神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第195話 昇進試験

「ねえシエルちゃん。この場合ってどうすれば良いの?」

 

「そうですね。これならこうやって対応するのが一般的です。分かってると思いますが、ブラッドアーツでなんて書けば一発で終わりです」

 

「だよね……なんでこんなに難しいのかな」

 

 ラウンジの一角でシエルとナナはタブレットと睨めっこしながら何やら話を続けていた。

 本来であれば今日は非番のはず。いつもならおでんパンの新作や他にやる事があるからなと何かと動いているはずの人物が珍しく半日ほどソファーセットを2人で占領していた。

 他のメンバーも当初は何事かと気になる部分もあったが、会話の中で察したのか誰もが遠目で見ているも、手助けしようと思う奇特な人間は誰一人居なかった。

 

 

「ナナさん。これはある意味仕方の無い事ではありますが、普段からそれを理解していれば然程難しいは訳ではないんです。やっぱりこれを気にさらに戦術論を学んだ方が良いかと思いますが」

 

「それは分かるんだけどさ……まだ教導なら良いけど、これって私一人の考えなんだし万が一の事を考えると…」

 

 自身の許容量を既に超えたのか、ナナの頭はオーバーヒート気味だった。

 誰もが見て見ぬふりをするそれは、この極東支部に於いて誰もが一度は通る道なのが昇格試験だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラッド隊入ります」

 

「忙しい所済まないね。今回君達を呼んだのは訳があるんだ」

 

 突如として榊に呼ばれた事でブラッド全員が今度は何の用事なんだろうかと思案していた。既に極東のメンバーであればお馴染みの光景ではあるが、感応種以外の事でブラッドだけが召集されるケースはこれまで殆ど無かった。

 クレイドルとの合同であれば話が予想出来るが、今回クレイドルは感知していない。 

それ故に榊の発言の意図が読み取れないまま話が進んでいた。

 

 

「そうでしたか。しかし、我々の階級に関しては確か曹長級だと以前に聞いた覚えがあります。となれば今回の要件は我々とは無関係なのでは?」

 

「シエル君の言いたい事は僕にも理解出来る。事実、ここ極東支部は他の支部と違って階級による恩恵が殆ど無いからね。ただ、今回の件は我々極東支部ではなく本部からの依頼も半分入ってるんだよ」

 

 シエルの疑問に答える様に榊は今回の経緯を全員に話していた。終末捕喰の際に撮られた映像に関して、当初は一般市民からの問い合わせが殺到する事態がここに来て漸く落ち着き始めていた。

 

 そんな中でフェンリルとしてはブラッドが元本部直轄の部隊である事を理由に、極東支部ではななく本部の基準に合わせた昇進をさせる事で一致していた。

 これが何かしらの無茶ブリとも取れる召集やミッションであればクレームが入るが、階級そのものに対して何の気概も持たない極東支部からすればそんな本部の案件に全力で反対する必要がどこにも無かった。

 

 

「でもいきなり少尉って言うのはちょっと厳しいんじゃ?」

 

「今回、少尉としての試験を受けて貰うのは北斗君とシエル君だけだよ。後のナナ君とギルバート君に関してはここでの階級になるが准尉の試験となる。終末捕喰を終わらせた君達には実技試験は除外されるから、残りは筆記のみの試験となるね」

 

 榊の無慈悲とも取れる言葉にナナと北斗はうんざりとしていた。元々北斗はジュリウスに指名されて副隊長をしていたが、ジュリウスの離反によって半ばなし崩し的に隊長になっている。

 本来であれば外部の人間がブラッド隊に編入されるが、生憎と血の力を発動出来ない人間が部隊運営は無理だと判断した結果が現在に至っていた。

 

 

「榊博士。ちなみになんですけど准尉になったら何があるんですか?」

 

 本部からの指示となっただけでなく、極東支部としても何ら困る事が無い為に、今回の榊の話は回避不可能である事は間違いない。せめて尉官になるのであれば何らかの恩恵が無い事には今一つ気合いが入らないのもある意味当然だった。

 

 

