神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第193話 激闘の後で

 

「まさかこんな展開になるとは思いませんでした。確かに私も何も考えずに来ましたが、本当に良かったんでしょうか?」

 

 

 クレイドルとブラッドの合同会議とも言える内容が終わり、今回の労いを兼ねて全員が屋敷へと出向いていた。

 当初は人数的な問題があるかと思われていたが、時間的にも人数的も余裕があるだけでなく、今回の件でついでとばかりに幾つかの打合せと打ち上げを兼ねた事もあってか、ヒバリやフラン、リッカまでもが来る事になった。

 当初はあまりの人数に誘われたフランは気遅れする事もあったが、当主でもある無明が了承している以上、大きな問題は無いだろうとの結果が今に至っていた。

 

 

「詳しい事は私では分かりませんが、とにかく人数的には問題無いとの事ですし、折角ですからフランさんもヒバリさんと話をする事もあると思いますが」

 

「シエルさんがそう仰るのであれば私も気にしない事にします」

 

 大人数で来たまでは良かったが、本当に良かったのかと言った一抹の不安は確かに拭いきれなかった。

 フランにも声がかかったのは嬉しい事だが、これから行く所がどんな場所なのかはヒバリからは聞いていたが、内容までは知らされていなかったからなのか、任務時間が終わった時点でついて行く事しか出来なかった。

 

 

「皆さん、お疲れ様です。屋敷へようこそ」

 

「あれ?なんでマルグリットちゃんがここに居るの?」

 

 屋敷で出迎えに来たのはここの家人ではなくマルグリットだった。経緯はともかく、まさかこんな場所で会えると思わなかったのか、ナナの言葉にコウタもその存在に気が付く。

 久しぶりに見た顔は晴れやかにも見えていた。

 

 

「今はここで修業中です。丁度教導の兼ね合いで色々と教わる事がありましたので」

 

 マルグリットの言葉通り、今は浴衣を着ているが、普段とは違い襷掛けした状態になっていた。

 ここで戦闘訓練が出来る事は知っていたが、それ以外で何が出来るのかを知っているのはここのメンバーではアリサだけ。当時の状況と今のマルグリットの状況が重なって見える。何をしているのかはアリサだけが予想出来た。

 

「その格好って事はひょっとしてあれですね」

 

「そうなんです。でも結構大変なんで、どうした事かと思ってるんですが」

 

「私も苦労しましたので…」

 

 固有名詞が無い会話は他の人間が聞けば予想出来ない。何があるのかは2人だけが知る事となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、本当にタオルで隠さないで入るんですか?」

 

「それがここの流儀らしいです。湯船にタオルを入れるのはマナー違反だとも聞いてます」

 

 屋敷に来て最初に行ったのは温泉に入る事だった。アナグラとは違い、ここでは大きな浴槽がある事から大人数で入る事が可能な為にほぼ全員が一度に入る事になった。

 誰もが気にしていなかったはずだったが、一人だけ例外としてフランが困惑していた。

 シエルとナナは気が付いてないが、以前に極東に研修で来ていたアネットも同じ様な反応をしていた事がアリサの記憶にあった。既にここに慣れたヒバリやリッカは気にする要素すらなく、そのまま入っていた。

 

 

「分かりました。極東の言葉に郷に入れば郷に従えと言う言葉もあります。シエルさんの言う様に、私もそのまま入ります」

 

「フランちゃん。そんなに気合いを入れる必要は無いと思うんだけど…」

 

 何かを覚悟したかの様なフランの言葉にナナは思わず言葉が漏れていた。

 事実ナナもここに来たのは1度しかなく、その時も温泉に入ったが当時はそんな事を気にした事は無かった。当時の事であればシエルもフランと同じだった記憶があったが、シエルはそれを当たり前の様に受け入れていた記憶しかなかった。

 

 身体を洗いお湯につかると、これまでの疲労が流れ出るかの様に落ち着いた空気が流れる。ヒバリから話には聞いていたが、まさかこれほどだとはフランは思ってもなかった。

 

