神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第187話 新たな教導

「ねえシエルちゃん。やっぱり、料理が出来る人が居た方が良いと思うんだけど、どう思う?」

 

 ミッション終了の際に唐突にナナが言い出した事に、その場に居た全員がまたかと言った表情で見ていた。

 既にブラッド単体でのミッションは感応種意外では殆ど無く、今もこの場に居たのは発言したナナとシエルの他にはコウタとハルオミのメンバーだった。

 

 

「ナナさん。唐突にどうかしたんですか?」

 

「ほら、前にも言ったけど作る事が出来るスキルがあったら便利だな~って」

 

「FSDでやったレベルではダメって事ですよね?」

 

 FSDはほぼ全員が参加している為に、簡単な物であれば確かに作る事は可能ではあるものの、ナナが望むのはそんなレベルの物では無い。何となく想像はつくがそれを口に出せばどうなるかを悟ったのか、シエルはそれ以上の事は何も言わなかった。

 

 

「まあ、そうなんだけど……コウタさん。クレイドルって連続ミッションがあった場合、エイジさんが殆どやってるんですか?」

 

「遠征先では知らないけど、殆どはそうかな。ああ、偶にアリサもやってるかな」

 

 何かを思い出したのか、コウタの表情は冴えないままだった。

 ここ最近のミッションの中には戻らずにそのまま連続するケースが多いのか、レーション以外では誰かが担当する事があった。そうなると深刻なのが食事事情。

 どのミッションでもエイジが常時入る訳ではなく、メンバーによっては最悪の展開となる可能性があった。

 

 一番の問題がアリサの料理。何も知らない人間は当初アリサの手料理に色めき立ったが、時折出てくる新作の物体Xを食べた人間は全員が顔色を悪くしていた。

 だからと言って本人に面と向かって言える剛の者はおらず、結果的には誰かが犠牲となっていた。

 

 

「それなら教導の中に入れてみたらどうだ?全員は無理でも希望者の参加なら、何とかなるんじゃないか」

 

 ハルオミの提案に、誰もがなるほどと言った顔をする。これが全員となれば面倒だけでなく、仮にツバキに申請しても却下されるが、希望者となれば話は変わる。今後も連続ミッションがあり得る以上、大義名分だけはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに今後の事を考えれば筋は通る。だが、その対象者はどうやって決めるつもりだ?」

 

 今回の提案はすんなりと承認されたのはある意味ではハルオミの作戦が功を奏した形が現れた結果だった。しかし、ここで大きな問題に直面する。

 ツバキが言う様に対象者を何処まで拡げるかだけでは無く、基準すら何も無いものを1から決めるのであればツバキの言葉はある意味当然だった。

 

「曹長以上の対象者で連続ミッション経験者を優先とするのはどうです?」

 

「そうなると、対象者は絞られるな。だが、そんなにレーションだけの食事が嫌なのか?他の支部と比べても極東はかなり良いとは思うが?」

 

 以前にもエイジが言った言葉がツバキの口からも出ていた。極東支部に支給されている物は他の支部に比べても格段に質と味がよく、偶に来る他の支部の人間はただのレーションでも随分と感動していた事が思い出されていた。

 ここに比べれば確かに他の支部の物は月とスッポンの様に違っていても、それはその他の存在を知らないからであるのは、ある意味当然の話でもあった。

 

 

「それもですが、やはり厳しい戦いを生き抜くのであれば人間の三大欲求とも言える食は重要なウエイトを占めると同時に、現場運用の面から見ても、十分に効果を発揮するのはツバキ教官もご存じのはずです」

 

 敢えて固い言い方でハルオミは言うと同時に、ツバキ自身も本部でのミッションの際にはエイジが作った食事を食べている。極東支部のレーションを持ち込んでいればハルオミの意見は却下された可能性は極めて高かったが、実際には本部支給のレーションをエイジが加工することによって何時もと同じレベルで食べていた事が思い出されていた。

 

 

「まあ、ハルオミの言い分も尤もだな。では賞味期限間近の物を使う前提で許可しよう。真壁、申請書は直ぐに出しておくように」

 

「はっ!ありがとうございます」

 