「ミッションに関しては殆どの制限が外れる事になるから、さらに厳しい物がこれから増えるって所だね。我々としては実にありがたい話だね。勿論、義務が発生する以上権利だって存在するんだ。尉官になった際に発券される嗜好品チケットが従来の物に比べれば格段に良くなるんだよ。今まではfcで払っていた物がチケットと引き換えになるんだよ」

 

 本来であれば尉官チケットは少尉で交換できる物に限りがあった。しかし、それは他の支部の話であって、極東支部では事実上その意味は無いに等しい。

 一番の大きなポイントは食事に対する物ではあるが、ここではそんな尉官級で交換できる以上の物を口にしているが、ブラッドでそれを知っている人間は誰一人いなかった。

 普段から自炊していれば気が付くが、ラウンジで食事をしていると案外と気が付かないケースが殆どだった。

 

 

「試験は1週間後だから頼んだよ」

 

 終始笑みを崩す事無く榊は話を続けている。既に本部案件となっている以上拒否権がどこにもなく、これから先に起こる事だけが全員の肩にのしかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナさん。お勉強なんですか?」

 

「そう、聞いてよムツミちゃん。ゴッドイーターにだって試験があるんだよ。ただアラガミと戦うだけじゃダメなんだって」

 

「そうなんですか。でも私だって宿題がありますから同じですよ」

 

 気分転換でカウンターで何かを頼もうとナナがムツミに話かける。ここで多少気分転換を図ろうと考えていたナナの考えがムツミの一言で打ち消されていた。

 

 

「ここでご飯作ってるのに、ムツミちゃんも勉強してるの!」

 

 まさかと言った言葉ではあったが、ムツミの年齢でここのカウンターに立っている事自体、既にまともではない。

 ラウンジ設立の際に応募したのはほんの軽い気持ちだったのは今でも思い出されるが、まさかここまで厳しい業務だと思っていなかった事もあって、当時は大変だった記憶だけが残っていた。

 

 

「そうですよ。最近はエイジさんが少し変わってくれるんで、前よりはマシになりました」

 

 クレイドルとして今まで不在がちだったエイジが極東に常駐する事になってからのラウンジは少しづつ変化が発生していた。

 一番の理由は前よりも利用者が格段に多くなった事だった。本来であれば有償のはずのお菓子類も事実上の負担無しで誰もが口に出来るだけでなく、以前にも有った様にロビーでも配布される事もあってか、以前の様に少しづつ一般の人間の来場数も増えている。

 目的は分かり易いがそれでも垣根が低くなるのと同時にFSD以外でも交流を深める為と支部長でもある榊が容認しているのが最大の要因でもあった。

 

 

「ナナさん。そろそろ休憩を終えて勉強に入らないと、最悪の結末が待つ事になりますよ」

 

ナナとムツミの会話に割り込む様にシエルがナナを引き戻しにかかる。今回の試験に関してはブラッドだけなく、最近になって第1部隊に配属されたマルグリットも同じく准尉の試験が待っていた事をナナとシエルは最近になって知っていた。

 向こうは既にツバキからの聞かされていた事だけでなく、コウタが付き添う形で勉強を続けていた。

 

 

「でもさ……こんな事しなくても討伐任務はできるんだし、そんなに力を入れなくても良いんじゃないかな?」

 

「ナナさん。私だって本当の事を言えばそう思いますが、今回の件に関しては本部案件だけで終わらない可能性があります。少し前に聞いた話だと、我々ブラッドを一旦解体する動きが本部の一部で出ているらしいです」

 

「えっ!ブラッドを解体するの?」

 

 シエルから出た言葉にナナは驚きを隠さなかった。これまでブラッドは感応種との戦いに於いて常時優勢に戦いを進めるだけでなく、他の神機使いと一緒に出れば感応種に対するアドバンテージが大きくなるからと水面下でそんな話があった事をシエルは北斗を通じて聞いていた。

 

 実際に他の神機使いに対するアドバンテージ云々が本当なのかは知る由も無いが、北斗はエイジを通じて無明からそう聞いている為に疑問を持つ事は無かった。まさかそんな大事になっているとは何も聞かされてなかったナナからすればそれは青天の霹靂とも言えた。

