神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第197話 自壊と教導

 

「分かりました。では、それが今回の内容なんですね」

 

 日々進化し続けるアラガミに対し、人類の進化の速度は遅々たる物だった。

 これまでの歴史を考えれば、人類が大きく転換点を迎えたのはそう多くは無い。

 文明が発達すればそれに伴いゆっくりとしか進まない事に対し、アラガミの場合は些細なキッカケで一気に進化する事から、常時その差に怯えながらもギリギリのラインで踏みとどまる生活を送っていた。

 

 そんな中でここ極東支部の最大の難関でもある感応種はこれまでのゴッドイーターとしての常識を一気に覆し、アラガミの天敵でもあったゴッドイーターは特定の種に対しては無力なままだった。

 

 

《取敢えずは検証する事しか出来ないけど、まずは偏食場パルスの解析が優先されるから無理は禁物だよ》

 

 これまでにも開発が進められていたリンクサポートシステムも完成の域に近づく頃、榊と無明から一つの仮説が立てられていた。

 今回の仮説の元となったのはブラッドが終末捕喰を回避した際に流れ込んだ偏食場パルスの伝達とその影響。

 時間が経過した事によって仮説ではあるが、感応種との対策が少しづつ進められていた。

 

 その中でも一番の注目する点はこれまでに確認されたアラガミの固有の偏食傾向は感応種に対しても有効なのかだった。

 現在の時点では極東にしか感応種の出現が見られていない為に外部に対しての発表は控えられているが、今回提示した仮説が適切だと認める事が出来た場合、人類はこれまで同様の対抗手段を手に入れる事になる。

 その為の壮大な実験がこれまでに何度も繰り広げられていた。

 

 

《北斗さん。今回の討伐任務はリンクサポートシステムの検証ではありますが、これはあくまでもブラッドの偏食場パルスの計測が最優先となるミッションですので、申し訳ありませんがあまり討伐時間を短縮する様な事だけは控えて下さい》

 

 リッカとフランからの通信が全てを物語っていた。

 以前にエイジと同行したミッションでブラッドアーツに頼らない戦い方を考える必要があるからと、これまで以上にミッションに出撃する回数が一気に増えていた。

 北斗はフライアにいる際にも、時間に余裕がれば訓練を繰り返していたが、極東に来てからは教導の比率が多くなるだけでなく、これまでの訓練も同時にこなしている事もあり、普段はアナグラの内部で探そうと思えばロビーか訓練室に行けば姿を見る事が出来ていた。

 

 

「俺ってそんなに信用無いかな?」

 

「そうです。今の北斗はフライアに居た頃と何も変わりませんよ。今回だって本当は単独で受けていたんですよね?」

 

 半ばジト目で見るシエルの視線に耐えられなかったのか、北斗は目を合わせようとはしなかった。確かに今回のミッションはリッカからの依頼もあってか、大義名分もある以上、弁解する必要は無かった。

 ゴッドイーターとて一個の人間である以上、どこかで休息を取る必要が必ず出てくる。

 万が一があっては困るからとフランは早々にシエルも併せて同行する手はずを取る事を選択していた。

 

 

「そう言われれば確かにそうなんだけど、今回はリッカさんの依頼もあったから仕方ないはずだけど?」

 

 確実に言い負かされる未来しかないが、それでも一応の弁解はしてみようと北斗は考えていた。

 確かに若干オーバーワーク気味なのは理解しているが、今はそんな程度の事に囚われる必要はどこにも無い。一体でも多くのアラガミを狩る事によって自身の能力の底上げが今は最優先とばかりに行動していた。

 

 

「北斗。あなたはもっと自分の価値を理解した方が良いかもしれません。我々も既にクレイドルと同様に部隊が位置付けられています。今後の事も考えれば連続ミッションも少人数では避けて欲しいと思っています。

 だからこそ自分の体調管理だけでなく、それ以外の事にももっと目を向けて欲しいんです」

 

 シエルにキッパリと言われるとそれ以上の事は何も言えなかった。シエルの言いたい事は理解するが、それが何を示すのかまでは今はまだ理解し難い部分だけがあった。

 