 その言葉が全てを物語ったのか、ハルオミだけではなく様子をコッソリと見ていたナナ達も思わず両手でコウタとハイタッチしそうな状況になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に構わないけど、どれ位の人数になるの?」

 

 申請が出された事によって、特別教導メニューが急遽開催される事が程なくして決定されていた。

 当然の事ながら事前に出された条件に適用するのは限りなく限定されており、その結果として現状では4人が選出される運びとなっていた。

 

 

「ツバキ教官から聞いたのは、極東からは私とカノンさん、ブラッドからシエルさんとナナさんの計4人ですね」

 

 単純な料理であればツバキも許可しないが、これはあくまでも任務の一部となる事もあってか結果として教導の担当者はエイジしかいなかった。

 通常であればムツミでも良かったが、まさか戦場にムツミを送り込む訳には行かず、内容はレーションのアレンジが基本となる事もあって、手慣れた人間がやるのが一番だからと指名された経緯が存在していた。

 

 

「なるほどね。確かに曹長以上となれば対象者は限られるのは間違いないけど、なんでアリサが入ってるの?」

 

「私は……まだまだ修行が足りませんから」

 

 基本のレシピは問題なくてもアレンジが壊滅では、近い将来料理でエイジを驚かす事は違う意味では可能だが、本来の意味では不可能である事はアリサも十分理解している。

 特にレーションのアレンジであれば、それはアリサにとっては鬼門とも言えるアレンジしか出来ない事を示すが、事実元となる物がある時点でアレンジの幅は限られてくるだけではなく、普段からも何かと習っている事が多い。

 それ故に態々この場に出て学ぶ必要性がエイジには理解出来なかった。

 

 

「でも、元々レーションのアレンジだから、味なんて破綻させる方が難しいと思うけど」

 

「もう。その辺りは察して下さい。とにかく明日の昼からなので、実技の教導は午前中にお願いしますね」

 

 人数はともかく、なぜそこにカノンが居るのかも疑問には上ったが、今はとにかく教導メニューの番外ととして取り組む事になる。

 後の事を今考えた所で仕方ないと考えたのか、アリサの言葉だけではなく、この後の事に起こる可能性の事も一旦は棚上げする事で、それ以上の事を考えるのは放棄していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教導に関してなんだけど、どれ位のレベルまでを考えているの?」

 

 いざ始まったまでは良かったが、問題なのはどのレベルまで引き上げるのかが一番のポイントだった。

 事実、極東のレーションならば、多少手を入れるだけでもそれなりに旨くなるのは周知の事実。その為には完全に習得するのは無理ある以上、その妥協点をどの位置に持って行くのかを早々に決める必要があった。

 

 

「せめてちゃんとした食事ってレベルはどうです……か?」

 

 何となくナナの言葉尻が弱いのは発案者だからではなく、まさか自分も参加する事になったからなのが一番の要因だった。確かにおでんパンを作れる以上、教導で料理を習うのは何となく筋違いの様にも思えてくる。

 

 確かに美味しい料理は食べたいが、決してナナ自身が作りたいとは、今の今まで一度も考えていなかった。しかし、教導と決まった瞬間シエルがナナの分まで志願した事によって、そのままなし崩し的に決定されていた。

 

 

「引きうけたまでは良いんだけど……出来る範囲の中でって事で良いかな?」

 

 何とも言い様が無いのはエイジだけではない。がしかし、引き受けた以上は任務と同等である以上、そこに妥協点を作るのは間違いだと考え直した事で教導はすべからく開始されていた。

 

 当初は何から手を付ければとも考えたが、一番重要なのは主食である以上、それさえまともであれば後は何とでもなるのと言った方が正解なのは古今東西今に始まった話では無い。逆の言い方をすればそれがダメなら何を作っても全部の結果が同じであるのは最早常識とも考えられていた。

 

 

「基本はレーションには2種類あるんだけど、お湯で温めるタイプと固形物のタイプがあるけどやっぱり簡単なのが良いよね?」

 

「折角つくるなら美味しく食べるのが一番だとおもうんですけど…」

 

