神を喰らいし者と影   作:無為の極

199 / 278
第186話 夜明けと共に

 

 対アラガミの最前線基地と言えるアナグラも深夜になればひっそりとした空気が漂っている中で、僅かに動く人影がラウンジの中にあった。

 

「こんな遅くまでご苦労さんだなソーマ」

 

「リンドウこそどうしたこんな時間に……哨戒任務か」

 

 既に時刻は深夜から早朝に差し掛かろうとしていたのか、ソーマは漸く徹夜していた事に気が付いていた。

 原初のアラガミと目されるキュウビのコアこそ回収出来なかったが、それでも結合崩壊させた部位と今まで回収してきた細胞片により、研究は今までの停滞が嘘だったかの様に、一気に進む結果となっていた。

 

「そう無理にやる必要は無いんじゃ無いのか?まだ研究も始まったばかりだろ」

 

 リンドウが言う様にこの研究はまだ始まってもいないのが正解だった。厳密に言えば、僅かな細胞片で通常のアラガミとは違うと判断した榊の能力が異常なだけだが、それでも未来に繋がる何かは研究職であれば興味は尽きない。

 そんな可能性がソーマの知的興味を刺激していた。

 

「確かにこれだけではやれる事は限定される。榊のオッサンと同じ世界に足を突っ込んで初めて理解出来たと思うのもまた事実だな」

 

 同じ立場に立って初めて分かる世界がある。今までの様に戦場に居ただけでは分からなかった事が突如見えた時、人間はそこで理解する事がある。

 今のソーマはまさしくその状況に居た。

 

「まさかお前が研究者の道に進むなんてな。最初に聞いた時には随分驚いたぞ」

 

 リンドウの言葉通り、クレイドルが発足した際にソーマ自身が決めた事はこの先の未来だった。エイジとアリサはこれからの人類の未来を、コウタは守るべき未来を見据えていた時だった。

 ソーマは元々自分の事は対アラガミの生体兵器としての価値しか見出す事が出来なかった。当時はアナグラでも死神と称される様に常に死が隣合わせの環境に身を置いていた事が思い出されていた。

 

「身近に手本となる人間が居たからな」

 

「無明の事か。確かにあいつはある意味バケモノみたいな存在だしな。少なくとも俺にはあんな真似は無理だな」

 

 屋敷を自らの手で作るだけではなく、ゴッドイーターとしての稀代の実力と同時にフェンリルでも名うての研究者はある意味異質な物だった。当時のやり取りはリンドウも知らないが、アリサの救出作戦の際に僅かに触れたフェンリルの暗部は少なからずリンドウにも衝撃を与える結果となっていた。

 

 本来であればあり得ない事実だけではなく、その契約を履行する為にあらゆる手段を構築する際に吸収した知識が今の無明の原点とも言える。しかし、その事実をリンドウは直接確認した事は今までに一度も無く、またその話題に関しても知っているのがごく僅かな人間だけである以上、その事実をソーマに伝える事は出来ないでいた。

 

 

「それはそうだろう。俺だって当時は分からなかったが、今なら理解出来る事が一気に増えた。榊のオッサンはともかく、現場から研究者への転職はそう簡単にできる物では無い。ただ、今の俺には無明よりもヨハネス・フォン・シックザールの名前の方が重要だ」

 

「お前の父親がか?」

 

「ああ。少なくとも研究者としての道を目指したのであれば親父の名前は必ずどこかについて回る。理解したいとは思わないが、研究論文に目を通せば嫌でも目に入る」

 

 休憩だからなのか、ソーマはコーヒーを片手にカウンターの椅子に腰を下ろす。休憩だったのは間違い無かったからなのか、コーヒー以外に些細な物ではあったが、簡単なサンドウイッチも用意されていた。

 

 

「まあ、何だ……今頃になって父親としての理解を示したって事か?」

 

「ふっ。父親だとは今でも思っていない。今の俺が関心したのは研究者としてのヨハネス・シックザールって事だけだ」

 