 北斗自身、技術的な事に気を取られているからなのかまだ気が付いていない。

 今は少し前のめり気味なっているその状態が危ういと感じるには認識を改める必要性があるも、今はその時でない事だけが理解出来ていた。

 既に時間が来たからなのか、眼下にはウコンバサラとシユウが闊歩している。

 今はただその討伐の内容だけに集中していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《お疲れ様。今回の件で少しだけ何かが分かった気がするよ。取敢えず帰投してから説明するね》

 

 今回のアラガミは思った程では無かったものの、やはりブラッドアーツを使いながらの戦いに北斗自身がこれは拙いと判断していた。

 以前に言われたブラッドアーツを基本に組み立てた戦いは既に北斗の身体に染みついている。

 再構築と口にするのは簡単だが、これまで培ってきた戦い方を否定するのは難しく、このままの状態が続く様なら最悪の展開になる可能性が高いとも思えていた。

 

 

「北斗。最近の君の行動は以前のロミオにそっくりです。一体何があったんですか?」

 

「大した事じゃないけど、ブラッドアーツ一辺倒になるのもどうかと思って試行錯誤してるんだ」

 

 帰投まで時間があるからと今回の件のキッカケとなった話をシエルは北斗から聞いていた。

 確かにブラッドアーツの高火力は否めないのは間違い無いが、厳密に言えば北斗の戦い方はそれに頼った物では無い様にもシエルは思っていた。

 確かにクレイドルはブラッドアーツを一切使わないにも関わらず有用的な動きでアラガミを仕留めるのは自分の目でも確かめている為に否定は出来ない。

 しかし、そこには今の北斗と決定的に違う部分があった。クレイドルの戦い方は個人的でありながらもどこか組織的な行動原理が多く、全てを自分の手だけで完結する様な雰囲気は微塵も無い。

 

 確かに単独やペアの任務であればそれはある意味仕方の無い事ではあるが、今の北斗にはその違いがどこにも見当たらない。このまま前のめりになるのが拙いなら一度エイジに確認した方が手っ取り早いのかもしれないと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ……なんだかゴメンね。北斗も混乱してるのかもしれない。ただ、戦局を見誤るとそれは自分に跳ね返る危険性があるのもまた事実なんだ。使うなと言ってる訳では無いんだけどね……」

 

「私の言葉は多分ですが届いていない様にも思えます。出来れば一度エイジさんからも何か言ってくれればと思うんですが」

 

 北斗の事は教導しているエイジに相談するのが一番だと考えたシエルは帰投後、すぐにエイジの元へと急いでいた。

 本来ならばシエルが勝手に動く事はあり得ないが、このままこれが続くとなれば何かにつけて拙い事態になり兼ねないと判断した結果でもあった。

 

 

「多分、北斗の性格だと言うだけだと無理かもね。一度体感した方が良いかもしれない」

 

「でも、エイジさんにもご迷惑がかかるのでは?」

 

「教導のついででやれば問題無いと思うよ」

 

既に口頭での説得と理解が不可能ならば実力行使が一番だと話が纏まる頃、部屋の扉が突如開いていた。

 

 

「えっと……お帰りアリサ」

 

「はい。ただいま…ってシエルさん。何かあったんですか?」

 

 改めてシエルは今回のミッションの内容をアリサにも話していた。確かにエイジの言いたい事も理解出来るし、北斗の考えも理解出来る。

 大よそ答えらしい答えが見つからない事だけが理解出来たと同時に、エイジの考えている事がアリサにも何となく理解出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。すまないけど、今回の教導はこれまでと趣向を変えてやるから」

 

「何かあったんですか?」

 

「ちょっと思う所があってね」

 

 取り止めの無い会話を他所に何時もとは違った趣向での教導が始まっていた。

 この時点で北斗は気が付いていないが、訓練室のオペレート出来る場所にはリッカとナオヤだけじゃなく、ブラッド全員がその場に居た。

 これまでの内容を心配したシエルが今回の教導で何かヒントが掴める事になればと話した事がキッカケだった。

 

 

「北斗も何か悩んでたのは知ってたけど、まさかそんな事になってたなんて」

 

「ったく水臭せぇんだよ。仲間なんだから俺達をもっと頼れば良いだろうが」

 

「でも北斗の気持ちも分からないでもないんです。今はまだこの規模での話で終わりますが、今やっている事の結果次第で何かが変わる可能性もありますから」

 

 いつもであれば神機に近いモックを使う事が多いが、今回使用しているのは事実上の真剣に近い状態での神機を使用していた。

 

