神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第192話 今後

「あれがクレイドルが追いかけていたアラガミなんですね」

 

 帰投中のヘリは大型だけあってか、室内には随分と余裕があったのか、結果的にはクレイドルとブラッドが同じ機体でアナグラへと戻る事になっていた。

 今回のキュウビとの戦いは共に想定外ではあったが、結果的には討伐出来ただけでなく、無傷でコアを取得出来た事が一番大きな成果となっていた。

 既にナナは疲れ果てたのか夢の国へと旅立っている。そんな中で何か思う事があったのか、北斗はエイジに確認したい事があった。

 

 

「そうだね。一度は本部周辺で交戦しているから問題無いと思ってたんだけど、まさかああまで進化してたのは誤算だったよ。初めて交戦した際にはああまで動きも早く無かったからね」

 

 当時の状況を思い出していたのか、エイジの言葉はどこか感慨深い物があった。

 これまでに幾つものアラガミを討伐してきたのはクレイドルだけでなくブラッドも同じ事。しかし、今回討伐したキュウビはその遥か上を易々と飛び越える程の強さを誇っていた。

 もしあの場面で信号弾が上がらなければ今頃ブラッドは全員捕喰されていた可能性もあった。

 ギリギリではあったものの、クレイドルが間に合った事は僥倖以外の何物でもなかった。

 

 

「って事は前はそうでも無かったって事ですか?」

 

「そうまでは言わないけど、まあ、そんな所だね。当時はギリギリの所で逃げられたから、結果的には僕らの失態だよ」

 

 取り逃がすケースは確かに無いとは言い切れない以上、これまでの任務でもあった事もあってかエイジの言葉に北斗は反論出来ないでいた。

 あれ程のアラガミでさえも苦も無く討伐出来るとなれば、仮にブラッドと同等の血の力があれば、フェンリルでの勢力は一気に変わる可能性もあるのかもしれなかった。

 これまでの話を総合的に聞けば、既にエイジとリンドウは指導教官としての資格は無いが、教導に関しての実績をかなり収めている。

 その結果としてエイジが本部では極東の鬼とまで言われていた事はシエルから聞かされていた。

 

 確かにその戦闘能力を考えればまだまだクレイドルに追い付くのは先だと思う反面、常に自分達も鍛錬した結果だと言うのが、最近になって分かる様になって来た。

 屋敷での無明とエイジの訓練はそれの集大成とも取れる。未だエイジとの教導ではまともに攻撃が当たった試しが無い以上、今のままで良しと思える要素はどこにも無かった。

 

 

「俺達だって人間だ。偶にはしくじる時だってあるさ。しくじりが無い人間なんて……一人だけ居たな」

 

 先ほどの会話が気になったのか、リンドウが会話に割って入ってた。既に帰投中のヘリの中ではエイジとアリサだけではなくソーマもタブレットを片手に作業をしている。

 ほんの少し前までギリギリの戦いをしていたはずが、帰投の際には既に今回の顛末を作成している様だった。

 

 

「それは無明さんの事ですか?」

 

「ああ。俺の知りうる範囲の中であいつが何かしくじった記憶は一度も無いな。確かにアナグラにはあまり居ないが、屋敷でも常時何かしてるみたいだし、今回の件も恐らくはソーマが主体となって研究が進むと思うが、最終的には榊博士と無明も付く事になるだろうな」

 

 リンドウの言葉に何となくそんな感覚があったが、以前に見た雰囲気からすれば納得できる部分は多々あった。

 

 隙がまるで無いだけでなく、研究者としても神機使いとしても極東支部全体を見渡せば隣に並べる様な人間は恐らく居ないだろう事だけは北斗もすぐに分かった。

 事実エイジを見れば研究者でないにしろ、普段はラウンジでも何かやっている姿を見る機会が多く、時折シエルやナナも何かにつけてお菓子を作ってもらっているのを北斗は何度も見ている。