「そう言えば、シエルちゃんはあの時も直ぐに入ってたよね?」

 

「私ですか?私の場合はそれが当然だと受け入れていたので、特に気にもしてませんでした」

 

 髪がお湯につからない様にタオルで束ねながら同じくお湯に入ってきたシエルにナナは先ほどの疑問をぶつけていた。極東ではよくある風景が他でも同じとは限らない。恐らくはフランの様な反応が普通なんだと気がつくのはアリサから話を聞くまで分からなかった。

 

 

「しかし、前にも来た時に思ったけど、ここに居ると何だか堕落しそうだよね~。アナグラにはこんな施設は無いし。いっその事、榊博士に言えば作ってくれるかな」

 

 手足を大きく伸ばしゆっくりと浸かると数時間前までギリギリの戦いを繰り広げられた事が遠い過去の様にも思えてくる。

 今まで緊張していたはずの筋肉もゆっくりとほぐれる様な感覚と同時に如何に緊張していたのかがナナにも分かったのか、お湯につかる事で思い知らされていた。

 

 

「アナグラには場所の関係で難しいみたいですよ。作るなら少なくとも部屋をいくつか潰す必要がありますから」

 

 3人の背後には同じ様にアリサとヒバリとリッカも同じ様に湯船に身体を入り込んでいた。既に手慣れた感じがしているのは時折聞く言葉からも知っていたが、ここに来るまでに聞いた通りだったのか、3人は随分とリラックスした表情を浮かべていた。

 

 

「アリサさんも以前に同じ事を言ったんですか?」

 

「直接ではないんですけど、当時の榊博士からはそう言われましたね。外部居住区には似たような施設はありますが、流石に行くのはちょっと厳しいですから……でも002号サテライトなら多分大丈夫ですよ」

 

 ナナの疑問に答える様な言葉と同時に、建設現場で温泉が噴き出した事はまだ記憶には新しかった。

 事実建設拠点となった002号サテライトには、現在はかなりの人間が移住している。人間が集まれば自然と活発になるだけでなく、仕事が山の様にある事からも、現場従事者を優先して入植させる方針が当時あった。

 

 今は他のサテライト現場の複数建設が進んでいる事からも、あそこで出た温泉は少なくともこじんまりした雰囲気では無かった記憶があった。

 

 

「そう言えば、カルビを拾ったのはあそこでしたね。やはり動物はまだ居るのでしょうか?」

 

「多分居るとは思いますが、サテライト建設が進んでからは中々外に目を向ける事は少ないですからね。今なら落ち着いた001号サテライトの周辺なら居ると思いますよ」

 

 クレイドルの計画の中で一番の問題点は早急な食料の確保だった。

 外部居住区だけに限らず、今なおサテライトにすら入植出来ない人間をそのまま放置する事はせず、近い将来の入植者となる可能性があるのと同時に、サテライトの防衛で極東支部からゴッドイーターが派遣されている事も影響しているのか、サテライトの近隣に暫定的に人々が住むケースが多かった。

 その結果として、001号サテライトは食料のプラントを最優先して建設が進められていた。

 

 

「クレイドルの計画って凄いんだね。私何も知らなかったよ」

 

「現在は軌道に乗ったので、以前よりはマシです。当時はかなり苦労しましたから」

 

 当時の事を知っているのはヒバリとリッカ位しかいない。ブラッドに関してはある程度軌道に乗った頃に合流した事もあってか、その当時の状況を知る由も無かった。

 当時を思い出しながらアリサは無意識に左手でお湯を身体にかける。何気ない行為ではあったが、それが隣にいたリッカは目ざとく見られていた。

 

 

「ねえ、アリサ。私達に何か言う事が有るんじゃないの?」

 

「何の事ですか?」

 

「アリサさん。左手を見せてくれませんか?」

 

 リッカの言葉の意味が分からないと言いたい所にヒバリから追撃が入る。左手と具体的に言われた事で漸くアリサはその言葉の真意を知る事になった。

 

 

「こ、これはですね……」

 

