神を喰らいし者と影   作:無為の極

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これは185話、焦燥感のおまけ話の続きです。







番外編13 請求額

「ギルさん。ごめんなさい……」

 

 ラウンジでは珍しくムツミとギルが何かを話していた。話の内容はともかくムツミの目には涙が出そうな程に赤くなり、何となく体も震えている様にも見える。理由が分からなければ、まるでギルが少女を苛めている姿にしか見えなかった。

 

 

「いや、俺が出すと言った以上この件に関しては気にしないでくれ」

 

「私も頑張ったんですけど、これが限界で……」

 

 いかがわしい行為でもしていたのかと誤解される程の会話に嫌が応にも視線が集まる。

 これ以上この場に居るのは危険だとギルの危機管理能力が警鐘を促していた。そもそもこの話は数日前のミッションの後に起こった内容が全ての原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが今回の金額なんですけど……」

 

 ミッションからの帰投の際に何気にナナが放った一言が全ての原因の始まりだった。

 ブラッドでのお祝いと言う名の宴会の請求書の金額を見た瞬間、ギルはこれまでの中でも見た事が無い程の請求額に頭を痛めると同時に、どうしてこうなったと自問自答していた。

 

 発言者のナナに至っては金額を見た瞬間、何気に後ずさりすると同時にその場からフェードアウトしている。このままでは拙いと思ったのか、ムツミが色々と説明をし始めていた。

 

 

「……これについてはもう大丈夫だ。ゴッドイーターの稼ぎなら大した問題にはならない。だから、これからも旨いメシを作ってくれれば大丈夫だ」

 

 ギルが見た請求書の金額は29万fc。まともに考えれば神機の装備一覧を今よりも2~3ランク程アップする事が出来る金額がたった一晩で消えている事になる。

 厳密に言えばこの中の半分以上は間違い無くブラッドだけの支出ではなく、むしろアナグラでの宴会の全額とも言える金額は流石にギルも驚きを隠せなかった。

 

 

「ギル。念の為に言っておくけど、この中の大半を占めてるのはアルコールだよ。因みに一番高いのが、ビンテージ物のマッカランが2本かな。これだけでもこの金額の3割を占めてるから、それは仕方ないよ」

 

 余りにも気の毒に思ったのかエイジが改めてその内容を説明している。確かにギルも口に入れた際には、今までに飲んだことも無い様な味わいに満足出来た記憶があった。

 

 値段と内容を聞けば確かにその金額では安いとも考える事が出来る。しかし、それはあくまでもゆったりとした中で飲む話であって、決して宴会で飲んでい良い様な酒では無かった。

 

 

「因みに大半はハルオミさんとリンドウさんが飲んでたけどね」

 

 止めの一撃とも言える言葉にギルはどこかやっぱりかと言った表情を浮かべている。冷静にあの場での出来事を思い出せば確かに納得できない訳ではなかった。

 

 

「それとハルオミさんからの指定だったから食材も結構良い物使ったけど、これもギルが払うからって事で実費だけなんだけど、これが通常の価格で提供するならこの3割増し程度は見た方が良いと思うよ」

 

 狂気の沙汰とは思えない金額にも関わらず、この3割増しともなれば、最早支部をあげての大宴会に匹敵する。一度ハルオミとリンドウには厳しく言った方が良いのではなのだろうか。そんな取り止めの無い考えがギルの脳内を占めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルさん。なんでマッカランなんて頼んだんっすか?」

 

「あれ?もうバレた?流石ギルは気が付くのは早いね」

 

 ロビーにはまるで何も知らないと言った顔でハルオミがミッションから戻ってきた所を捕まえる事にギルは成功していた。先ほどの一幕はともかく、流石に宴会の費用を個人負担するとなれば幾ら稼ぎが良いゴッドイーターと言えど眩暈がしそうな金額である事に間違いは無い。

 まずは目の前のハルオミから聞くのが手っ取り早いとギルは考えていた。

 

 

「別に俺が言い出した事なんで、もうそれについては気にしませんが、せめてもう少し金額を抑えるとかやりようがあったんじゃないんですか?」

 