 刀身のパーツだけは安全面を考えて交換されているが、それでも万が一の事があればお互いの力量を見れば最悪は大参事になる可能性があった。

 既に訓練室には異様な空気が漂い始めている。

 目の前に対峙した2人の意志が何なのかは口に出すまでも無い。なぜならば当初持つ事になった神機パーツが雄弁にそれを語っていたからだった。

 

 

「エイジも本気みたいだな」

 

 ナオヤが人知れず呟いたかの様に、お互いが最初から全力で動きだしたのはある意味必然共言えていた。

 普段であればどこか落ち着いた雰囲気の教導が、今はアラガミと対峙している様な雰囲気へと変貌している。

 

 エイジから発せられるプレッシャーはこれまでに対峙したアラガミをもはるかに凌駕する程の状況だった。

 当初こそお互いの様子を見るべく牽制しながらの動きを見せているも、時間が経つに連れ目が慣れ始めてきたのか戦局は徐々に変化し始めていた。

 お互の戦い方の特性が違う事から決着には時間がそれなりにかかる様にも思えていた

のは無理もない。

 これまでに数えきれない程の教導を繰り返した結果、お互いの行動の癖が分かる以上、些細な隙があればそこを突かれる。この場にいた全員がそれを予想していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練室内に響く剣戟の音とは裏腹に、お互いの一撃が直撃する事は結果的には全く無かった。動きの癖を覚えているのも勿論ではあるが、ある程度のレベルに達すると、動きと行動範囲が徐々に読める様になる。

 その結果として直撃すらしなくなる可能性が高かった。つば競り合いとも取れる光景がこれまでに何度行使されたのか、既に別室で見ている人間は数える事すらしなくなっていた。

 僅かに瞬きをした瞬間にこの戦いが終わるのは間違い無い。それ程までに速度の乗った戦いはある意味スリリングだった。

 

 エイジと北斗の戦いからは真逆にとも取れる行動原理が全てを物語っていた。一撃必殺と言わんばかりの行動はお互い様ではあるが、その過程が大きく異なっている。

 エイジは一挙手一投足をまるで予測したかの様に一つ一つの行動の隙間を狙う戦い方をする事によって詰将棋の様に行動を制限していく。第三者の目からみれば薄氷を踏む様な戦いにも見えるが、当事者の感覚は違っていた。

 

 

「くそっ!」

 

 その結果、北斗は最大限の効果を発揮する戦い方が出来ず常に主導権を取られやすくなっていた。

 当然の事ながら北斗もまた制限される事を良しとせず、時に力技とも取れるやり方で

強引に自分の領域へ引きずり込んでいく事で主導権を握ろうとしている。お互いのハイペースとも取れる戦いは既に教導の域を大きく逸脱し、既に殺し合いに近い様相へと変化していた。

 

 

「これって……」

 

「まさかここまでだとは……」

 

 ナナとギルが口からこぼれた感想が全てを物語っていた。

 いつもであれば教導はどこか手加減した部分が多分に含まれている為に、最後まで何も問題無く履行する事が出来ていた。

 しかし、今回の教導はそれまでの内容がまるで嘘だったかの様に一方的な物へと偏りを見せている。その内容がエイジの言わんとした事でもあった。

 

 力技を使う際にはどうしても僅かながらに動作の一つ一つに溜めが必要となる。溜めを作る瞬間は行動が制限されるだけでなく、攻撃を一方的に受ける可能性を秘めていた。

 これがアラガミとの戦いであれば回避出来るが、目の前のエイジは態々そんな状態を待つつもりは全くなく、隙が一瞬でも出来た瞬間を狙っていた。

 

 

「これで北斗も気が付くだろうな。って言うかよくもまあ、実行出来るもんだ」

 

「それってどう言う事なの?」

 

 今回の内容をいち早く理解したのはナオヤだった。当初は意味も分からないままにセッティングしたが、今回の戦いを見た瞬間エイジの考えが理解出来ていた。

 理論上は間違いないかもしれないが、それを実感させるには身体で覚えるしかなく、また最初から高火力を持った人間に対して戒める部分もある事だけは直ぐに理解出来ていた。

 

 

