 

 現在の時点でイェン・ツイーと交戦しているのはナナと北斗であると同時にギルとシエルはマルドゥークと交戦していた。本来であればナナの重攻撃で一気に結合崩壊を狙う事が多かったが、肝心のナナがこの場に居ない事もあってか、ギルとシエルはマルドゥークに対して決定的な攻撃が無いまま交戦せざるを得なかった。

 飛び跳ねるマルドゥークを捕まえるのは困難に等しく、その為に何時もとは違った行動で徐々にダメージを与え続けていく事しか出来ない。

 そんな中で周囲の景色が先ほどとは微妙に違う。既にどれほど最初の地点から離れているのかは分からないが、確実の当初の位置よりも大幅に移動している事にギルは気が付いていた。

 

 

「そうですね。先ほどまでとは景色が若干違う様にも見えます。アラガミが誘導しているとは思いませんが、やはり地形が変わっている以上、何らかの意思が働いていると考えた方が良いかもしれません」

 

 距離が離れるたびにシエルのアーペルシーは一撃必殺とも取れる程の勢いでマルドゥークの顔面に狙いを付ける。しかしマルドゥークは激しく移動する事が多く、行動もまた不規則な事もあってか目を狙うも直撃する事は一度も無かった。

 その戦いの最中、フランからの通信が今の疑問の答えとばかりに通信機に鳴り響いていた。

 

 

《ブラッド、所定の位置よりも3キロ程移動していますが何かあったんですか?》

 

 フランからの通信でまさかそれ程移動していると思ってなかったのかギルだけでなくシエルも驚きを隠せなかった。既にそれ程移動しているとなれば、今度は討伐が完了しても他の戦場に向かう事が困難となるだけでなく、そのほかの移動手段を使うにしてもそこにいくまでの時間がかかる。

 既にブラッドの交戦地は他のチームから分断されているに等しい状況に陥っていた。

 

 

「北斗!ここは既に当初の位置から大きく外れています。一度距離を縮めるか、一気に討伐するしかありません!」

 

「分かってる。だが、こっちはそうもいかない」

 

 少しだけ攻撃が当たる度にイェン・ツイーは大きく跳躍を繰り返し距離を一気に突き放す。それが戦場の位置を移動する最大の要因でもあった。

 これ以上距離を離す訳には行かないが、上空へと逃げられるとナナのアンベルドキティでは距離が足りず、また北斗もそれほど銃撃に重点を置いていない事からも直撃させるのではなく、牽制程度にしか使っていなかった。

 既に移動しているからなのかそこがどこに近いのかを誰も気が付く事はなかった。

 目の前に見える小さな森はある意味結界の意味合いで置かれている事に誰も気が付いていなかった。

 

 

「どうしよう北斗。このままだとあの森の中まで行っちゃう」

 

「何とかこっちに寄せる様にするしかないぞ」

 

 何とかこちらへ意識を向かせようにも、まるでこちらの意図が透けて見えるのか、一向にこちらへ来ようとはしない。既に森の一歩手前までイェン・ツイーが近寄ろうとした瞬間だった。

 これまで苦戦した最大の原因でもある両方の腕羽が身体から肩口から一気に斬り裂かれると同時にこれまで微笑を浮かべた様な顔は悲痛な表情へと変化している。

 妖婦のこれまでに聞いた事が無い様な悲鳴と共に血をまき散らしながら飛ぶ事だけでなく、その場から逃げる事すた許されなかった。

 

 

「何あれ?」

 

「いや…何だ?」

 

 北斗とナナが驚くのは無理も無かった。突如として斬り裂かれた後の光景を見ていたが、その直前に何が起こったのかを理解出来ない。分かっているのは森の近くまで近寄ったイェン・ツイーが斬捨てられたかの様に居ただけだった。

 

 

「お前達。ここで何をしているんだ。既にここは戦場から離れているはずだが」

 

 気配を察知出来なかったのか、その声が誰なのかは分かっても肝心の姿を見つける事が出来ない。それ程までに完璧な隠形は周囲と同化していた。

 

 

「ここは屋敷の周辺なんですか?」

 

「そうだ。既にここは敷地の近くだ。このイェン・ツイーの始末は殆ど終わっている」

 

 姿を現しながら神機に付いた血を振って飛ばしながら2人に声をかけた主は無明だった。

 今回の作戦群に関しては一度も姿を見せていなかったはずが、ここに来て突如として姿を現す。既に目の前のイェン・ツイーは両腕羽だけが斬られただけでなく首も胴体から離れていた。