 何が始まるのかが何も分からないのであれば、自分の要望をぶつけた方が結果的には良いと判断したのか、ナナの意見以外にも反対が出ない。それを肯定と決めた事で炊事の教導メニューは静かに始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか思ってるのとは違いますね。やはり習うより慣れろなんでしょうか」

 

「それは言えるかもしれない。見た感じは簡単そうだったんだけど、案外と難しいかも」

 

 簡単に終わると思われた教導はエイジの予想の斜め上を行っていた。

 想定外だったのはシエルとナナのコンビ。アリサは何だかんだとやっているのと同時に基本だけはまともに出来る為に、アレンジは結果的には基本に少しだけ何かを足した物で終始した為に、大きな問題は何も無かった。

 

 期限切れ間近とは言え、最後に自分達が食べる前提である以上は適当過ぎると自分にしっぺ返しがやってくる。その結果大胆な味付けが出来ず、結果的にはレーションと大差ない物にしか出来なかった。

 

 

「コンロの火加減の調整が難しいから、最初は仕方ないと思うよ。誰だって最初は失敗するんだし」

 

「でもエイジさんは最初から出来たんですよね?」

 

「それは無いよ。僕だって常に試行錯誤しているしね。ただ、こんな炊き出しみたいな物は小さい頃からやってるから慣れてるだけだよ」

 

「エイジさんでもそんな時期があったんですね」

 

 最初から出来たイメージがあったからなのか、シエルとナナは意外だと言わんばかりに驚いていた。

 どんな内容の物でも一定の経験値は必ず必要となってくる。その過程があるからこそ今に至るのは料理だけの話では無かった。

 既に慣れはしたものの、屋敷での戦闘訓練の結果、大きな傷を作った事もある。普段は見えない所での努力がいかに大変な事なのかは誰もが知っている内容でもあった。

 

 

「あの、私のはどうですか?」

 

 今回の教導の中で何故カノンが参加しているのかがエイジには分からなかった。カノンはお菓子作りをしている事もあってか料理そのものが苦手だと言った認識は殆ど無い。だからこそ今回の教導の参加には疑問を生じていた。

 

 

「美味しいと思いますけど、なんでまた今回の教導に?」

 

「お菓子を作るだけじゃなくて、私の場合は誤射もあるのでせめてこんな場面で改めて活躍出来ればと思ったんですが……」

 

 カノンの誤射の一言に誰もがそれ以上の言葉を発する事は無かった。

 一時期に比べれば誤射率は格段に下がったが、それでも今なお時折やらかす事があるそれは、ある意味では新人殺しの異名を取っている。

 見た目に反して戦場での言動が新人をドン引きさせると同時に、態とではないのかと疑いたくなるほどに緊迫した場面での誤射が多々あった事で、カノンは新人からは遠巻きに恐れられていた経緯があった。

 

 

「そこまで落ち込まなくても良いと思いますよ」

 

「でも……」

 

 何かのスイッチが入ったのか、カノンは一人自己嫌悪とも言える状況で少しづつ落ち込んでいる。恐らくはミッションの合間で何とか癒されてほしいとの願いから志願した事だけは予想出来ていた。

 

 

「そう言えばアリサさんのはどうなったんですか?」

 

 落ち込むカノンはそのままに、まだ見ていないアリサの物は未だ調理中の様にも見えない。この場に出ていない何かがあるのだけは間違っていなかった。

 

 

「さっき見た時には特に問題無かったんだけどね」

 

 そう言うと同時に何やら異様な臭いが周囲に漂う。確かにアリサを見た際には何も問題なく作り上げていたはずにも関わらず、今の漂う臭いは正に刺激臭とも言える物と酷似していた。

 

 

「時間にゆとりがあったので、思い切って二品作ってみたんですがどうですか?」

 

 エイジが一番恐れていた鬼門の扉がゆっくりと開きだす。見た目は何も問題無いが肝心の臭いが既に何らかの危機感を嫌が応にも高めていく。

 既に平和だった場所は危険地帯へと突入していた。

 

 

「多分、色が正常なんだったら、塩や他の調味料の配合が違うんだよ。料理は足す事よりも引く方が難しいからね」

 