 熱いコーヒーをすすりながら用意したサンドウイッチを齧る。恐らくはこうなる事を見越したエイジが用意したのか、プレートの端にはソーマ宛のメモが乗っていた。

 

 

「ま、お前の人生だ。やれる事だけやればい良いんじゃないのか?さっきも言ったが、俺は無明の様な事は出来ないし多分お前も同じだ。規格外の人間と付き合うと嫌が応にも比べられるのは仕方ない事だしな」

 

「なんだ。リンドウもそんなコンプレックスがあったとはな。今初めて知ったぞ」

 

「あのな……まあ良い。実際には姉上の後釜は俺じゃなくてあいつだったんだ。ただ一身上の都合で除隊したから俺に回ってきただけだ。本当ならあいつが俺達を導く存在になるはずだったんだ」

 

 当時の事はソーマは何も聞かされていなかった。自身が他の話を聞くつもりが無かった事も影響しているが、詳細については上層部の判断である為にソーマが知ろうとすれば必ず父親が関与せざるを得なかった。

 反発しているのであれば事実だけを受け止めて、その後の話を聞くつもりは一切無かった。

 

 

「でも、今じゃ義理とは言え俺の兄貴だからな。結果的には同じだったのかもな」

 

 リンドウの何気ない言葉にソーマは今まで口に運んでいた手が止まっていた。聞き間違いでなければリンドウの義理の兄。誰がどうなったのかは考えるまでも無かった。

 

 

「おい。まさかとは思うが……」

 

「なんだシオから聞いてないのか?てっきり知ってたと思ったがな」

 

 2人だけのラウンジだからなのか、それとも徹夜明けだからなのか、普段は動揺する事が無いとまで思われていたソーマが珍しく動揺していた。確かにソーマは屋敷にはこれまで何度も足を運んでいるし、実際に2人に会う事もあった。

 しかし屋敷の内部ではそんな雰囲気は殆どなく、偶然居た程度にしか考えていなかった。

 

 

「ああ、悪いな。基本的に現場には関係ないから多分殆どの連中は知らないかもな。ここで知ってるのはエイジとアリサ位だな。別に口止めされてる訳では無いが口外しない方が良いかもな」

 

「そうだな。多少は驚いたが、無明は殆どここに来ないのであれば、大した情報ではないかもしれんな」

 

「姉上も気にしてない以上、俺もサクヤもそんな話はしないからな。おっと。そろそろ時間だ」

 

 既に時間がそれなりに経過したのか、リンドウは哨戒任務の準備の為に移動した事もあり、この場に居るのはソーマだけだった。

 ちょっとした休憩のつもりではあったが、リンドウの言葉に衝撃を感じなかった訳では無い。

 研究者としての紫藤の名前はフェンリル本部では知らない人間は誰もおらず、元ゴッドイーターだと言った偏見すら見当たらなかった。当時も初めて本部へ行った際には多少なりとも偏見の目にさらされる事を覚悟した事もあったが、既に実績を残した人間が居る以上、奇異の視線に晒された事は一度も無かった。

 

 

「目指す頂きは余りにも高い…か。同じ道を歩む以上、それは分かっていたはずなんだがな」

 

 ソーマの言葉はそのまま薄暗い空間へと消えていく。既にキュウビの研究をいち早く始めたのもそれが原因でもあった。リンドウはああ言ったものの、ソーマ自身はそんな考えをもつつもりはどこにも無い。

 後はどこまで自分が高みに上れるのか、ただそれだけを考えていた。

 

 

「あれ?ソーマさんは哨戒任務じゃないですよね?」

 

「北斗か。俺は休憩で来ただけだ。そう言えばリンドウならさっき神機保管庫に向かったぞ」

 

 今日のペアはリンドウと北斗だったのか、目の前の北斗も恐らくは既に動いていたのか、少しだけ身体から発せられる熱を感じる。ブラッドがここに来た際には随分とエイジと似た雰囲気を持っているとは感じたが、まさか考え方も似ているのかもしれない。

 一度同じ任務でもしてみようかとソーマは考えていた。

 

 

「そうですか。では俺もこれで」

 

「リンドウが迷惑をかけてるみたいですまんな」

 

