神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第22話 晩餐会

「ちょっと待て無明、お前の話とこれは違うんじゃないのか?」

 

 

 本部に入り、表向きの要件でもある技術交流は何事もなく無事に終わった。

 シンポジウムでの説明は既存のゴッドイーターに関する内容と共に、今までは事実上手遅れになった者を切り捨てる事なく生存率を高めると言った、今までにない内容だった。

 

 屈強なゴッドイーターと言えどP53アームドインプラントを破壊もしくは破損した場合、体内にある偏食因子が暴走し、宿主をアラガミ化させる事になる。

 今回の内容はその一部で、仮に暴走した状態でも生存率を高める可能性がある薬剤の発表だった。

 制約はあるが万が一の生存の可能性が高くなるのであれば現場への投入にはかなり期待される代物だった。

 

 

「いや、間違ってない。この後は晩餐会があるから、今回はそこに出席してもらう」

 

「ふざけるな。そんな話なら来るつもりはなかった」

 

「話してないのだから当然だろう。今回は調べたい事がある関係で一人での参加が極めて厳しいのと、パートナーとしての出席が基本だから該当する人間が他に居なかった」

 

「なら、確認したい。本当にそれだけか?」

 

「……今の所はそう捉えてくれた方がありがたい」

 

 

 ツバキが怒るのも無理はなかった。当初は何かの任務がらみとは想像していたが、現場に入ると特に何もすることも無く、今回の晩餐会がメインとここで初めて語られた。

 

 極東支部に限った話ではないが、ここまで豪華な物は実際に本部以外で行われる事は無い。

 しかも集まるのは各支部の要人ばかりでもあり、ここには恐らくは一般人と言える様な人種はいない。

 普段から常時現場での任務をしているツバキからすれば、目の前で行われているこれは明らかに過剰な物であり、未だに外部居住区にすら入る事が出来ない人間が後を絶たない光景を知っていれば、とてもじゃないが容認出来る様な物ではなかった。

 恐らくは理解している人間もこの場には居るかもしれないが、この場でそれを言った所でどうしようもないと思える雰囲気だけがあった。

事実、特権階級をひけらかすかの様に、警備にしても各支部直属のエース級と思われる神機使いが警備にあたっていた。

 

 いくら招待されている立場だとしても、この会場に来るまでにボディチェックが何度も行われていた。これほど警戒する必要があるのだろうか?この時点でツバキは既にウンザリとしていた。

 

 

「あと、他の支部からも極東に転属したいと話がいくつか来てるから、そのチェックをしておいてくれないか?それなら今回の任務だと思えるだろう?」

 

 

 取って付けた様な話ではあったが、事実として極東支部での教官である以上今以上の戦力の強化は極東に限った話ではなく、どこの支部でも必須だった。

 だからこそ、今回の内容に関しては他の支部でも生存率の向上の名目もあり、戦場に於ける技術には定評がある極東支部の内容が支持されていた。

 

 本来であれば一番最初の話が来た時点でそこで気が付けなかったツバキ自身にも落ち度はあるが、この晩餐会で多少でも話を聞きながら値踏みするのは悪くないとも考えないでもなかった。

 

 

「それならこんな恰好になる必要は無いのでは?と言うよりも何故、私のサイズを知ってるんだ?」

 

 

 ここまで来ている以上、最早諦めるしかないと腹をくくってはいたが、どうやら今の恰好が気に入らないのが本音らしい。

 無明はタキシードを着こなし、普段は戦場にいるとは到底思えない程となっている。

 事実、会場でも他の参加者からの注目度は高く、一挙手一投足を見られているかの様に、視線は常に感じていた。

 

 注目に値した要因は無明だけではなく、肝心のツバキに関しても、グラマラスな身体に備わった魅力を最大限に引きだすかの様な真紅のマーメイドラインのドレス。

 普段であれば薄化粧しかしないが、この場に於いてはあえて注目を集めるかの様に若干濃いめではあるが、それでも唇に塗られ妖艶さを醸し出すた為の真っ赤なルージュはツバキ自身を目立つ様に施されていた。

 

 ツバキ自身が何も知らずに来ている為に、会場に来て初めて渡されていた。当たり前だが今までサイズを測られた覚えは全く無い。

 にも拘わらず、用意されたドレスは最初からオーダーメードされた様にしっくりとしている様に無駄な隙間が無かった。

 

