神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第194話 祝福の時

 ヒバリから放たれた爆弾を処理する事が出来なかったからなのか、それとも想像以上の破壊力を持っていたからなのか、その場にいた全員の時間が一瞬だけ停止していた。

 

 以前とは違い、最近ではゴッドイーター同士の婚姻は既に認知されている。

 ここアナグラでも既にリンドウとサクヤが式を挙げたのは古参の人間であれば全員が知っている。しかし、今の言葉はアリサに向けて放たれた以上、相手は一人しかいなかった。

 

 

「そ、それはですね……まだ決まっていないと言いますか……」

 

 顔を赤くしながらも答えにどもるアリサとは対照的にヒバリとリッカは興味津々だった。

 先ほども温泉に入っていた際には上手くはぐらかされたが、この場では回避する手段はどこにも無い。確かにエイジから貰った白金のリングはアリサの感情を大きく揺さぶる程の衝撃があった。

 

 右手にはめた物とは明らかに違うそれが何を意味するのかは言うまでも無い。しかし、この場でいきなり公表されると思ってなかったのか、概要に関しては聞いてるが、その後の予定に関してはまだエイジからは何も聞いていない。

 それ故にアリサとしても返答には困っていた。

 

 

「茶碗蒸し出来…た…よ」

 

 爆弾が落とされた事に気が付かないままエイジはマルグリットと作っていた茶碗蒸しを運んでいたが、なぜか空気がさっきとは違う。

 冷静に状況を分析すればアリサの顔は赤く、ヒバリとリッカはニンマリとしている。

 ブラッドとコウタに至っては原因が分からないまま固まっていた。

 これが戦場であれば確実に捕喰される未来しかない。その原因が何なのかは今のエイジには分からなかった。

 

 

「エイジさん、どうかしたんですか?」

 

「さあ?何かあったみたいだけど、詳しい事は全く」

 

 何が起きたのかすら理解できないが、このまま立ち尽くす訳にもいかず、取敢えずは持ってきた茶碗蒸しを各々に出す。それが合図となったのか、それとも時間が来た事で再起動したのか、最初に口を開いたのはコウタだった。

 

 

「あのさ、アリサと結婚するのか?」

 

「それがどうかしたの?」

 

 コウタの言っている意味は分からないが、口から出た言葉に偽りが無い以上、エイジは現状がどうなっているのかすら判断出来ない。

 用意が終わったマルグリットは既に厨房へと戻っていたのか、既にこの場には居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあの2人がこうなるなんてね」

 

「まあ、あいつらも色々とあったからな」

 

 弥生が全てを取り仕切った事から、式の日程はあっと言う間に決定していた。

 当初は身内だけのささやかな物をと考えていたものの、気が付けばリンドウ達同様に支部を上げての結果となっていた。

 

 屋敷で準備をするにあたり、無明とツバキが執り行った式を最初に、その後は支部での式となっていた。

 リンドウとサクヤの視界に入るのは粛々と執り行われている2人がいる。アリサはツバキ同様に白無垢を、エイジは黒の紋付を着たまま祭壇の前で祝詞を詠んでいた。

 

 極東初の新型でもあったエイジとロシアから来た同じく新型のアリサの加入には当初は何かと色んな意味で注目されていたが、当時の支部長でもあったヨハネス・フォン・シックザールの策略に嵌ってからの状況は大きく一転する事になる。

 

 結果的には終末捕喰を回避した事やリンドウの生還によって今に至るも、それでも次の支部長でもあったガーランド・シックザールによって再び支部内に混乱を招いた。

 その後もアリサの拉致など色んな事がありすぎた結果ではあったが、サクヤとしてもリンドウとしても元第1部隊の人間であると同時に、この二人がここまで来る過程に大きく影響を与えた事を考えていたからなのか、どこかしんみりとした空気があった。

 当時の経緯はともかく、今はただ祝いたい。そんな気持ちでこの式に臨んでいた。

 

 

「でもよく考えたら、ツバキ義姉さんもアリサも白無垢着たのよね。私の時も着たかったな」

 

「それについては説明したろ。あれはここでの習わしだって」

 

 極東の伝統的な婚礼衣装でもある白無垢は普段は早々目にする機会が無いからと、本来であれば完全に身内だけのはずだったが、ここにはリンドウ達以外にソーマとシオ、コウタとマルグリットまでもが参加していた。

 当初はマルグリットが渋る部分が多分にあったが、今はここに居るからと弥生に説得されていた事もあり、着物姿で今は2人を見ていた。

 

 

「サクヤさんも良かったら着ます?これからはこれも一つの文化と言う事で既に当主から許可を頂いてますので」

 

「良いんです?」

 

「勿論です。でもそうなるとリンドウさんも、もう一度あれ着る事になりますね」

 

「俺としては勘弁してほしいんだがな」

 

 サクヤだけで着るのも良いが、折角だからと言うのはある意味当然だった。

 片方だけが着るのであればバランスが悪いだけではなく、仮に写真とそて記録に残す事も考えれば夫婦である以上ある意味当然だとも取れている。

 