「いえ。リンドウさんは結構俺達に色んな事を教えてくれますから」

 

「レポートのサボリ方か?」

 

「まあ、そんな所ですかね」

 

 間違い無く心当たりがあったのか、目の前の北斗は苦笑しながらもやんわりと肯定している。碌な事を言わない事もあるが、基本的には人の行動を案外とリンドウは見ている。

 今さらではあったが、それも人の資質なんだとソーマは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、ソーマさんって以前は凄腕のゴッドイーターだったんですよね?」

 

「どうした急に?」

 

 哨戒任務でアラガミと遭遇するケースは割と少ない。アラガミが夜行性なのか昼行性なのかは分からないが、案外と哨戒任務で出くわすケースは少ないのは既に周知の事実でもある。

 警戒はしているが、通常よりはレベルが低くなっていた。

 

 

「いえ、以前に見た数字がリンドウさんとソーマさんだったので、ひょっとしたらと思ったんですが」

 

「それは、かなり昔の事だな。エイジが来てからはあいつの数字がダントツだったけど。エイジじゃなくてソーマだなんて何かあったのか?」

 

 先ほどまで話をしていたソーマの事が話題に上ったからなのか、リンドウは珍しく北斗に確認していた。

 クレイドルが発足してから現場の足が遠くなっているのは研究者としての道を歩んでいるからなのは本人を見ればすぐに理解出来る。

 ましてや常時ここに居るブラッドであれば知らないはずは無い。にも関わらず、その話題が出た事が驚きだった。

 

 

「そんなつもりじゃないんですが、クレイドルは少数精鋭だっていうのはここに来てから知りました。本来であればこの人数なら支部の一部隊でしか過ぎないのに、本部を中心に色んな方面での活躍を聞く事があったので、どんな考えを持っているのか知りたいと思ったんですが」

 

 北斗が何を考えてリンドウに話かけているのかは分からないが、今のブラッドの状況を考えればそれはある意味自然な流れだったのかもしれなかった。

 

 ジュリウスとロミオの離反と同時に終末捕喰による世界の危機。

 それだけではなく感応種と戦える唯一の部隊でもあるブラッドは何かにつけて注目の的でもある。

 

 色んな視線を浴びる中で全部が好意的とは限らない。中には色眼鏡的な部分もやっかみと言う事であるのは北斗も理解している。そんな中でクレイドルがやっている事は世間からすれば偽善だと罵られる可能性が高く、どうして常に上を見続ける事が出来るのかを単純に知りたいと思っていた。

 そんな中で目の前のリンドウと同じ任務に着くならば、今まで聞く事が出来なかった疑問について、一度確認したいと考えていた。

 

 

「あいつは目の前の事に必死なだけで、それ以外には何も無いさ。研究者としての実力が無いのを実感してるからこそ上を目指したいと努力している。それだけの事だ」

 

 どこか柔らかい表情をしたリンドウが先ほどまでの事を思い出していたからなのかいつもとは違った表情がそにこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「哨戒任務の後のメシは旨いな」

 

「リンドウさんは自宅でサクヤさんのご飯が待ってるんじゃないんですか?」

 

「かてぇ事言うなよ。そんなにエイジと2人の朝食の方が良かったのか」

 

 哨戒任務を終える頃、リンドウはエイジへと連絡を入れていた。任務の時間からすればラウンジでも食べる事が出来るが、不意に純和食の朝食が食べたかったからなのか、リンドウは任務終了と共にエイジの部屋へと足を運んでいた。

 

 

「そんなの当たり前です……ってソーマとコウタは何で一緒なんですか?」

 

「リンドウに引っ張られただけだ。俺はまだ研究の途中だったんだがな」

 

「たまには良いじゃん。アリサは普段から食べてるんだしさ」

 

 そう言いながら以前にもあった状況がエイジの部屋で繰り広げられていた。ラウンジでは簡単な物が多い事もあって、純和食の朝食を食べようとすればそれなりに準備が必要となる。