 普段であれば膨大なレポートの作成にも追われるはずが、どうしてそんなにゆとりがあるのかは目の前の状況を見ればすぐに理解出来ていた。

 

 

「俺達はキュウビについては何も知らされてないんですが、今回の件で何が分かるんです?」

 

「そうか。ブラッドにはまだ何も言ってなかったな。今回の件に関しては実はこれから本格的な研究が始まるから、近日中には何らかのアクションがあるはずだぞ。そうだよなソーマ博士?」

 

「リンドウ。何度言えば分かるんだ。博士は止めろと言っただろう」

 

 何かを楽しむかの様にリンドウはソーマへと視線を向けている。先ほどの北斗とのやり取りを聞いていたのか、今後の事も踏まえて全員に改めて伝える事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわ~あ。良く寝たよ」

 

 ナナが大きく伸びをする頃になってようやくヘリはアナグラへと到着していた。既に技術班が待機しているのか、運ばれたコアは慎重に運ばれると同時に、結合崩壊した部位や今回の先頭情報を纏めたデータをソーマは渡している。

 

 最前線で働いているのは神機使いだけでは無く、一般の職員も大勢いる。最前線で戦っているからこそ、そお行動に無駄は感じる事無く、全員が既に決められていたかの様にキビキビと作業をしていた。

 

 

「確かに連戦に次ぐ連戦でしたからね。そう言えば、私もアリサさん達を見習って移動中にレポートを作成しましたので、後で北斗の端末に送っておきます」

 

 エイジの隣で何かをしていたかと思えば、シエルもアリサ同様にレポートを作成していた。

 ミッションが終わって真っ先にやるべき事は使い終えた神機のメンテナンスだが、これは技術班の所へ持って行くだけにしか過ぎず、その後に待っているには戦闘時のアラガミのデータをその行動パターン事に記したレポートの提出だった。

 

 エイジは第1部隊時代からやっている為に、締切には随分と余裕があるが、コウタやリンドウに至っては常時ギリギリでしか提出されない事もあってか、時折ツバキからの有難い言葉を頂戴する場面に出くわすケースがあった。

 

 

「何だか悪いな。隊長職を押し付けてるみたいで」

 

「いえ。これは私が好き好んでやっているだけですから、北斗が迷惑と思う必要はありませんので」

 

 クレイドルとは違いブラッドもレポートの提出は確かにあるが、感応種以外での任務は他の部隊と何ら差がない。それ故に大事になる可能性は極めて低かった。

 

 

「ねえねえ。折角なんだから皆でご飯食べに行かない?あれだけのミッションの後なんだしさ」

 

 ナナの一言にギルが苦笑を浮かべる事しか出来なかった。以前に払った大金はギルの想像を大きく超えた事は未だ記憶に新しい。流石に前回の件があったからなのか、ナナも宴会のノリでの話をする事は無かった。

 

 

「皆さん任務お疲れ様でした。今回の件は流石に私もヒヤヒヤしました」

 

 アナグラに到着したブラッド全員を見て漸く安心したのか、フランだけではなっくヒバリも少しだけ安堵の表情を浮かべている。

 通信越しとは言え、ギリギリでの部分も知っている為に、その安堵した表情を浮かべるのはある意味当然の事だった。

 

 

「フランちゃんもお疲れ~。流石にキュウビとの戦いはヤバかったよ」

 

「あのアラガミの行動パターンは私もある程度把握しましたから、今後はあの様な事にはならないと思います」

 

 戦場での通信はロビーにも聞こえていた。2部隊の合同討伐なんてケースはこれまでに一度も無く、連携に心配する様な材料はあったものの、結果的にはクレイドル主体の運用が綺麗に嵌った事もあってか、それ以外での注目度はそうまで高い物では無かった。

 しかし、バイタル信号や状況は嘘はつかない。今回の戦いの内容が如何に過酷な物かを知っていたのはヒバリとフランだけだった。

 

 

「リンドウさん。すみませんが、今回のキュウビの討伐の件で連絡があるらしいので、支部長室にクレイドル全員が集まってほしいとツバキ教官から連絡がありました」

 