 3人の会話にシエル達も何事なのかと改めてアリサの方を向く。既に臨戦態勢に入ったヒバリとリッカが今にもアリサに襲い掛かろうとしているのが何なのかを、今はただ見ている事しか出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、今回のキュウビはヤバかったな」

 

「流石に感応種の後にあれは厳しいなんて言葉じゃ足りないな」

 

 北斗達もシエル達同様に温泉につかりながら今回のミッションを思い出していた。結果的には討伐できたが、支部長室での話からすれば、今後は通常の部隊運営での討伐任務が入る事になる。

 リンドウ達の言葉からすれば、今回のキュウビは通常よりも強化された個体らしいが、実際に通常の個体との交戦経験が無い以上、今の時点では予想する事すら出来ない。

 まだフライアで移動していた頃に比べれば格段に経験は積んでいるが、現在では新種討伐をブラッドがするのは感応種しかなく、それ以外となればやはり何らかの訓練等で底上げする以外には無かった。

 

 

「しかし、前にも来たが、偶には裸の付き合いも良いもんだと漸く理解出来る様になったな。以前にハルさんから聞いた際にはただ驚いたがな」

 

 ギルがまだグラスゴーに居た際に、そんな話を聞いた記憶はあった。当時はそんな事は無意味でしかなく、また何でそんな面倒な事を極東の人間が重視するのかすら理解出来なかったが、今なら当時のハルオミの言いたかった事が分かった様な気がしていた。

 

 

「でもここまで大人数で入れる施設はそう無いと思う。普通なら精々1.2人が良い所じゃないかな」

 

「そう言えば、エイジさんとコウタさんはどうしたんだ?」

 

本来であればエイジとコウタも来ると思っていたが、既に時間がそれなりに経過しているにも関わらず、未だに来る気配が無かった。

 エイジは元々ここが自宅である以上、一緒に入る可能性は少ないが、何か話が出来るキッカケがあればと北斗は考えていた。

 

 

「何か用事でもあるのかもしれない。ここが自宅だから別行動の可能性も高いと思うけど」

 

 時間もそれなりになってきたのか、これ以上入っていると湯あたりを起こす可能性が出てくる。今日はここに滞在するなら食事の時間にでも聞けばいいかと考え、2人は温泉から出る事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。お前がそう考えるならばそうした方が良いだろう。俺もツバキも特に異論は無い」

 

 皆が温泉に入ってる間、エイジは食事の準備やこれからの事に関して無明と話をしていた。

 既に時間が経過している事もあるが、これだけの人数が居るならば、今後の打ち合わせも簡単に出来るだろうと、少しだけ食事の準備を手早く終わらせると、2人の居る部屋へと足を運んでいた。

 今回の件でやるべき事が新たに山積している以上このまま停滞する訳には行かず、これから先の事を漸く考えるだけのゆとりが僅かに出ていた。

 

 

「いつから考えていたんだ?」

 

「以前からですが、あの本部での最終日にそう決めました」

 

「まあ、お前はリンドウとは違うから大丈夫だとは思うが……まあ、好きにすると良い。申請を出すなら早めにしてくれるとこちらも助かる」

 

 無明ではなくツバキから聞かれた事に驚きはあるが、遠征先でも一緒にいる以上隠すつもりは無かった。

 色々と面倒な申請がある事はリンドウからも聞いていたが、それでも今回の一連の予定がある程度見えた以上、それをそのまま実行するには丁度良かったと考えているのか、エイジの表情には決意がしっかりと出ていた。

 

 

「こちらでの準備は進めておくが、希望は何かあるか?」

 

「その辺りは一度相談してからにしたいかと。何せ話したのは今さっきなので」

 

「そうか。詳しい事は弥生と相談すると良いだろう。我々よりも多少なりとも考える部分があるだろうからな」

 

 報告と同時に一つづつ現状を認識しながらエイジは無明と話を進めていた。

 弥生に話を振る時点で何となく想像はつくが、今回の件がどんな結果を生むのかは想像出来ない。

 既にエイジの中では予定はあるものの、今は改めて確認する以外に方法が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「激戦の後だからご飯は美味しく感じるよ」