「俺も最初はそう思ったんだが、折角ギル自身が何か大きな目的を見つけたなら盛大にやった方が良いかと思ったんだよ」

 

 ナナの言葉から推測すれば、あの時点で釘を差すべきだったと後悔した所で時すでに遅い。用意されている物は廃棄するしかなく、勿体無いからと食べた以上は仕方ない事でもあった。

 

 

「ギル。ここ最近少し悩んでたろ?何となく察してはいたが、今回のミッションの後に吹っ切れたのか表情があの時以来に明るくなったのがおれにも分かったんだ。幾らルフス・カリギュラを討伐しても、そこで止まった時間が元には戻らない。少しだけ前に進んだ途端に今度は終末捕喰だろ。正直な所俺も心配してたんだよ」

 

 まさかハルオミにそうまで知られていたとはギルは思っても居なかった。ジュリウスの離反以降ブラッドそのものは何も言われる事は無かったが、ギル自身が何となく居づらい雰囲気を感じる事が多々あった。

 

 部隊長の離反は部隊にとっては致命的な事。後釜で北斗がなったとは言え、少なからず身近な人間にはショックがあった。

 それ以降はミッションだけではなく、何とかその考えを払しょくすべく、自分の身体を痛めつけるかの様に訓練やミッションに明け暮れた結果、教導メニュー以外での訓練をつい最近までナオヤに懇願していた。

 

 

「それについては心配かけました。でも、俺もこれからはあいつらと一緒に戦う以上、北斗の相棒として戦う以上は今のままではダメだと感じた結果ですから」

 

「そうか……なら良いんだ。確かにグラスゴー以降のギルの内容はあまり知らないが、ここに来てからは俺も見ていたつもりだ。だからこそ嬉しいんだよ」

 

「ハルさん……」

 

 この時点で既に論点はすり替えられていた。ハルオミの言葉が正しく理解できるならば、奢るのはハルオミであってギルではない。

 しかもスコッチウイスキーの中でもかなり高額な部類に入る物を態々頼む必要はどこにも無かった。しかし、その事実にギルはまだ気が付いていないのか、しんみりした様子がそのまま続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウさん。どうしてあのマッカランが入荷したの知ってたんですか?あれってまだ上級士官チケットの交換でしか手に入らないはずですけど」

 

 ロビーでのギルとハルオミの話と同時に、ラウンジでもリンドウとエイジが同じ様な話をしていた。今回の内容に関してはムツミと一緒にエイジも手伝った事もあってか、内容に関してはよく知っている。

 しかも、あの酒がどれほど高価なのかもエイジは同時に知っていた。

 

 

「ああ、それなら無明から聞いたんだ。今回は極東から発送した日本酒と対等交換したって事で、まずは確認の為に準備されたらしいってな」

 

「流石に1本5万fc越えを気軽に頼むのはどうかと思うんですけど」

 

「最初は俺もそう考えたんだけどな、今回ブラッドの連中が宴会するならついでにクレイドルも混ざったらどうかと思ってな」

 

 当時の状況ではそんな話は無かったが、確かにエイジも動いている以上、それは否定出来なかった。

 

 事実金額に換算するのであれば今回の費用は材料費のみで、光熱費を入れれば確実に赤になる。

 にも関わらず、請求したのが原材料だけなのは、ひとえにエイジの人件費を計上しなかったが故の結果でもあった。

 

 

「そう言えばさ、今回の請求額って幾らだったの?」

 

「29万fcだね」

 

 コウタが何気なく聞いた金額はやはり尋常じゃなかったのか、今まで口に運んでいた箸を動かした手が止まっている。エイジが何気なく言った金額がどれ程の物なのかが漸く理解出来ていた。

 

 

「マジで?」

 

「大マジだよ。だって食材も結構良い物使ってたし、ブラッドの歓迎会の時は支部持ちだったけど、今回は完全に私費だからね。あのローストビーフは美味しかったでしょ?」

 