 だからと言ってこのまま放置すればサクヤの機嫌は一気に垂直降下するのは目に見えていた。

 

 

「私と一緒に着るのが嫌って事?」

 

「そんな事は無いさ。ただ照れくさいだけだ」

 

 小声でやり取りをする向こうではエイジとアリサが先ほどとは違い、玉串を備えるとお互いの指輪を交換している。リンドウとサクヤの時にはやっていなかった事もあってか、ソーマやコウタは珍し気にジッと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサさん綺麗だったよね」

 

「そうですね。こう言った事は初めて体験しましたので、何もかもが目新しかったです」

 

 屋敷での式が滞りなく終わる頃、アナグラでも準備がそのまま続けられていた。

 事前に用意されていた事もあってか、場所もアナグラの中ではなく外での物になったのは予想以上の人が集まった事が全ての要因だった。

 

 ここでも当初は出動する人間もいるからと、割と少人数での予定のはずが、偶然アナグラに戻ってきたユノやミッションの時間にゆとりがあった人間がそのまま参加する運びとなり、ユノに至っては普段から親交があるアリサの為だからと、その後の予定までもずらした事でサツキは頭を抱えるハメに陥っていた。

 

 

 ナナとシエルは屋敷での参列が出来なかったものの、その中での事がアナグラでもそのまま映像として流れた事も影響したのか、普段とは違った雰囲気に暫し見とれ何時もとは違った厳かな雰囲気は普段であれば騒がしいアナグラの空気までもを一変させている。

 どんな事があっても常に騒がしい空気が漂うこの場所が何か張りつめた様な空気に変わっている事にヒバリとフランも珍しいと思いながらもその様子を見ていた。

 

 

「予想はしてたけど、まさかこんなに早いとは思ってなかったってのが本当の所だね」

 

「でも、あの2人はお互いに思う部分もありましたし、クレイドルとしての任務が今は一旦落ち着いたからって所が本当の所じゃないですか?」

 

 今回のキュウビの討伐以降、クレイドルの派兵中断はヒバリの所にも情報が届いていた。

 事実、本部の派兵に関してはアナグラで発注をかけているヒバリからしても、時折危ういミッションの際にはお願いしたいとまで思う物がいくつも存在していた。

 

 エイジとリンドウの実力が外部に出れば出る程ここに居る時間は少なくなる。いくら戦力が増強されたと言っても感応種はブラッドが、接触禁忌種の連続ミッションはクレイドルが受け持つケースが多かった。

 厳しい台所事情を把握しているヒバリからすれば、今回の件は良い意味でエイジを縛り付ける事が出来ると考えていた。

 

 

「ヒバリちゃん!やっぱり次は俺達の出番じゃないかな」

 

「何言ってるんですか、今すぐは無理ですよ。タツミさん防衛任務の検討がまだ終わってませんし」

 

「それを言われるとそうなんだけど……あれ、今否定しなかったよね?」

 

「もう……そんなタツミさんは知りませんから」

 

 今回の件で防衛班は大半がアナグラの警備から現在進めている予定地やサテライトの警備で全員がそれぞれローテーションで配置されていた。

 事実タツミがアナグラに顔を出すのは半月ぶりと、隊長でもあるタツミもやはり遠距離では無いが、ヒバリと会う時間はかなり削られていた。

 そんな中で会ったのがこんな式だった事もあってかタツミのテンションまこれまでに無く高いままとなっていた。

 

 

「リンドウさんの次がエイジ達ってのがな。まあ、めでたいから何も言わないけどさ。でもこのアナグラの順番から言えばツバキ教官の方が先じゃないの?」

 

「そう言われればそうですけど…」

 

「あれ?タツミは知らなかったのか。ツバキ教官なら随分前に結婚してるぞ」

 

「は?って誰と?」

 

「誰なんですか?」

 

 タツミとヒバリの言葉に答えたのはハルオミだった。

 以前にリンドウから聞かされた際には随分と驚いた記憶があったが、まさかこんな場面で公表する事になると思ってもなかった。

 基本的に隠す様な話でもなかったと思い、改めてタツミとヒバリに説明していた。

 

 

「なんだよ。鳩が豆鉄砲食った様な顔して」

 

「いや……そんな話は聞いてなかったからさ。ちょっと驚いただけだけど、ヒバリちゃんは知ってた?」

 

「いえ。私も初めて聞きました」

 

「神機使いじゃないし、リンドウも他に言ってない様なら特に言う必要性も無かったからな。俺が言ったって事は内緒にしておいてくれよ」

 

 突如として知らされたはしたが、ツバキの相手が誰なのかを知ると2人はそれ以上の言葉は出なかった。

 確かに考えれば順当ではあったが、せめて少し位は話しても良いのではと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷とは打って変わり、アリサとエイジは白無垢ではなくウエディングドレスとフロックコートへと着替えての参加となっていた。

 参加者は2人が登場した瞬間、全員がアリサを見て息を飲んでいる。

 大きなひだが特徴的なチュールスカートの後ろには長いドレープがそのまま続いている。

 

