「これで最後だ!」
リンドウからのリンクバーストを受けた北斗は全身に漲る力をそのまま斬撃へと転化する。既に目の前のハンニバルは攻撃の要でもある爪が砕け、防御の要でもある左腕の小手は既に結合崩壊したのか、その形すら残されていなかった。
バーストモードにおける恩恵を最大限にまで高める様に北斗は集中しながらも視線はハンニバルへと向けたまま一気に距離を詰める為に走り出していた。
「これで終わりだ」
ハンニバルは迎撃せんと砕かれた爪を振るい、走って近づこうとする北斗に攻撃を仕掛けている。いつもであれば横に回避か一旦急停止する事でタイミングをずらし、その隙を狙った攻撃をしかけるが、今回に限ってはそのどちらも選択する事はしなかった。
横薙ぎに飛ぶハンニバルの腕をかいくぐる様に回避しながらも、それでもなお視線は目的の場所から外す事は一切無い。
走った勢いをそのままに北斗の神機はまるで何事も無かったかの様にハンニバルの長い首を胴体から切り離すと同時に、頭蓋を叩き潰すかの様に一刀両断で跳ねた首を縦に斬り裂いていた。
「よう、お疲れさん。今回のミッションは随分と楽させてもらったぞ」
「あれから絶好調みたいだな」
「今回は俺の出る幕は無かったみたいだな」
鮮やかな切り口がこれまでの北斗の攻撃能力を物語っていた。既に討伐任務そのものは完了した事で、今は素材を回収しきったのか帰投の準備へと移行していた。
「俺なんてまだまだですから」
「そこまで謙遜すると嫌味だぞ。折角年長者が褒めてるんだからそれ位の言葉は受けとめろ」
リンドウの言葉に北斗は少しだけ謙遜していたのかと考えていた。
既にギルやハルオミもリンドウの言葉が全てだったのか、それ以上の言葉をかける事はなく、今までの戦いがなんだったのかと思う部分の方が強くなっていた。
エイジとの教導が終わってからの北斗は漸く自分に何が足りなくて焦っていたのかを実感していた。
人間の感覚はいくら時間をかけようとそう簡単に変化しない物と、容易に変化する物がある。
特に今回の教導で一番理解出来たのは、思考の変化だった。
ブラッドアーツの攻撃力は魅力であると同時に、タイミングを間違えれば危うい物へと変化する。
便利な物は目先の結果は得られやすいが、それと同時に自分のこれまで培ってきた経験を無に帰す事は自身の否定へと繋がる。
その部分を理解出来た事が一番の収穫でもあった。そんな中で目ざとくリンドウは北斗をミッションへと連れ出していた。
以前に様な目の中にある暗さは既に無くなっている。それがどれ程の物なのかを確かめたいとばかりにリンドウは考えていた。
「リンドウさん。さっき何か聞こえませんでしたか?」
「いや。何も聞こえなかった様だが、何かあったのか?」
任務が終わり既に移動し始めていたが、不意に北斗は何かが聞こえた様な気がしていた。
一体聞こえたのが何だったのかは分からない。しかし、それが決して自分達にとって良い物では無い事は間違い無かった。
当初は順調に終わった事による高揚に伴う幻聴の様にも思えていたが、何となく胸騒ぎがしないでもない。それが何なのかを考えるまでも無かった。
「こちらリンドウ。すまないがそっちのレーダーに何か映ってないか?こちらの現在地からできれば半径5キロ圏内で頼む」
《こちらの広域レーダーにアラガミの反応はキャッチ出来ませんでした。再度範囲を変更して索敵を開始します》
通信越しに響くヒバリの声に、リンドウは些細な事であっても見逃す事無く、周囲を当たり前の様に警戒していた。
恐らくは気のせいだと北斗は言いたかったが、リンドウのフットワークの軽さに改めて北斗も先ほどの様な音が聞こえないのかと周囲を見渡していた。
《すみません。やはりアラガミの反応はキャッチできませんでした》
通信機越しに響く声は少しだけ落胆気味にも聞こえている。ゴッドイーターとしての本能が単に反応しただけなのか、それとも本当に気のせいなのかが分からないままに北斗達はそのままアナグラへとい帰投する事になった。
「しっかし最近は大型種のミッションが各段に増えたな」
「全くだ。少しは年長者を労わって欲しいんだけどな」
休憩とばかりにリンドウとハルオミはラウンジでお互いにグラスを傾けていた。
ここ最近になってからアナグラだけでなく、サテライト周辺にも大型種の反応が多くなったのかアナグラの内部も僅かながらに慌ただしい雰囲気が漂い始め居ていた。
