神を喰らいし者と影   作:無為の極

197 / 278
第185話 焦燥感

「ナオヤさん。ちょっと相談があるんですが」

 

 通常、神機使いが技術班の所へ来るケースは極めて少ない。一番の理由は神機の調整は基本的に専門の技師に任せる事が多く、いざ任務にとなれば内容がハードになる事が多い為に、自分の身体のケアをする事だけで精一杯になるのが最大の理由だった。

 もちろん、全員が必ずそうでは無い為に、今回の様に技術班まで来る人間は限られていた。

 

 

「ギルか。すまん、ちょっと今手が離せないんだ」

 

「いえ、忙しいならまたにしますが…それはロミオの?」

 

 何気なく目に留まっていたのはロミオの神機だった。意識不明の重体からフライアでの療養を余儀なくされていたが、終末捕喰の際に出来上がった螺旋の樹にフライアごと摂取された関係で、現状の把握が難しくなっていた。

 事実、螺旋の樹の探索に関しては未だ道筋すら出来上がっておらず、今はロミオの事よりも全体的な部分での計画が優先されていた。

 

 

「ああ。ギルも知ってると思うが、神機は持ち主が亡くなった場合は休眠状態になる。だが、この神機は未だその状態になっていない以上、ロミオの状況は横に置いても生存しているのは間違いないだろうな」

 

 死を迎えるまで神機使いの右腕には腕輪が装着される事になる。これは自身の体内にオラクル細胞を摂取した結果であると同時に、その抑制策としての役割を果たす。

 

 ミッションに出れば詳細に関しては分からなくても現在の生死を判断する為に、バイタル情報がビーコンとして発信されている。現在でもロミオの信号は途切れる事は無いものの、螺旋の樹の影響なのか時折ノイズが走る事があるが生存はしている事だけは確認出来ていた。

 

 

「そうですね。いい加減目を覚ませばとは思っても、今の状況では探索出来ない以上、やるべき事が何も無いのは歯痒い所ですけどね」

 

「少なくとも極東の連中はリンドウさんの事もあったから、そう簡単に死んだとは思ってないのが正解かもな」

 

 そう言いながらも、ナオヤの目線はロミオの神機へと向いていた。ブラッドが改めてフライアから極東支部へと編入された際に、些細なキッカケでギルは神機の事に関心を持つ様になった。

 ギルに限った話では無いが、ここ極東でのアラガミが他の地域に比べて強固な個体が多いのと同時に、自身が使う神機もそれなりのレベルにならない限り簡単に命が消し飛ぶ事がしばしば出てくる。

 

 当初極東に来た際に他の支部の神機使いが最初にするのはこの地で戦う為のアップデートだった。命を守る為には仕方ない事ではあるが、この状態で元の支部に戻ると、その神機は過剰戦力とも取れる状況となる。誰もが口には出さないが、それはここに来た際の暗黙の了解でもあった。

 自分のもう一つの分身とも取れる神機に関心を持つケースが増えてきたからなのか、ここ最近では神機使いの派遣と同時に技術者も同じく派遣されるケースが多々あった。

 

 

「その話はリンドウさんからも聞きました。今ではそれがここのスタンダードらしいですね」

 

「まあ、全員って訳ではないんだけど自分が教導している以上は他人事には思えないのもまた事実だがな」

 

「実は今回ナオヤさんにお願いがあったのはその件なんです。今の教導メニュー以外でもう少し発展した内容の教導をお願い出来ませんか?」

 

 ギルの一言がナオヤの手を止める結果となった。現在の教導メニューは一定以上のレベルになると基本的にはリンドウかエイジがやる事が多く、その2人とて常時アナグラに居る事が無い為に時折殺到するケースがあった。

 

 

「ギル。気持ちは分かるが、事実そこまで行けば教導は最早要らないレベルなんだけどな。どうしてそんなに力を欲するんだ?」

 

 ナオヤの言葉は尤もな内容でもあった。ナオヤはゴッドイーターではなく一般人として教導に入っている。

 