 そう言いながら少しだけ味見をすると、やはり絶妙な配合によって素材の持ち味が見事に消され、結果的には味が無いと言った結果にエイジは驚いていた。 

 

 

「あ、あの、どうですか?」

 

 何となくエイジの表情で悟ったのか、アリサの心配げな表情にエイジも少し困っていた。

 このまま素直に言った方が良いのか、それとも誤魔化した方が良いのか判断する事が出来ない。どちらに転んでも結果的にはアリサを傷つけてしまう可能性が極めて高い。

 究極の選択に対しどう答えるのが無難なのか流石に判断に迷っていた。

 

 

「なんだ。こんな所でやってたのか」

 

正に天啓とも言える声が聞こえていた。今回のキッカケを作ったハルオミがミッションの帰りがけだったのか、ギルと北斗も引き連れてこちらへと向かっている。

 本来であれば素直に言うのが筋ではあるが、流石にこのメンツの前で直接言うには少し気まずい部分があったからなのか、エイジは少しだけ心の中で謝罪しながらも今の状況を確認してもらおうと、そのままこちらに誘導する事にしていた。

 

 

「そうですね。とりあえず試作で作ったので、どうですか?」

 

「良いのか?」

 

「ええ。僕らも他の人の感想を聞いた方が励みになりますから」

 

 さりげなくエイジは手始めにアリサが作った基本の方を差し出している。最初にアレンジした物が来れば流石に警戒するが、初めのとっかかりさえよければ後は何とでもなるだろうと考えた末の結果だった。

 

 

「これなら中々イケると思うけどな。因みに誰が作った?」

 

「それは私です」

 

 自信なさげに手を上げたアリサではあったが、まさかアリサが本当に作ったのとは思わなかったのか、ハルオミの目が大きく見開く。

 アリサの腕前が両極端である事を知っているのはクレイドルの中では最早常識とも言えるが、他の人間からすれば、今までの物体Xの印象が強すぎた事もあってか、まともな物が作れるイメージを誰一人持ち合させていなかった。

 

 

「凄いなアリサ。そうか…やっぱりツバキさんに推した効果は出たみたいだな」

 

 何も知らないハルオミには申し訳ないと思いながらも、そのまま食べているのを見たシエルとナナも北斗とギルに対して自分が作った物を振舞っていた。

 

 

「シエルもちゃんと作れるんだね」

 

「北斗。私をどう言う目で見ていたんですか?説明を求めたいんですが」

 

「そんなつもりじゃないんけど、料理のイメージが無かったから」

 

詰め寄られた事で失言した事を理解したのか、北斗はたじろいでいる。それならもう少し言葉を選べば良い物をを考えながらギルもナナが作った物を食べていた。

 

 

「どうかな?」

 

「レーションだけよりは格段に良いと思うぞ」

 

「そっか!これからも頑張ってみるね」

 

 終始和やかな空気で終わりそうな時だった。ハルオミの元に出されたもう一つの物体Xが襲い掛かったのか、何か大きくむせていた。

 

 

「こ、これは……味がしないんだが……」

 

 エイジの予想通り、アレンジしたアリサの料理の感想がそのままハルオミの口から出ている。それが何を示すのかは考えるまでも無かった。

 

 

「あのハルオミさん。何か問題でも?」

 

 余程大げさに聞こえたからなのか、ハルオミがアリサの不穏な気配を察知したのか、それ以上の言葉は何も出ない。エイジもこうなる事を分かった上でやっている為にこれ以上は拙いと判断したのかフォローに入る事を決めていた。

 

 

「アリサ。一度食べてみたらどうかな?」

 

 エイジに勧められるまま自分の口に入れる。恐らくはエイジが何を言いたかったのかを判断したのか、それ以上の言葉は何も出なかった。

 

 

「すみません。これからはもう少し研究します」

 

「良いんだよ。誰でも失敗はあるから」

 

 なだめる事に成功したのか、アリサの怒気が和らいでいる。ここから先はエイジに任せればなんとかなるだろうと、他のメンバーは改めて各々の料理の研鑽を積む事になった。

 

 これから暫くの間、教導の名の下でシエルとナナの料理をひたすら食べるギルと北斗が目撃される事になった。

 

 

 

 

 


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