 もちろん事前に連絡すれば問題ないが、流石にムツミに朝からハードな内容をさせるのは申し訳ないと思っただけではなく、哨戒任務の前に話した事がキッカケだったのか、不意にリンドウがそう思った結果でもあった。

 

 

「少しはエイジの負担も考えたらどうですか?そんなに食べたいなら私がこれから作ります」

 

「それはちょっと……朝から体調を崩すのはどうかと思うから、勘弁してよ」

 

「何言ってるんですか。私だってそれなりに作れますから問題ありません。もしマルグリットが同じことやったらコウタはどうするつもりなんですか」

 

「それは大丈夫。アリサとは比べ物にならないから」

 

 一時期ほどではないが、ここ最近はコウタも割とその話を持ち出される事が多くなっていた。どんな関係なのかよりもコウタをからかうネタとしての言い分が多かったが、流石に今の話はそれなりに踏み込んでいないと口には出ない。

 コウタはこの時点で気が付いてないが、アリサはそれに気が付いたのか、そこから更に足を踏み込んでいた。

 

 

「もうそんな関係なんですか。コウタって手が随分と早いですね。ドン引きです」

 

「何でだよ。ただ、メシ作ってもらっただけじゃないか」

 

「は~、何だかマルグリトが気の毒に思えそうです」

 

 アリサの言葉にコウタが漸く気が付くも、口から出た言葉が戻る事はどこにも無い。 既にこんな状況に慣れたのか、リンドウトソーマは2人のやり取りを無視しながら朝食を食べ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもまあ、あれだな。こうやって久しぶりに皆で食べるのも悪くないな」

 

「どうしたんですか?何だか気持ち悪いですよ」

 

 2人の時間を邪魔された事に腹をたてたのか、アリサの言葉にはどこか棘があった。

 かと言って、思い出に浸ったからそうしたいとは口にも出せず、結果的にリンドウはアリサの言葉をそのまま受け止める事しか出来ないでいた。

 

 

「これからはちゃんと事前に連絡するから、少しは機嫌を直せよ。そんなんじゃエイジも愛想尽かすぞ」

 

「エイジはそんな事は気にしませんから大丈夫ですよ」

 

「へいへい。お熱い事で」

 

 何となく当時の状況が思い出されるには時間は必要なかった。事実クレイドルとしての環境は当時よりも今の方が何かと厳しい物が多く、特にエイジとリンドウに関しては派兵も止む無しと言った空気が存在している事からも、こうやってゆったりとした空気が漂う事は今では殆ど無い。

 口には出さないまでも全員が同じ様な事を考えていた。

 

 

「そう言えばサクヤさんが屋敷に来てるみたいですけど、何かあったんですか?」

 

「レンの定期健診だ。そろそろデータが揃いはじめたらしいって連絡があったんだ」

 

 リンドウとサクヤの子供が世間でよくあるゴッドイーターチルドレンとは少しだけ事情が異なっていた。通常であればある程度のデータは揃っているが、リンドウの場合はオラクル細胞の暴走の結果がついた事もあってか、屋敷でのデータ採取と同時にレンの事も含めて屋敷で同じ年代の子供たちと遊ばせる事が度々あった。

 

 アナグラや外部居住区とは違い、屋敷では遊びの中でも色んな事が学ばれるのかレンの行動は同年代の子供に比べて随分と活発な物でもあった。

 遊ぶだけではなく、時折失われた文明とも言える様な行動を習ったからなのか、母親でもあるサクヤが驚く事も多々あった。それ程までにレンにとっては充実した日々を過ごす事が出来ていた事が思い出されていた。

 

 

「それでなんですか。でも屋敷は遊びの中にも学ぶ事が多いですから、レンくんにとっては良いんじゃないですか?」

 

「それはサクヤも同じ事言ってたな。この前は木登りしてたらしいからな。子供の成長は早いもんだ」

 

 レンの話題の前にはリンドウも親の表情を浮かべていた。これから先の人生をどうやってつなげる事が出来るのか。それがクレイドルとしての至上命題の様にも思える。

 

 これから先の未来の為にも、やれる事をやる。北斗の知りたかった考えが図らずもこの場には存在していた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。