確かに今までにおいそれと食べた事が無い様な味わいは今思い出しても涎が出そうな程だった。これ以上は聞きたくないが、あれは確実に結構な値段が発生するはず。それほどまでに絶品と言いたくなる様な味わいだった。

 

 

「確かに。エミールやエリナが絶賛してるなら間違い無いな。そう考えるとアリサって結構良い物食ってる事になるよな。毎朝エイジと食べてるんだろ?」

 

「私は関係ないじゃないですか。何こっちに話を向けてるんです」

 

 全く関係無いと思ったアリサではあったが、まさかコウタから飛び火が来ると思ってなかったのか、動揺したままだった。

 確かにエイジとは毎朝と言って良い程食べているが、実際にはラウンジよりも自室で食べる事が多く、結果的には食材の配給のみなのでコスト的には抑えられていた。

 

 

「そう言うならコウタだって、いつもラウンジで試作を食べてるじゃないですか。あれは事実上の負担は無いんですよ」

 

 アリサが指摘する様に、ラウンジでの試作に関しては負担を求めた事は今までに一度も無かった。

 エイジとムツミが作る以上、突飛な物は出来ないが、時には微妙な物も出てくる。そうなると費用を請求する訳には行かず、結果的には無償での食事となる事が多かった。

 

 

「2人ともその件に関してはギルの事だから、それ以上言えばギルじゃなくてムツミちゃんが気にするよ」

 

 今は休憩中なのか、カウンターの中はエイジが回している。確かにこれ以上この話題を続けるのは気の毒だからとそれ以上の事は何も言わなくなっていた。

 

 

「まあ、マッカランはやりすぎだったかもしれんが、ブラッドの連中も色々とあったからな。この辺りで馬鹿騒ぎして多少でもガス抜きした方が今後の為だろ?」

 

 これで自腹ならまだいいが、どこまで行っても奢りである以上、説得力に欠けるのは間違い無い。エイジもそれ以上の事は野暮だと判断したのか一旦は作業へと切り替えていた。

 

 

「でも、あれって大半がキープ用ですよね?」

 

「なんだ気が付いてたのか?」

 

「弥生さんから聞きましたから」

 

 ラウンジのバータイムは相変わらず弥生が入る以上、隠し事は出来なかった。自分の事情も多少なりともありはするが、それ以上の事はきっとギルが何とかするだろうと、それ以上の言葉は全員が無意識の内に避けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、私も気が付いてませんでしたが、やっぱり私の配給をこっちに回した方が良いですよね?」

 

「これ?これはアリサが気にする必要は無いよ。屋敷での試作品が殆どだからね。リンドウさんはああ言ってるけど、実際にはクレイドルの分はちゃんと外してあるから大丈夫だよ。最初にリンドウさんからそうやって聞いてるからね」

 

 まさかの発言にアリサも驚いていた。まさかリンドウがそんな事をやっていたとは思ってなかったのか、珍しく感心している。

 最初に聞いた際には相変わらずだとは思ってはいたが、あの場では敢えてエイジは事実を言ってなかった。

 

「そうだったんですか。だったら最初にそう言ってくれれば良かったのに」

 

「そこがリンドウさんらしいんじゃないかな。クレイドルの分も半分はリンドウさんの負担だからね。ギルの分への影響はあまり無いよ」

 

「いつも任務にも出てるのに大変じゃないですか。偶には私にも頼って下さいね」

 

 アリサの善意は嬉しいが、、今でもレパートリーはそう多くないそれは今後の課題でもあった。

 基本のメニューは問題ないが、アレンジとなった瞬間に世にも奇妙な味わいの物体Xが出来上がる事が未だに多い。当初の事を考えれば幾分かはマシになったものの、まだまだ改善の余地の方が多い。

 万が一単独で新作を作るのであれば自分の管理下でしか作るのは難しいのではないのだろうかと考えていた。

 

 

「エイジ、何か失礼な事を考えてませんでしたか?」

 

「そんな事無いよ。でもこれからは少しづつやっていこうか」

 

「はい。お願いしますね」

 

それぞれの夜が過ぎようとしていた。

 

 

 


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