 ボリューミーなひだはアリサが歩くたびに波の様にさざめきながらゆっくりと動く。

 長い時間をかけて作られたかと思わせる程に動きになじんだそれはアリサを引き立てるかの様に存在していた。

 

 

「ちょっとアリサ、このドレスどうしたの?何だかメイクもバッチリだし」

 

「これでは弥生さんが手配らしいです。このメイクも併せてしてくれたんです。私も今日初めて見ました」

 

「凄く似合ってるよ。良かったねアリサ。おめでと」

 

 リッカの言葉が合図となったのか2人に周りには沢山の人が囲むように集まっている。普段クレイドルとしてアナグラには殆ど居ないが、これまでの実績や時折行われる教導メニューで2人の事を知らない人間は居ないとまでいわれるほどだった。

 既に時間が経過した事もあってか、改めて全員が居る中で式が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。どうしたんですか?」

 

 2人の式が終わると、既に立食形式のパーティーが始まっていた。結婚式だろうが、何だろうが宴会になればそこは既にいつもの光景が見ている。そんな中で北斗は先ほどまで行われてた式を見たからなのか、それとも何か別の思惑があったのか、シエルの問いかけに僅かに反応が遅れていた。

 

 

「さっきの結婚式を見て、ちょっと思う所があったんだ。俺達のやった事で、何か大きく変化があったのかって」

 

 北斗が言う『やった事』が何を指しているのかシエルも何となく分かった様に思えていた。

 アナグラから見える螺旋の樹はいつもと何も変わらない様にも見える。しかし、あの中ではジュリウスが未だ戦っているだけでなく、ロミオも恐らくは生存しているが、その所在は未だ明らかになっていない。

 ブラッドが極東支部へと編入された事で、事実上は極東支部所属ブラッド隊となっているが、今回のキッカケとなったキュウビの戦いから見れば、まだまだ実力が伴っていない様にも思えていた。

 

 

「北斗。君の考えは分からないでもないですが、今はお祝いの場です。ここで沈んだ表情をみせるのはアリサさんとエイジさんにも申し訳が立たないだけなく、極東支部に対しても失礼です。こんな時位は楽しく過ごしても良いかと思いますよ」

 

「そう言われればそうだよな」

 

 そう言いながらも北斗の様子は何も変わる事は無い。暗い雰囲気がこの場には似つかわしく無い事は北斗とて理解するが、やはりこんな場面だからこそ、自分達のやって来た事が正解だったのかは未だ自問自答したままだった。

 

 

「北斗。これだけは言っておきます。ここで脅威だった赤い雨は既に過去の物となっています。それがどれほどの結果に繋がっているのかは北斗が一番知っているんじゃないですか?」

 

 シエルの言葉に漸く北斗はまともな思考になり始めていた。赤い雨が完全に降らなくなった事でサテライトの建設計画は一気に進みだしていた。

 それはこれまで懸念していた工事の日程の大幅な短縮だけでなく、防衛するゴッドイーターとしても脅威を取り払った事になる。そう考えればブラッドとしての貢献の度合いは比べる必要が無い程だった。

 

 

「折角の式です。私達ももっと近くで見ませんか?」

 

 柔らかな笑みと共にシエルは北斗の手を取って2人の所へと歩き出していた。

 螺旋の樹の事だけを考え続ければ、確かに極東支部よりもエイジとアリサに申し訳ないと考える方が先に出る。

 

 今回の前にも支部長室で言われた並行してやる物が何なのかは未だ聞かされていないが、今後の事を考えれば何か大きな転換点を向かえる様な予感だけはしていた。

 手をひかれながらも北斗は僅かに視線を螺旋の樹へと向ける。まるで北斗に何か言いたげだったのか僅かに何かが光った様にも見えていた。

 

 

「シエル」

 

「何ですか?」

 

「ありがとう。それよりも俺達もエイジさんとアリサさんをお祝いしに行こうか」

 

 北斗の言葉と表情が何時もと変わらなくなっていた。

 今回のキュウビとの戦いでエイジのバックアップとして戦ったまでは良かったが、結果的にはただ見ているだけに終わった事がどれほど悔しいと感じたのかはシエルにも何となく理解出来ていた。

 ブラッドだけが使用できるブラッドアーツは確かに戦力としての性能は高いのかもしれない。しかし、今回の戦いに関してだけ見ればエイジの戦い方は全ての神機使いに当てはまる可能性があった。

 確かに終末捕喰を回避した事は大きな戦果ではあったが、厳密に言えば終息したのではなく継続しているにしか過ぎない。未だ解明出来ない状況が続くのはどう考えても禍根が残る可能性だけは確かにあった。

 

 これから研究が進めば近い将来、何らかの手段が構築される可能性がある。今はそんな先の未来事を考える事が出来るのも精神的なゆとりがあるからだとシエルは考えていた。

 

 

「そうですね。折角ですからブラッドとしてお祝いした方が良いですね」

 

 2人にもたらされた束の間の幸せを享受すべく、今はただこの時間を大切に考えていた。

 

 

 


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