原因不明の襲撃から1週間が経過し、ここに来て漸くアナグラも落ち着いた雰囲気に戻りつつある頃に外部からの正体不明の荷物が届いていた。
アナグラに届く荷物は、テロ防止の為に幾つかのチェックをクリアしない事には届く事は無い。見た目は資材と偽装されていた関係上、一瞬警戒が強くなったものの差出人を確認し中身を確認すべく開封すると、その中身は先日のチェックが完了した野菜や果物類は瑞々しい匂いを纏い、通常の荷物同様に梱包されている。
発送元は外部居住区の為にここに運び込まれる事はあまり無かったが、事前に連絡が来ていた為に研究室へと運ばれていた。
《第1部隊、雨宮リンドウ及び第2部隊、大森タツミ両名は至急、研究室まで来てください》
ロビー全体にアナウンスが流れ、2人が研究室へと出向くと、そこには以前助太刀として戦った無明と雨宮ツバキの姿があった。
「あれ?姉上、なんでここに?」
「職場では姉上と呼ぶなと言ってるだろう。何度言えば分かるんだ。今回の事は無明から事前に聞いていたからここに来ただけだ」
「お二人さん来たな。これがこの前チェックした物を改めて使った物だ」
そこには先日の野菜や果物類がこれでもかとテーブルの上に置いてあり、果物からは甘い匂いが充満し、野菜は収穫したばかりなのか、見たことも無いほどみずみずしい艶が出ていた。一般人よりも優遇されているとは言え、ここまでの代物はそう簡単に目にする機会は無く、まだ食べてはいないが、素人が見ても一目で良いものだと判断出来るレベルだった。
「試作品だが味は保証する。現地でも他にいくつか作って食べているから問題ないはずだ」
「で、これはどうするんだ?」
「前回の慰労の代わりに持って行くと良いだろう。その代りと言ってはなんだが、味や食感のレポート提出が義務付けられている。これはあくまでも試作品だから、提出されるレポートの内容で今後の生産量や優先順位等が変わって来る。その内容から今後の流通が決定される事になるから適当に書くんじゃ無いぞ。それを忘れるな」
「また随分と自信ありげだな。って事は期待しても良いって事か?」
「とりあえずは厨房借りて作るから、それまでは待っていてくれ。あと、場所の使用許可も頼むぞ」
そう言いながら送られて来た食材を厨房へ運び込む。ほどなくすると食欲をそそる様な匂いが少しづつ辺り一面に充満していく。まだかと思う頃には匂いに誘われたのか、気がつけばそれなりの人間が集まりだし、そこはちょっとした人だかりが出来ていた。
1時間も経過する頃には、この場所にかなりの料理が次々と出来始め、運び出した料理はそのままロビーに出された事により、そこはちょっとした宴会会場となっていた。
素材の良さも去ることながら、調理の腕も一流とも言える料理の旨さに気を取られ、気が付けば時間はかなり経過していた。あれ程いた人間も時間と共に各々の予定があるとばかりに、気が付けば残りは僅かとなっていた。
途中で誰かがどこからか持ち込んだアルコールに、酔いつぶれた隊員が泥酔したこの様に床で寝転がっている。
目が覚める頃にはどうなっているかはともかく、幸せそうな寝顔だった。
「榊博士、今回の物資はとりあえず実験農場で生産してますが、流通に乗せる為にはあと少しだけ時間がかかります。そうなるとこちらに出向くことが困難になりますので、ご了承ください」
「まあ本来ならば、かなりの戦力になるから支部としては君にはここに常駐してほしいが、事情を考えれば仕方ないね。で、訓練はどうするつもりなんだい?」
「こちらに来てもらうのが本来ならば一番なんですが。場所に関しては今の所は公表出来ないので、用件がある場合は呼んでください。そう言えばツバキさんも、もう食べました?」
「ああ、しっかりと頂いたよ。これに慣れると今後は支給品が食べれなくなりそうだな」
「それは良かった。これが上手く量産化出来ればこれが普通になります。期待していてください」
出来上がりに満足したのか、そう言いながら食器の後片づけをし始める。手つきを見れば随分と手馴れているのか、当然の様にも見て取れていた。片づけていた動きがそこで何かを思い出したのか、ふと動きが止まった。
「支部長にはまだ言ってありませんが、今回の事とは別でお願いがあります。お二人とも後で時間を下さい」
先ほどの騒ぎから一転し、研究室では今後の事もふまえながら、色んな事が話し合われていた。タツミには何でも部隊とは言って説明しているが、本来の任務は隠密機動。 外部居住区の事から他の支部の動向に至るまで各種情報を集めるのが主な任務と言える。
その中でも、取り分け他の支部や本部の動向は中々無視出来ない物が多く、情報管理はこの時代においても重要である事に変わりがなかった。
「そう言えば、他の支部でも新型神機の適合者が出始めていますが、ここでもそろそろ適合者が出ていませんか?」
新型神機。従来の神機の様な刀剣型か銃型の様に完全に分離した物ではなく、両方が一つの神機として運用出来る様に開発されていた。神機の開発は進んでいても、肝心の適合者がいないのであれば無用の長物でしかなく、目下ではこの新型神機の適合者の発掘の急務が現状でもあった。
ここ数年のアラガミの早い進化に対抗する為に人類が造り出した兵器でもあったが、従来型とは違い、新型神機の運用方法が大きく異なる為に使い手は限定されている。
今はまだ対応出来ているが、近い将来には対応仕切れなくなる可能性から、少しでも早く対応出来る人間を捜すのが現在の急務でもあり、一刻も早い対応を迫られていた。
それ故に世界有数の激戦区でもある極東支部でも他の支部同様、新型適合者の発掘に全力を注いでいた。
「屋敷の人間で何人か志願しているのがいます。近日中にデータを持って来ますのでよろしくお願いします」
「そうかい。この時点でまだ極東支部には新型適合者がいない。こちらとしても新型の適合者が出るならば助かるよ」
それから数日後、無明が連れてきた人間が極東支部初の新型適合者として登録される事となった。