 最初は技術の重要性を高める為の内容ではあったが、最近では槍術としての動きや間合いの取り方も加味する事もあり、内容としてはかなりハイレベルな物を要求されるケースもあった。にも関わらず、ギルはそれ以上の力を求める。やるのは簡単だが、そこから先は荒行にも近く自分も同じ修行をした経験があったからこそ、その真意を知りたいと考えていた。

 

 

「あの戦いの後から少し考えたんです。ジュリウスとの戦いは確かに想像を絶する部分がありました。しかし、結局の所は北斗におんぶに抱っこじゃないのかって考えると、今よりも更に一段高見に上る必要があると判断したんです」

 

「でもな…気持ちは分かるんだけど、過ぎた力は身を亡ぼすからな。確かに技術は大事だが、他にもやるべき事があるんじゃないのか?最近は新人からよく相談されてるってリッカから聞いたぞ」

 

「それは、自分ならこうするって話をしただけど、それ以上の事は何もしてないですから」

 

 他の支部からすれば、元極東や極東上がりは他の支部ではステータスとなっていた。

 アラガミの討伐が厳しいだけではなく、それに見合った報酬が出る。それは神機のアップデートの際に必要となる部材が一番の要因でもあった。

 その結果として極東では平凡な数字だとしても、他の支部に行けばエース級の活躍が出来る事から、ある意味ではブランドと化した部分も存在していた。

 

 

「だったら少しは考えてもいいんじゃじゃない?こっちも一息入れるには丁度良いタイミングだし」

 

「後は実戦だけか?」

 

「そうなんだけど、ちょっとこれは癖があるからね。シミュレーションで様子見かな」

 

 ナオヤが整備していた隣では、新たな神機の開発をしていたのか、今までに見た事が無い神機が横たわっている。それが新たな種類の物である事を理解するには大した時間は必要としなかった。

 

 

「それは一体?」

 

「これ?これは今回新たな神機として開発した物なんだ。今までの物と違って、形状が鎌になってるんだよ」

 

 リッカの言葉通り、全体を見れば確かに鎌の形状をしている。今まで見てきた物とは違い、長物の様にも見えるが、実際には鎌の部分が攻撃の要となるのであれば、要求される動きも間違い無く今までとは確実に異なってくるのは間違い無い。

 癖があると言ったリッカの言葉がどこかしっくりとしていた。

 

 

「でも、誰がそれを使うつもりなんですか?」

 

「実はその件に関してなんだけど、ある程度の候補者を絞ってるんだ。さっきも言った様に癖はあるんだけど、上手く使えば結構な威力は保証出来るからね」

 

 既に候補者が決まっていると言ったリッカの言葉にギルは驚きを覚えていた。ここ最近になってようやくチャージスピアとブーストハンマーが従来のパーツの様に安定的な運用が出来る様になった事に代表される様に、新機種の運用にはそれなりに時間が必要となってくる。

 それ故に候補者は結果的には人柱となる可能性が高く、最初からその運用を考えるのは珍しいケースでもあった。

 

 

「使い手を選ぶのは仕方ないんだけどね。因みにこれは今までのキャリアがある人間が使うと多分使い勝手が悪いと感じるから、対象は絞ったと言った方が正解かもね」

 

 既に候補者が具体的に分かっているからの言葉に驚きながらも、今は新型神機よりも自身の技能向上が優先だとばかりにギルは話を戻す事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう…ござい…ました」

 

 教導メニューとは違い、ナオヤが提案したのは普段から自分がやっている内容をアレンジした物だった。

 如何に応用的な動きをしたとしても肝心の基礎がダメならば無意味になり兼ねない。それならばと基本の動きだけをひたすら繰り返す事を最優先させる事が出来れば、最終的には基本の行動一つ一つが一撃必殺と言える内容になるからと、ひたすら同じ行動を繰り返していた。

 

 教導の際には基本は大事だとは言っても、そこまでじっくりと取り組む事は無かったが、今回の様に、基本を一から叩き込むと如何にゴッドイーターと言えど疲労感は隠せない。

 地味な訓練がどれ程厳しい物なのかをギルは身を持って体験していた。

 

 

「これが本来なら毎日なんだ。動きが洗練されれば神機の威力は自然と上昇する。これは俺の憶測だけど北斗も同じ様に訓練してたんじゃないかな。前に見た時には基礎が出来た様にも見えてるから、それは間違い無いだろうな」

