就任パーティーと名ばかりの宴会から数日後、エイジは今までにない緊張感に包まれていた。
目の前には神機適合試験以来1度だけ目にした男、ヨハネス・フォン・シックザール極東支部支部長だった。
最後に会ったのは適合試験以来に1度だけと会う事すら全く無いと言って良いほどかなり前だった。しかも当時は無明の用事で食材を届けに行っただけだったが、今回は自身の呼び出し。
エイジ自身は問題を起こした訳ではなく、また悪い事は何もしていないが、支部長の前では雰囲気がそう思わせるのか、何となく落ち着く事が出来ないでいた。
「今回の呼び出した件だが、まずは第1部隊隊長の就任おめでとう。まずは今回の件に関しての説明をさせてもらおう。君には第1部隊の隊長の就任に伴い、今まで以上の権限が与えられる事になる。まずは、現在君が住んでいる所からベテランが住んでいる区域への移動と共に、ノルンで見る事が出来る権限の拡大となる。これはフェンリルから君への信頼の証だと思ってくれて構わない。その代わりにその義務とも言える事を果たしてもうらう事になるが、これについては改めて伝えよう」
どうやら隊長に昇格した際に必要となる事の説明と今後の任務の事だと判断し、心の中でホッとする。しかしながらこの支部長は他の人たちとは違い、どことなく信頼しにくい部分がエイジの中にあった。
隊長についての権限や責任などの説明を受けはするが、そんな中で一つだけ気になる点があった。現在捜索中のリンドウの事だった。支部長ならば今回の時案がどれ程アナグラ内部に影響を及ぼすかは理解しているはず。
にも関わらずその事については一切言及せず、まるで事件そのものが無かったかの様な振る舞いと、その後の事に関しても何となくだが違和感を感じる事が多かった。
「あとは、これは個人の見解としてだが、ソーマとはしっかり付き合えそうだろうか?私もソーマの親である以上は若干でも心配でね。この前の宴会も誘ってくれた様だが感謝している」
何気に話の途中で違う事を考え始めていたが、支部長から斜め上の話され意識を元に戻した。今さっきまでは警戒すべき存在とまで思ったていたが、まさかソーマの事を気にしていたなんて事は夢にも思っていなかった。
いくら支部長と言えど我が子の事は気にしている。失礼だとは思いながらも、その事実が驚くべき物だった。
「いえ、同じ部隊所属する以上はしっかりとした連携は必要不可欠です。以前のミッションでソーマの事を皆は誤解しているとも感じました。僕自身もソーマとはしっかりとやっていきたいと思っています」
「そうか。それではよろしく頼むよ。それと今後の事についてだが権限の拡大には義務が付いてくる。今まではリンドウ君がやっていた特務を今後は君が引き継いでやってもらう事になる。ミッションは偽装しているので特務の際には君一人でやってもらう事になるが、それに伴う権利も発生する。本来であれば通常のミッションでは得られない様な報酬を約束しよう」
「特務とはどう言った内容でしょうか?」
今回の件で初めて聞く内容は正に衝撃的だった。これまでリンドウがデートと称していたのは今回の特務の事だとエイジは理解した。
「その代りと言っては何だが、任務中に得た物に関しては全て差し出して貰う事になる。なお、この件についてはソーマ以外に他の人間には極秘扱いとする。あと既に特務は発注してあるのでヒバリ君に確認すると良い。改めて宜しく頼むよ。」
支部長の話でようやく今までのリンドウの言動に関して理解する事が出来た。リンドウの性格から考えてデートと称したミッションをこなしていいたのだろう。
内容についてはともかくサクヤも薄々は気が付いていた事を考えると、やはりリンドウの襲撃による失踪の謎はますます混迷し始める。
今は支部長の前なのでポーカーフェイスで躱す事しかできず、全部の話を聞いて支部長室から退出した。
「あいつの言う事には気をつけろ」
支部長室から出て、最初に声をかけたのは先ほどの話にも出たソーマだった。
リンドウの後を引き継いだ以上、その内容に関してはともかく恐らくは心配してくれたであろう態度が何となくエイジには嬉しかった。