 

 

「階級が低ければ、他の支部でも支部長クラスが人事異動の打診をすれば、その支部で支部長が承認すれば本部はそれを単に履行するだけです。しかし、これが尉官となれば部隊の話になる為に支部長クラスでも簡単に話しが出来ないのが本当の所の様です。

 勿論、榊博士としては最初から打診を受けるつもりは全く無いらしいですが」

 

 実際に感応種の被害は他の地域で出る事は全くなく、赤い雨が残した負の遺産を極東支部はそのまま完全に清算する事は出来なかった。その結果、榊としては感応種の対策が出来るブラッドに対し打診があっても全て突っぱねていた経緯が存在していた。

 

 

「って事はこの試験でブラッドの未来が変わるって事なの?」

 

「少なくとも私はそう考えています」

 

「だったらもっと頑張らないと」

 

 シエルの言葉に奮起したのか、ナナは改めてタブレットを片手にこれまで以上にテキストに目をやっている。この光景は試験がおわるまで背景の様になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、今回ブラッドは全員が昇進試験を受けるんだよね?」

 

「はい。以前に榊博士から打診がありましたので」

 

 北斗は珍しくエイジと一緒にミッションに出ていた。北斗も本来であれば勉強すべきではあるが、ナナ同様に気分転換とばかりにエイジ達のミッションに同行する事にしていた。

 ミッションそのものは可もなく不可も無くと言った事もあってか、程なく討伐が完了していた。

 

 

「最近のアナグラは割とその辺りがキッチリし始めているよね。僕らの時はそんな試験は無かったからさ」

 

「いつから今みたいな制度が導入されたんです?」

 

 エイジの階級は未だに中尉のままだった。これまでの功績と本部からの打診の形で大尉の要請があったが、現在はリンドウと共にそれを辞退していた。

 大尉ともなれば一部隊の運営だけでなく、様々なしがらみまでもが付いて回る。これまで何度も極東と本部を往復していたエイジからすれば面倒事以外の何物でも無かった。

 

 

「確か3年前位だったかな。コウタとアリサが准尉から少尉になった頃だったと思うよ」

 

 エイジもまた当時の事を思い出していた。あの時は確かに少尉になったから何か良い事があった記憶はどこにもなく、ただ高難易度の任務の回数が大幅に増えた程度だった。

 尉官級のギャラが良いのはひとえにその高難易度ミッションの報酬が格段に良いから

だった事が全ての原因となっている。

 だからこそトータルで考えるとさらに上になろう物なら面倒事だけが加速度的に増える未来しか見えない。そんな記憶だけがあった。

 

 

「どのみちクレイドルはしがらみが無いからね。ただ参加の目安は曹長以上って一応は決まっているよ」

 

 極東支部においてクレイドルは独立支援部隊となっているのはひとえに外部からの要請を一切受け付けない性質があるのが全ての要因だった。

 部隊運営をしようと考えれば人員は確実に足りなくなるだけでなく、最悪は一つの支部の様な形式となる可能性が高い。

 しかし、大きな組織は団結すれば確かに大きな力になるが、今度は何かあった際の情報伝達による内容の反故や些細な変更があった際の小回りがきかなくなる。

 組織運営していない場合はそれに担当した人間が最終事案まで責任を持つ必要がある為に、ミッションで判断出来ない人間は事実上、入隊の資格すら与えられなかった。

 

 

「そうだったんですか。少尉になったら何かが変わるんですか?」

 

「何も変わらないよ。ここは少尉以上の昇進は上層部の判断だけだからね。他の支部から見れば厳しく見えるかもしれないけど、ここは本当に世界の最前線なんだ。実際にここの曹長と他の支部なら少尉か中尉辺りの実力は拮抗しているのが本当の所だから、あまり深く考えない方が良いと思うよ」

 

 これまで散々他の支部を渡り歩いたエイジの言葉には真実だけしか無かった。

 確かに北斗もフライアに居た当時のミッションとここでの新人や上等兵のミッションを比べれば段違いであるのは直ぐに分かっていた。ここでは高額な報酬なのは仕方ないと割り切れる程の激戦区である以上、一般人も変な羨望は持っていない。