 

 ナオヤの言葉を聞くまでもなく、北斗はミッションが無ければ毎日と言って良い程何かしらの訓練をしていた。

 以前のままであればギルは何も感じなかったのかもしれないが、今ならばその理由が分かる。血が滲む様な日々の積み重ねがどれ程重要なのかを今になって身を持って理解していた。

 

 

「一番最初にも行ったけど、対人戦をするのは理由がある。一つは自身の身体の運用をスムーズにする為、もう一つは自分の限界の意識を取っ払う事。その為にはアラガミとだけだと理解しにくいんだよ。何かやるならその理由は必ず存在する。それを理解しない限り、厳しい言い方をすれば高みに上る事は出来ないし、北斗の隣に立つのは無理だと思う」

 

 元々考えていた部分を見透かされたかの様なナオヤの言葉にギルも息を飲んでいた。

 口にはしなかったが、力を欲するのは北斗の相棒として隣に立ちたいと思う気持ちが一番だった。確かに技術面では多少なりとも協力出来たが、マルドゥーク戦以降に新たな神機パーツとして運用している暁光は既に現状では考えられない程の威力を要した神機となった為に、それ以上の手を入れるのは困難である事が直ぐにギルにも理解出来た。

 

 焦りでは無いにしろ、あの最終局面が再びあった際には傍観者ではなく、当事者として隣に立ちたいと考えた気持ちが今回の要因となっていた。

 

 

「今直ぐには無理でも最終的には追い付きたいので」

 

「そうか……俺が出来るのはこれ位だからな。千里の道も一歩からだけど、無理はしない方が良い。トレーニングと同じで気が付いたら出来ていた位が丁度良いんだよ。その方が結果も良くなる」

 

 汗をぬぐいながらもナオヤはこれが普段のメニューである以上、平然としている。

 ゴッドイーターで無いにも関わらず教導教官が出来るのは日々の賜物である事がギルにも理解出来ていた。

 

 

「武術を極めるって言い方は変かもしれないが、アラガミの相手をすればその効果が直ぐに分かる。後は自分を信じるだけだな」

 

 そんな言葉と共にギルはその効果を程なくして実感する事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだギル。何時もより威力が違ってたみたいだけど?」

 

 北斗が驚くよりも今まで戦っていたギル自身が一番驚いていた。基本の動作をひたすら訓練していたからなのか、今までであればそれなりに時間がかかっていた討伐が大幅に短縮されていた。

 

 一番の理由は無駄と言える動作が削げ落ちた事により、攻撃が的確になった事が一番の要因でもあった。

 結合崩壊するにしても一点集中と言わんばかりに寸分たがわず同じ部分を執拗に攻めた結果、今までの半分程の時間は同じく戦っていた北斗だけではなくシエルやナナも驚く程だった。

 以前に聞いたナオヤの言葉。ギルは今それを実感していた。

 

 

「そうですね。今回のミッションは過去の討伐時間を見てもこれまで以上の成果だと思います」

 

「何だろうね。何か変わった事でもやったの?」

 

「そんな事は無いんだが、ただ基本に返っただけだな」

 

 そう言いながらも今回の戦闘内容が過去を振り返ってもこうまで余裕があった様には思えなかった。

 しかし、今回の内容はそんな事すら嘘だったかの様に身体が動く。ギル自身が気が付いていないが、冷静に物事を見た結果、弱点とも言える部分を見出し優先的にその部分を攻撃する。

 

 ギルが気が付いていないが、これは屋敷で訓練する際に一番最短で終わらせる為にやるべき訓練であると同時に、マルグリットも同様の訓練を受けていた。

 討伐時間が早くなれば万が一討伐対象外のアラガミが乱入しても冷静に対処出来ると同時に、生存率も大幅に上昇する。生きる事が大前提であるのがゴッドイーターとしての責務であるのであれば、これほどまでに有効な訓練は無いだろうとも考える事が出来る。

 それがどんな結果をもたらすのかは考えるまでも無かった。

 

 

「何やったのか分からないけど、ギルが凄くなったのは分かったよ。今日はそのお祝いを兼ねてラウンジで何か奢ってよ」

 