「気色悪い顔をするな。リンドウがあんな事になった以上、お前にもそれなりに話が出てくる。あいつが何を考えているかは分からないが油断だけはするな」
「って事はソーマも特務を?」
「そこまで話が進んでたのか。確かにあいつの命令で特務と称したミッションに出る事はある。俺には関係ないが、通常以上の破格の報酬に目がくらむと痛い目にあうぞ」
「分かった。今後は気を付けるよ。でもなんで態々ここまで?」
何気に聞いたはずの質問だったが、ソーマ自身なぜこんな事の為に来たのか単純に知りたいだけのはずだったが、肝心のソーマは言い淀んでいた。
「よく分からないけど心配してくれてありがとう。今後特務に関しては分からない事があれば聞くよ」
「フッ。勝手にしろ」
そう告げてソーマは去っていた。エイジも隊長になったからには特務だけではなく、部隊全員の命を預かる事になる。
いくら戦闘が上手くても部隊の指揮が同等とは限らない。そう考えると権利よりも義務の方が圧倒的に重い。そう考えるには十分すぎた内容だった。
とにかく今は発注されたであろうミッションの確認が先決とばかりに先を急いだ。
「ヒバリさん。ミッションの件だけど、僕に来てる物ってある?」
「エイジさんへのミッションですか。あっ!これですね。秘匿ファイルになっていますので取扱いには十分注意してください」
今までのミッション受注とは違い、他の物よりも厳重になっていた。
現在のアナグラでは一般向けのミッションや緊急向けは何度か見たことがあるが、ここまで厳重な物を見る機会は今までなかった。
秘匿になっている関係でロビーでおいそれと見る事は出来ない。まずは自室で確認する事を決め自室に戻ろうとした時だった。
「エイジ、ちょっと聞きたい事があるんですが」
そう言われて振り向いた先にはアリサが居た。これから何かするでもないのか雰囲気は穏やかになっている。
「この前のパーティーの時に色んなデザート作ってましたが、あれって誰かから教えて貰ったんですか?」
「あ~あれね。厳密には教えて貰ったんじゃなくてレシピを貰ったんだよ。あとは自分でアレンジしただけだよ」
「えっ、それって誰ですか?」
「兄様だけど、どうかした?」
「いや、なんでもないんですが、あそこまでしっかりした物を食べた事が無かったのでどうしたのかと思いまして」
「まぁ、半分趣味みたいな物だからね。そう言えばリッカも似た様な事言ってたかな」
「リッカさんもですか?」
どうやら一連の会話の流れが掴めていないのか、それとも何を言いたいのか理解できないのか、今のエイジには判断が出来なかった。
確かに料理を作るのは趣味みたいなものだが、手本となるべき無明はエイジ以上に料理が出来る。
他の人は知らないが、現在のアナグラで料理をまともに作る事ができる人はかなりの少数派。お菓子であればカノンがクッキーをよく作る程度には知っていたが、他にはあまり聞くことも無かった。
そんな事もふまえつつアリサを見ていると、何となく様子がおかしい。まるで何か言いたいが言えない様にも見えるが、まさかとの思いから一つの結論に達した。
「アリサさえ良かったら、今度時間が空いた時に一緒に作らない?」
その一言でアリサは満面の笑みで返事をした事により、自身の考えが正しかった事を悟った。しかしながら、今自分の手には特務用ファイルがある。
まずはこれをこなす事を先決する事にした。
「でも、これからミッションだから、この後なら大丈夫だよ」
「でしたら私も一緒に行きます」
「ごめん、これはもう決まった内容だから今からの変更が出来ないんだよ。終わったら声かけるから」
「分かりました。じゃあ、連絡お待ちしていますね」
にこやかに去って行くアリサを見送り、まずは特務に内容を確認し、あとは対策を立てるだけ。自室に戻ったエイジが最初に見たものは、まさかの内容だった。
なんでいきなりウロヴォロスなんだ。これが特務なのか。これ大丈夫なのか?
想定外の討伐対象に驚くエイジのその問いかけには誰も答えるものは居なかった。