 

 現状は極東支部やサテライトの周辺ではアラガミに怯えながら生活している人間が未だに後を絶たないだけでなく、ここ極東支部だけに関して言えば、サテライトの建設が本格的になってからも人口の流入が止まる事は無かった。

 

 

「北斗は何を悩んでいるのか知らないけど、本当に自分の事を考えると今のままだと近い将来ブラッドそのものが消滅する可能性もあるんだ。昇進するのは期待ばかりじゃない」

 

 エイジからの衝撃的な言葉に北斗は唖然としたのか、何も言えなかった。

 

 

「陥れる訳じゃないけど、事実ラケルの遺産である君達はフェンリルからすれば羨望の的なんだ。感応種の脅威は今の所ここだけなんだけど、何かにつけて本部は安心の担保を欲しがるんだ。僕が本部に行ってたのもそれが原因だしね。

 今のまま極東にいるつもりなら、ブラッドアーツに頼らない行動原理を手に入れない事には仮に本部から招聘された瞬間、ここには戻れないだろうね」

 

 昇進試験の前に聞いた本部招聘の概要ではなく、今の言葉はその本当の意味だと北斗は本能で感じていた。

 ゴッドイーターになったのは本当に偶然だったのかもしれないが、これまで一緒に戦って来た仲間を失う可能性は否定したい気持ちがあった。

 

 確かにブラッドアーツに頼った戦いは万が一発動しなかった時に自分の能力だけで戦う事になる。それほどまでにブラッドアーツの破壊力は他のゴッドイーターからしても垂涎の的だった。

 

 

「僕だって感応種と戦う事は出来るけど、それは一部の感応種の話であって、全部じゃない。実際にマルドゥーク戦は危うい部分まで足を突っ込んでいたのも事実だし、今はリッカとナオヤが対感応種に対しての技術的アプローチを繰り返してる。

 でもそれだって今はまだ完全じゃないのは知っての通りだからね。正直な所、ブラッドの話を初めて聞いた時には僕も嫉妬したよ。なんで僕にはその力が無いんだってね」

 

「でも、エイジさんはそんな物よりも技術も力量も俺達よりもあるのは間違い無いんじゃ」

 

「確かにそうなんだけど、僕が欲しいのはブラッドアーツなんかじゃない。その感応種に対抗できる偏食因子が欲しい。ただそれだけなんだよ」

 

 エイジの言葉と同時にその表情にはどこか諦観じみた物があった。これまで最前線で感応種の討伐の際にはスタングレネードを利用し、速やかに退却するのがこの極東のスタンダードだとアリサから聞いていた。

 他の誰よりも卓越した技術とその力量は誰もが羨む物ではあるが、それでもどうしようも出来ない事実も存在している。

 孤高が故の悩みなのか、それとも単に無い物ねだりなのかは考えるまでも無かった。

 

 

「自分の事ばっかりでゴメン。今回の昇進試験の件だけど、本部案件なのもさっきの話の可能性も大よそ間違い無いのは事実だよ。少尉と言ってもコウタだって昇進したんだし、北斗なら大丈夫だよ」

 

「そうなんですか。でもコウタさんだって第1部隊で活躍したからじゃないんですか?」

 

「いや。コウタは見た目はああだけど、やる時はやるからね。今回は確かマルグリットも試験を受けるから任務の合間を見て勉強してるはずだよ」

 

 ミッションに出る前に何となくそんな場面があった様に記憶だけが北斗にもあった。 昇進試験で実技が無いのは有難い。しかし、座学に関しては通常ミッションに出ていれば自然と答える事が出来る内容であるのはエイジも知っているが、この場では話す必要性はどこにも無かった。

 

 

「参考に聞きたいんですが、仮に実技をやるならどうなるんですか?」

 

「教導教官との模擬戦でそれなりの手ごたえがあれば、そのままクリアだね」

 

「それって誰なのか聞いても良いですか?」

 

 何となく誰なのかを察しはしたが、やはり気になったのか北斗は確認とばかりにエイジ聞いてみる。その回答は北斗の予想通りの内容だった。

 

 

 


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