「何で俺が奢るんだ?奢られるなら分かるが……まあ良いだろう。今日は気分も良い。偶にはブラッドだけで騒ぐのも悪くは無いな」

 

「やっぱりギルはそうじゃなくっちゃ!じゃあ早速ムツミちゃんに連絡をしないと」

 

 終末捕喰以降、ブラッドとしてのミッションは数える程しかなかった事が漸く今になって思い出されていた。

 感応種の討伐任務そのものが少なかった事もあったが、やはりジュリウスとロミオの影響は全員の中に影を落としていたからなのか、その時以降その話題に触れる機会は一切無かった。

 そんな中でのギルの話題が随分と懐かしい様にも思える。今回の件はあくまでもキッカケなのかもしれないが、今はそんな事も乗り越える事が出来るのであればナナの言葉に乗せられるのも悪くないと思いながら帰投の準備へと入っていた。

 

 いつか必ず。誰の耳にも届かない程の声でギルは一人誓いを立てていた。

 

 

 

 

 

 

 




「これ本当に良いの?確かにご馳走なんだけど…」

 一行がラウンジに行くと帰投の際に連絡した結果なのか、大量の食事が用意されていた。量だけ見ればブラッドが歓迎会に来た当時とほぼ同じレベル。想定外の内容にナナだけではなくシエルと北斗も驚いていた。


「ギル。財布の心配した方が良いんじゃない?」

「…これ位なら想定内だ」

 よく見ればギルの口許は若干引き攣っているのか、何となく心配したくなる雰囲気があった。以前にもナナはロミオとのやりとりで似たような事をしていたが、あの時はチキンの数だけだった。しかし、今回のナナはご馳走とだけしか言っていない。それが何を示すのか、ギルの胸中には嫌な予感だけが走っていた。


「このローストビーフは今まで食べた事が無いよ。これ本当に良いの?」

「ご馳走なので張りきって作りました。沢山食べて下さいね」

 心配げなナナの感情を払しょくするかの様にムツミは笑顔で答えている。既に約束している以上、気にする必要は無いからと、ナナは手当り次第に色んな物を口に運んでいた。


「なあギル。本当に良いのか?絶対これは高いと思うけど」

 北斗もやはりこの料理のグレードに気が付いたのか、今回一押しのローストビーフを皿に乗せてはいるが、やはり気になっているのかギルに確認していた。


「ああ。男に二言は無いからな。ブラッドの隊長がそんな事気にするな」

「北斗。ギルがああ言ってますから私達も食事を楽しむ様にしましょう」

 シエルの言葉に北斗はそれ以上の事は何も言わなかった。この雰囲気につられてきたのか、他の人間も何かあったのかと遠目で見ていた。


「ようギル。俺も一緒に良いか?」

「ハルさんなら構いませんよ」

「なんだ?ひょっとしてギルの奢りなのか?」

 この時点でハルオミはブラッドがラウンジで食事会を開催する事は知っていた。丁度通りかかっていた際にフランとの通信が聞こえたのか、その話はすぐさまラウンジへと繋がる。その結果がこの状況だった。


「まあ、そんな所です」

「いやあ、ギルの奢りか。アルコール類も大丈夫だよな?」

「それ位なら」

 言質を取ったとばかりにハルオミは琥珀色の液体の入ったグラスをギルにも差し出す。今までに飲んだことが無い様な上質な味わいは、今まで飲んでいた物とは比べものにならない程の内容だった。


「なんだ?良いもん飲んでるな。俺にもくれないか」

「リンドウさん。ってクレイドルもここですか?」

「たまには他の部隊との連携も必要だろ?前みたいな野営でも良いけど、たまにはここでも良いだろ?弥生さん俺にも同じ物一つ」

「良いんですか?」

「まあ、大丈夫だろ」

 ギルに言うと同時にリンドウも同じく琥珀色の液体を頼んでいる。弥生との会話の内容は気になったものの、理由が判断出来ない。
 それが何なのか知ってるかの様に味わっている事だけがギルの中で印象付いていた。

 ラウンジは気が付けばブラッドだけではなくクレイドルと第一、第四部隊の混成宴会の会場と化していた。

 そしてその数日後、ギルの嫌な予感が現実の物となっていた。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。