 

「少しは何か言ったらどうなんだ?」

 

 いくら聞こうが、最初から答える気がなかったのか、ツバキの問いかけに対して答える事は一切ない。これ以上は何を言っても無駄だとばかりにツバキは聞く事を止めた。

 一言で言い表せばツバキが着用すれば、ゴージャスとしか形容出来ない程のドレス。背中がざっくりと空いたデザインのドレス姿は、晩餐会でも恐らくはトップクラスに目立つのは他からの視線で嫌でも意識させられる。

 

 本来であれば軍人にはおおよそ不釣り合いな場である事に変わりないが、その戦場で身に着けた凛とした存在感は他の参加者とは別物でもあった。

 晩餐会は財界の言わば戦場でもあるが、その参加者の中でもツバキの存在感は別格だった。

 

 ゴッドイーターである以上、腕輪の存在は隠す事は出来ないが、それについても抜かりはなく、腕輪には何かを象徴するかの様な紋章が記された布が巻かれていた。

 

 

「あと悪いが、ここでは無明の名は出さないでくれ。何かと困る事が多くなるのと、くだらないトラブルは避けたいんでね」

 

「ならば、なんと呼べば良いんだ?」

 

「ここでの名前は紫藤(しどう)(あきら)としてくれ。今回のシンポジウムもそれで発表している」

 

「なら、それで通そう。参考に聞くが、今日はいつまでこの恰好でいなければならない?」

 

「恐らくは3時間程度じゃないか?いつもその位が目安になっている。何か問題でもあるのか?」

 

 ツバキとしては一刻も早くこの場から退場したい気持ちしかなかったが、来て早々に退場となれば、何かと今後のトラブルの元になる事だけは理解しているのか、始まったばかりにも関わらず退出が可能な時刻が知りたかった。

 

 

「ただ落ち着かないだけでそれ以上でもそれ以下でもない。気にするな」

 

「あと、この腕輪の紋章だが、ここの主催者のゲスト扱いになるからくれぐれも外さないでくれ。ツバキさん意外と目立つから何かと面倒になる」

 

 

 そう言いながら二人は腕を組み、会場へと足を運んだ。

 会場は晩餐会と言うよりも立食形式のパーティーに近いが、あちらこちらで軍服に沢山の勲章を付けた軍人らしき人間や、タキシードに同じく勲章を付けた人間で溢れかえっていた。

 

 慣れた人間であれば臆することも無くそのまま足を運ぶが、経験が無い人間は中々足を踏み入れにくく、よそ者は排除するかの様な空気がそこにはあった。

 しかしながら、無明とツバキが入ると周りの空気は一変し、とある人間は無明に、とある人間はツバキに関心を寄せる。

 この様な財界での集まりにはおおよそ不釣り合いなペアに不躾な視線が幾度となく突き刺ささっていた。

 

 他の参加者と決定的な違いは腕輪にあった。

 本来であればアームドインプラントの赤い色が不釣り合いにも見えるが、問題は腕輪に巻かれていた紋章だった。

 この主催者は本部でも幹部クラス。フェンリルでも相当な位に付いている為にゲスト扱いとは言え、他の軍人では足元にも及ばない地位にいる事がその紋章で全てを物語っていた。

 単なる貴族ではなく、歴戦の猛者の証でもある佐官級となれば、現場での力関係までもが決まり、ここが戦場であれば司令官クラスとも言えた。

 

 しかしながら、二人の雰囲気には軍人特有の殺伐とした雰囲気は一切感じられず、ツバキのドレス姿に魅了されたものは多数いた。

 本来諜報任務は目立つ事を良しとせず、秘密裏に動く事が望ましい。

 その為には片割れはどうしても存在感がある人間でないと務まらない。ツバキには言わなかったが、無明の狙いは正にそこにあった。

 

 参加者の目を逸らすのにツバキはまさにうってつけの存在だった。

 本来であれば二人で行動すれば目立つ事も去ることながら、本来は女性を一人にすることはマナーとしては殆ど無い。

 しかしながら任務遂行の為には一緒にいる訳にも行かず、無明が離れた途端にツバキの周りには人が集まりだしたのを横目に、会場の空気と化しそのまま姿を消し去った。

 