「姉上がそう言ってたのか?」

 

「それと今回の件でブラッドも同じく来て欲しいそうです」

 

 ヒバリの言葉にリンドウは何となく召集の理由は分かったが、ブラッドまでが召集される理由が分からない。ツバキの言葉である以上、それに従わない理由はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし2部隊が入ると流石に支部長室も狭いよな」

 

「キュウビの件ならクレイドルだけなのに、何かあったんでしょうか?」

 

 各々が召集された事の理由が分からないまま支部長室へと足を運ぶ。部屋には既に榊とツバキだけではなく、無明の姿もそこにあった。

 

 

「態々すまないね。今回君達を呼んだのはキュウビに関する事と今後の事についての説明なんだ。君達が討伐したキュウビのコアはこれまでのアラガミとは一線を引いた存在である以上、研究には多少の時間がかかる事になる。

 その結果、これが一体だけに留まる可能性は低いのと同時に、これからはブラッドもキュウビの討伐に当たる可能性が高いんだ。で、その為に技術交換をする必要があったんだよ」

 

 榊の一言で、何となくだが、北斗は嫌な予感がしていた。

 今回戦ったキュウビは明らかにこれまでの討伐任務とは一線を引く程の強固な個体であると同時に、今回の内容もシエルの一発の狙撃が流れを変えたが、それ以外の内容

に関してはほぼエイジやリンドウが戦っていた事が思い出される。

 常時でないのがせめてもの救いだが、現状では少し訓練した方が良い様な気がしていた。

 

 

「しかし、キュウビはこれまでに目撃情報があまり無かったと記憶していますが?」

 

「確かにシエル君の言う通りなんだが、いくら原初のアラガミと言われるキュウビだとしても、基本はアラガミなんだ。事実これまでにもここ極東では新種のアラガミがいくつも発見されたが、最終的にはその種が定着するんだよ。

 これまでのデータから導き出された内容だから、それは間違い無いはずなんだ。だからこそ、君達ブラッドにも万が一キュウビと対峙する機会があるならばそのまま討伐をお願いしたいと思ってね」

 

 既に榊の中では決定事項だったのか、ブラッドに対する言葉は打診ではなく命令のそれだった。極東がアラガミの動物園と言われてどれほど経過しているのかは分からないが、気が付けばブラッドも既にその世界の住人となって久しくしている。

 人間慣れとは恐ろしい物で、既にこの決定に対しては誰からも異論は無かった。

 

 

「それとお前達にはあまり関係ないが、コウタ。現時点で部隊運営を従来に戻す。既に第4部隊にいたエリナとエミールは第1部隊に再編と同時に、貴官を再び第1部隊長へと任命する。これは現時点持っての適用となる。これまで同様に頼んだぞ」

 

 今回の件でコウタの異動は限定的な物だったが、キュウビの討伐が完了した以上元の運営に戻る事になる。何も変化はないが、なぜこの場でツバキがそれを口に出したのか理解するまでに少しだけ時間が必要だった。

 

 

「それと、明後日から第1部隊に追加メンバーが編入する事になっている。そちらも頼んだぞ」

 

「あの、ツバキ教官。ひょっとして新人なんですか?」

 

 何気ない疑問ではあったが、これまでの事を考えればコウタの言い分は尤もだった。コウタの指導で初めて実戦に入る人間は今もなお続いている。それ故にコウタの中でも事前に聞いておくのが当たり前となっていた。

 

 

「その件については今後の運用次第となる。既に先方にも辞令が出ているから、その時でも確認すると良いだろう」

 

 珍しく言及しなかった事は気になるが、それでも明後日には配属されるのであれば、その時に確認すれば良いだろうと、コウタもそれ以上の事は聞かなかった。

 

 

「それはそうと姉上。まさかそれだけの為にこれだけの人数を召集したんです?」

 