 

「これはまたアナグラでは中々食べる機会は無さそうですね」

 

 ナナとシエルが関心したのは無理も無かった。普段のアナグラでは純和食を口にする機会はあまり無い。

 用意出来ない訳では無いが、ラウンジを一人で切り盛りするムツミの手間と、静かな環境とは言えどこか雑多な感じがするラウンジではこうまでゆっくりとした空気が流れる機会が無いからと、精々が焼魚程度しか出ない事が多かった。

 

 目の前には季節の野菜を使った焼き物と椀物が出ると同時に時期的な物として素麺に天ぷらと、普段であれば中々食べる機会が少ない代物だった。以前にここに来た際には、データ採取の関係上ここの料理人が作っていたが、今回の食事に関しては私的な部分が強い為にエイジとマルグリットの2人で厨房に立っていた。

 

 

「天ぷら?だっけ。これサクサクして美味しいよ。こんなの今まで食べた記憶が無いよ」

 

「これは極東の料理じゃないんですか?」

 

「シエルちゃん。極東に住めば皆がこんな料理を口にする訳じゃ無いんだよ。普段はこんなご馳走なんて出ないし、私もこんなのは前に来た時に初めて食べたんだよ」

 

 そう言いながらも茄子の天ぷらを口に入れる。十分に瑞々しさを感じる中でカリッと揚がった茄子は、これまで食べた中でも一番だと思える程だったのか、ナナはひたすら食べている様にも見えていた。

 ナナの余りに真剣な表情で言われた事もあってかシエルは珍しくたじろいでいたが、今のナナにこれ以上の会話は危険だと判断したのかシエルも改めて食事をする事にしていた。

 

 

「そう言えば、これってマルグリットさんも一緒に作業したんですよね?」

 

「はい。エイジさんの手伝い程度ですけど、下拵えは私がしたんです」

 

 椀物のつみれは上品な味わいを見せるだけでなく、しっかりと出汁が引かれているからなのか、見た目よりも味わい深く身体に染み渡る様にも思えてくる。

 エイジが作るのは既に知っての通りだが、下拵えをマルグリットがやった事にヒバリは驚いていた。

 

 

「実はここで料理も教わるんです。最初はダメ出しばかりだったんですけど、ここにきて漸く及第点を貰える様になったんです」

 

 マルグリットの言葉にアリサも当時の状況を少しだけ思い出していた。

 基本の出汁引きが悪ければすぐにダメ出しされると同時に、その原因を常に追求される。かなりのスパルタだった経験から、ここで習えば最低限の基本レシピの料理はそれなりのレベルで作る事が可能となっていた。

 そんな経験があったからこそ今のアリサは基本のレシピの料理だけは身体が覚えているのか、最近になってまともに作る事が出来ていた。

 

 

「板長厳しいですからね。私も苦労しました」

 

 何気に呟いた言葉ではあったが、もう一度スパルタでやれと言われれば、恐らくは二度とやりたくない感情しか残っていない。どれ程の厳しさなのかを知っている人間以外は興味しかなかった。

 

 

「あれ?アリサがやったのってかなり前だよね?」

 

「そうですけど、それが何か?」

 

「いや、まさかそんな当時から既に考えていたとは思ってなかったからさ」

 

 何気に聞いていたはずのアリサではあったが、先ほどの温泉での一コマを思い出したのか、様子が徐々に変化していく。リッカが放った言葉のそれが何を指すのかを理解したのは当事者のアリサと傍にいたヒバリだけだった。

 

 

「で、いつ式を挙げるんですか?」

 

 和やかだった食事の場に、ニンマリとした表情のヒバリから特大の爆弾が放り込まれた。

 理由は先ほどの温泉での一コマだが、当時ナナとシエルはフランと何かを話していた事もあってか、詳しい事は何も聞いていない。

 アリサに向けて放たれた言葉である以上、それが誰と誰の事を示しているのかは言うまでも無かった。しかし、この場に居るのはアリサだけ。

 肝心の片方は未だ料理を少し作っているのか、この場に姿は無かった。

 

 

 


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