 先ほどまで苦しめられていたイェン・ツイーの変わり果てた光景に北斗だけでなくナナも驚愕の表情を浮かべながら、これまで苦戦していたこのアラガミが一刀両断とも言える斬撃で命を散らした事実だけを見ていた。

 

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「ここは俺の管轄する敷地だ。礼を言われる必要はない。コアの回収はしておくからお前達は直ぐにマルドゥークとの交戦に入れ」

 

 大きな咢がイェンツイーの身体を捕喰する。手元のコアが回収出来た事を確認したのか無明は再び森の中へと姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 αチームのキュウビ討伐はそろそろ佳境を迎えようとしていた。これまでの様に何も無い状態からの戦いではなく、既に持っているデータを駆使した戦いはクレイドルではなくても討伐が可能な状況になりつつあった。

 今回の最大の要点はシュンが使う猛毒の存在だった。元々キュウビは他のアラガミとは違い、混じり気が少ない事から状態の変化を受けやすく、それはシュンの猛毒も例外ではなかった。

 

 ゆっくりと全身を蝕むと同時に、少しづつキュウビの動きを鈍らせていく。これまでの様に活発に動く可能性は既に無いと分かり始めた頃、これまでの苦戦が嘘だったかの様な反撃がブランダンのチャージクラッシュを皮切りに始まっていた。

 

 

「これがキュウビか。今回の報酬はさぞ良いだろうな」

 

「誰がお前だけに渡すかよ!」

 

 カレルの銃撃が一転集中とばかりに鼻先へと集まる。これまでの蓄積されたダメージによって決壊したかの様にキュウビの顔面が大きく崩れていた。

 既にオラクルを吹き出しながらの行動に精彩は微塵も無い。止めとばかりにジーナの銃撃が結合崩壊を起こした場所に着弾すると、キュウビの身体が一瞬だけ跳ねるとそのまま動かなくなっていた。

 

 

「あら、最後は私だったみたいね。横取りする形でごめんなさいね」

 

「畜生!なんでジーナなんだよ!」

 

 シュンの叫びを他所に、横たわったキュウビのコアをブレンダンが一気に引き抜く。 今回のキュウビは前回対峙したものよりも個体的には劣っていたのか程なくしてそのまま霧散していた。

 

 

「皆さん。お疲れ様でした」

 

「ああ、しかしクレイドルが情報を提供してくれなかったらこんな結末になったかどうかも怪しいのもまた事実だ」

 

「いえ。やっぱり皆さんの力があっての結果なんで」

 

 ブレンダンの言葉にコウタだけでなくマルグリットも素直に賞賛の言葉をかけていた。

 これまで個体数が圧倒的に少ないだけでなく、今回の大規模な戦いにまでキュウビが潜んでいるとは誰も思ってもいなかった。

 戦闘の後半になってからエイジとアリサも到着したが、実際には直接戦う事は無く、結果的には様子を見るだけに留まっていた。

 今回の作戦での結果からすればこのままの勢い次に行きたいと思うが、今はそんな心境にはなれないでいた。

 

 

《皆さんお疲れ様でした。現在の所αチーム周辺のアラガミは感知できませんが、警戒はそのままお願いします》

 

「ウララさん。他のチームはどうなってる?」

 

《現在の所ブアッドは感応種と未だ交戦中です。先ほどまでは2体同時でしたが、今は残す所1体だけです。ただ距離この場から大きく離れているのと同時に今はマルドゥークと交戦中です》

 

 この場は問題が無くても他の戦場の事が気がかりになる。既にこの周辺一帯のアラガミは掃討された事もあってか周囲を見渡してもアラガミの姿を見る事が出来ない。

 この地での戦いは僅かに終了を醸しだしていた。

 

 

《エイジさん、アリサさん。すみませんがγチームの所に急いでください、こちらもキュウビですが変異種の可能性が極めて高いです》

 

「了解。直ちに向かいます」

 

 和やかな空気はヒバリの言葉にかき消されていた。今回襲撃に来たアラガミの中でもたった今討伐したキュウビが最大の原因だとも考えられたはずが一転し、今度は他のキュウビが出現していた。

 しかも通常種ではなく変異種。それが何を指しているのかは考えるまでもなかった。

 

 

 


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