「その件なんだが、今回のキュウビ討伐だけではない。並行して幾つかの事をこれからやってもらう事になる。それなら一度に全員を召集した方が手っ取り早いからな」

 

 リンドウの疑問に答えたのは無明だった。キュウビの件に関しては当初は榊同様にソーマに一任する事で何の手出しもしていないが、先ほどの言葉に出た並行には含みがあった。

 それが何を意味するのかは無明とツバキ以外は誰も分からない。

 支部長でもある榊に関しては既に何らかの提案が為されたからなのか、口を開く気配すら無かった。

 

 

「並行って事はまた無茶な要求が本部からあったのか?」

 

「その件ならば、既に本部には連絡済みだ。今回のキュウビ討伐の時点で一時的にクレイドルの本部への派兵は中断とした。今後の展開に関してはリンドウとエイジもクレイドルとしての従来の任務が言い渡される事になるのと同時に、今後は他の支部からの教導がここに来た際にはお前達が主体となっての任務になる。

 既に今回の提案に関しては本部での承認が出ている以上、今後はそれが主任務になるぞ」

 

 無明はその言葉の裏付けとばかりに先ほど承認されたメールと正式にな通知をリンドウだけでなく全員に見せていた。このメンバーの中で本部からの書類を見た事がある人間は極僅かにしか過ぎないが、その少ない数の中にリンドウとエイジも含まれていた。

 

 

「確かに間違い無いな。でもあの本部の連中がよく承認したな。また何かやったのか?」

 

「人聞きの悪い事を言うな。今回のキュウビに関してはこれまでのわずかな研究データをそのまま本部に送った結果だ。極東ではサテライトの事があるから現状は問題が少ない様に見えるが、未だに他の支部の周辺では人口減少に歯止めがかからないのが現状だ。

 今回のサテライト計画に関しても、全世界の人口の減少を食止める為の試金石にしているから僅かながらでも予算が出ている。これまでそんな事を言わなかったのはお前達にプレッシャーを与える様な真似はしたくなかったからだ」

 

 無明の言葉には裏付けがあるのはブラッド以外の人間であれば誰もが知っている。

 本部でのやり取りだけでなく、ソーマ達が本部に出向いた際での対応なども考えれば、上層部はともかく、少なくとも現場レベルでは間違い無いと言い切れる程の信頼があった。

 

 今回のサテライト計画に関しても、今は極東でどれほどの結果が出るのかを見ている最中でもあり、今後の結果如何によっては世界中でサテイライトの建設が始まる可能性もある。

 そんな無明の言葉はまるで自分達がやって来た事が間違ってなかったと思わせる内容にクレイドルの中でもアリサに関しては胸が熱くなる思いがあった。

 

 そんな中で、先ほどの言葉の中に一つ気になる発言があった事をアリサは思い出していた。クレイドルの本部への派兵の中断。

 それはエイジとリンドウが暫くの間は派兵する事が無い事を裏付ける言葉でもあった。

 

 

「まあ、積もる話は色々あるが、とりあえず今日の所はこれで解散だ。あと、今回の結果を引き出す事に成功したのは全部お前達の手柄みたいな物だ。今後の事に関してもだが他の支部からも注目されている事は間違い無い。リンドウ、お前も本部でやるような事がここでも起きる以上、適当な事はするなよ。それとお前も偶には家に帰れ。最後にレンを見たのはいつだと思ってる。そのうちサクヤからも三下り半を突きつけられるぞ」

 

「姉上。別にこんな場所で言わなくても……」

 

 ツバキの言葉にそれ以上リンドウは反論する事は出来なかった。これまで散々遠征に次ぐ遠征だけではなく、偶に極東に戻っても直ぐに任務や本部にと碌にゆっくりとした記憶が無かった。

 ツバキの言う様に最後にレンを見たのはいつだったのかと言われれば苦笑するしかなかった。

 

 既に言葉のニュアンスが先ほどまでとは違っている。任務ではなく、家族としての言葉に支部長室の空気は少しだけ和らいでいた。

 

 

 


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