大型種であれば通常ならばヴァジュラ種が一般的ではあるが、ここ最近になってからはハンニバル種や接触禁忌種の目撃が多くなり、その結果としてクレイドルとブラッド、第1部隊の混成部隊を編制しての任務当たるケースが増えていた。
事実、今回のハンニバルに関しても従来のミッションの帰りに見つけた事によって緊急討伐になった経緯は少なからずとも階級が上位の人間の警戒感を引き上げる形となっていた。
「まだ、この程度なら何とかなるんだがな……」
茶色い液体を喉に流し込みながら、リンドウはこれまでのミッションの内容を思い出していた。
既に最近の極東に関してはリンドウだけでなくエイジも居る事から、厳しいミッションがこの2人に任される件数が一気に多くなっていた。
発注をかけるヒバリからすれば、最悪はこの2人に丸投げすれば良いと思える部分はあったが、実際にそれが実施された事は片手で数える程しかなかった。
カランと聞こえるグラスの氷が融ける程の時間が必要だったのか、リンドウだけでなくハルオミもまたこれまでのミッションの内容を気にかけていた。
「お二人とも何か気になる事でも?」
カウンターに居た弥生はお代わりを渡すかの様に新しいグラスを2人に差し出していた。
既にラウンジはバータイムだった事もあってか時間が遅く、既にこの場に居る人間は数える程しか居なかった。
「ちょっと最近のミッションがね……弥生さん。ここ最近って何かあった?」
「そうですね……私の知る範囲ではハルオミさんの希望に答える様な内容は無いですね。偶に苦情に近い物は来ますけど」
笑顔でハルオミと話すが、この場で話す内容ではなかったのか弥生はそれ以上の事は何も言わなかった。
グラスを拭きながらもハルオミを見る目は若干冷たい様にも見える。本来は違う目的で聞いたはずがどうやら藪蛇だったのか、ハルオミはそれ以上弥生に話す事は無かった。
「敢えて言うならここ最近の偏食場パルスが色んな所で乱れがちになっているんじゃないかって話は少し出てますね」
本来の意味合いを答えた事によって、何とも言えない空気は少し和らいでいた。
偏食場パルスの乱れそのものは今に始まった話ではない。事実螺旋の樹の出現以降、これまでとは少しだけアラガミの偏食傾向が変わったのか、以前よりもアラガミの出現率は少なくなっていた。
本来であれば有難い話ではあったが、それはあくまでもこの周辺における話であって、それ以外の場所ではアラガミの出現率は増大していた。
「って事はこの周辺は大丈夫なのか?」
「今の所は…と言った所ですね。ただ、アリサとエイジはサテライトの拠点候補地の再選定が必要だとは言ってましたよ」
依然としてグラスを拭く手が止まらない以上、緊急事態に陥ってる可能性が低いと判断したのか、それ以上の事は何も分からない。
未だ原因も何も分からないままであれば単なる杞憂でしか過ぎない事は分かるも、それでも尚、嫌な胸騒ぎがする事だけは続いていた。
「何だか最近のアラガミの出現率って多くないですか?」
「だな。俺達はまだ良いけど、エリナとエミールが厳しくなってる。そろそろ休みを出す必要性があるな」
以前にも聞いた様な言葉がコウタの口から洩れていた。
忙しくしているのは討伐任務に常時駆り出された事が全ての元凶となっていた。
以前にもエイジスでの掃討戦をした際にもあったが、この場に於いて尉官級はコウタとマルグリットだけ。
確かに第1部隊としての任務には参加しているが、エリナとエミールに至っては未だ上等兵でしか無かった。
本来であれば曹長に推す事も出来るが、この2人に関しては未だ指揮経験が無く今後の事を考えれば最低限その経験が無い事には昇格させるのは厳しいと判断されていた。
もちろん、2人とて本来であればこうまで疲弊する事は殆ど無い。
上等兵で受けるミッションともなれば中々大型種の討伐任務にアサインされる事が無いが、第1部隊に関してはそんな規定がまるで無かったかの様に、事実上の曹長級のミッションにまで駆り出されていた。
本来であれば同じ様な階級の人間からの羨望や嫉妬もあるのかもしれないが、ここ数日の過酷とも言えるミッションを見ていたからなのか、誰もその事を口に出そうとはしいままだった。
「そうなると、部隊配置の変更か新たに人数調整するしかないですね」
「でもなあ……」