「ここにブラッド全員がいるから簡潔に話すが、高火力の業はどうしても威力を出す為にほんの僅かだが溜めの動作が必要になる。

 それは悪い事ではないが、万が一速度があるアラガミがその瞬間を狙うとすればこちらの致命的な隙にしかならない。もちろんそこまで進化する可能性は低いのかもしれないが、今回みたいな対人戦になるとそれが顕著に出るんだ。

 事実こうまで一方的になるのはブラッドアーツを出す瞬間が常に狙われているからなんだ」

 

 ナオヤの言葉を理解した上で全員が再びその部分を意識して見る、確かにペース配分を握られた北斗は徐々にブラッドアーツを無意識の内に多用し始めたからなのか、動きに淀みが出始めていた。

 

 

「そろそろ終わるな」

 

 ナオヤが呟いた事が合図となったのか、ほんの一瞬だけエイジの身体がブレた様にも見えた瞬間だった。

 北斗の神機は弾き飛ばされ、逆にエイジの神機の切っ先が北斗の喉元に突き立てられる。ここで漸くハイペースで進んだ戦いが終息する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「漸く分かった気がする」

 

「そうれは良かったです。ここ最近ずっとそんな事ばかり考えてたとは流石に思いませんでしたが」

 

 教導の濃密な時間が終わる頃、漸く北斗もエイジが言った言葉が理解出来ていた。

 ブラッドアーツを多用するやり方は間違いでは無いが、正解でも無い。今はまだ問題なくてもギリギリの戦いで頼るにはまだ精度が低い事だけが理解出来ていた。

 

 戦いが終わった事で静寂が破られた瞬間、北斗は唐突にエイジが言った事を理解していた。

 ゴッドイーターになる前はどちらかと言えばエイジと似たような戦闘スタイルが、気が付けば今の様に一撃必殺とも取れる戦い方へと変貌していた。

 これまで培ってきた経験を無視した事で体捌きが歪み、その結果が付いてこない事に苛立ちを無意識の内に覚えていたのかもしれない。

 北斗は今になって自分と向き合う事が出来たんだと改めてそんな事を考えていた。

 

 恐らくは本当の戦場になればそれ以外に飛び道具が加わる事になる。今回の件が完全に本気で戦った結果なのかは分からないが、今の北斗には漸く何か目標が見えた様にも思えていた。

 

 

「私も何だか燃えてきたよ」

 

「ナナさんも一度は全力でやってみるんですか?」

 

「それはちょっと……まだ早いかも」

 

 ナナとシエルの話を聞いていたギルもナオヤとの教導の事を思い出していた。

 基礎訓練は地味な上に苦労しかないが、積み上げたそれは決して自分を裏切る様な事はしない。冷静に考えるとナオヤとの教導は神機を使う事が無いからなのか、自然とギルの中でブラッドアーツを多用する様な考えは余り存在してなかった事が思い出されていた。

 神機を使わないからこそ、北斗同様にギルも何かを思う部分が存在していた。

 

 

「俺もナオヤさんとの教導では攻撃が当たる事はあっても当てた記憶が殆ど無いからな。ある意味極東は高みを目指すには丁度いいのかもな」

 

 教導を終えたブラッドはラウンジで食事をしていた。何時もの様な光景ではあるが、どこか吹っ切れた様な表情をした北斗は今後はさらに成長するのかもしれないと考えていた。

 

 

「本気で戦った感想はどうだったの?最後の方はエイジさんの身体がブレた様に見えたけど」

 

 ナナはふと最後に見えたエイジの姿が何だったのか疑問をそのまま口にしていた。この場でそれが何なのかを理解したおは対峙した北斗だけ。

 それ故にその答えを全員が待っている様だった。

 

 

「あの瞬間はエイジさんの身体が二つになった様に見えた。多分なんだけど、キュウビの首を跳ねた瞬間に酷似していたから間違いないと思う」

 

「ひょっとして分身の術なのかな。ほら、よく漫画なんかに出てくるよね」

 

「それとはちょっと違うかもしれないけど、大方そんな様なものかもな。事実、動きに対して目が追い付かなかったから詳しい事は分からないが」

 

 そう言いがら北斗は水を飲んでいた。北斗の言う言葉が正しければ人間の限界値を超える様な動きをしている事になる。

 それがどれほどの高みにいるのかを考えれば、まだまだ目標が遠い事だけが理解出来ていた。

 

 

 


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