 慣れない場面での晩餐会も漸く終わりが見え始め、今までとは違う雰囲気にツバキ自身が精神的に疲れていた。

 それもそのはず、本来の任務や指導教官としての疲れではなく、慣れない雰囲気での行為が原因となる、明らかに精神的な疲労を伴った。

 

 極東支部では意外と知られてはいなかったが、無明は紫藤の名で本部の研究者には名前が広く知れ渡ると同時に、今までにこんなケースでパートナーを連れてくる事など一度もない。

 

 今までに一度も連れてきたことが無い人間が突然連れて来れば、この様な場所では興味本位の対象でしかなく、いくら任務の為とは言っても本部はその特性上、魑魅魍魎の集まりとは言え迂闊な事も言えず、精神のみがジワジワと疲弊していく。

 

 これも一つの戦場と考えるのであれば仕方ない事なのかもしれないが、ツバキにとっては、ここにいるよりは戦場の方が幾分かはマシとも考えられた。

 

 

「紫藤君が貴女の様な人を連れてくるとは予想外だったよ」

 

「失礼ですがどちら様でしょう?」

 

「これは失礼、私はジェフサ・クラウディウスと申します」

 

「雨宮ツバキと申します。紫藤が何か?」

 

「彼は研究者でもありながら、戦場にも出るとも聞いているので以前から興味があったのと、今までにこんな会場に誰も連れて来た事が一度も無いので、周りでは有名だったからね」

 

 

 無明の知人らしいこの紳士も身なりを見ればそれなりの地位にいる事はすぐにでも理解できた。

 しかしながらツバキにはそんな背景やいきさつは分からないが、変に探りを入れられる訳にも行かず、会話だけは合わせる様に心がけた。

 

 

「紫藤は職場の同僚ではありますが、ここでの振る舞いに関しては私は関知しておりません。実を言えば、今回は何も聞かされないまま連れて来られましたので」

 

 知人と思われし男性に対して、ここでこんな事をさせられるとは考えてもいなかった事に対する腹いせじみた言葉ではあったが、嘘では無い為に本当の事を話す。

 恐らくは普段からこんな場所では人を寄せ付ける事が無かったのか、ジェフサも少しだけ驚いてみせた。

 

「そうでしたか。失礼ですが腕に巻かれている物を拝見しましたが、貴女も神機使いで?]

 

「今は現場を退き教導担当としての任についていますので」

 

「そういえば極東にはフォーゲルヴァイデ家のご子息が居たとか?」

 

「彼は任務中に残念な結果となり、当方としても誠に悔やまれます」

 

 

 貴族には貴族のネットワークがあるのか、以前のミッション内容までは把握していないが何処に誰が居るかは把握できている様だった。

 これ以上の会話は厳しいと思われている頃、突如として助け舟が出た。

 声の主は無明。どうやらやるべき事を全部やり遂げたのか、漸く姿を会場に見せた。

 

 

「これはクラウディウス卿、本日はお招き頂きありがとうございます」

 

「いや、中々有意義なシンポジウムだったよ。あれは今後の課題はあるものの、この先の明るい未来への内容にも通じるものだからね」

 

「今後はこれだけではなく、他の分野でもと検討しておりますので」

 

「近々本部でも研究ではなく神機使いとしての招聘も検討しておくよ」

 

「その際にはご一報くだされば。そろそろ時間ですのでこれで退出させて頂きます」

 

 

 これ以上この場に居ても収穫は何も無いとばかりにツバキと共に会場を後にした。後ろではまだ懇談中の雰囲気が漂うものの、本来はこんな内容の為に来た訳では無い。

 

イレギュラーなミッションではあったが、その分の見返りとして大きな収穫もあった。

 どうやら支部長はかなり内部にまで食らいこんでいるらしく、周到とも取れる先手とその政治力には流石の無明も脱帽していた。

 

 

「もう、こんな席はごめんだ。気ばかり遣って碌な事がない」

 

「おかげで助かった。部屋に戻ってから飲み直すか?」

 

「当たり前だ。これでは酔う事も出来ん。今日は覚悟しろ」

 

 

 

 全ての情報の収集は完了し、翌日には極東支部へと戻る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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