コウタが悩むのには訳があった。ここ最近の任務に於いて人員が足りなくなっているのは第1部隊だけでは無かった。
実質クレイドルとブラッドは感応種が出現した場合の事を考え、出撃の際には混成部隊へと一時的に変更されていた。
そうなると残されたのはカノンだけになるが、本人の特性と神機の特性を考えれば火力には申し分ないが、それでも前衛としての駒が足りない事は間違い無かった。
「こんな時にエイジさんとアリサさんがいてくれたらって思うんですが……無い物ねだりですよね」
マルグリットの言葉はコウタも同感せざるを得なかった。
しかし、エイジとアリサはサテライト拠点の防衛に出ている為にアナグラに戻る事は難しく、少なくとも2拠点を同時に防衛ともなればその疲労は想像を絶する可能性があるのはお互いに想像出来た事から、それ以上の事を話す事すら憚られていた。
「そう言えば今回の様な件ってここではよくあるんですか?」
「いや。俺の知りうる限りでは殆ど無いかな。以前は何となくパターン化された可能性があったけど、ここ最近は無秩序に来てるから榊博士も頭を抱えているらしい」
原因が分からないままでは問題点を回避、もしくはクリアにする事は出来ない。
今のままでは対処に追われたの後に力尽きる可能性だけが予感出来るほどでもあった。
「今回の件なんだが、どう思うかい?」
「未だ原因が分からないのはこちらも同じです。以前の様な人為的な物でなければ、可能性としてはアラガミしかないでしょう。ただ、こうまで統制しているのであれば、以前の様な知能が高い個体の可能性も否定出来ないかと」
現場での疲労が蓄積している事は既に榊と無明だけでなくツバキも理解していた。
本来であればエイジとアリサを呼び戻せばこの状況は一気に解消される可能性があるが、問題なのは現在建築中のサテライト拠点だった。
一気に建築を進める関係上、そこには常時膨大なオラクルリソースが運ばれる事になる。これは人類だけに恩恵があるのであれば問題無いが、アラガミにとっても良質な餌となる可能性が高い為に、現在はサテライトの防衛よりも、資材の撤去作業を優先していた。
これまでも何度かアラガミ防壁が破られる事があった為に、それそのものについては仕方ないと思えるが、流石に膨大なオラクルリソースまではそんな考えで居る訳には行かなかった。
万が一捕喰されれば今度はそのアラガミが強固な個体へと変化する。結果の見えないイタチごっこをする訳にはいかないからと、今はその体制を維持する事しか出来ないでいた。
「そう言えば、前回討伐したキュウビのコアなんだけど、ソーマはどの程度まで研究が進んでるんだい?」
「未だ一進一退のままですね。やはり通常種では無い事が一番の問題点でしょう」
高性能なコアはまたその存在も確かに存在していた。
しかしそれが生物としての可能性に於いては良くあるケースではあったが、それをアラガミに当てはめるとなれば、これまでの考えの一部がひっくり返る可能性もまた秘めていた。
無明とて屋敷の防衛と研究を同時に進めている関係上、何時もよりは思考能力に陰りがあるのは仕方なかった。
「そうなると、現在建設中のサテライトの資材の撤去を急がすしか手が無い事になるね」
「それしか手は無いでしょう。ツバキさん、現状はどうなってる?」
「今はまだ60%程は残ってる状況だな。今の速度だとすればもう一つのカードを使うしかないだろう」
ツバキの言葉に榊も無明もある意味仕方ないと考え出していた。
しかし、それを使えばその後がどうなるのかが容易に想像できるだけでなく、万が一の際には本当に一からやり直す可能性が出てくる。
出来る事ならばそれは避けたいが背に腹は代えられないと判断したのか、榊は仕方なくヒバリへと通信を開く事にしていた。
「ヒバリ君。ちょっとこっちに来てくれないかい?」
《分かりました。すぐに伺います》
既に腹を括ったのか、榊の目には確固たる意志だけが存在していた。
いかな極東と言えど精鋭ともなれば実際には数える程の数しか居ないのもまた事実だった。
他の支部からすればある意味では羨ましいと感じるのかもしれないが、それもひとえに激戦区だからだけでなく、現在のクレイドルが進める計画も影響しているからでもあった。
枝を広げる事に集中する事で本体を枯らす事にまれば本末転倒でしかない。今は一刻も早い行動をする以外に手だては何も無いままだった。